日本教育工学会第1回秋の学校(弘前大学) 1996.12.8.


AECTによる教育工学の定義をめぐって


東北学院大学 鈴木克明


要約:本稿では、「教育工学とは、学習の過程と資源についての設計、開発、運用、管理、ならびに評価に関する理論と実践である。」(Seels & Richey, 1994)とした1994年のAECTによる定義とそれに至る経緯を紹介する。


1.はじめに

米国教育コミュニケーション・工学会(Association for Educational Communications and Technology; AECT)では、5年間にわたる「定義と用語に関する専門委員会」での議論などを踏まえて(Richey & Seels, 1994)、1994年に『教育工学の定義と研究領域』(Seels & Richey, 1994)を刊行した。AECTは1963年と1977年にも同様な試みを公表しているが、今回の試みは、それ以降の教育工学研究と実践とを取り巻く変化を反映する形で、自らの活動を整理し、会員相互の共通理解を目指したものである。本稿では、『教育工学の定義と研究領域』のあらましを紹介し、それに至る経緯を整理する。


2.AECTによる1994年定義

AECTによる1994年定義は次のとおりである。

教育工学とは、学習の過程と資源についての設計、開発、運用、管理、ならびに評価に関する理論と実践である。[Instructional technology is the theory and practice of design, development, utilization, management and evaluation of processes and resources for learning (Seels & Richey, 1994, p.1).]


1994年定義では、教育工学を示す言葉として、これまでのEducational TechnologyにかわってInstructional Technologyを採用した。その理由として、(1)米国においてより頻繁に用いられていること(英国やカナダでは逆)、(2)初等中等教育以外の多様な実践領域を視野に入れられること、(3)教育におけるテクノロジーの役割をより特定化していること、(4)教授と学習の両方の過程を一語で強調できることの4点を挙げている(Seels & Richey, 1994, p.5)。1977年の定義では、Instructional TechnologyをEducational Technologyの下位領域として位置付けたが、その後の用語の用いられ方においてその区別は有意義に働かず、現在ではほぼ同義語になっていると説明している。

沼野一男(1979)は、かねてからInstructional Technologyの訳語として「教授工学」をあて、教育工学の研究領域の中でも教育行財政などでなく、授業に直接かかわるミクロな教授システムの改善に限定した中心的な下位領域と位置付けてきたが、一般には教育工学と教授工学が同義に用いられることも多いと指摘している。1994年定義の最後につけられたfor learningによって、「教育(教授)は手段であり、目標とするのは知識、技能、態度などの変化として証拠づけられる学習の成果である」との立場が強調されている。このことからも、いわゆる「教授工学」の教育工学に占める割合が拡張され、同義語として扱われるようになったと見ることができよう。

定義のなかに列挙されている「設計、開発、運用、管理、ならびに評価」が、教育工学の研究と実践の主な領域であるとみなされている。この領域間の関係は単なる直線的なものではないことを強調しており、単線的な手続きを連想させやすい「システム的systematic」という用語は定義から外されている(最近の文献の中には、単線的な手続きを示唆するsystematicと区別するために、同時的で創造的な活動を強調するsystemicという用語を使うものが増えている)。定義に含まれている5つの領域とその内容を図1に示す。


図1 教育工学の5領域(Seels & Richey, 1994, p.?)

設計の領域には、教授システム設計(ISD)、メッセージデザイン、教授方略、学習者特性などが含まれ、これまでの教育工学の理論的側面にもっとも貢献したと位置づけている。開発の領域には、テキスト、視聴覚、コンピュータ、統合技術などが含まれ、実践面に最も寄与してきたとする。設計・開発の成熟した2領域に比べて、運用の領域はあまり注目されてこなかった。メディア活用の方策については進んでいるが、イノベーションの普及や採用についての方略、長期にわたる利用継続や組織への一体化方略、あるいは政策や制度といった社会的な側面についてはこれからの課題であるとしている。プロジェクト管理や資源管理、搬送システム管理、あるいは情報管理等を含む管理の領域は、効率化という視点からの取り組みがなされてきている。評価の領域で最も顕著な貢献は形成的評価の研究であるが、その他の要素(問題分析、基準準拠テストなど)は、他領域からの借用に負うところが多いとしている。

「学習の過程と資源について」とは、学習成果を上げるための一連の手続きや活動(過程)とそれを支える全ての材料(資源)であるとする。過程には、電子会議などの搬送システム、独学のような教授の型、発見学習のような授業モデル、教授システム設計のような教材開発モデルなどが含まれる。資源は、支援システムや教材、あるいは学習環境を含む広範な概念であり、学習指導に用いられる教材や教具のみならず、人的資源、予算、設備などの利用可能なもの全てを包含するとしている。


3.AECTによる1963年と1977年の教育工学の定義

1963年の定義は、AECTの前身である全米教育協会(NEA)の視聴覚教育局(DAVI)によって公刊されたもの(Ely, 1963)である。Seels & Richey(1994)は、1994年の定義は1977年定義よりもむしろ1963年定義に類似していると述べ、1963年の定義公刊の意義として、次の3点を指摘している。(1)学会の名称変更への起爆財の一つとなったこと。(2)領域の役割・機能を列挙することで、それまでの「モノ」指向からプロセス指向への転換点となったこと。(3)教育界で抵抗感がある「効率」と「制御」というキーワードを敢えて含めることで、工学的立場を明らかにしたこと。

1963年定義

Audiovisual communications is that branch of educational theory and practice primarily concerned with the design and use of messages which control the learning process. It undertakes: (a) the study of the unique and relative strengths and weaknesses of both pictorial and nonrepresentational messages which may be employed in the learning process for any purpose; and (b) the structuring and systematizing of messages by men and instruments in an educational environment. These undertakings include the planning, production, selection, management, and utilization of both components and entire instructional systems. Its practical goal is the efficient utilization of every method and medium of communication which can contribute to the development of the learner's full potential (Ely, 1963, p. 18 - 19).


1977年定義は、1963年からの14年間の学会活動を反映する形で、具体的には「定義と用語の作業部会」での数年に及ぶ討議を通して策定・公刊されたものである。正式の定義は16ページにわたる長文であるが、その簡略版は次のとおりである。

1977年定義

教育工学は、人間の学習のあらゆる面に関与する諸問題を分析し、それらの問題に対する解決を考案し、実行し、評価し、運営するための人、手だて、考え、道具、組織を含む複雑な統合過程である。[Educational technology is a complex, integrated process involving people, procedures, ideas, devices and organization for analyzing problems and devising, implementing, evaluating, and managing solutions to those problems, involved in all aspects of human learning (AECT, 1977, p.1).]



4. おわりに

AECTの1963年定義の策定にたずさわり、今もなお重鎮として活躍中のElyは、最近の著作(Ely, 1996)の中でAECTの1994年定義を「以前のものに比べて簡潔で直接的である」と評価し、世界の教育工学を眺めても、オーストラリアやカナダ、英国で発行されている専門誌の中に定義をめぐる議論が散見されるものの、公式の定義として広く受け入れられているものは、AECTのものだけであると断言する。変化が続く教育工学の領域をどのように概念化するかの困難は続くと予測し、とりわけ教育工学の工学(テクノロジー)という言葉によってイメージされるものが「学習の過程と資源についての設計、開発、運用、管理、ならびに評価」よりもむしろハードウェアとソフトウェアであることは、免れ得ないと指摘している。Ely(1996)の「実践家がこの(AECTの)定義に描かれている原理を現実のものとするにつれて、教育工学の領域が新しい視点から理解される時がくるかも知れない(p.21)」という結語が胸に響いた。


参考文献

AECT Task Force on Definitions and Terminology (1977). The definition of educational technology. Association for Educational Communications and Technology, Washington, D.C.
Ely, D. P. (Ed.) (1963). The changing role of the audiovisual process in education: A definition and a glossary of related terms. Audio Visual Communication Review, 11(1): Supplement No. 6.
Ely, D. P. (1996). Instructional technology: Contemporary frameworks. In T. Plomp, & D. P. Ely (Eds.), International encyclopedia of educational technology (2nd Ed.). Elsevier Science, Oxford: U.K., 18 - 21.
沼野一男(1979)「教授工学」東洋他(編)『新・教育の事典』平凡社、p. 236
Richey, R. C., & Seels, B. (1994). Defining a field: A case study of the development of the 1994 definition of instructional technology. In D. P. Ely, & B. B. Minor (Eds.), Educational media and technology yearbook 1994 (Vol. 20). Library Unlimited, U.S.A.
Seels, B. B., & Richey, R. C. (1994). Instructional technology: The definition and domains of the field. Association for Educational Communications and Technology, U.S.A.