日本教育工学会第14回大会(函館)シンポジウムII
「コンピュータを活用した新しい授業を求めて」

後藤実践のどこが「新しい授業」なのか?
〜メディア研究者の立場から〜


東北学院大学 鈴木克明



1.はじめに


 後藤実践のどこが「新しい授業」なのか?この問いへの答えは,「誰にとってか」で異なる。

 子どもにとっては,何から何まで新しかった。数名の例外を除いては,誰もコンピュータを使ったことがなかった。通常の社会科は一斉指導が主で,調べ学習も発表会も初めてだった。十五年戦争を習うのはもちろん初めてだし,メディア環境の部屋を使うのも,ティームティーチングも初めての経験だったのかもしれない。

 教師にとっても,新しい経験が多かったのだろう。後藤氏はパソコンを授業に取り入れた経験があり,失敗談を持っている(p.16)が,学級担任にとっては,調べ学習や発表会やTTで指導したのは初めてだったのかもしれない。

 一方で,このシンポジウムで報告を聞く人にとっては,何が新しいのだろうか?一斉指導しか知らない人にとっては,この授業を受けた子どもと同じように,すべてが新しい(イノベーションである)。かつて(1989.10.7),金沢市立此花小学校でメディアミックスの授業を参観したときは,鈴木にとって何もかもが新しかった(コンピュータを用いた調べ学習を取り入れた授業と,プリント資料と映像資料から子どもが選択して情報収集し教師は全員に向かって挨拶以外一言も喋らなかった高学年の社会科授業。鈴木 1997a)。

 この授業に新しさを感じる人にとっては,今までの授業観を変換させる契機になるかも知れない。また,この授業にたとえ何も新しいことがなかったとしても,子どもたちにとってはかけがえのない経験であったことは確かである。メディアを活用することによって,メディアとしての教師の役割(教師が喋り,学習プロセスを制御すること)を禁欲的に後退させ,子どもが自分の問題を自分のやり方で追求していける環境をなるべく豊かに準備しようとしている努力は,他の教師の手本とされるべきものである。


2.実践研究としては,何が新しいのか?


 では,後藤実践は実践研究として,コンピュータによる新しい授業を指向した取り組みとして,何が新しかったのだろうか。

 「メディア研究者」の立場からは,小学6年社会科で「十五年戦争」を取り上げることや,11月に18時間かけてやるのが珍しいかかどうかは不明であるが,学習指導要領から逸脱しているという新しさがある訳ではないだろう。

 調べ学習の道具としてのWebサイトや電子メールの追加利用,特別教室の学習情報センター的利用が試みられている。設備がない学校もあるという点では先進的であるが,各種メディアを揃えて自由に使わせるという方法そのものはさほど珍しくはない。また,新聞形式による発表会についても,Webによる情報発信と他校との交流実践よりは伝統的であるし,順番に発表させて2時間かけるよりは,同時並行的に発表させる「屋台村形式」の方が新しい。映像(アニメ映画)による導入と課題設定,班ごとの調べ学習,発表会という学習の流れ(一斉→グループ→一斉)も,グループ学習の時間確保が通常より長いようにも思われるが,放送利用学習の伝統をくむものである。課題解決学習場面におけるTT方式の導入も,メインとサブがないのは新しいのかもしれないが,名前がないだけかもしれない。情報黒板への「おたずねカード」「わかりましたカード」掲示によるグループ間の情報交換も,貼り出すのは比較的ユニークな工夫かもしれないが,コンピュータの活用ではないことは確かである。

 後藤(1998)は,「外部データベースの情報を子どもが求め,読みこなし,課題を解決していく学習を実現するためには,単元構成,メディア環境,人的環境などはどうあったらよいのかといったことについての知見は,十分に蓄積されているとは言えない。(p.2)」との問題意識で取り組み,「本単元により,主体的問題解決能力の育成にはいかなる支援が考えられるかを提案できた」(p.16)とする。しかし,鈴木には,いかなる支援が考えられるとの提案かが具体的にはわからないし,この実践によって,どのような知見が得られたのかもわからない。

 教えている内容や使っているメディアが新しいから「新しい授業」ではないとすれば,メディアをどう使ったかが問題となるだろう。その「新しい授業」の成果として何が子どもに残ったのかが問題とされなければならない。その成果を得るために教師が何をしたか,これからやってみようとする教師に何がアドバイスできるかが問題になるはずである(鈴木 1997b)。


3.AECTによる教育工学の定義による吟味


 AECTは,教育工学の定義を次のように定めている。「教育工学とは,学習の過程と資源についての設計,開発,運用,管理,ならびに評価に関する理論と実践である(SEELS & RICHEY1994)。」5つの研究領域における理論と実践が必要であるとしているが,後藤実践は,どの領域での新しい方向性を示唆しているのか。

 設計designの領域は,教授システム設計(ISD),メッセージデザイン,教授方略,学習者特性などが含まれる。後藤実践は,極めてオーソドックスな課題解決学習の流れを採用しているが,初心者は奇抜なことをやらない方がいいということを暗示している。

 開発development領域には,テキスト,視聴覚,コンピュータなどの技術的要素と,教材開発のためのシステム的手続きモデルなどが含まれる。後藤実践では,自作教材はなく,既存のものを収集・組み合わせて使っていたようで,使える既存教材が増えてきたことを示した。

 運用utilization領域には,メディア活用の方策,イノベーション普及・採用方略,長期にわたる利用継続や組織への一体化方略,政策や制度などの社会的な側面が含まれる。後藤実践からは,新しく使うメディアの利用に関しては,Web情報へのアクセス管理や電子メール利用における教師の介在が,また,古いメディアの新しい使い方に関しては,「おたずねカード」と「わかりましたカード」の書き込みと掲示などが参考になる。さらに,普及方略としては,この授業を新しいと感じる教師層へのアプローチ方法に,また,継続と一体化の観点からは,調べ学習のカリキュラムへの位置付けと繰り返し体験による学習技能の高まり,情報教育関連目標の段階的設定,それを支える教師の在り方の整理・提案と同僚教師の巻き込み,TT方式の拡大,後輩たちによる先輩の作品の利用と発展などに,これからの方向性を見い出せる。

 管理management領域には,プロジェクト管理や資源管理,搬送システム管理,情報管理等が含まれる。後藤実践では,今後,メディア環境(特別教室)の管理(教材などの準備・更新),試験運用から利用の日常化に伴う新たなメディア環境運用管理の問題(部屋の割り当てなど),普通教室の学習情報センター化,イントラネットの普通教室への整備などが必要となろう。

 評価evaluation領域では,形成的評価,問題分析,基準準拠テストなどの従来からの課題に加えて,「主体的問題解決能力」を評価するためのツールとしてのポートフォリオや,コンピュータ支援テストなどの実践場面への組み込みが新しい課題となっている。後藤実践では,「主体的問題解決を支援し得たかどうかを,教師の観察記録,学習カード,電子メールの交信記録から評価する(p.7)」とあるが,その結果をどう報告するのかも含めて,子どもの変化をどうとらえ,どう顕在化させるか,また,子ども自身はどう思っているのかを把握して,自己評価や自己成長の意識化へとつなげられる。

 テクノロジーという言葉のイメージが「学習の過程と資源についての設計,開発,運用,管理,ならびに評価」ではなくハードウェアとソフトウェアにかたよっていると指摘するELY(1996)は,「実践家が(AECTの)定義に描かれている原理を現実のものとするにつれて,教育工学の領域が新しい視点から理解される時がくるかも知れない(p.21)」と結んでいる。新しさをどの領域で出していくのかという観点から,この定義に示されている5つの領域とそこでの知見を踏まえて整理するのはどうだろうか。


4.後藤実践への疑問と想定知見:
  「教育技術判断命題」的アプローチ


 残された紙面では,メディア利用に限定して,後藤実践の報告から得られる知見(仮説)が何かを想定してみたい。これは,教授デザインモデルの研究で採用されるTTTIの枠組みの中で援用可能な処方的指導方略(鈴木 1989)を抽出しようとする試みであり,実践事例から仮説を形成しながら学習指導技術の客観的知識化を目指す方法論である「教育技術判断命題」(堀内・西之園 1996)的なアプローチである。

■疑問:原爆に関するWeb情報をあらかじめサーバーに取り込んでおくとき,他に必要な情報が出たときは,それに応じてインターネット接続できるようにしておいた(p.4)とあるが,どのような手段で発見し,どのような基準で選択したのか。また,準備したWeb情報の有用度や充足度はどうだったのか(次の実践では削除・追加してもいいものは?)。また,あらかじめ取り込んだWeb情報が他のサイトへリンクを張ってある場合に不都合はなかったのか。

■想定知見:a)小学6年生にWeb情報を閲覧させるときは,予め教師が選定した情報で十分満足できるので,授業当日にインターネットに接続する設備はなくてもよい。b)小学6年生にWeb情報を閲覧させるときは,予め教師が選定した情報ではおさまらないことを予想し,授業当日のインターネット接続を準備しておいた方がいい。c)小学6年生に役立つ原爆関連Web情報としては,次のものがある(候補サイト)。

■疑問:サーチエンジンによる検索を試みた子どもが「原子爆弾水」という不適切なキーワードを入力していたので情報を得られなかった(p.10)とあるが,適切なキーワードとはどんなものか,あるいは,見つからなかったときは減らしていけばいいことなどを教師は教えたのか。教えなかったとすれば何故か,教えようと試みたとすれば,その後その子どもは「適切な」検索ができるようになったのか。
■想定知見:a)小学6年生にキーワード検索は早すぎるので避けた方がいい。b)小学生にキーワード検索を教えるときは,まずやらせてみて失敗したときに,複合語の概念とその分離と組み合わせによる検索という手順を教えると,ひとりで検索ができるようになる。

■疑問:「なぜ広島がねらわれたのか」について疑問に思っている子どもが,インターネット情報からそのことを読み取れなかったので,教師が広島市に直接電子メールで問い合わせることを提案した(p.10)とあるが,そのとき,教師があらかじめ収集して用意してあったWeb情報にはそれが含まれていたかどうかを教師自身は知っていたのか。電子メールを出すという提案を教師側からするタイミングとして,何か(Web情報に行き詰まったらメールを使わせる,など)を想定していたのか。

■想定知見:a)小学6年生の実践では,教師が収集したWeb情報の中身を熟知していたとしても,子どもが発見できないものについては「存在していない」ものとして扱い,「教師はWeb情報のことを子どもよりも詳しく知っている」ということを悟らせずに自分で調べようとする意欲を損なわないように注意する方がいい。b)教師が収集して子どもに与えるWeb情報の中身には事前によく目を通しておき,子どもの質問にはどのページを見ればいいかを的確に答えられるようにしておかないと教師と子どもとの信頼関係が崩れる恐れがある。c)電子メールは,子どもが自力で解決できない問題に直面したときに,初めて導入する方がいい。

■疑問:教師が提案して始まった電子メールの利用も,子どもたちからの要望が増えた(p.14)とあるが,メールは合計何通出して,そのうち何通有用な返事があったのか。電子メールの活用によって,どの程度得られた情報がプラスされたか(電子メールで得た情報は全体の何%程度か)。教師は予め相手に協力を依頼するなどの耕しやフォローアップをしたのか。

■想定知見:a)電子メールを用いるときは,子どもの意欲を損なわないように,予め相手に返事をくれるように依頼しておくのがよい。b)電子メールを用いるときには,内容やマナーによって,また相手の事情によって,返事をもらえるとは限らないことを体験的に学べるように,教師からのサポートは行わない方がいい。

■疑問:電子メールを発信するときに,手紙をつくったあとで,教師が声掛けをしてその手紙づくりに参加していない子どもを呼んで,手紙が明瞭に書かれているかどうか(これで相手に意味が通じるかどうか)を確かめていたが(事前配付ビデオ資料),このような「完成前に友達に確かめてもらう」という行為(形成的評価の一技法)は,このクラスでは日常的なものか。あるいは,電子メールの導入に際して,教師が意識して組み込んだプロセスか。もし意識して組み込んだプロセスだとしたら,その後の電子メールの文案づくりにもいかされていたことが観察できたか。さらに,同じプロセスが,新聞形式の発表資料づくりにも応用されていたことが観察できたか。

■想定知見:a)電子メールを用いる場合は,とくに相手がこちらの事情を了解しにくい,いわゆる顔が見えないコミュニケーションになるため,意識して文章の明瞭性やマナーを第三者に確かめさせるプロセスを組み込む方がいい。b)電子メールで文章の明瞭性を第三者に確かめさせるプロセスを体験すると,他の形式の表現でもそのプロセスを自発的に組み込むようになるとは限らないので,教師の声掛けが必要である。発表形式の場合は,グループの中に観客役を設けた予行練習の時間を意識して取らせるとよい。

■疑問:電子メールで返事をもらうことを体験すると,誰かに問い合わせたいという子どもが増えて,図書資料でも調べられるようなことでもメールを出したいという要望が出たので,メールで質問するに耐える内容であるかを考えさせるようにした(p.14)とあるが,考えさせるようにした結果,「メールで質問するに耐える内容」かどうかを子どもが判断できてその種のリクエストが減少したのかどうか。

■想定知見:a)小学6年生は「お手軽情報源」としてメールを乱用し,相手に迷惑をかける危険があるので,自由にメールがやりとりできる環境は避け,教師が発信を代行した方がいい。b)小学6年生はメールを使うべきかどうかは使っているうちに自分で判断できるようになるので,自由にメールをやりとりさせてもよいが,初期に学校内でのメール交換を経験させて,ルールやエチケットを学ばせる方がいい。

参考文献


ELY, D. P. (1996). Instructional technology: Contemporary frameworks. In T. Plomp, & D. P. Ely (Eds.), International encyclopedia of educational technology (2nd Ed.). Elsevier Science, Ox ford: U.K., 18 - 21.

後藤康志(1998)外部データベースを活用した主体的問題解決能力の育成〜小学校6年生社会科「15年も続いた戦争」を通して〜 日本教育工学会第14回大会シンポジウムIIパネラーへの事前配付資料.

堀内寿夫・西之園晴夫(1996)学習指導技術の客観的知識化の方法開発とその適用 日本教育工学雑誌 20(1): 49-61.

SEELS, B. B., & RICHEY, R. C. (1994). Instructional technology: The definition and domains of the field. Association for Educational Communications and Technology, Washington, D.C.: U.S.A.

鈴木克明(1989)米国における授業設計モデル研究の動向 日本教育工学雑誌 13(1): 1-14.

鈴木克明(1997a)放送利用からの授業デザイナー入門 日本放送教育協会.

鈴木克明(1997b)マルチメディアと教育 赤堀侃司編著 高度情報社会の中の学校 ぎょうせい.

(ボツ)
検索サイトgooによる「原爆資料館+広島」の検索結果として,今回の実践では用いられなかったサイトが発見できた(例えば,中国四国インターネット協議会が提供するA-Bomb WWW Museum Japanese version 1.1 (August 7, 1995) URL: http://www.csi.ad.jp/ABOMB/index-j.htmlなど)。

([参考]http://www.city.hiroshima.jp/japanese/City/temp/Japanese/Stage1/1-4J.html(広島市役所→ヒロシマピースサイト);もちろん,実践時にこのページが存在していたかどうかは不明)