『教育と情報』2000年4月号原稿(2000.2.24脱稿)
特集:情報教育の未来


教員研修に情報教育の未来を占う


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明

(すずきかつあき)
昭和34年千葉県生まれ。国際基督教大学教育学科卒業、同大学院を経て、米国フロリダ州立大学大学院教育学研究科修了(教授システム論)、Ph. D.  同大学教育工学センター助手、東北学院大学教養学部教授などを経て、平成11年4月より現職。日本教育メディア学会理事、日本教育工学会評議員など。電子メール:ksuzuki@soft.iwate-pu.ac.jp

要約

(130-140字程度) 文部省の実態調査は,操作はできるが指導はできない教員が多い現状を報告した。平成13年度には全教員が指導できるようにとの国家目標に向けて着手された2つの情報教育研修プロジェクトを例に,新しい学びのスタイルを体験できる研修方法と,成果が確認できる研修評価を採用すべきであることを述べる。


「情報教育の実態調査」結果を分析する

 文部省が実施した「学校における情報教育の実態等に関する調査」によれば,コンピュータを操作できる教員や,指導できる教員の割合は年々増加している。平成7年度末調査では,操作できる教員の割合が41.3%,指導できる教員が17.0%であったのに対し,平成8年度末では,「操作できる」が46.5%,「指導できる」が19.7%に上昇し,平成9年度末調査では,それぞれ49.0%と22.3%,平成10年度末ではそれぞれ57.4%と26.7%になった。 この調査では,校種ごとや中学校・高校等の教科ごと,あるいは都道府県別データも公表されており,全体の傾向をつかむことができる(詳細は本誌に紹介されている)。

 校種間を比較すると,過去には大きく差がついていた達成度の違いを,最近では小学校の教員が中学校・高校の教員に迫る勢いで挽回している。「操作できる」は依然として中学校(59.3%)・高校(67.6%)の教員が小学校教員(52.7%)を上回っているが,「指導できる」では,今回の調査で初めて,小学校教員(28.7%)が中学校(26.1%)・高校(26.0%)の教員を追い越した。

 小学校では,操作の研修がまだ必要であり,操作の研修がそのまま授業での活用に結びつき易い様子が読み取れる。一方で,中学校・高校では,操作はできるが指導はできないという実態が顕著である。「操作できる」から「指導できる」までの道のりが比較的険しいようであり,授業への活用を促す内容の研修が必要であろう。

 中学校と高校を比較すると,興味深い逆転現象がある。「操作できる」ではほとんどの教科において中学校よりも高校の方が高率である一方で,「指導できる」では中学校の方が高校よりも,すべての教科において高率なのである。「指導できる」の校種ごと平均では,中学校と高校が同じ26%である。しかし,「指導できる」と答えた高校教員(総数62,713人)の半数近く(24,963人)は,職業教科・科目の教員であり,その他の教科の教員で「指導できる」者は中学校よりも少ない。中学校・高校ともに,職業教科と技術科を除けば,数学と理科で「指導できる」割合が3割を越えているだけであり,教科ごとの取り組みも待たれるところである。


「操作できる」と「指導できる」

ところで,この調査において,「操作できる」や「指導できる」は,何を意味しているのであろうか。調査報告によれば,「コンピュータを操作できる教員」とは,ワープロ,表計算,データベース,インターネット等に関するソフトウェアを使用してコンピュータを活用できる教員をいい,下記の操作例のうちおおよそ2以上に該当する教員を指す。

(操作できる例)
  ・ディスク等からファイルを開く(修正す る,動かす),ディスク等に閉じる(書 き込む,保存)の一連の操作ができる。 ・ワープロソフトで文書処理ができる。 ・表計算ソフトで集計処理ができる。  ・データベースソフトでデータ処理ができ る 。 ・インターネットにアクセスして必要な情 報を取り出すことができる。
 一方の,「コンピュータで指導等ができる教員」とは,学習指導等において教育用ソフトウェア等を使用したコンピュータ活用授業等のできる教員をいう,とある。

 「操作できる」には,コンピュータを校務処理などに用いるために不可欠な内容が含まれている。職員室に校内ネットワークを持ち込み,文書処理や成績処理,あるいは通達事項などをオンライン化すれば,必然的に「操作できる」教員の割合は高まっていくだろう。情報通信ネットワークの利用が校務処理等で一般化すれば,そこから先の操作研修はほとんど不要である。

 あとは,授業とどのように結びつけるかを学ぶことが課題となる。誰でもがコンピュータや情報通信ネットワークを活用できるほど操作が楽になった今日,この新しい道具をどのように活用していくかを考えるという,授業の専門家としての力量が問われている。教員研修も,それを念頭において企画されなければならない。


バーチャルエージェンシーの提言

 平成11年12月に小渕総理に提出されたバーチャルエージェンシー最終報告では,教育の情報化によって,子どもを変え,授業を変え,学校を変えるという指針が出された。高度通信社会を生きる子どもを育てるという新しい教育目標の実現には,それにふさわしい「新しい革袋」となるように学校を変えていく必要があることを力説しており,熟読に値すると思う。

 さて,最終報告では,教育の情報化を推進するために,「平成13年度までには,すべての教員がコンピュータを活用して指導できる体制をつくる」との目標を設定した。平成10年度末調査のデータ(指導できる教員が26.7%)を2年間で100%にすることを意図しているのであれば,旧来にない急速な進捗スピードを想定していることになるのだが…。

 ミレニアム・プロジェクト(平成11年10月19日,内閣総理大臣決定)では,「2005年度を目標に,全ての小中高校等からインターネットにアクセスでき,全ての学級のあらゆる授業において教員及び生徒がコンピュータを活用できる環境を整備する」とした。これを現実のものとするために,それに先駆けて教員研修を進める必要があり教員研修の目標年度を平成13年度にした,という位置づけであろう。期限付きの具体的な目標を掲げて積極的に施策を展開していくことで,学校が変わり,授業が変わり,子どもが変わっていくことを期待したいものである。そのためには,教師も変わらなければなるまい。

 バーチャルエージェンシー最終報告によれば,現職教員の研修を充実させ,「教育情報化推進指導者養成研修」の実施により平成13年度までに都道府県レベルの指導者3,000人程度を計画的に養成し,各都道府県等においても,この指導者を中心として各学校のリーダーを養成する。2段階の研修整備により,すべての教員がコンピュータ操作等を習得できるようにするという計画である。さらに,各学校においても,教員が日常勤務の中でコンピュータ操作等を実践的に身につけていくことができるよう校内リーダーを中心に校内研修の充実を図るとしている。

 筆者は,一昨年来,この施策の実現に向けた2つの教育の情報化推進プロジェクトに参画してきた。一つは,(財)コンピュータ教育開発センター(CEC)が受託した「教員研修カリキュラム・教材開発」(分科会主査:平沢茂文教大教授)である。コンピュータ教材を活用した授業づくりにむけての校内研修をサポートする目的で,全国の教育委員会・学校等にビデオとテキストが配付される予定になっている。

 もう一つは,(社)日本教育工学振興会(JAPET)が受託した「情報化推進リーダ養成のための研修システム開発」(主査:赤堀侃司東工大教授)である。このプロジェクトで開発されたCD-ROMなどが今年度から3年計画で実施されている都道府県レベルの指導者養成講座(文部省)ですでに活用されている。

 この2つのプロジェクトでは,筆者のこれまでの研究や研修講師の体験などを踏まえて,研修方法を意識化することを提案してきた。「この研修を受けることで,新しいことを学ぶとき(教師には研修,子どもには授業)には,こんなやり方もあるんだということを体験して欲しい」という考え方である。もし我々が,バーチャルエージェンシーが示すように、子どもの学びを変え,授業を変え,学校を変えることを目指すのであれば,新しい学び方を取り入れた研修方法を創造していく必要がある。情報教育の研修にこそ,情報教育の未来が写し出されているべきではないだろうか。


新しい学びのスタイルを研修から授業へ

 情報教育の目指すところが,教師からの一方的な情報伝達型を脱却することにあるとするならば,情報教育の研修も,座学で一方的に講師の説明を聞くスタイルから脱却すべきである。情報教育研修の方法論に新しい授業のあり方が反映されていれば,それを受講した教師によって,新しい授業が展開できるようになる。研修から授業へつなげることを念頭において,研修スタイルを見直すことが求められている。

 表1に,前述のCECが取り組んでいる校内研修用教材の作成に向けて,研修から授業へのつながりを筆者が整理した観点を示す。講師に頼らない自学自習の原則を取り入れ。講師から手取り足とり教えてもらうスタイルでなく,先生方がグループを組んで自主的に行なえるような研修ができるように,教材開発が進められている。

▼表1 研修の進め方と新しい授業とのつながり  
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◯おうむ返しの伝達講習と教師主導の情報伝達型授業
  ・座学研修とその伝達からの脱却=教科書を教える授業からの脱却
◯教師が動く研修と子どもが動く授業
  ・個別・マイペース研修と討議の時間の組み合わせで進める
◯講師に頼らない研修と教師に頼らない学習
  ・自分の力で,手引きプリントなどを頼りに主体的研修
  ・主体的研修のお膳立てができれば,主体的学習の環境整備もできる
◯講師を超える部分を要求する研修と子どもに教えてもらう授業
  ・正解をいつでも講師が知っている訳ではない
  ・知らないことでも,出来映えを評価でき,改善を指摘できる講師
◯教科横断的な研修と総合学習的な授業
  ・コンピュータを媒介に,全教科全学年に共通の話題
  ・他教科・他学年を知ることで,子どもの身になれる
◯過去の研修成果を参考にできる研修と情報を残せる授業
  ・最初は例示を参考に,次からは自分達の研修成果を事例に
  ・残して積み上げる。先輩の上を行く。
◯意欲がもてる研修と魅力的な授業づくり
  ・自分で苦労して,仲間と切磋琢磨してできあがった達成感を,授業にも
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出典:コンピュータ教育開発センター(1998)『コンピュータ活用実践授業のための
研修カリキュラムの在り方に関する調査研究報告書〜校内研修を中心として〜』p.14より


 校内研修の対象者は,コンピュータ利用の面では初心者なので,抵抗感や不安感も予想される。校内リーダーなどが協力してバックアップしてくれることを強調したり,今までの実践例をひきながら効果を説明するビデオを制作するなど,研修意欲の高揚にも配慮した内容になっている。

 操作研修を越えて,授業での利用につなげるための導入素材として,小学校では全学年で使える「お絵描きソフト」,中学校では全教科での活用が考えられる「図鑑ソフト」(ホームページによる情報収集に応用も可能)を取り上げ,授業づくりの手順を実習形式で体験できる研修である。


成果を実感できる評価込みの研修

 一方のJAPETが取り組んできたプロジェクトの主な成果物は,情報教育関連の情報が満載された5枚組のCD-ROM教材である。情報教育の研究者と実践者,関連メーカー委員からなる混成チームが,推進リーダーに求められている事柄を洗い出し,豊富な実践映像を交えた関連資料を集められるだけ集めて貴重な素材集を制作した。研修を支援するシステムも合わせて構築され,研修生同士が情報を交換したり,共同作業のために掲示板を利用するなど,高度情報通信時代にふさわしいスタイルで,研修をサポートするシステムが提案された。

 このプロジェクトによって開発された素材を用いた研修では、さまざまな学習方法が採用可能である。講習の実際を見ると、講師による情報提示、個別学習、あるいは共同学習とその成果発表などの様々な研修スタイルがバランス良く採用されていた。素材から発展させて、受講者の職場の実態や担当教科などに応じた事例を生成している例もあった。研修素材と担当講師、受講者が相互に影響しながら研修が進められ、同じ素材を用いても担当講師によってかなり様相が異なる研修になる様子が見て取れた。素材の開発だけでなく、それをいかに使うか、いかに使わせるかも合わせて吟味され、実績に裏付けられた研修パッケージとしての提案になる予定である。

 このプロジェクトで試みたもう一つの挑戦は、受講者が自分の研修成果を実感できる仕組みをつくることにあった。様々な研修スタイルを採用したとしても、研修の目的は共通である。担当講師が、自分の経験を生かして味付けをするにしても、コアとなるカリキュラムを意識できるようにし、また、受講者が身につけるべき事柄を身につけたかどうかを自ら確認する方法を提供しよう。検討の結果採用した枠組みは、セルフチェックリストによる事前・事後比較法であった。

 5枚のCD-ROMを制作するにあたって意識した情報教育研修のねらいに基づいて、達成状況を受講者自身が自己診断できるチェックリストを準備した。10日間研修のためのチェック項目は総数で100を超えた。研修受講者は、研修開始前にチェック項目すべてに目を通し、研修前の知識や技能の状態を各項目に対して4段階で自己診断した。これが事前評価である。

 事前評価を行う利点はいくつかある。第1に、研修の内容をあらかじめ把握させ、「こんなことが身につく研修なんだ」との期待感と目標像を持たせること。第2に、研修後に同じチェックを行うことにより、研修前後の変化を明らかにして研修成果が実感できるようになること。第3に、研修方法を工夫することにより、既に知っている事項の研修に退屈することを避けて、苦手な領域や研修を深めたい領域に重点をおいて研修時間を有効に使うための基礎資料が提供できること。事前評価でチェック項目のほとんどが既に知っている・できる内容であることが判明すれば、この研修には参加せずに、より高度な研修を選択すれば良いと考えることになる。

 事前評価に対して、事後評価は、研修の直後にチェックリストを自己診断することを指す。ここでは、集計を容易にするために、研修支援システムが活用され、自由記述のコメントと共に、ホームページ上にデータを蓄積した。事前評価の自己診断と比較することにより研修成果を確かめることができ、不足気味の項目については、あとで復習の時間をとるといった追加学習を方向づける効果もあったようである。

 事前・事後評価に加え、この講座では、追加学習の成果も含めた10日間研修全体の成果を振り返る意味で、最終日には「最終評価」としてチェック項目すべてを再チェックする時間を確保した。常に自分の進捗状況を点検しながら研修を進める態度を身につけてもらうことも、この方法を採用した意図であった。情報教育で重視される「課題解決」に不可欠な方法論として。


おわりに

 実態調査によれば、年間20万人を越す教員が情報教育研修を受講している。その中で,教育委員会等が主催する研修と校内研修等の受講者が4割ずつを占めており,各種研究団体やメーカー等の主催や大学等の公開講座等での受講者の割合は少数にとどまっている。研修のあり方を再点検し、1人でも多くの教員に情報教育に関する自信と新しい学びのイメージをつかんでもらうことができるかどうかに、情報教育の未来が大きく左右されると思う。関係各位の工夫を期待したい。