鈴木克明(2001c)「エッセイ2001:この夏のできごと」『視聴覚教育』2001年12月号原稿


(エッセイ2001)この夏のできごと


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明


長野市フルネットセンター訪問


 8月の暑い日に、長野市フルネットセンターに 中澤康匡先生を訪ねた。第5回視聴覚教育総合全 国大会(宮城・仙台大会)にネットワーク経由で パネル登壇していただくための打合せであった。 ガラスをふんだんに使って明るい雰囲気の親しみ やすい施設という第一印象だった。

 長野市は、オリンピック開催を契機に高速情報 ネットワークの整備が進み、全市立小中学校68校 をフルネットセンターと実験用光回線で結び、V ODシステムを利用できるようになっている。校 内ネットワーク(LAN)もすでにすべての学校 で設置が完了しており、「教育の情報化」が一足 先に実現されていた。環境が整備されないことを 嘆くことはよくあるが、環境が整ったら何が実現 できるのだろうか。楽しみに拝見した。


自作教材をVOD配信

 「VOD(ビデオ・オン・デマンド)システム とは、自分が見たいビデオ教材をいつでも、見た い時に見ることができる。ちょうど、通信カラオ ケのビデオ版のようなものです。」と中澤先生は 説明してくれた。ここで取り組んでいたのは、市 内の先生方が自作ビデオを制作する活動をサポー トし、それをネットで配信するサービスであった。 ちょうど、マルチメディア教育利用共同研究会の 先生方が音楽教材の制作に取り組んでおられた。

 これまでであれば、ビデオ教材はテープにダビ ングして各校に配るところである。それを、制作 したらすぐにネットワークに乗せて、見たいとき に見られる体制を整えた。なるほどなぁ、と思っ た。新しいメディアが登場すると、何か新しいこ とをやらなければならない、と思いがちである。 しかし、今までやっていたことがより便利になる ことによって、今までの活動がより活発になり、 ひいては質を高めていく余裕も生まれる。「この方 式だと、一度制作した教材を修正するのが楽です。 改訂版をネットに乗せるだけで、その瞬間から新 しいバージョンを使ってもらえます。」なるほど、 そういうことだと思った。


人的サポートがカギを握る

 NTT東日本長野支店教育プロジェクトチーム の存在も特筆すべきものだ。この先進的な実験回 線の維持はもとより、先生方の活動もサポートし ていた。施設が生きるか死ぬかはそこに働く人た ちのサービス次第だ、という思いを新たにした。

 同行した仙台の先生方も、充実した人的サポー トをとてもうらやましがっていたが、「これはあく までも実験的な取り組みですから、他の支店に同 じことを期待されても困りますよ」と釘をさされ た。「あそこにいくのが楽しみだ」という満足感、 そして「いい仕事をさせてもらえた」という充実 感。笑顔に見送られて長野をあとにした。


変わりつつある放送教育

 この夏のもう一つの思い出は、江戸川区総合区 民センターでつくられた。第52回放送教育研究会 全国大会(東京大会)に、分科会助言者、そして 大会まとめのセッション登壇者として参加した。 私が主張したのは、放送教育の温故知新。その背 景には、新しいメディア環境に対応すべく変わり つつある放送教育の潮流があった。

 NHKは、通信のブロードバンド化と放送のデジ タル化に対応すべく、インターネットを連動した 番組制作の実験的試みを続けてきている。とくに、 「総合的な学習の時間」に使える番組を中心にモ デルケースを構築・提案してきた。今年度の大会 でもこれがいわゆる「目玉」となり、参加者に大 きなインパクトを与えていた。


放送教育の越権行為か?

 この流れは,かねてからNHKが新しい教育実践 課題にチャレンジする伝統を踏襲したものだ。そ の試みが,メディア環境の変化とともに,従前か らの放送の枠組みを超越した形態に進化を遂げて いる。それが本来の放送局の業務を逸脱している のではないかという、種々の立場からの異論もあ る。「この番組の利用方法はもはや放送教育ではな い」という類の主張も、かつてあった。

 教育現場では,視聴覚、放送,あるいはインタ ーネットというメディアの種別ごとに縦割りにさ れた教育実践が展開されるのではない。少なくと も教育の分野ではNHKのインターネット進出を 規制するのではなく、大いにやってもらい、それ を受けて切磋琢磨していけばよいと思った。


第6回・大阪・合同大会

 来年の第6回総合全国大会は、第53回放送教育 研究会全国大会との合同大会として大阪で開催さ れる。NHK大阪放送局も新装オープンし、何かと 活気に満ちた関西での大会が楽しみである。  教育機器ごとに研究会を分断するという発想を やめなければいけないと主張してきた筆者にとっ て、「合同大会」という響きはとても嬉しい。主義 主張の違いは違いとして認めた上で、一緒に大会 を盛り上げていく。一緒にやるからこそ、何が異 なり、何が同じかを確認することができる。

 もともと放送教育や視聴覚教育、あるいは教育 工学は、機器の利用という切り口で研究を重ねて きた兄弟分である。利用可能なメディアが多種多 様にわたるにつれて、研究会組織が各県・市町村 の事情で複雑なねじれ現象を起こし、一人の実働 教員がいくつもの組織の多すぎる研究会に奔走す る現象に悩まされている事実も(地方差はあるだ ろうが)、見つめなおす必要があろう。筆者にとっ ては、大会が多ければ、訪れることができる地が 増えるというメリットはもちろんあるのだが。

 第1回視聴覚教育総合大会(WITH1997)の準 備にあたっていた多田氏(千葉県教育委員会)に 向けた書簡で、こんなことを書いた。それを大阪 大会の準備にあたっている人たちにも、心をこめ て送りたい。「それぞれの伝統を生かしつつも同じ 教育課題に取り組む実践者が英知を共有しあうこ とはとても時宜にかなっており、その意味からも WITH1997の成果を期待しています。統合 にあたっては運営面でのご苦労が多いかと存じま すが、どうか辛抱強く大きな一歩を踏み出してい ただきますように。」

(岩手県立大学教授 鈴木克明)
profile すずきかつあき
岩手県立大学教授
国際基督教大学卒、米国フロリダ州立大学
大学院(Ph.D)、東北学院大学助教授などを
経て平成11年から現職。日本教育メディア
学会理事、日本教育工学会理事など。