鈴木克明(2003b)「新教科『情報』とともに学校全体を情報化しよう」『IMETS』2003年秋号(No.150)、(財)才能開発教育研究財団、42-45.


新教科「情報」とともに学校全体を情報化しよう


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明



富山県立大門高校の取り組み

 富山県立大門高校は、伝統ある情報教育推進校である。古くは100校プロジェクトから始まり、開校以来18年間も富山県の情報教育をリードしてきた。毎年1回高校独自に開催する研究会には、富山県を始め隣県からも多くの関係者が参観し、最も先端を行く実践研究を重ねてきた。筆者も、昨年12月、第8回の情報通信ネットワーク教育利用実践研究会の講師として招聘され、「総合的な学習の時間と情報の評価について」と題して情報化をめぐる評価の問題について講演した経緯がある。

 情報教育実践の内容も、情報Aでは飽き足らずに、情報Cを採用している。ポスター制作やデジタル動画編集によるCM自作を含めた実習では質の高い作品が毎年作られている。発表会には東京から映像製作の専門家を呼んで批評してもらうという熱の入れようで、先進的な情報教育実践校としての地位を確立してきた。カリキュラム編成の考え方や評価に向けての取り組みは、本誌の江守論文に詳細に述べられているとおりである。

 ところで、先進的な情報教育が積み重なっていく一方で、他教科の先生方の情報化への取り組みは、実はさほど進んではいなかったようである。昨年12月の研究会にお邪魔したときには、英語科の先生がプレゼンテーションソフトで自作された教材を授業で使った経過とその成果が発表されていた。しかし、他教科での情報化の取り組みはまだ緒についたばかりだとのことだった。

 情報教育の実践が進めば進むほど、他教科の先生にとっては大きな差をつけられたという印象を持たれるのだろうか。教科「情報」での実践を核としながら学校全体を情報化していくという課題は、なかなか一筋縄にはいかないようである。情報の授業で子どもたちが身につける「情報収集・整理・発信」に関するスキルが、教科「情報」以外の学習で役立てられないとすれば、それは残念なことである。今までやってきた各教科の授業をより分かりやすく、魅力的で、しかも効率が良いものにするために、情報の授業で学ぶことを使うことができないだろうか。そんな観点から、生徒の視点で再点検する契機だと思う。


新教科「情報」を担当する先生へのメッセージ

  筆者は、これまでに「情報」の現職教員向け免許講習のテキストづくりや、教科書の企画・編集・執筆、あるいは通信制高校での授業づくりの提案やeラーニング向けWebサイトの構築などを通して、この教科をどうやって教えるのが本来の目的に迫ることになるのかを考えてきた。また一方で、大学生の入門情報教育を担当する中で、高校で情報教育を受けてこなかった非情報系学部の1年生には、どのような内容をどのような方法で教えるのが良いかを考え、実践する中で、いろんなコツがあることが分かってきた。

 昨年度あたりから、各地で新教科「情報」を担当する先生方に向けて、授業をどのようにつくっていくかについての講演を頼まれることが多くなった。そのような機会には、表1に示す5つのポイントに絞って、お話をするようにしている。これが、新教科「情報」を担当する先生方への筆者からのメッセージである。と同時に、新教科「情報」が始まるのをきっかけに自分の教科も少しずつ変えていきたいと考えている他の教科の先生方にも是非聞いていただきたい筆者の思いである。孤軍奮闘している情報科の先生方を是非サポートしてもらい、高校全体を情報社会にふさわしい授業が展開される場所にバージョンアップして欲しい、との願いが込められている。

表1:新教科「情報」授業づくりの5ポイント
——————————————————————
1.情報科の授業を生徒とともに楽しもう!
2.教科書研究から始めて実践例を交換する
3.要求水準を冒頭で示す(実例・プリント)
4.生徒が個性を発揮する場を設定する
5.総合的学習へつなげて学校を変えよう
——————————————————————

1.教科「情報」の授業を生徒とともに楽しもう!

 教科「情報」に限らず、授業は楽しいものでありたい。楽しい、とは何もエンターテイメント性ばかりではなく、学ぶことの楽しさを伝える時間であって欲しい。新しく始まる情報の授業には、生徒は期待している。今までと違った何かがあるのではないかと。その期待を裏切らないように、楽しい授業を心がけたいものである。授業が生徒にとって楽しいものになるためには、教師も授業を楽しめることが条件となろう。

 新しい授業だから、生徒に侮られないように十分に準備して授業に臨む。何も準備しないよりは、周到に準備することは悪くない。でも、硬くなりすぎないようにしたい。何もかも教師が準備して、その通りに授業が進行していく。教師がすべてを掌握していて、生徒は教師のペースにしたがって粛々と中身を理解することに精を出す。こういうイメージの授業は、少なくても新教科「情報」には似合わない。上意下達からの脱却で楽しい授業を。これが授業を楽しむコツである。

理路整然とした授業と予想外に展開する授業を対比すれば、教師にとっては理路整然として進む方が気が楽であろう。しかし、生徒にすれば、予想外に展開していく可能性がある授業の方がおもしろい。自分の出方次第で、授業が変わっていく可能性があれば、真剣さも増すというものだ。出たところ勝負で、現在進行形の授業づくりが楽しめるようになれば、教師にとっても授業が楽しくなる。仮に、教師が準備して仕切る部分を4割に抑え、生徒の発想を軌道修正して「情報科」にする部分を6割と覚悟するというイメージはどうだろうか。

情報機器の操作については教師より生徒の方がよくできる。この点は、少なくても覚悟する必要がある。できる生徒に教わる。できる生徒に活躍する場所を与える。この覚悟も必要だろう。40人を教師一人で仕切るのは相当な覚悟と工夫が必要になる。工夫の一つは、できる生徒に手助けしてもらうことだ。

失敗を集めて次に生かす。このことは、教科「情報」で生徒に教えるべき問題解決の基本的態度である。生徒に教えるべきことは、教師も実践する。そう考えれば、とにかくやってみて、状況を見ながら修正が必要な箇所を改めていく。そんな柔軟で、肩肘の張らない授業を生徒に見せることも、良い手本になる。実習1/2は「上限」ではなく「下限」と考えれば、どの程度まで生徒に任せられると思えるかが変わるかもしれない。まずは、楽しい授業を。躍動感があって、緊張感があって、失敗がたくさんあって、でもそれを徐々に修正していくプロセスを体験できる。そんな授業を目指したいものだ。


2.教科書研究から始めて実践例を交換する

学習指導要領は、しっかりと熟読しておく。これは、自分の発想で授業を展開するための、「担保」である。学習指導要領をしっかり踏まえたら、情報の授業は、あとは何でもあり、と言って良い。奇異に見える授業でも、「この授業は、学習指導要領の〇〇の部分をねらってやってます」という説明が可能であれば、それは立派な情報の授業である。逆に、教科書にしたがってやっていた授業だとしても、「表計算の使い方を教えていてこれで情報の授業なんですか?」などと聞かれたときに、「教科書に書いてありますから」という回答では情けない。13種類もある教科書の中身は千差万別である。授業を直接学習指導要領に連結していくことが大切だと筆者は思う。

教科書は、使える部分を使う。さまざまな経緯で、自分が使いたい教科書が採択されていないという例も聞く。しかし、どの教科書でも、使える部分はある。たとえば、用語調べ。教科書を辞書代わりにして、知っていて欲しい用語を生徒に調べさせるのはどうか。せっかく生徒一人ひとりがもっている情報源であるから、最大限に使う方向で見直してみよう。教科書が提供する情報をいかに活用するか、これも生徒に教えるべきことの一つだと考えよう。

先生方にとって、教科書のもう一つの活用方法は、採択されなかった他社の教科書を参考にすることである。他社の教科書にはどんな演習課題があるか。どんな配列になっているか。こんな点を、採択した教科書と比較してみよう。教科書はネタの宝庫である。それぞれの執筆陣が、これはと思う内容を盛り込んでいる。教科書同士の違いを楽しみながら、使えるアイディアはどんどん使おう。生徒に他社の教科書をコピーして配布するのは問題であるとしても、演習のアイディアをいただくのは問題ない。場合によっては、次の採択ではより多くのアイディアをいただけた教科書に乗り換えるという道もあるのだから。

教科「情報」の特色の一つに、かなり多数の実践例がWeb上に公開されているということがある。これは、大いに使わせてもらおう。何といっても、他の学校の教師が考え出して、実践のふるいにかけたものなのだから、信憑性がある。実行可能性もある。Web上に公開しているということは、ぜひとも参考にしてください、というメッセージである。遠慮なく活用させてもらい、授業の質を高めよう。

オリジナルにこだわる態度は、日本の教師に強く根づいてきた特徴かも知れないが、それは、情報科で教えるべき「情報の共有」という精神に反している。誰が発信している情報かをしっかりと意識しながら、全国の情報科教員の共同体として、より良い授業を創造していく。そのためには、真似から入ることが最も重要である。

Web公開事例をそっくりいただいて授業をしてみる。少し生徒の実情に合わせて味つけを変えてみる。そんな実践の積み重ねの上に、他の教員に使ってもらえそうな自分の事例も公開できるようになる日が来る。これまでの情報提供に感謝して、「どうぞこれも使ってみてください」と自分の実践もWeb上に公開する。これこそが、情報科で教えるべき「情報社会に参画する態度」というものに他ならない。take&takeから始めて、give&takeを目指そう。


3.要求水準を冒頭で示す(実例・プリント)

少々乱暴であるが、ハウツー(どうやるか)は教えずに「さあこれをやってみよう」と投げかけるのが、情報科の授業の基本形だと思っている。教師の説明をできるだけ省く。もしも説明したいことがあるならば、せめてプリントにして配布して、生徒一人ひとりが自分のペースでできるような環境を作ってはどうか。

導入課題として、単位取得に最低必要な要求水準を冒頭に示す。最低スキルを全部網羅した実例を示し、とにかくこれだけは全員にやらせる。自由な応用課題に取り組ませるための準備段階である。チェックリストを活用する。まず自分ですべての水準にクリアできたかどうかを自己評価させ、可能な限り、生徒同士で相互評価させる。チェックリストは、課題着手時に配布して、羅針盤とするのがよい。

情報科の評価はどうするのか、ということが授業実施に伴って先生方の関心を集めている。筆者に言わせればそれは本末転倒、順序が逆である。評価は授業をする前に考えておくべきことである。最低限の要求水準をすべての課題で満たすこと。これが赤点をもらわないための条件に他ならない。あとは、応用課題の出来具合によって、評価を加点していけばよい。「最低限の要求水準」とは単位取得の最低条件であり、だからこそ、全員にやらせることが可能となる。

スキルでなく、知識はどうするか。これも同じように、最低限知っているべきことを網羅した「最低基準」を冒頭で示し、あとは、これまた乱暴であるが、知っておくべきことは「自分で調べる」課題を与えるのが良い。とかく教師がすべてを説明しなければならないと思いがちであるが、それをやってしまうと、生徒が「自ら調べる」という情報収集のチャンスを奪う結果になる。

教科書からでも、図書館でも、あるいはインターネットからでも、知らないことを調べられるようにトレーニングすることは、教科「情報」の使命でもある。まずは、たとえば、用語の説明を記入させるような課題プリントを使って、知らない言葉が数多くあることを確認する。次に、個人あるいはグループで調べることで、成長を実感させる。ずいぶん物知りになったなぁ、知らないのは恥ではなく成長のチャンスだなぁ、と思ってもらえればそれで良い。調べられるようになることと調べた結果を記憶していることは別のことだと割り切れれば、期末テストで用語の意味を持ち込みなしで問うような問題を出さなくても何も問題がないことも分かるだろう。


4.生徒が個性を発揮する場を設定する

 最低限のスキルや知識を生徒が獲得したら、あとは個性を発揮する番である。これには十分の時間を確保してあげたい。生徒は、思い思いのやりたいことに取り組む応用課題で基礎知識・技能の定着を図っていく。その結果をプレゼンテーションすることで、達成感や成就感を味わうことができる。要求水準を満たしているのだから、あとはどの程度やるかは生徒に一任し、「自由」と割り切る。こだわりを追究できる時間を確保しておくことが教師の役割として重要である。あとは、「もう少し高みに登るように生徒をそそのかすこと」が教師の果たすべき役割となる。

応用課題は、スキルの応用となる作品づくりと、知識の応用となるレポートづくりが2本柱になるだろう。可能であれば、グループ作業を取り入れて、協調性や自己主張、他者理解の契機とするのが良い。評価の基本はプラス評価である。単位取得の最低基準は満たしているのだから、あとは評価されることにあまり神経質にならずに、良いところをプラスに評価してもらえる安心感の中で作業に没頭させるのが良い。

中間段階での発表と相互評価の機会を設けて、改善する余裕をもつには出来上がる前に評価してもらうことだということを体験させる。評価を受けることは自分の作品の出来を高めていくために大事なステップであることを体験させる。レポートでは、調べたいことをとことん調べてまとめる経験を中心に据える。その中で、情報モラルの側面から、正しい引用の大切さ、あるいは、段落構成の大切さを教えると良い。


5.総合的学習へつなげて学校を変えよう

学ぶ楽しさづくりを追究していくと、充実した作品やレポートが出来上がる。これは、受験対策にも直結するし、学校の魅力を高めることで生徒確保にも直結する。楽しい授業を高校が直面する課題につなげて、両立させることを目標にすると良い。

教科「情報」は2単位では終われない。充実した学びを保障するためには時間が少なすぎるし、何よりも、楽しすぎて生徒も教師ももっとやりたいから。情報の授業を充実することが、特色ある学校づくりにも寄与する。「総合的な学習の時間」は、設立の経緯や目指されている目標の観点から、教科「情報」の延長でもある。情報活用能力を育てるという共通点がある。まずは、教科「情報」と総合的な学習を連結することを考えるのが良い。

大学から高校を見ている立場からは、高校の充実度を測るバロメータとしてさまざまなものが見える。たとえば、専門高校の「課題研究」は、生徒の発想が生かされて充実した時間になっているケースでは、自己推薦入試の強力な武器になっている。これは、普通科高校において教科「情報」の成果をどのようにまとめさせて、生徒の自信につなげ、かつ学校の充実度のアピールにつなげていくかを考える上で、とても参考になる。たとえば、高校卒業論文にまとめることで「調べてまとめて伝える力」を育成し、それを進路指導にもつながる自分探しと位置づけることも可能である。

新教科「情報」では、指導計画の作成に当たって、「中学校での学習の程度を踏まえるとともに,情報科での学習が他の各教科・科目等の学習に役立つよう,他の各教科・科目等との連携を図ること(指導要領第10節情報第3款1(1))」が求められている。情報科と総合を柱に教科を有機結合することで、高校の授業全体が楽しく、情報社会にふさわしいものにグレードアップしていくことを切に期待している。