鈴木克明(2007b)「途上国とe-ラーニング:学習を支えるテクノロジー」『JICE』no.59 2007 Octover原稿(脱稿2007.8.13)


途上国とe-ラーニング:学習を支えるテクノロジー


熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻長・教授 鈴木克明



国際協力にもICTの恩恵を広めるためには、eラーニングが不可欠です。教育は人対人が基本。でも、ICTをうまく組み合わせると学習の幅が広がります。国際協力の分野でもeラーニングの専門家を目指す人が増えることを期待しています。

現代社会の日常に欠かせないICT

 情報通信技術(ICT)の発達によって、遠隔地とのコミュニケーションや情報を得る機会は格段に進歩しました。その一方で情報格差(デジタル・デバイド)の問題が検討課題として生まれています。ICTを活用して学習の機会を提供する仕組みを一般にeラーニングと呼び、先進国の企業・組織では使うのが当たり前の標準になりつつあります。一方で、国際協力の場面、あるいは途上国におけるe-ラーニングは時期尚早との印象が払拭できないでいるのではないかと想像します。ICT時代のコミュニケーションといっても、人と人とが対面して直接対話するのが重要である。「教育」は人が人に伝えるのが基本であり、デジタル時代だからこそ「人対人」のアナログ部分が重要。そんな声が聞こえてきそうです。  

一方で、国際協力の日常にも、さまざまな形でICTの恩恵がもたらされています。国や距離を超えた教育機会・情報の享受など、もはや国際協力には電子メールやWebサイトの利用は不可欠であり、ICTを使わないと仕事にならない、という実感をお持ちの方も多いでしょう。マスメディアに取り上げられるかどうかが出来事の大きさを知る尺度になっていることは今も昔も変わらないとしても、インターネット上に存在するかどうか、検索したときに出てくるかどうか、という面も、世の中へのアピールを考えたときに看過できないことになりつつあります。

ICTの活用が開発途上国にもたらすもの

筆者は、沖縄国際センター(OIC)で外部講師を1995年から務めています。マルチメディア教育技術研修関連の理論的背景や趨勢を2日間で講義するという役割です。JICA専門家としてトルコに初めて派遣されたのが2000年でしたが、そのときは母子保健プロジェクトのWebサイトを用いた情報伝達・広報活動の設計と第三国研修の立案が任務でした。今思えば、ICTを国際協力でどう使っていくか、という先駆け的な意味合いを持っていました。その後も、OICの帰国研修員からの招きにより、フィジーの南太平洋大学や中国の水利省におけるICTを活用した遠隔教育について関わるチャンスをいただきました。昨年は、アジア開発銀行研究所の招きでネパールを訪問し、遠隔教育セミナー用の講義を収録し、配信が始まるところです。

これらの経験から感じることは、ICTを活用することによって、学習の機会がより多く、広範に提供できる、という紛れもない事実です。人対人でしか伝わらない熱い思いとか、真摯な態度、思いやりと気遣いなど、二人称的関係を築くことは、国際協力の場面のみならず、教育一般に大切な条件です。一方で、たとえ遠隔にいて録画されたビデオを見るだけでも、あるいは肉声を介さない文字によるコミュニケーション(電子メール)だけでも、伝わることはあります。直接会って対話して、二人称的関係を構築したあとでICTを使った交流を継続すると、「私とあなた」の関係を継続することにも役立ちます。また、直接会ったことがない人からのメッセージでも、そこから多くのことを学ぶことはできます。我々が、先祖代々書籍から多くの先人たちの知恵を学んできたように、三人称的関係の人が準備した情報からも、多くのことを学ぶことができるのです。

情報格差是正のための課題とは

ICT技術はどんどん発展するでしょうし、その過程において、途上国における情報格差や持続的成長への課題も山積するでしょう。ICTを使う者はどんどん便利になる道具を積極的に使うことで益々便利になり、使わない者はその恩恵に預かれずに放置されるとすれば格差は広まる一方でしょう。放置すれば恩恵に預かれそうもない人たちにこそ、積極的にICT利用を促進し、彼らの発展に寄与するような工夫を教え、利用を持続させるための支援を続けることが肝要だと思います。国際協力のあらゆるプロジェクトにおいて、ICTをいかに組み入れ、活用していくのかをまずは考えましょう。その中核には、ICTを利用して新しいことを知り、学び、情報を交換しあい、また自分から発信する、というeラーニングの発想を据えるべきです。国内外における人対人の生身の交流とICT利用による学習の継続をどのように組み合わせるのが最も効果的かについて、その中で考え、試行錯誤し、良い知恵を共有することが大事だと思います。

eラーニングの可能性を実現するのは、教育設計・ICT技術・知的財産権・マネジメントの4領域の専門性を兼ね備えたeラーニング専門家である。そのコンセプトで2006年4月に、eラーニングによるeラーニング専門家養成の大学院「教授システム学専攻」を熊本大学は我が国で初めて創設しました。企業内教育や高等教育での成人学習を主たるターゲットにして、eラーニングのプロを目指す社会人が、仕事を抱えながら、熊本に来たり担当教員に直接会ったりしないでどこまで学習が可能かという難題にチャレンジしています。この輪が国際協力分野にも広がることを期待しています。

熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻の詳細は、http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/にアクセスしてください。

すずき かつあき
昭和34年千葉県市川市生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。同大学大学院修士課程修了、米国フロリダ州立大学大学院教育学研究科博士課程修了、Ph.D取得。東北大学大学院講師、同大学大学院助教授、教授、岩手県立大学ソフトウェア情報学部・大学院ソフトウェア情報学研究科教授を経て、平成18年より現職。日本教育メディア学会理事、日本イーラーニングコンソーシアム名誉会員などを務める。主著に、『教材設計マニュアル』『教育工学を始めよう(共訳・解説)』『インストラクショナルデザインの原理(監訳書)』がある(いずれも北大路書房)。