沼野一男・平沢茂編著(1989)『教育の方法・技術』学文社、分担執筆
12.教授目標明確化の方法を、例をあげて説明せよ。

(内容・行動マトリックス(目標細目表)、「明確でない教授目標は、その妥当性を
 吟味することはできない」)

〔明確な目標とそうでない目標〕
 次にあげる2つの目標のうち、どちらがより明確に書かれているであろうか。
   A.教授目標を明確化する方法について理解する。
   B.教授目標を明確化するための3つのポイントのリストをみながら、与えられた
     未知の目標がそれに従って書かれていない場合にすべて直すことができる。
     ただし3つのポイントとは、目標の行動化、条件の記述、基準の記述とする。
 目標Aと目標Bを比較すると、AよりはBの方が、何をどの程度まで教えたいのかが明
らかであり、読み手に意図が確実に伝わりやすい。つまり、AよりはBの方がより明確な
目標といえる。
 明確な目標とそうでないものを見分けるコツは、「その目標にたどり着いたかどうかを
どうやって確かめたらよいのか」を考えてみることである。目標Aに到達したかどうかを
確かめるために、まさか学習者に「理解しましたか」と尋ねるわけにもいくまい。「理解
した」かどうかを確かめる方法は多様にあり、人それぞれに考え方も異なるであろう。一
方で、目標Bの場合は、学習者がこれまでに見たことのない不明確な目標を幾つか与えて
、それを明確な目標に書き直せるかどうかを確かめればよいのである。つまり、明確な目
標があれば評価方法が簡単に導き出せるものである。

〔目標をより明確にする3つのポイント〕
 目標明確化の第1のポイントは、学習者の「行動で」目標を表すことである。上の例で
学んでほしいことは「教授目標を明確化する方法について」であり、その方法についての
理解を深めて欲しいことは確かである。しかし、「理解を深めた」ということは学習者の
内的な(脳の記憶の)状態が何らかの形で変わったということであり、外からその変化は
観察できない。「・・・を理解する」「・・・を知る」「・・・に気づく」というような
目標は、学んでほしいことをそのまま記述している反面、うまく教えられたかどうかをど
うやって確かめたらよいのかが明確であるとはいえない。
 目標Bの場合はどうであろうか。ここでは、目標明確化の方法について理解したかどう
かを、その方法を実際に応用して目標を書き直すという学習者の「行動で」具体的に示し
ている。この場合の「書き直す」という行動を、目標行動という。いうまでもなく、目標
Bで学んでほしいことは「書き直す」行為そのものではない。書き直す方法だけを意味も
わからず機械的に覚えたとしても、それは、目標明確化についての「理解」を示すもので
はないからである。「書き直す」という行動が「理解が深まった」ことを具体的に、外か
らわかる形で表すための一つの指標として用いられているということに注意したい。
 目標明確化の第2のポイントは、目標行動が評価される条件を明らかに示すことである
。すなわち、目標Bにおける条件は、「3つのポイントのリストをみながら」と「未知の
」という部分である。この目標では、学習者が3つのポイントが何であるかを暗記してお
く必要がないことは明らかである。評価される時には試験問題の一部としてリストが示さ
れるのであるから、それぞれのポイントが何を意味しているかを知っていればよいのであ
る。また、いままでに例えば例題や練習問題として学習者が見たことのある目標は評価に
は使わないということが、「未知の」という条件から読み取れる。これは、書き直したも
のを丸暗記して正解することを防ぐためのものである。応用力を試すためには、新しい例
に適用できるかどうかで評価する必要があるからである。条件にはこの他に「電卓を使っ
て」や「辞書を見ないで」のように、学習者が目標行動を行うときに何を使ってよいのか
、あるいはどのような制限があるのかを示すものがある。
 目標明確化の第3のポイントとして、目標が達成されたかどうかを判断する基準を記述
することがある。目標Bの場合は、「すべて」という部分がそれにあたる。この場合、例
えば「与えられた5つの目標の中で4つ以上は」と置き換えることも可能である。その他
の基準として、「1分以内で泳ぐ」のような速さや「誤差5%以内で測定する」のような
正確さを明らかにするものを目標に含める場合がある。
 目標を明確なものにしていくためには、何を学ばせたいのかをそのまま示すAのような
目標からスタ−トしてもよい。上にあげた明確化のための3つのポイントをあてはめて、
目標行動を選択し、条件や基準をつけ加えることで、徐々に明確な目標にすることができ
る。この作業の手助けとして有効なことの一つに、授業のできばえを評価するためのテス
ト問題を作ることがあげられる。評価の問題を作成することで何を教えようとしているの
かを明らかにして、その具体的な評価の方法から逆に明確な教授目標を導き出すことも考
えてよいと思われる。

〔内容・行動マトリックスの活用〕
 教授目標の明確化にあたって、その目標がどの内容にかかわり、またどのタイプの目標
に分類されるのかの位置づけを行うことがある。教授内容と目標行動のタイプの2次元で
教授目標を位置づける表を内容・行動マトリックス(または、目標細目表)という。
 例えば目標Bでは、「理解」の深さを書き直すことができる程度として捉えている。そ
れは、単に明確化の3つのポイントを覚えているかどうかという程度ではなく、その3つ
のポイントを未知の例に適用する力を求めている。ブル−ムらの言葉を借りれば、それは
「知識」のクラスではなく、「応用」のクラスということになるし、ガニェの学習成果に
あてはめれば、「言語情報」としてでなく「知的技能」としての理解ということになる。
このように目標を目標行動のタイプに分類することで、その目標によって達成される学習
の性質がよりはっきりするのである。
 あるまとまった教授内容の目標を考えるときには、単に一つひとつの目標を明確化する
ことだけでなく、教授内容の項目を縦軸に、目標行動のタイプを横軸にしたマトリックス
を作成して、必要な目標はどこに位置づくかを明らかにしてから、明確な目標を設定して
いくことが求められる。それは、教授目標そのものの明確化だけでなく、その目標が全体
の中で果たす役割をより明確にしようとするためである。

〔妥当性の吟味という問題〕
 教授目標を明確にすること、つまり何を学んでほしいのかを明らかに示すことは、その
目標が達成できたかどうかを判断する評価の材料を提供することである。従って、成功的
教育観に基づいて授業のでき具合をいつもチェックするという観点から、目標の明確化は
不可欠なことである。さらに、明確な目標を掲げることによって、授業の成功の度合いを
評価するだけでなく、その目標が妥当なものであるかどうかを吟味することも可能になる
。例えば、目標Bは目標明確化の方法を理解したかどうかを知るためにふさわしい方法で
はない、との意見を持つ人もいるかもしれない。「他人が作った目標を明確なものに書き
直すのでなく、明確な目標を自分で作れるようになることが妥当な目標である」という意
見もあり得るからである。このような吟味は、目標Aに止まることなく、明確化を試みた
Bの目標があるからこそ始められる。目標Aは多義に解釈できるので、かみあう議論は成
立しにくい。明確でない教授目標は、その妥当性を吟味することはできないのである。
                                  (鈴木克明)

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