鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門〜若い先生へのメッセージ〜』財団法人 日本放送教育協会



第5章 授業の魅力を高める作戦
〜ARCSモデルに学ぶ(1)〜


■メッセージ■
授業に魅力があると言っても、それは必ずしも「おもしろい授業」を意味しない。たとえ外見的にはつまらなそうな授業でも、子どもたちが真剣に取り組み、やりがいを感じ、黙々と努力しているのであれば、その授業の魅力がないとは決して言えない。


はじめに
1 ケラーのARCS動機づけモデル
2 学習意欲を高める作戦
3 学習意欲と放送利用
  3-1身を乗り出させ、学習へのきっかけをつくる手段としての放送:注意の側面
  3-2現実社会と学校知を結ぶ「窓」としての放送:関連性の側面
  3-3情報活用能力を育てるメディアとしての放送:自信の側面
  3-4放送発信基地としての学校:満足感の側面
4 「授業の魅力」を左右するのは何か

■チェックポイント■
1 自分の授業の「魅力」はどこにあると思いますか?




2 授業を魅力的にするために、ふだんどんな工夫をしていますか?




3 放送番組の利用は、授業を魅力的にするためにどのように役にたつと思いますか?

■メモ■
(本文を読む前に、チェックをしてみての感想などを書き残しておいてください)


はじめに 「授業の魅力」について

前章では、「関心・意欲・態度」の評価をめぐっての放送教育研究の先進性について述べた。評価の目的が子どもたちにより強い関心をもたせ、学習に意欲的に取り組ませ、授業や学習内容あるいは学習者としての自己に肯定的な態度を持ってもらうことにあるとすれば、評価は「子どもの評価」というよりもむしろ「授業の評価」に力点がおかれるべきだろうという主旨であった。

「関心・意欲・態度」の育成に関してある授業がどの程度成功しているのかを評価することは、授業がどの程度魅力的であったのかを調べることにつながる。子どもが待ち望むような授業、授業時間が終わっても授業で扱ったことが気になってさらに調べてみようと思うような授業、「中学校でのあの先生の授業が私を数学好きにしたんです」と振り返るような授業。そんな授業の魅力はどこから生まれるのだろうか。そこでこの章では、ジョン・M・ケラーが提唱する学習意欲育成のためのARCSモデルを詳しく取り上げ、「関心・意欲・態度」の育成につながる授業の魅力について考えてみたい。題して、「授業の魅力を高める作戦」である。

1 ケラーのARCS動機づけモデル

アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラー(John M. Keller)は、現在フロリダ州立大学の教授である。ケラーは、筆者が同大学に留学中に、学習意欲に関する業績が認められてシラキュース大学より引き抜かれてフロリダに移ってきた。ケラーの担当する大学院の特別講義「動機づけ理論と動機づけデザイン」を履修し、その中でケラーが執筆中だった論文 % へのコメントを求められたときに厳しい注文をつけたことがきっかけで、次の論文 $ を共同執筆する機会をいただいた。それ以来、公私ともにおつきあいが続いており、来日も四回を数えている。来日の都度、各所(東京工業大学、国際基督教大学、東北学院大学、ソフトウェア工学研究財団など)で講演をいただいたりプロジェクトを指導してもらう機会に恵まれている。ケラー教授自身、たいへん意欲的な活動家であり、アメリカ国内の各種プロジェクトに関わるほかにも、インドネシアやマレーシアなどでも指導に当たっている。

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写真2を挿入 ケラー教授と筆者(銀座にて)
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ケラーの提唱するARCSモデルは、学習意欲を〈注意(Attention)〉、〈関連性(Relevance)〉、〈自信(Confidence)〉、〈満足感(Satisfaction)〉の四側面でとらえ、授業の魅力を高める作戦を整理するための枠組みである。四側面の頭文字をとって、ARCS(アークス)モデルと命名された。これまでの膨大な動機づけに関する心理学的研究や実践からの知見を統合して、実践者向けに使いやすい形にまとめたものである 。

ARCSモデルにしたがって学習意欲の要因をたどると、まず、面白そうだ、何かありそうだという〈注意〉の側面にひかれる。次に、学習課題が何であるかを知り、やりがいがありそうだ、自分の価値とのかかわりがみえてきたという〈関連性〉の側面に気づく。課題の将来的価値のみならず、プロセスを楽しむという意義も関連性の一側面である。学習に意味を見いだしても、達成への可能性が低いと思えば意欲を失う。逆に、初期に成功の体験を重ね、それが自分の努力に帰属できれば「やればできる」という〈自信〉の側面が刺激される。 学習を振り返り、努力が実を結び「やってよかった」との〈満足感〉が得られれば、次への意欲につながっていく(図V-1)。

    S 満足感 「やってよかったな」
   
   C 自信 「やればできそうだな」
  
  R 関連性 「やりがいがありそうだな」
 
 A 注意 「おもしろそうだな」
図V-1.ARCSモデルの4要因
ーー(図を挿入*********)ーーーーー

ARCSモデルに出会ってまず気づかされたのは、筆者自身の学習意欲を高めるとか授業を魅力的にするということについてのとらえ方の狭さであった。授業を薬に例えて言うならば、効き目のない授業ではしかたない。つまり授業から学びとるものがなければ(精神を安定させる心理的な効果以外には)薬を飲む意味がない。だからといって、「良薬口に苦し」のごとく、授業が耐え忍ぶものである必要はない。苦さを感じる部分に触れないように舌の上を低空飛行させるなどの薬の飲み方を工夫すれば、苦さを和らげることもできる。世の中には「糖衣錠」というものも存在する。苦痛を避けて薬の効果を上げるための工夫であろう。しかし、口当たりのことばかり考えていても、糖で包んだ薬そのものに効果がなければ、真の意味での「授業の魅力」は高まらない。

授業に魅力があると言っても、それは必ずしも「おもしろい授業」を意味しない。「驚き」「笑い」「不思議さ」「新鮮さ」などは魅力ある授業の要素には違いない。しかしそれは、すべて〈注意〉の側面からの魅力である。授業の目的が単に楽しいひとときを過ごさせることだけでなく学びを支援することにあるとすれば、「わかった」「できた」という喜び、やればできるという〈自信〉が魅力ある授業には欠かせない。また、授業で扱っている内容が一生懸命に努力する価値があることなのかどうかという〈関連性〉にまつわる疑問にも答えていかなければなるまい。たとえ外見的にはつまらなそうな授業でも、子どもたちが真剣に取り組み、やりがいを感じ、黙々と努力しているのであれば、その授業の魅力がないとは決して言えない。そんなことに気づかされたわけである。

2 学習意欲を高める作戦

それでは、ARCSモデルの四つの側面に沿って、「授業の魅力」にせまるアイディアを整理してみよう。表V-1にARCSモデルの四つの側面〈注意〉〈関連性〉〈自信〉〈満足感〉に関するヒントを列挙した。この表は筆者が学習意欲の問題を大学生に講義するために作成したもので、子どもの注意を引き出す教師の立場ではなく、自らの学習に意欲を持つ工夫をする学習者の立場で書かれている。世の中にはやりたくなくてもやらなければならないこと、多少不安でも挑戦しなければならないことが少なくない。苦手な教科や、試験のための勉強などはいい例である。そんな事態に遭遇したときに自分のやる気を奮い立たせるアイディアを列挙したものである。

ここに並んでいる作戦を見ながら、子どもたちの姿を思い浮かべ、自分がふだん取り入れている工夫を整理してみるとよい。しかしその作業の前に、自分自身のやる気を高めるためふだんどんな作戦をとっているかを考えてみよう。自分自身のやる気をコントロールできない人には、子どものやる気を高める手伝いはできない。やる気満々の先生に接するだけでも、子どもは引き込まれていくものだ。まず、自分自身のやる気についてチェックすることから始めるのも悪くないだろう。

まず、〈注意〉にまつわる作戦は、目を見開かせる環境の変化(知覚的喚起:A1)、不思議さから好奇心を刺激すること(探求心の喚起:A2)、マンネリを避けること(変化性:A3)の三つに大別されている。授業は、導入で決まるという。われわれは、今日の授業は何かがおこりそうだ、という子どもたちの気持ちを考えて、さらにその注目をあつめることが授業の核心に迫っていく方向で、導入を工夫している。さらに、いつも同じパターンに陥ることなく、目先を変え、授業に変化をつける工夫もこのカテゴリーに分類される。

次に、〈関連性〉を高めるための作戦のサンプルも三つに分類して列挙した。授業にやりがいを感じてもらうためには、授業の内容が「他人事」ではなく自分に関係が深いことであることを知ってもらう必要がある。そのための作戦がR1:親しみやすさである。次に授業の結果への関心を高めさせるための作戦(R2:目的指向性)を考える。努力した結果、得られるものは何かを明らかにし、それがどのような意味を持つものかをはっきりと確認することで努力する意義を見いださせる。そして、最後に授業そのもののプロセスを楽しむことができるような工夫を考える。たとえ努力の結果得られるものに「やりがい」を見いだせなくても、自分を発揮できる形で授業に参加させることでやりがいを感じさせる道を模索する(R3:動機との一致)。

ARCSモデルの三番目の側面は、〈自信〉である。まず、やれば「何が」できそうかを明確にしておくことが挙げられる(C1:学習要求の明確化)。出口の見えないトンネルでただやみくもに努力を重ねていても「できた」という気持ちにはなりにくいので、ゴールを明確に設定し、それを子どもに目指させることで、達成時の自信へとつなげる。第二の作戦は、「C2:成功の機会」をつくることである。明確なゴールを持っても、あまりにも道のりが遥かかなたであると上達を実感できる機会が少ない。着実に一歩ずつ進んでいることが自覚できるような条件整備が欠かせない。成功の体験を重ねる。そして、自分が努力したために成功できたんだという気持ちを持たせるために、自分で工夫させること、つまり学習のコントロールを与えることを重視したい(C3:コントロールの個人化)。先生の言われたとおりにやったからうまくいったというのでは、自分一人でできるという自信にはつながりにくい。学び方を工夫しその結果として成功につながれば、その経験が学ぶ自信につながっていく。

第四の側面は、〈満足感〉である。努力の結果が報われた、やってよかったと思わせるためには、まず努力を無駄に終わらせない工夫が求められる。一つの学習成果が次に生かせるような場面を用意し、できるようになった意義が確認できるように配慮する(S1:自然な結果)。次に、教師からの激励や賞賛、クラスメイトに自慢できることなど、対人的な関わりの中の満足感(S2:肯定的な結果)を工夫する。そして、安心して努力できるように、公平さ(S3)を保つ。公平さは、えこひいきがなく、約束は守るなどの首尾一貫した態度を保つことによって得られる。


表V-1、学習意欲を高める作戦(学習者編)〜ARCSモデルに基づくヒント集〜
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■注意(Attention)〈面白そうだなあ〉■

目をパッチリ開ける:A-1:知覚的喚起(Perceptual Arousal)

・勉強の環境をそれらしく整え、勉強に対する「構え」ができるように工夫する
・眠気防止の策をあみだす(ガム、メンソレータム、音楽、冷房、コーヒー、体操)
・眠いときは眠い。十分に睡眠をとって学習にのぞむ

好奇心を大切にする:A-2:探求心の喚起(Inquiry Arousal)

・なぜだろう、どうしてそうなるのという素朴な疑問や驚きを大切にし、追求する
・今までに自分が習ったこと、思っていたことと矛盾がないかどうかを考えてみる
・自分のアイディアを積極的に試して確かめてみる
・自分で応用問題をつくって、それを解いてみる
・不思議に思ったことをとことん、芋づる式に、調べてみる
・自分とはちがったとらえかたをしている仲間の意見を聞いてみる

マンネリを避ける:A-3:変化性(Variability)

・ときおり勉強のやり方や環境を変えて気分転換をはかる
・飽きる前に別のことをやって、少し時間をおいてからまた取り組むようにする
・自分で勉強のやり方を工夫すること自体を楽しむ
・ダラダラやらずに時間を区切って始める
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■関連性(Relevance)〈やりがいがありそうだなあ〉■

自分の味付けにする:R-1:親しみやすさ(Familiarity)

・自分に関心がある得意な分野にあてはめて、わかりやすい例を考えてみる
・説明を自分なりの言葉で(つまりどういうことか)言いかえてみる
・今までに勉強したことや知っていることとどうつながるかをチェックする
・新しく習うことに対して、それは○○のようなものという比喩や「たとえ話」を考えてみる

目標を目指す:R-2:目的指向性(Goal Orientation)

・与えられた課題を受け身にこなすのでなく、自分のものとして積極的に取り組む
・自分が努力することでどんなメリットがあるかを考え、自分自身を説得する
・自分にとってやりがいのあるゴールを設定し、それを目指す
・課題自体のやりがいが見つからない場合、それをやりとげることの効用を考える
  例えば、評判があがる、報酬がもらえる、肩の荷がおりる、感謝される、
      苦痛から開放される

プロセスを楽しむ:R-3:動機との一致(Motive Matching)

・自分の得意な、やりやすい方法でやるようにする
・自分のペースで勉強を楽しみながら進める
・勉強すること自体を楽しめる方便を考える
  例えば、友達(彼女/彼氏)と一緒に勉強する、好きな先生に質問する、
      秘密にしておいてあとで(親を)驚かせる、友達と競争する、
      ゲーム感覚で取り組む、後輩に教えるなど
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出典:鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門』日本放送教育協会、 〜 頁。
版権表示付きで配付自由⒞1995鈴木克明

表V-1(続き)----------------------------------------
■自信(Confidence)〈やればできそうだなあ〉■

ゴールインテープをはる:C-1:学習要求(Learning Requirement)

・努力する前にあらかじめゴールを決め、どこに向かって努力するのかを意識する
・何ができたらゴールインとするかをはっきり具体的に決める
・現在の自分ができることとできないことを区別し、ゴールとのギャップを確かめる
・当面の目標を「高すぎないけど低すぎない」「頑張ればできそうな」ものに決める
・自分の現在の力にあった目標がうまく立てられるようになるのを目指す

一歩ずつ確かめて進む:C-2:成功の機会(Success Opportunities)

・他人との比較ではなく、過去の自分との比較で進歩を認めるようにする
・失敗は成功の母:失敗しても大丈夫な、恥をかかない練習の機会をつくる
・千里の道も一歩から:可能性を見極めながら、着実に、小さい成功を重ねていく
・最初はやさしいゴールを決めて、徐々に自信をつけていくようにする
・中間目標をたくさんつくり、どこまでできたかを頻繁にチェックして見通しを持つ
・ある程度自信がついたら、少し背伸びをした、易しすぎない目標にチャレンジする

自分で制御する:C-3:コントロールの個人化(Personal Control)

・やり方を自分で決めて、「幸運のためでなく自分が努力したから成功した」といえるようにする
・失敗しても、自分自身を責めたり「能力がない」「どうせだめだ」などと考えない
・失敗したら、自分のやり方のどこが悪かったかを考え、転んでもただでは起きない
・うまくいった仲間のやり方を参考にして、自分のやり方を点検する
・自分の得意なことや苦手だったが克服したことを思い起こして、やり方を工夫する
・何をやってもだめという無力感を避けるため、苦手なことより得意なことを考える
・自分の人生の主人公は自分:自分の道を自分で切り開くたくましさと勇気を持つ
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■満足感(Satisfaction)〈やってよかったなあ〉■

無駄に終わらせない:S-1:自然な結果(Natural Consequences)

・努力の結果を自分の立てた目標に基づいてすぐにチェックするようにする
・一度身に付けたことは、それを使う/生かすチャンスを自分でつくる
・応用問題などに挑戦し、努力の成果を確かめ、それを味わう
・本当に身に付いたかどうかを確かめるため、だれかに教えてみる

ほめて認めてもらう:S-2:肯定的な結果(Positive Consequences)

・困難を克服してできるようになった自分に何かプレゼントを考える
・喜びをわかちあえる人に励ましてもらったり、ほめてもらう機会をつくる
・共に戦う仲間を持ち、苦しさを半分に、喜びを2倍にする

自分を大切にする:S-3:公平さ(Equity)

・自分自身に嘘をつかないように、終始一貫性を保つ
・一度決めたゴールはやってみる前にあれこれいじらない
・できて当たり前と思わず、できた自分に誇りをもち、素直に喜ぶことにする
・ゴールインを喜べない場合、自分の立てた目標が低すぎなかったかチェックする
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出典:鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門』日本放送教育協会、 〜 頁。
版権表示付きで配付自由⒞1995鈴木克明


3 学習意欲と放送利用〜放送教育が何をなしうるのか〜

3-1身を乗り出させ、学習へのきっかけをつくる手段としての放送:注意の側面

放送番組利用の効果として古くから指摘され続けていることに、「子どもたちの興味関心を集める」という点がある。いわゆる単元開始時の「導入としての意欲喚起のための番組利用」である。「はっとさせられる」「おもしろそうだと思う」「調べてみたくなる」「目先を変える」などはケラーのモデルではすべて「注意」の側面からの動機づけと考えられていることから、番組視聴でケラーのいう「注意」の側面を満たす可能性はある。そのためには、番組には「えっと思わせる」あるいは「調べてみたくなるような気持ちにさせる」ことが求められる。

さらに重要なのは、視聴後にその気持ちをどうやって発展させていくか、子どもたちが自らの関心に基づいて番組を越えて調べてみる材料をどのようにお膳立てするか、といった意味での番組利用法を研究することである。ゆえに、番組利用法の研究の最小単位は「単元」となるのが自然であり、「番組によって喚起された興味関心をその後の学習活動でどう発展させることができたのか」を吟味することで初めて、番組の注意喚起の効果を確かめることができる。

授業公開の時間に番組を視聴するという暗黙の了解があるためにその後の展開での深まりが参観できないとしたら、それは残念なことである。番組視聴中の子どもたちの目の輝きを参観するより、それを教師がどう発展させるかを見てみたいと思うからである。

3-2現実社会と学校知を結ぶ「窓」としての放送:関連性の側面

ケラーが指摘する学習意欲育成の第二の側面は「関連性」である。「自分にとって親しみのあること」「やりがいのあること(目標の価値)」「やっていて楽しいこと(プロセスの価値)」などが関連性を高めるという。「どうしてこんな勉強をしなければならないのですか?」という問いには勉強の意義が見いだせない(関連性が見えない)不満が表明されている。現在の学校においてその学習内容の「関連性」を高める最大の要因は受験とそれに関わる成績かもしれない。最近では「我社の新聞から受験問題が出題されています」という事実で新聞をアピールする広告まで見られるが、放送番組がこの意味で寄与できるものは少ない。

放送番組が学習内容の「関連性」を高めるとすれば、それは、教室での学習と現実の世界を結びつける「窓」としての役割を果たす場合であろう。教科書の内容に息吹を与え、子どもたちの現実の経験との橋渡しとして、あるいは子どもの世界を時空を超えて広げる「窓」として放送番組が使われたならば、学校での「お勉強」がもっと生き生きとしたものに変化する。「なぜこんなことを勉強する必要があるのか」という問いへの答えが自然と子どもたちに見えてくることが期待できる。

世の中は時々刻々と変化している。さまざまな情報が飛び交っている。そんな時代だからこそ、情報の「窓」としての放送番組の果たす意義が強調され過ぎることはない。教師自身が学習内容を無味乾燥なものとしてとらえる罠に陥らないようにするためにも、放送を通じて世の中を意識していたいものである。

3-3情報活用能力を育てるメディアとしての放送:自信の側面

ケラーの指摘する学習意欲育成の第三の側面は「自信」をつけることである。自らの目指すゴールがはっきり認識でき、それに向かって成功の体験をつみ、自分の成功を自分の努力に帰属できるとき、人は学ぶ自信をつけるという。徐々に増えていくリスクを乗り越えて、自らの手で成功をつかみ取る経験が欠かせないと指摘している。言いかえれば、いつまでも「赤ん坊扱い」で手取り足取り教えているのはだめで、「子どもたち自身で考えて自分たちのやり方で」学習するチャンスが不可欠、教師の援助は必要なことだけにとどめる。これは正に「情報活用能力」の育成につながる条件でもある。では、放送番組によって自信をつけられるのだろうか?

一つの答えは、子どもが自分が欲しい情報を探しているときに、「見つけだされる対象として存在させる利用法」である。平成元年の第二六回日本視聴覚教育学会・第三四回日本放送教育学会合同大会のとき、金沢の小学校で拝見した誠に雑然とした社会科の授業 " では、教室の四隅に一台ずつのVTRがおかれ、自分の学習テーマに合う番組を子どもたちが選択して視聴していた。これこそが「情報活用能力」につながる放送番組利用法だと思った。この種の利用法ではすでに「調べてみたい」と思っている子どもたちに、欲しい情報を与えてくれさえすればよい(そこからさらに好奇心が芽生えればなおよいが)。調べたいと思うような課題設定や放送番組を含む材料はすべて教師が前もって準備してあり、利用法の勝利という強い印象を受けた。

従前からの番組の一斉視聴は「注意」の喚起には適した利用法であるが、一斉に視聴することによって子どもたちに学ぶ自信がつくとは考えられない。むしろ前述の金沢の例のように、放送番組をプリントや参考書等の資料と並列に据えて、子どもが自分で選んで好きな番組を視聴するといった柔軟性を模索する研究がもっとあってよい。教師を中心とした権威ある情報源からの受動的学習という型を問い直す良い機会でもある。

3-4放送発信基地としての学校:満足感の側面

ケラーの提唱する最後の側面は「満足感」による学習意欲の持続である。一生懸命努力した結果に満足してこそ「やってよかった」と思い、その学習課題や教科が好きになり、ひいては勉強が好きになり、もっとやろうという意欲が続く。そのためには、努力の成果が明らかで「報われた」と実感できること、仲間や先生に認められること、また、えこひいきや不公平感などの不満が残らないことなどが大切だとケラーは指摘している。放送教育で満足感をどう実現できるのか?

一つの可能性として、「学習成果発表メディアとしての放送」というのはどうだろうか。従来から、子どもたちの発表の場面として各種コンクールや運動会、文化祭等、家族や地域社会向けの成果発表の場面が用意されている。発表への準備を重ねる中で、学習が深まり、やればできるという自信がつき、やってよかったという満足感が得られてきた。

その延長線上に、これからの時代には、地方、全国、あるいは世界を相手にした発表の機会があってもよい。全世界的に子どもたちが調査したデータをパソコン通信やインターネットを媒介に共有して、授業にひろがりをもたせる試みも報告されている # 。もしもある地方の小さな分校で子どもたちが調べたものを放送にのせ、それに対する反響が全国から集まってきたとすれば、これ以上の「満足感」があるだろうか。この情報社会にあって、いつまでも放送だけが一方通行的なメディアであり続けるわけにもいかないと思う。どうせ双方向にするならば、子どもたちにやりがいと満足感を与える方向で検討してみたいものである。

ケラーのARCSモデルにしたがって学習意欲の育成を吟味してみると、今まで放送教育の一つの「目玉」であった「興味関心」がより多角的な観点から相対化できる。学習意欲を育てるという名の元に「目の輝き」「身を乗り出させること」だけに終始してこなかったかどうか点検したい。もちろん学習へのきっかけをつくることも大切である。しかし、これからは、情報活用能力に裏づけられた学習意欲の育成が鍵になると思う。そのためには、「注意」の側面を越えた授業の魅力が求められている。

4 「授業の魅力」を左右するのは何か

さて、話を授業全般に引き戻そう。放送を使う場合も使わない場合も含めて、授業の魅力を左右する原因は何だろうか?もちろん、最大の要因は「教師」であろう。教職課程を履修している学生に教員志望の動機を尋ねると、過去に教わった先生からの影響で教師を志望している、と答える者が少なくない。一方で、筆者のARCSモデルの講義の後では、つまらない授業を飽きるほど受けてきた経験からだろうか、「学校の先生の中にこのモデルを生かして授業を魅力的なものにしようとしている人がいったいどれほどいるのか」という類の疑問が提出されることも事実である。いい意味にも、そして悪い意味にも、教師の影響の大きさには計り知れないものがある。

しかし、「授業の魅力は教師で決まる」で結論づけてしまってはそこから先に進まない。天性魅力的な教師はそれでいい。しかし、自分をもう少し魅力的な教師にするためにはどうしたらよいか、という問いについての答えは「授業の魅力は教師で決まる」と言ってみてもそこからは得られない。教師の何が授業の魅力を左右するのかを少し分析的に考える必要がある。

「学校の先生の中にこのモデルを生かして授業を魅力的なものにしようとしている人がいったいどれほどいるのか」という大学生の問いかけは、否応なしに講義者である筆者自身にも振りかかる。おおよそ「授業の魅力を高める作戦」という講義が魅力に欠けるものであると自己矛盾を露呈してしまい、講義内容の信憑性にも悪影響を及ぼすのでとても神経を使う。自然と、OHPを使って変化をつけたり(A3)、「大学生の無気力を克服する」といった身近な例を取り上げたり(R1)、わかりやすい説明でARCSモデルを理解したと思わせるように(C2)と、ふだんに増して工夫を凝らすことになる。

講義へのコメントやアンケートの記述で見る限り、結果的に授業が魅力的なものになったかどうかはともかくとしても、「あの先生はいろいろ工夫している」という教師の姿勢は、確実に学生に伝わっているようだ。また、筆者が〈ARCSモデルは使い物になる〉という思い入れを感じて講義していることにも、学生は気づいている。これは何も大学生に限ったことではないと思う。

授業者が教えようとしていることに自ら魅力を感じ、その魅力をいかにして子どもに伝えていこうかと工夫を凝らす。そんな教師の姿に授業の魅力の源泉があるのではないか。ARCSモデルの中に、何か一つでも授業の魅力を高めるためのヒントが見つかったら幸いである。それが、教師自身のやる気と創意工夫に資することを期待したい。さらに、〈ARCSモデルは使い物になる〉という筆者の思い入れに共感していただければ、それに勝る喜びはない。

〈注〉
% Keller, J. M., & Kopp, T. (1987). Application of the ARCS model of motivational design. In C. M. Reigluth (Ed.), Instructional theories in action: Lessons illustrating selected theories and models. Lawrence Erlbaum Associates, U.S.A.
$ Keller, J. M., & Suzuki, K. (1988). Use of the ARCS motivation model in courseware design (Chapter 16). In D. H. Jonnasen (Ed.), Instructional designs for microcomputer courseware. Lawrence Erlbaum Associates, U.S.A.
ARCSモデルについては、これまでにいくつか紹介論文を書いているので、次のものを参照されたい。
・鈴木克明(一九九二)「情報化社会に向けて子どもの学習意欲を育てる:ARCS(アークス)動機づけモデルからのヒント」『教育工学実践研究』第一〇七号 一六ー二一頁
・鈴木克明(一九九四)「8章メディア教育への動機づけ」子安増生・山田冨美雄編『ニューメディア時代の子どもたち—テレビ・テレビゲーム・コンピュータとのつきあい方—』有斐閣(教育選書)
・鈴木克明(一九九五)「〈魅力ある教材〉の設計開発の枠組みについて〜ARCS動機づけモデルを中心に〜」『教育メディア研究』第一巻第一号 五○ー六一頁
" 金沢市立此花町小学校六年社会科「海の百万石〜銭屋五平衛」(池広岩應教諭)、一九八九年一〇月七日
# 鈴木克明(一九九五)「マルチメディア時代に教育はどう対応していくか(連載特集:学校教育はどう変わるのか(2)戦後五○年から二一世紀を展望して)」『教職研修』一九九五年九月号 八○ー八三頁


■チェックポイントのチェック(解答)■
1 「自分が教えていること自体が自分の授業の一番の魅力」ですよね、もちろん。教師としての自分自身の魅力に磨きをかけましょう、お互いに。
2 自分が今教えようとしていることを自分自身が学んだころのことを思い出すと、何かヒントがつかめるかも知れません。この章でご紹介したARCSモデルの作戦例を参考に、自分がどのような工夫をして勉強していたかを思い出してください。
3 四つの側面から、それぞれに放送利用の効果や可能性を考えてみてください。使い方次第で、〈注意〉以外の側面から学習意欲に訴えることもできるのです。