HyperCardを使った教育用スタックの作り方—大学教員のための実践的教材設計入門—東北学院大学教養学部 鈴木克明・佐伯啓


4. 教材を評価し改善する

 教材の中身を考え、HyperTalkのスクリプティングをマスターし、教材の位置づけと教材の構成に配慮して、ついに自作の教材ソフトが完成したとしても、半年から1年ぐらいはまだ試用期間と考えておいたほうがよい。このソフトが本当に有効か否かを検討し教材を改善していくためのデータを収集する作業がまだ残されているからである。それでは、自作ソフトを客観的に評価し改善していくために必要な作業とは何だろうか。

 教材を作りながら効果を確かめ、改善のためのデータを収集する方法は、「形成的評価」の技法として研究が進められてきている(鈴木、1987)。上に述べたシステム的な手続きを踏んで作成された教材であれば、形成的評価に用いる材料はすでに準備されているといえる。あとは、次の4つのポイントにそって評価を進めればよい。

ポイント1. 専門家による内容のチェック

 教材のプロトタイプが完成した段階で、同僚の先生に見せてアドバイスを求める。外国語教材であれば、ネイティヴ・スピーカーの先生にも協力をあおぎ、スペルミスがないか、例文が適切かなど、内容について細かくチェックしてもらう。内容に誤りや過不足があれば、その時点ですみやかに修正する。付加したい機能のアイディアなども出してもらうとよい。

ポイント2. 教材利用者によるチェック

 教材が思ったとおりの効果を上げられるかどうかは、実際に使わせてみなければわからない。だがソフトが完成したからといっていきなり授業に用いるのは、はなはだ危険である。特にコンピュータ教材の場合、ほんの小さなバグが授業の進行を滞らせてしまうことも少なくない。

 このような危険を避けるために、また教材の有効性を測るためにも、あらかじめ何人かの学生に試してもらうとよい。試用している学生の様子を観察してみることも重要である。操作方法がわからないようであったり、予想外の操作をしているような場合は要チェック。それが教材改善の貴重なデータとなる。

ポイント3. 教材評価のためのテスト

 教材評価に必要なもうひとつの仕事は、「テスト」を作ることである。ここでいうテストとは、学生の成績をつけるためのテストではなく、自分のソフトの成績をつけるためのテスト、すなわちこのソフトが教材として本当に有効かどうかを客観的に評価するためのテストである。こういったテストはなぜ必要なのだろうか。

 たとえばドイツに長く暮らしていた帰国子女が、DdZ2.0を使った後の試験でいい成績を修めたとしても、それによってこのソフトの有効性が証明されるわけではない。学習すべき内容についてすでに十分な知識を有している者は、ソフト評価のデータからはあらかじめ排除されねばならないのである。

 教材評価のために準備するのは、「事前テスト」と「事後テスト」である。これらは電子テストでもよいし、ペーパーテストでもよい。事前テストはその名のとおり、教材を学習する前に実施する。教材ソフトによって習得されるべき学習内容をあらかじめテストすることで、学生たちがこの教材を使う前の段階で、どのくらいの知識レベルにあるかを調査することができる。事後テストはソフト使用後の終了試験である。事前テストとまったく同じ問題を出題することで、学生の習熟度とソフトの有効性を評価することが可能となる。

 ただやみくもに教材を作って学生に使わせているだけだと、それがどの程度効果的かということの正しい評価ができない。あとで教材改善用のデータを分析しようと思っても、そこにこの教材を使う必要のまったくなかった学生のデータが含まれていたり、ソフトを使用する出発点の段階で、知識にすでにばらつきがある学生たちのデータを無批判に混在させると、教材ソフトの使用が本当に効果的であったかどうかの客観的判断ができなくなる。

 DdZ2.0の場合、ドイツ語未習者だけを対象にした教材なので、ドイツ語に関する前もっての知識は期待していない。したがってこれらのテストを行なうかわりに、ソフトを併用したクラスとそうでないクラスとの成績を比較するという方法で、教材改善のデータを集めている。これがもし英語の教材であれば、高校までに習得済みの知識に応じた教材の入口を確保するため、テストを実施してレベル分けをする必要があったし、優秀な学生についてはすでに出口レベルに到達している可能性もないとはいえないので、事前テストを実施して教材使用の必要性を確かめる作業が不可避であったと思われる。

ポイント4. 教材の共有化に向けて

 教材をイメージする上でもう一つ押さえておきたいことは、「教材の共有化」への視野である。デジタル化された教材のもっとも大きな特長のひとつは、それが簡単に複製できること、すなわち自分以外の人間にも広く使われる可能性を有していることである。

 自分が使ってみてある程度の実績をあげたら、同僚にも使ってもらえるように働きかけたい。そのためには、教材単体だけでなく、これまでの評価や実践で使ってきた様々な付属物(テスト類をはじめ、講義におけるこの教材の位置づけについて記したマニュアル)などを添付して、配布用の教材セットを準備したい。その際、使ってもらった同僚からの意見を回収するためのアンケートも同封し、自分が作った教材が自らの手を離れてどのように活躍しているのかを知る術となす。同じ分野の先生方の意見を取り入れていくことで、より多くの人に使ってもらえる可能性はさらに高くなる。

 こういった配慮は、教育工学が目指す「教育方法の輸出可能性(共有化)」を実現することにも通じる。自作した教材を独り占めするのは、資源の有効活用という観点から見ても無駄である。少しでもいいものを作って人の役に立つことを考えれば、教材を自作する張り合いも増すというものである。

 その際、あなたの教材ソフトが将来にわたって長く使われるためには、設計にある程度の柔軟性を持たせることが肝要である。たとえば、この教材を使う教師が必要に応じてデータを簡単に追加できたり、練習問題を入れ替えたりする機能を用意する。DdZ2.0の場合、練習問題やクイズ問題の中身は外からテキストファイルを読み込む設計になっており、任意のデータを自由に活用できる(図10)。

  図10 問題用ファイル

 DdZ2.0の場合、今日の姿になるまでには、いくつかの改訂作業を経ている(佐伯、1994a)。ドイツ語教員自身の試行錯誤の段階、教材設計理論に基づいた教材の再構成、教科書の執筆を契機としたDTPとCAIの統合、練習への特化とマルチメディア素材の有効利用などである。その間、ドイツ人教師による内容のチェック、学生に協力を求めてのユーザインタフェースの改善、コンピュータ教材を用いたクラスと用いなかったクラスとの比較による教材利用の効果検証、あるいは、教科書採択者へのコンピュータ教材無償配布とアンケートの回収など、場面場面で形成的評価の技法を生かして教材を改善してきている(図11— 図14)。

  図11 開発の出発点となったドイツ語単語ドリル

  図12 ドイツ語単語ドリル改良版

  図13 DdZ1.0の語彙練習コース

  図14 DdZ2.0の語彙ジム

 今年度は、最新ヴァージョンの最終評価作業が進行中であり、毎時間の授業と課外学習でのソフト使用について、評価データが収集・分析されつつある。

 さらにわれわれの研究グループでは、このドイツ語教材開発のノウハウを生かし、他の外国語科目担当の先生方にも協力をあおいで、DdZ2.0をマルチリンガルソフトへと発展させるプロジェクトに着手した。大学の語学教育を広く支援する外国語学習ソフトをCD-ROMの形で提供できる日を目指し、今後もコンピュータ教材の研究と開発を続けたいと考えている。

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