坂元・水越・西之園(代表編集)『教育工学事典』実教出版、分担執筆(1項目:ARCSモデル)。
ARCSモデル ARCS Model
ジョン・ケラー JOHN M. KELLER が1983年に提唱したARCSモデルは、インストラクショナルデザイナーが学習意欲の問題に取り組むことを援助するシステムモデルである。学習意欲の問題と対策を、注意 ATTENTION・関連性 RELEVANCE・自信 CONFIDENCE・満足感 SATISFACTION の4要因に整理した枠組みと、各要因に対応した動機づけ方略、ならびに動機づけ設計の手順を提案したもの。4要因の頭文字をとって、ARCS(アークスと読む)モデルと命名された。心理学研究における期待×価値理論を背景にして、関連諸分野の研究成果を簡潔にまとめた実用性の高さにより、米国を中心に高い評価を受けている。
(1)注意の側面 おもしろそうだ、何かありそうだという学習者の興味・関心の動きがあれば、注意が獲得できる。新奇性(もの珍しさ)によって知覚的な注意を促したり、不思議さや驚きによって探究心を刺激する。また、注意の持続には、マンネリを避け、授業の要素を変化させる。
(2)関連性の側面 学習課題が何であるかを知り、やりがい(意義)があると思えれば、学習活動の関連性が高まる。反対に、「何のためにこんな勉強をするのか」との戸惑いは、関連性の欠如に由来する。学習の将来的価値のみならず、プロセスを楽しむという意義や課題の親しみやすさも関連性の一側面だとされている。
(3)自信の側面 達成の可能性が低い、やっても無駄だと思えば、自信を失う。逆に、学び始めに成功の体験を重ねたり、それが自分が工夫したためだと思えれば「やればできる」という自信がつく。自信への第1歩は、ゴールを明確にし、それをクリアーすること。教師の指示にただ従うだけではなく、試行錯誤を重ね、自分なりの工夫をこらして成功した場合(学習の自己管理)、自信はさらに高まる。
(4)満足感の側面 学習を振り返り、努力が実を結び「やってよかった」と思えれば、次の学習意欲へつながる満足感が達成される。マスターした技能が実際に役に立ったという経験や、教師や仲間からの認知と賞賛、努力を無駄にさせない首尾一貫した学習環境などが重要だとしている。
動機づけを高めるといえば導入での工夫と思われがちであるが、ARCSモデルに照らせば、学習過程全体に工夫が可能なことがわかる。新奇性を超えた動機づけについての方策を考え、自立した学習者を育てるためのアイディアを練る枠組みとして、活用することが期待される。
(5)動機づけ設計の手順 システム的なインストラクショナルデザインプロセスに、授業の「魅力」を高めることを目的とした指導方略を扱う動機づけ設計の過程を組み込む手順が提案されている。動機づけ設計の手順で特に重視されるのは、次の3点である。
- (a) 学習者特性の分析 学習意欲の問題点をARCSの4要因で同定し、必要な要因にのみ工夫を考える。学習者の状況に応じて、学習意欲に関する目標を設定する。
- (b) 方略の選択的採用 学習者・課題・学習環境の特性等に応じて、選択的に方略を採用する。不必要な動機づけ方略は、学習者の自発的な意欲を阻害する。シンプルな効率重視の授業や教材が、最も学習意欲を高める場合もある。
- (c) 形成的評価と改善 学習者検証の原理に基づき、実際の効果を確かめながら方略を評価・改善する。学習意欲に関する目標の達成度と認知的な学習課題の達成度の両面から、動機づけ設計の結果を評価する。
[鈴木克明]
参考文献(巻末)
- Keller, J. M. Motivational design of instruction. In C. M. Reigeluth (Ed.), Instructional-design theories and models: An overview of their current status. Lawrence Erlbaum Associates, 1983, U.S.A.
- 鈴木克明 『魅力ある教材』設計・開発の枠組みについて—ARCS動機づけモデルを中心に— 教育メディア研究 1(1) 1995 50 - 61