坂元・水越・西之園(代表編集)『教育工学事典』実教出版、分担執筆(項目:教授方略)。

■教授方略 Instructional Strategy

 教授目標を達成するために、どのような学習環境を整え、どのような働きかけをするかについての構成要素と手順の計画(処方せん)。教授ストラテジー、指導方略とも言う。

 教材や授業の計画を立てる過程では、教授目標を定め、学習者特性を洗い出した後、学習課題の特徴にふさわしい方法(教授方略)を選択し、その後に教材開発、あるいは授業の指導過程の細案作成に進む。教授方略は、教授理論についての研究成果を蓄積する基本的な単位であり、一般的には「◯◯のような学習課題を、◯◯のような学習者に教えるためには、◯◯のような教授方略を採用するのがよい」という形で記述されている。教材や授業をデザインする際には、これまでに蓄積・整理されてきた教授方略を参照することによって、より効果的で効率が良く、魅力的な学習活動が提案できる。

 方略という用語は、戦争の戦略、あるいは技という意味を持つ古代ギリシャ語Strategiaに由来している。原意のまま「教授(指導)戦略」と訳される場合もあるが、敵対的な状況を示唆せずに、計画的で意図的、あるいは目的指向的な意味を強調する方略という語が多く使われている。教授方略を実現するための、より具体的な教授方法のことを特に教授方策(方術)tacticsと呼んで区別する場合もある。

 教師教育の研究領域には「発問する」「例を用いる」「刺激を変化させる」などの教授行動のパターンを指す教授スキルという類語がある。知的CAIの研究領域では、コンピュータに知識ベースの一つとして組み込んで指導者モデル(教授知識)を実現しようとするときに、教授方略が用いられる。ソクラテス問答法などの双方主導対話を取り入れた知的CAIや、学習の進行状況に応じて教授方略を即時的に適応させていくシステムなどが知られているが、実際の教授場面で実用化されているものは少ない。

 米国においては、教授方略の研究は教育工学研究の中核の一つと位置付けられ、様々な研究成果が蓄積・応用されている。AECTが企画・刊行した『教育工学ハンドブック』(1996)では、全体の約6分の1にあたる220ページを教授方略についての研究紹介にあてている。その他にも、研究成果を紹介した単行本が数多く出版されている。

ガニェの9教授事象

 教授方略の例として、インストラクショナルデザインの領域で最も広く知られているものにガニェの9教授事象Events of Instructionがある。授業や教材を構成する指導過程を「学びを支援するための外側からの働きかけ(外的条件)」ととらえ、認知心理学の情報処理モデルに基づいて学びのプロセスを支援する9種類の構成要素を提案したもの。表1に9教授事象を示す。

表1.ガニェの9教授事象
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 1.学習者の注意を獲得する
 2.授業の目標を知らせる
 3.前提条件を思い出させる
 4.新しい事項を提示する
 5.学習の指針を与える
 6.練習の機会をつくる
 7.フィードバックを与える
 8.学習の成果を評価する
 9.保持と転移を高める
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 ガニェの9教授事象は、9つの事象そのものが教授活動の構成要素を示す教授方略であると同時に、これまでの教授方略に関する研究成果を統合する役割を果たしてきた。たとえば、オーズベルの先行オーガナイザーは、新しく学ぶ情報の構造を既に知っている情報の構造と対比して理解させるための準備にあたるので、事象3「前提条件を思い出させる」の段階で用いる教授方略とみなされる。事例を先に提示してその中から法則性を見つけださせる発見学習的な教授方略と、一般法則を先に提示してそれがどのように適用できるかを説明していく教示的な教授方略は、どちらも事象4「新しい事項を提示する」の実現方法の違いと捉えられる。

 ガニェの9教授事象は、教授方略研究の観点からは、研究成果の統合以外にも、3つの貢献があった。第1に、学習心理学の研究に基づいた枠組みなので、経験的に効果があるとされてきた教授方略がなぜ効果的かの説明を可能にした。第2に、どの学習課題にも有効な枠組みとして9教授事象を提案した一方で、それぞれの教授事象を実現するための教授方略の効果が異なる課題の特性も分類した。第3に、9教授事象が誰によって実現されるかを区別することによって、教授方略と学習方略が共通の枠組みで検討できるようにした。

学習成果別の教授方略例

 ある教授方略が効果的であるためには、適切な学習課題に対して用いられていることと、教授方略として外から与えない場合は学習者自身では同等の学習方略を自発的に駆使できないこと、の2点が満たされる必要がある。前者の条件に基づいて、学習課題別の教授方略(適切な用い方)の例を示す。学習方略については、認知的方略の項を参照のこと。

 ここでは、教授方略の効果が異なるという観点から学習成果を分類しているガニェの分類法にしたがって、学習課題の性質別に、これまでに提案されている教授方略を例示する。

知的技能(手続き的知識)の教授方略
 知的技能は、学んだルールなどを未知の例に適用する学習課題である。分類方法や計算方法などの約束事を学び、それを未知の例に適用する力(手続き的知識)の習得を指す。公式や定義を暗記して、それを思い出す学習(言語情報に分類)とは異なり、常に新しい例に応用することを通して身につく。


言語情報(宣言的知識)の教授方略
 言語情報(宣言的知識)は、一度接した名前や記号、史実などの各種データを覚えて、それを思い出す学習である。与えられた情報を再び記述する力の習得を指す。知的技能の学習には未知の例を用いるのに対して、言語情報では覚えるべきことをすべて与えておく必要がある。


認知的方略(学習スキル)の教授方略
 認知的方略は、自らの学習をより効果的にするための作戦の習得である(学習スキル/学習方略)。「学び方を学ぶ」ことであり、効果的な授業や教材での学びを豊富に経験した子どもは、どうやって学習するのがよいかを間接的に学ぶことになる。


態度の教授方略
 態度とは、例えば「人種差別」や「数学を学ぶこと」などあらゆるものごとや状況等に対する肯定的あるいは否定的な感情であり、「選ぶ」ことを支える気持ち全般を含む。空き缶を拾う行為を選択するのは環境美化への肯定的な態度の現れであるし、算数の宿題かファミコンかの選択を迫られたときに宿題を選ぶのは学習への肯定的な態度の現れとする。


運動技能の教授方略
 体(からだ全体、あるいは一部)を動かして一定の課題ができるようになることを運動技能という。運動技能には、体育や技術家庭科、あるいは芸術科目での学習課題だけでなく、英語の筆記体やそろばんの指使い、キーボードのブラインドタッチなども含まれる。単にできるようになることだけでなく、スピードや正確さ、スムーズさが要求される。


   [鈴木克明]


→インストラクショナルデザイン、教授スキル、学習階層モデル、学習スキル/学習方略、観察学習


参考文献(巻末)