情報教育事典(丸善)分担執筆(鈴木克明) 
分担項目:
AECT
インストラクショナルデザイン(授業設計)
コンテンツ開発方法・プロセス
地域産業教育情報化推進事業

AECT

米国教育工学・コミュニケーション学会(Association for Educational Communication and Technology)の略称。全米教育協会視聴覚部会(DAVI)を前身とし、1923年設立以来、学会名称を数回変更して現在に至る。小中高の教師、図書館司書、軍関係者、企業関係者、研究者など数千人の会員を有する。学会の財団を持ち、毎年、多くの賞や奨学金などを出している。また、学会の出版局を持ち、これまで数多くの書籍やビデオなどを発行してきた。年1回の全国大会を全米各地で9月前後に開催している。

近年ではホームページによる情報提供に力を入れている(http://www.aect.org/)。教育工学研究の啓蒙と推奨のために、1270ページに及ぶハンドブック『Handbook of Research for Educational Communications and Technology』(1996)と、入門者向け研究方法論紹介冊子『Getting started in instructional technology research (3rd Ed.)』(解説付きの翻訳は、向後他(2002)『教育工学を始めよう』北大路書房)、ならびに遠隔教育の用語と定義についての小冊子『Distance Education: Definition and Glossary of Terms』(2003)の全文を、会員特典としてホームページ上に公開している。

主要学会誌は、『ETR&D: Educational Technology Research and Development』であり、きわめて低い採択率(厳しい審査基準)を維持しているといわれている。この学会誌は、1953年に第1巻が発行されて以来、実証的な視聴覚教育研究をリードしてきた『AV Communication Review』をその前身とする。1978年(通算第26巻)より学会の名称変更にあわせて学会誌の名称も『Educational Communication and Technology Journal』と改称した。さらに、1989年(通算第37巻)からもう一つの学会誌『Journal of Instructional Development』と合併して学会誌名を現在のETR&Dに改称して現在に至る。合併の経緯を反映して、ETR&Dは研究論文セクションと開発論文セクションから構成され、セクションごとの編集委員がそれぞれ論文査読にあたっている。

その他に、『Quarterly Review of Distance Education』を年4回発行。会員向け情報誌『Tech Trend』(年4回発行)にも有用な情報が載る。  (鈴木克明)

インストラクショナルデザイン(授業設計)

インストラクショナルデザイン(Instructional Design)は、教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して教材や授業を実現するプロセスのことを指す。日本では、2000年頃からのeラーニング浸透とともに注目を集めるようになった用語であり、カタカナで、またはIDと略して表記されることが多いが、それ以前から欧米では教育工学の中心的概念として広く用いられてきた。日本語訳としては、授業設計、授業デザイン、教授設計、教育設計技法などがあてられてきた。

教育専門職としてインストラクショナルデザインを担当する人をインストラクショナルデザイナーと呼び、欧米では古くから専門職として認知されている。大学院での養成機関も多く、企業における教育研修担当部署や教育コンテンツ開発会社などでは必須の職能として位置づけられている。

 教育活動の効果を高めるためには、第一に、誰に対してどんな目標達成のための教育を実施するのかを明確にすることが必要である。教育のいわば出入口を明確にする過程をギャップ分析(目標と現状の差分を確定する手法)といい、目標を定めてその到達度を確かめるための評価方法を、ギャップを埋めるためにどのような教育方法を採用するかを考えるよりも、先に決めることを重視する。また、教えすぎを防ぐ意味でも、より大きな目標を達成する有効な手段としてある教育が位置づけられるかどうかを点検し、「本当に必要な教育」に焦点化する手法(ニーズ分析)もある。

 教育活動は「学びを支援する」ための環境を整えることに他ならないため、効果的な学習支援を実現するために、学習心理学理論から教育手法を導き出す手法を採用する。IDモデルは、学習者と学習課題、および学習環境の条件が与えられたときに最適な教育方法を提案するものであり、ガニェの9教授事象などが広く知られている。1970年代のプログラム学習教材の構築を支えた行動主義心理学から、コンピュータとの対比で人の情報処理を考える認知主義心理学、のちに学習者が自らの意味を構築していく過程を重視する構成主義心理学など、IDモデルが依拠する心理学理論も時代とともに拡大している。

 教育活動の効率化とは、コスト効果(対費用効果)を高めることを指す。同じ教育効果をあげるために投入するコスト(人・モノ・金・時間)をなるべく減らして、より安く、より短期間に、そしてより労力をかけずに当初の目標を達成する。そのための工夫を提案するのも、IDの重要な役割である。システム的アプローチを援用して、着実にステップを踏んで良いものを実現する手法(ADDIEモデル:分析・設計・開発・実施・評価の頭文字をとったIDプロセスの一般形)が教科書的である一方で、ラピッドプロトタイピング手法の応用により開発期間を短縮する工夫もある。また、IDの初期から、完成後に外部評価を受けること(総括的評価)の対比として、制作者自らが開発途上で利用者に試用させる過程で教材の完成度を高めていく手法が、形成的評価として重視されている。

 教育活動の魅力とは、「またやってみたい」と思う気持ちを持たせることを指す。つまり、学習意欲が継続することである。わが国では特に、「できるようにはなる一方で、もうやりたくないと思う」という傾向が強いことからみても、教育活動の効果を高める(できるようにはなる)だけでは不十分であり、「できるようになるだけでなく、もっとやってみたくなる」ことを実現する設計手法が求められている。IDモデルでは、ケラーのARCS動機づけモデルが、関連心理学諸理論を4要因に分類し、学習意欲を高めるための工夫を過不足なく盛り込む手法として広く知られている。

 IDモデルは、プログラム学習時代からの研究成果(たとえば、学習者検証の原理)を受け継ぎ、教育メディアの効果的な用い方など関連諸科学の学習とコミュニケーションに関する知見を取り入れて発展してきた。基盤となる理論や情報技術環境の変化によって、現在でも様々なIDモデルが提案されている。IDモデルはまた、すぐれた教育実践から応用可能な設計原理を抽出することによっても発展してきた。教育活動に有効な理論と教育実践とをつなぐ橋渡しの役割を担うのがIDである。        (鈴木克明)

参考文献



コンテンツ開発方法・プロセス

 eラーニングのコンテンツ開発には、一般的なインストラクショナルデザインのプロセス(ADDIEモデル)の段階にしたがって、分析(Analysis)、設計(Design)、開発(Development)、実施(Implementation)、評価(Evaluation)のフェーズがある。どんなコンテンツが必要かを見極め(分析)、どのように教えるかを考え(設計)、Web上などに教材を実現する(開発)。研修を行い(実施)、その結果を見ながら必要な修正を行う(評価)。この5段階を必要に応じて繰り返すことで、より良いものができると考える、システム的アプローチを採用することになる。一連の開発プロセスにおいては、提案要求書(RFP)や仕様書、プロトタイプなどで作成するコンテンツについての共通理解を得ながら進めていく。

 ブロードベンドは、ADDIEの5ステップに、プロジェクトスコープ、パイロットテスト、維持の3つを加えた「eラーニングコース開発の8ステップモデル」を以下のように提案している。①プロジェクトのスコープ:意思決定者に対してeラーニングの実施可能性について収集したデータとその解釈を提供し、eラーニング導入の是非について決定する。②分析:文脈・技術利用・職務・研修適合性・内容・対費用効果を分析する。③設計:カリキュラム設計・研修方法選択・目標設定の後、ガニェの9教授事象などに基づいて学習支援設計を実施し、プロトタイプを開発する。④開発:承認されたプロトタイプにもとづいて開発する。内部での相互チェックを適宜行う。⑤パイロットテスト:開発された教材を実施状況のもとで試用する。想定される受講者と意思決定者の両方がレビューする。内部のα評価からβ評価へ移行する。⑥実施:研修の中で用いる。改善のためのデータを引き続き収集する。⑦評価:学習成果の状況や組織への利益について評価し、第1段階の意思決定の正当性を確認する。⑧維持:教材内容・学習支援方法・練習課題などを常にアップデートし、利用者のコメントを反映させる。

 一方で、より大規模な開発には異なる配慮が必要である点から、ブロードベンドは、システムレベルでのeラーニング開発には、下記のモデルを提案している。(1)準備する、(2)概念枠を確立する、(3)高次元のインプリメンテーション、(4)詳細の面倒をみるの4段階で合計17要素に整理したモデルである。同じeラーニングでも、一つ(あるいは複数の)コースを開発する規模と、組織全体のeラーニング化を進める場合とでは、着眼点が異なることが読み取れる。規模が大きくなればなるほど、変革支援(チェンジマネージメント)の視点が必要になる。

(1)準備する

①マネージメント:組織づくり、役割分担、全関係者への説明、②学習者:現状と目標のギャップ、これまでの経験、期待されていることの明確化、③eラーニング研究:先進事例の調査、所与の条件での環境構成、関係者への説明、④文脈:賛否両論の調査、反対者への対応策、全関係者への説明。

(2)概念枠を確立する

⑤技術:利用可能な技術の調査、必要な技術や技術標準の決定、技術スタッフとの関係構築、⑥ビジネスケース:なぜ、何を、どう行うかをビジネス面から検討、経費と投資効果の試算、多段階実施の承認、⑦ビジネスモデル:統合型か分散型か、最小限か理想型か、作るか買うか、単独か協調か、国内か国際かを判断、⑧評価:評価方略、評価手段、報告フォームなどの決定、各段階での評価結果の利用方法の決定。

(3)高次のインプリメンテーション

⑨コミュニケーション:情報伝達の実態を調査、eラーニングについての疑義を調査、変革管理方略の導入、⑩管理:管理部門の設置。参加とフォローアップ機能の設定、LMSの選択、⑪内容:研修・開発のニーズ策定、内的・外的リソースの調査、⑫方法論:研修方法の策定(ブレンディングの度合いなど)、非公式・自己管理・講師主導・業務遂行支援の4タイプからの選択。

(4)詳細の面倒をみる

⑬人的資源:現存スタッフのスキルを調査し、必要な人的資源確保の戦略(訓練・雇用・アウトソーシング)を策定、⑭開始地点:オープニングにふさわしいトピックを選択(高い適用・理解・誘因)、いまやっていない何か革新的な試みのチャンス、⑮実施:注意深い立ち上げ、すべての利用者・受講者・上司・インストラクタ・管理者と濃密なコミュニケーションの確保、⑯評価:量的・質的データをもとに評価を実施、⑰モニタリング:継続的にレビューして、必要に応じて上記1〜16を改善。       (鈴木克明)

参考文献



地域産業教育情報化推進事業

経済産業省の教育分野での情報処理振興施策の一環として、(財)コンピュータ教育開発センターが平成13年7月12日に公募したITコンテンツ・教材制作事業の名称。近隣の教育委員会などの教育関連機関と産業界の人材が連携を図り、交流が活発化することを目的した。産業界の知見を反映した教材、デジタル・コンテンツを学校現場に提供し、それらを活用して、実際に産業界の人材が講師として、児童・生徒からの質問に答えたり、地域産業の実態および関連する事柄について分り易く説明・紹介する授業を実施することや、ITを活用した教育・学習の実施により、学校現場におけるIT利用の可能性について教員、児童・生徒の興味・関心を深めること。また、児童・生徒が地域産業や関連分野の理解・関心を高め、学習の参考となることが期待された。

学習指導要領の移行期間に入り、コンピュータやインターネット等を活用した授業の確立には一刻の猶予もない状況であり、教員がこれらの授業で活用できる材料が求められていたことや、「教育改革国民会議報告」が、社会人がその職業経験や人生経験を生かし、学校教育に参加する機会を積極的に作るよう提言し、産業界からの学校教育への貢献が求められていたこと、また、「e-Japan重点計画」においてもITを活用した学校外との交流促進が明示されるなど、学校と学校外の交流が求められていたことなどが本公募事業の背景にあった。

平成14年度には「地域産業協力型教育情報化推進事業」、平成15年度には「産業協力授業プロジェクト」として継承され、その成果は、「産業界との協力授業」(CD−ROM)や「ガイドブック」として公開されている(http://www.cec.or.jp/e2a/sangyou/)。「ガラス産業の仕組み」、「地図ができるまで」、「プロのおそうじとは」、「水族館の仕事から学ぶ環境保護の大切さ」など、様々なテーマでコンテンツが作成され、授業が実施された。平成13・14年度実施工の教師アンケートでは、95%の先生方が「来年度も継続したい」と答えており、平成15年度実施校での生徒アンケートでも、76%の生徒が「産業協力授業をもう一度受けたい」と答えるなど、成果を上げた。                (鈴木克明)