鈴木克明(1987)「『魅力ある教材』の設計開発をめざして−ARCS動機づけモデルとCAI設計への応用−」 『 日本教育工学会第3回大会発表論文集』375-376

「魅力ある教材」の設計開発をめざして


鈴木克明(フロリダ州立大学)

K.SUZUKI, Toward designing and developing "appealing" instruction: ARCS motivation model and its appelication to CAI design.

キーワード CAI教材開発、ARCS動機づけモデル



1. はじめに

 近年アメリカ合衆国の教材設計開発において「効果的」で「効率のよい」教材の設計手法に続く第3の課題として「魅力ある(appealing)」教材をいかに作るかが重要視されている。本稿ではその中でも注目を集めているケラー(J.M.Keler)のARCS動機づけモデルについて概観し、ARCSモデルがどのようにCAI教材の設計に応用できるかを考察する。



2. ARCSモデル

 ケラーによって提唱されているARCSモデルは、これまでの膨大な動機づけ(モチベーション)に関する心理学的研究を統合し、授業や教材のシステム的設計へ応用することを試みた、実践者向きのモデルである。学習に関するモチベーション、すなわち学習意欲、は「一定の学習活動に取り組む時間の長さとその活動の密度の濃さ」のように操作的にとらえられるのが一般的である。しかし、学習意欲の高低が何によって影響されるかという点については様々な立場がある。ARCSモデルでは学習意欲に影響を及ぼす因子を簡潔にあらわすことで、「魅力ある」教授システムの設計に役立てることをねらっている。

 ケラーによれば、学習意欲を規定する要因は、教授設計の立場から、4つのカテゴリーに分類する事ができる。その4つとは「注意(Attention)」、「関連性(Relevance)」、「自信(Confidence)」、「満足(Satisfaction)」であり、その頭文字を取って、ARCSモデルと名付けた。学習意欲を高めるためにはまず生徒の「注意」を喚起し、それを持続させることが必要である。好奇心をそそるように学習場面に変化をつけることや、探求心を高めるような教材提示の方法をとることなどがこのカテゴリーに含まれる。生徒の「注意」をひくことができたら、次に学習課題と生徒の関心事や目標との間の「関連性」を明らかにする。もし現在与えられた学習課題を達成したとして、それが将来どの様に役に立つのか、あるいは学習活動自体に加わることにどのような意味を見出せるのかを伝えるわけである。

 さらには、たとえどんなに意義のある課題、つまり「関連性」が意識できたとしても、目標達成への努力がある程度の確率でむくわれるであろうとの見通しがなければ、学習意欲は高まらない。要するに「自信」をもたせることが不可欠であるとする。「自信」をもたせるには生徒個人の能力に応じた学習の流れを組み立てて、成功を経験させることが効果的であろう。また、生徒に学習場面をコントロールさせる事で、努力と成功を結びつけることを手助けできよう。最後に学習意欲を持続させるためには、努力の結果が期待に側しており、「満足」できることが大切である。学習の成果を他に応用する機会を与えたり、報酬を与えたりすることで「満足」感を育てられようし、いつ誰にも等しい評価基準を用いることでも促進できる。以上をまとめると第一表のようになる。


表1 ARCSモデルに含まれる学習指導方略の主なタイプと例

カテゴリー       方略のタイプ        例
Attention(注意)   A-1 知覚的喚起      急に音をたてる、アニメーションを使う
            A-2 探求心の喚起     ミステリー性をもつ、「はい」「いいえ」で答えられない質問をする
            A-3 変化性        授業方法を時折変える
Relevance(関連性)  R-1 親しみ易さ      分数の授業に「ケーキ」を用いる
            R-2 目的指向性      授業のねらいを生徒に知らせる。ゴールを確認する
            R-3 動機との一致     グループ討議で生徒間のコミュニケーションをはかる
Confidence(自信)   C-1 学習欲求       明確で達成可能な目標をたてる
            C-2 成功の機会      同じテストを合格するまで受けられるようにする
            C-3 コントロールの個人化 生徒に漢字の覚え方をまかせる
Satisfaction(満足)  S-1 自然の結果      マスターした技能をすぐ使う機会を与える
            S-2 肯定的な結果     終わった生徒から順に好きな科目を自習させる
            S-3 公平さ        練習とテストとで採点の基準を変えない


 ケラーのARCSモデルに含まれる学習指導上の方略のそれぞれは何も目新しいものではなく、教師や教材の設計にあたるものならばいくつでも挙げることができよう。しかしながら、ケラーの貢献は、理論的な見地から学習意欲を規定する要因を分類し、それによって動機づけ問題のシステム的な解決方法の糸口をつかんだことにある。授業を設計する際には、まず対象となる生徒たちの学習意欲に関するプロファイルを作成し、ARCSのどのカテゴリーに指導の重点をおくかを定める。さらに、学習課題そのものや学習画面のもつ心理的な特質を考慮した上で、どの方略をどの程度、どの時点で組み込んでいくかを計画するわけである。この一連の動機づけ設計の過程は、生徒の学習意欲がARCSの各カテゴリーでどの程度向上したかを見ることで評価される。さらに、学習意欲の向上が学習成果を高めることにどの程度寄与したかも評価の対象になるわけである。


3. CAI教材設計への応用

 では、学習意欲を促進しやすいCAI教材を設計するためにARCSモデルをどのように応用できるであろうか。まず、コースウェア使用者のプロファイルをARCSのカテゴリー別に作成し、どのカテゴリーの方略を重点的に取り入れるかを定める。これはCAIを含むどの教材、あるいは授業の場合にも共通する手続きである。次に、CAI特有のメディア属性(たとえば、多様な教材提示モードや詳細な矯正的フィードバック等)に規定された学習場面の心理的な特質を考慮する。方略の数が多ければ多いほど学習意欲を高める事のできるCAI設計できるのではないことに留意しながら、ここでは、CAIの代表的なパーツに取り入れることができうる方略についての例を挙げてみたい。方略のそれぞれがどのタイプに含まれるかを表1の記号(A-1、S-3等)によって略記する。

(1)タイトル画面 タイトル画面は教材の顔であり、魅力的なデザイン(A-1)で使用者の関心をひくことが可能だが、毎回見るので長時間を要するグラフィックスなどはさける。さらにグラフィックスが課題に関連していれば探求心も喚起できるかもしれない(A-2)。「注意」のカテゴリーに重点がおかれよう。

(2)導入部分 導入部分では、コースウェアの目標をわかりやすく(R-1)、明確に示し(R-2)、「関連性」を確立する。また、前提行動を示し、この教材が生徒のレベルに適していることを知らせて(C-1)「自信」をつけさせることもできるし、オプションで復習の項目をつけることもできよう(C-1)。

(3)メニュー構造 ごく短いコースウェアで、使用目的が単一に定まっていつもの以外では、メニュー構造をもつことで数多くの動機づけの要素を取り入れることができる。まず、使用者にメニューから選ぶというコントロールがあたえられる(C-3)。さらにメニュー構造をとることで各項目のチャンクが小さくおさえられ、学習全体に変化をつけられる(A-3)。完了した項目に目印を付けることで全部終了するにはあとどれだけ残っているかがよくわかり(C-1)、項目終了のたびに強化が与えられる(S-2)。達成動機の強い生徒にとっては刺激的なチャレンジであり(C-3)助言を加えることで依存性の高い生徒を助ける。

(4)教材の提示と学習ガイダンス CAIの教材提示にはバラエティーに富んだ方法があり、変化をもたせたり(A-3)、ゆるんだ緊張を再びもどしたりするために(A-1)用いることができる。徐々に提示する方法や部分的に答えさせる手法で探求心をそそる(A-2)。練習の前に簡単な質問を入れたり、リスクなしの反応を促すことなどで自信をつけるチャンス(C-1、C-2)を与える。

(5)演習とフィードバック 演習は成功の経験を与えるように組み立てる。まず、生徒の技能レベルをモニターして難易度を調節する(C-1)。正答には学習意欲をそそるようなほめ言葉を用い(C-2)、誤答には原因を指摘して再びチャンスを与える(C-2)。生徒に問題数や”本日の目標正答率”を選択させる〇コントロールを与えたり(C-3)、目標指向性(C-2)をもたせることもできよう。

(6)評価と終結 テストを含む場合、採点の基準を明確にし、条件を演習と同じにして公平さを保つ(S-3)。学習した技能を実用的な場面で応用できるオプションを作ることも「満足」度を高めるのに役立つ(S-1)。


4. 終りに

 本稿で概観したARCSモデルは、アメリカの多様な教授設計の実践場面において用いられ、その実用性が確かめられつつある。さらに、ARCSの4つのカテゴリーの妥当性についても学習意欲の測定の観点から研究が進められている。将来わが国においてもARCSモデルの実用性が試され、「魅力ある」教材開発のための道具の一つとして発展していくことが期待されよう。


(参考文献)
1. Keller, J.M. (1983), Use of the ARCS model of Motivation in teacher training. Proceedings of the Annul Meeting of the Association for Educational and TrainingTechnolory, Exeter.
2. Keller, J.M., & Suzuki, K. (in press). Use of the ARCS motivation model in couseware design. In D.H.Jonnasen(Ed.), Instructional designs for microcomputer couseware.
3. Reigeluth, C.M. (Ed.) (1983). Instructional-design theories and models: An overview of their current status. Lawrence Erlbaum.