『第15回全日本教育工学研究協議会全国大会発表論文集』183 -186 (1989)
           「ものめずらしさ」を超えたCAI教材
         −学習意欲の分析とドリル・シェルの開発(1)−

            ○鈴木克明(東北学院大学教養学部)
          岩本正敏・屋代成夫(東北学院大学工学部)

  どのような効果があるかもわからないような不確かなCAI教材を不用意に与えて
  、子供たちにコンピュ−タに対する悪いイメ−ジを持たせないように配慮したい。
  「CAIの授業はめずらしくて楽しいけれど、何もできるようにならなかった」と
  いう感想は長い目で見ると悪いイメ−ジの範疇に入るであろう。
                           (鈴木、1988a, p.45 )

 本報告は、学習目標への到達を手助けするという観点から「効果的な」コンピュ−タの
活用のために開発中の、ドリル型CAI教材作成支援ツ−ル群に関する第1次報告である
。学校現場におけるCAI教材の開発環境をいくらかでも改善するため、短時間の準備で
確実に動き、使用機種にこだわることなく、しかも効果のあがるCAI教材が作成できる
道具の提供を目指している。昨年提案した3段階CAI教材作成法(鈴木、1988b)の第2
段階の「練習用のCAI」の作成が短時間で実現可能となった。

I、何を作ったか
 英単語、県庁所在地、年号、化学記号、
漢字の読みなどのように、他に似たものが
たくさんあって紛らわしいものを効果的に
覚えるための手助けとして、ドリル型CA
I教材作成支援ツ−ル「ドリル・シェル(
情報用)」(仮称)を開発した。ドリルの
動き方や画面表示の方法は、あらかじめ用
意しておいて、ワ−プロ等で単語カ−ドを
作るように問題と正答だけを指定すればド
リルが作成できるようにした。図1は、   図1.ドリル・シェルの表示画面例
ドリルの表示画面例である。
コンピュ−タの特長を活かすために、無作為にカ−ドをならべかえ、学習中の誤りに応
じて次に提示する順序を変更する「項目間隔変動型ドリル」のメカニズムを項目の選択と
除去の制御に用いた。ドリルに含める項目は互いに紛らわしいようなものとし、まず、そ
れらを混ぜて無作為の順序を決定する。第1項目から多肢選択式で問題を順次提示してい
くが、正しく答えられなかった項目は列の終わりに戻さずに、何問か後で再提示する(例
えば2問後)。誤った項目は再び練習する機会をすぐに与え、正しく答えられた項目は間
隔をあけて忘れた頃に再提示することになる。正答以外の選択肢は他の項目の正答の中か
ら自動的に無作為選択され、選択肢の配列順序もコンピュ−タが無作為に決定するので、
問題−正答の組み合わせを作るだけでドリルが実行できる。
2、どうやって作り、どうやって使うか
 1、作成の手順
  (1)問題、正答を(ワ−プロで)入力する
 まず、ドリルの問題項目などをMS−DOSのテキストファイル上に作成する。一太郎
などの使い慣れたワ−プロで作成することができる。図2に、図1の画面例で用いている
問題項目ファイル「demo2.dat 」の全文を示す。識別のための記号として#を使っている
が、省略ができない情報は#card だけである。#card の次には、単語カ−ドの一枚が一行
に相当するように、問題と正答をコロン(:)で区切って入力する。上から順に、#title
は、全問題に共通の指示を表し、省略されたときは、「正解はどの番号かな?」が表示さ
れる。#format には、#card で指定した問題(%sの所に入る)の前後に加えたい共通の問
題文を指定する(省略形は、問題のみ)。#commentはドリルを使う時には表示されないの
で、メモに使う。
                       (2)ドリル条件を設定する
                        問題と正答のペアの形でドリル項目
                       を入力したら、次にドリルの条件を指
                       定することができる。現在の所、3つ
                       の変数が用意されている。#pass は、
                       何回正解したらその項目を合格とみな
                       して除去するかの指定であり、省略し
                       た時の値は2に設定されている。
                       #retryは、ある項目に誤って答えた場
                       合に何問後に再提示するかの指定で、
                       省略値は3(つまり3問後に再提示)
                       である。#choicesは、選択肢の数であ
図2.問題項目ファイル「demo2.dat 」の全文  り、省略値は4になっている。

  (3)プログラム実行のためのバッチファイルを作成する
 問題と正答のペアを入力し、ドリル条件を設定したら、あとは、「drill ファイル名」
で、ドリルの実行が可能となる(例えば、図の例では>drill demo2.dat)。ここで、コン
ピュ−タを立ち上げたら自動的に
ドリルに入るようにしたい場合や
、ドリルの条件を変化させながら
複数回ドリルを続けて使わせたい
場合などには、バッチファイルを
作成する。図3は、図1、2のド
リルの前に、選択肢を2つに減ら
したやさしいドリル(demo.dat)
で肩慣らしをしてから、選択肢が
5つの本番に挑むように工夫した     図3.複数のドリル条件を用いるための
バッチファイルの例である。         バッチファイルの例
 2、ドリル・シェル活用法
  (1)教師による導入の後で、個別練習の機会をつくるために、問題を与える。
 現在利用可能なコンピュ−タを最も効果的に用いるためには、授業実施者としての教師
とCAIの作業分担を確立しなければならないと思われる。授業を「学習内容の提示」と
「練習とフィ−ドバック」との2つに大別した場合、教師が一通り説明をしたあとでドリ
ル型のCAI教材を用いて学習者個々の習得状況に応じた練習の機会を与えるという役割
分担が基礎になる。その際に、ただ同じ問題を全ての学習者に同じ順番で与えるようなド
リルではコンピュ−タの特長が活かせないので、今回開発したような問題項目の選択・除
去の制御機能を備えるドリル・シェルが有効であろう。また、短時間で確実に動く教材が
自作できるという点も、朗報であると思われる。
  (2)生徒に主体的な学習を身につけさせるために、問題を作らせる。
 もう一つのドリル・シェル活用法として、生徒に問題項目デ−タファイルを自作させ、
自分が覚えたいものについてのドリルを作って練習するという体験をさせることが考えら
れる。これは、単に覚えたいものを覚えるだけでなく、「覚え方」の学習にもつながるド
リル・シェルの活用法であり、日常の教師主導型授業を離れて、生徒が主体的に学習する
機会を与えることにもなる。ひいてはコンピュ−タが便利な勉強の道具になるという経験
を通してコンピュ−タの特長を体得するという意味でのコンピュ−タ・リテラシ−教育の
一貫ともなろう。

3、学習意欲の観点からみたドリル・シェルのねらい
 ドリル・シェル(情報用)を用いたCAI教材は、これまでの多くのCAI教材のよう
なグラフィックスや音声、アニメ−ション、拡大文字などを使わないことになる。このよ
うな「人間味のない」「冷たい」「機械的な」教材で、果たして生徒の学習意欲を高める
ことができるのであろうか。
 学習意欲を授業設計の立場から分析したケラ−の4要因モデル(ARCSモデル)が、
この疑問に対する答えを提供している(鈴木、1987; 沼野・平沢、1989)。ケラ−は、学
習意欲にはおもしろそうだ、興味をそそられるという「注意」の側面、やりがいがありそ
うだと感じる「関連性」の側面、自分にできそうだ、挑戦してみようと思う「自信」の側
面、やってよかったと感じる「満足感」の側面の4つが関係していると指摘している。従
来のCAI教材に見られる絵や音の使い方は、「注意」の側面にアピ−ルすることを主眼
としていたように思え、「ものめずらしい」から注意が引けたといえるのではないか。「
ものめずらしさ」で生徒を引きつけることも有効であることには違いないが、「おもしろ
かった」だけでなく、「力がついた」「コンピュ−タって便利だ」「覚え方がわかったか
らコンピュ−タなしの時も工夫してみる」などとも言わせたいものである。
 このドリル・シェルでは、「注意」の側面に訴えた意欲の喚起は避け、何を身につける
のかを明らかにして、適切なドリル環境を提供することによって成功の体験を積ませ、自
分に対する「自信」を持つことを通して学習意欲を高めようとしている。「自信」を培う
ためには、できるようになったのは先生の教え方がうまかったからと思うよりは、自分で
努力し学習のコツがわかったからだと考えられる方が効果的であり、その意味でも、徐々
にドリル・シェルの使い方を生徒に任せていく方向を模索したいものである。
4、今後の研究展望
 1、ドリル・シェル(情報用)の改善
 今回開発したドリル・シェル(情報用)を、次の点で改善していきたいと考えている。
  (1)ヒントの追加
 情報の記憶を助けるためには、ただの繰り返しによって「記憶に焼きつける」のではな
く、学習者にとって情報をより意味のある形にするようなヒントを与えることが効果的で
あるとされている。現在の#card のところに、問題:正答に加えて、:ヒントを入力でき
るように改善したい。ヒントは、正答後のフィ−ドバックに用いたり、学習者のヒント要
求キ−によって、提示できるようにしたい。
  (2)ドリル形式(モ−ド)の多様化
 現在の練習形式に加えて、 1問題と正答とヒントを同時に表示する「確認モ−ド」、 2
問題と正答を入れ換えて練習する「逆練習モ−ド」、 3選択肢を最大にしてフィ−ドバッ
クを与えない「テストモ−ド」の3形式を追加したい。#mode を問題項目ファイルに加え
て、ドリル形式を指定できるようにする。
(3)ドリル実行時の環境変更
 現在、問題項目デ−タファイルの中で設定している#pass, #retry, #choices や、新た
に加える#mode などのドリル条件の設定を、ドリルを実行している最中に変更できるよう
にしたい。これは、主体的な学習能力の育成を目指して生徒にドリルの使い方を任せる場
合に、ドリル利用者の立場でドリルの実行環境を変更できるようにするためである。
(4)ユ−ザ−・インタ−フェイスの改善
 現在のMS−DOSのテキストファイル形式の問題項目デ−タファイルは、図2に示し
たように比較的簡単な命令(# で示されているもの)からできているので扱いは容易であ
ると思われるが、さらに簡便にするためのユ−ザ−・インタ−フェイスを開発中である。
 2、知的技能の領域で使えるドリル・シェル(技能用)の開発
 今回開発した情報用のドリル・シェルでは効果的な学習指導の条件が整わない知的技能
の習得のために、ドリル・シェル(技能用)を開発する。情報用と技能用が揃えば、あら
ゆる認知的な学習課題に対応したドリル型CAIが作成可能とされている。
 3、ドリル・シェルの利用効果研究
 研究協力校でのドリル・シェル利用を通じて、学習目標到達度、コンピュ−タ教室利用
率、教材作成の効率化、コンピュ−タに対するイメ−ジの変化、自己学習能力の育成など
の多方面に渡った効果研究を実施したい。それと並行して、大学教育におけるCAIの利
用についても研究を進めたいと考えている。
                 (参考文献)
鈴木克明(1987)「魅力ある教材」の設計開発をめざして−ARCS動機づけモデルと
 CAI設計への応用 日本教育工学会第3会大会論文集、375 −376
鈴木克明(1988a) 使い易いCAI教材の要件(教師のためのコンピュ−タ・リテラシ−
 連載第19回)『指導と評価』1987年11月号、43−47
鈴木克明(1988b) 簡便で長続きするCAI開発−実践者のための3段階法− 第14回
 全日本教育工学研究協議会全国大会論文集、203 −208
沼野一男・平沢茂(編)(1989)『教育の方法・技術』 学文社、13−16