課題研究:コンピュータ時代のリアリティ『 第30回日本視聴覚教育学会・第38回日本放送教育学会合同大会発表論文集』45 - 46 (1993)


教室学習文脈へのリアリティ付与についての可能性
Anchoring the Classroom Instruction to a Realistic Context

〜ジャスパープロジェクトを例に〜
The Jasper Project as an Example


鈴木 克明
Katsuaki SUZUKI
東北学院大学 教養学部
FACULTY OF LIBERAL ARTS, TOHOKU GAKUIN UNIVERSITY



教室学習の現実世界からの遊離を解消し、現実世界での適用が可能な「活性化した知識技能」の習得を促す手段として教育機器を役立たせるためには、授業をどのように設計したらよいのだろうか。コンピュータ時代だからこそ実現可能な教室学習文脈へのリアリティ付与について、ジャスパープロジェクトを例にとりあげ、考察を加える。


学習指導 教材開発 授業設計 リアリティ コンピュータ 

1、現実感と学習効率のトレイドオフ

授業設計モデル研究の立場からは、まず、どんな学習目標の達成を促すためのリアリティか、が問われる。デールの経験の円錐を授業設計の立場から解釈したウエージャーは、目標の性質に応じて次の原則を提起している。

認知領域では学習の成立を保証するために必要なだけ円錐を下がるが、学習効率を上げるためにできるだけ円錐の上側のメディアを選択せよ。情意領域では情報源の信憑性に懐疑的な年令の学習者の態度変容には具体的なメディアを選択せよ。また、若年の学習者の態度形成にも具体的なメディアが有効である。(Wager, 1975, p.10)

これまでの授業設計モデルでは、効率化という観点から、最低限必要なリアリティを実現するメディアの選択を提唱してきた。最近では、認知領域と情意領域との統合化が試みられ、また学習意欲の育成」に関心が集まっており、より臨場感のあるリアルなメディアの効果が再検討されている。その場合も、そこで生起させたい学習を促進する手段としてリアリティをとらえる以上は、「何のためのリアリティか」が常に問われることになる。

2、子どもにとってのリアリティと教室学習

次は「誰にとってのリアリティか」という点である。子どもたちにとっての学習へのリアリティ感覚には、学校で習うことが現実の世界で使い物になるのかという点がある。学校では将来役立つ知識よりも受験にしか役立たない知識を習うものだという諦めがある。「何でこんなこと勉強するのですか?」という問いに、学習意欲を損ねる原因の一端(ケラーのARCSモデルで言う「関連性」の欠如)があらわれている。ある教材をどの程度リアルに表現するかということよりも、学習課題そのものがどれほどリアルなものかが問題なのかも知れない。

近年、状況に依存して学習が成立するとの立場(situated learning)の研究が盛んだが、学校における教室学習の文脈が、そこで習得される知識技能が応用される現実世界の文脈から遊離しているとの指摘がある(Young, 1993)。即ち、教室学習ではクラスメイトとの競争原理が働き、チャイムと共に授業内容が時間ごとに予定どおりに変化し、唯一の(そうでなければ主要な)情報源は一人の人物、教師である。一方の現実世界では、あらゆる情報源に分散された資料を変化する状況のなかでその有意性を判断しながら収集し、専門分野のことなるメンバーと共同で知識を形成していく。学校での学習が将来役に立つと説得して「やりがい」を感じさせることにたとえ成功したとしても、教室文脈で得た知識は、現実世界に活用できる状態で学習されていないとの指摘である。

3、錨をおろした授業:ジャスパープロジェクト

ジャスパープロジェクトとは、米国テネシー州バンダービル大学での、状況依存型学習観(Situated learning)に基づく授業を支援するための教材(Anchored instruction)の開発研究である(CTGV, 1991; 1992a)。小学校5、6年生を対象に算数の問題発見と解決の技能育成を目標とし、学習意欲をそそるリアルな文脈を提示するビデオディスク教材を中心に、マルチメディアデータベース、問題解決支援ツール(HyperCardで提供)、付属印刷物などから構成されている。ジャスパーは、主要登場人物の名前である。3タイプ(時間と距離を使った旅行計画、統計データを使った仕事の計画、図形を応用しての理由付け)6話の冒険物語は14分から18分の長さで、登場人物の一人が問題を子どもたちに投げ掛けるところで終わる。

ジャスパー教材を使った典型的な授業では、まず1つの物語を視聴し、クラス全員で問題解決へのアイディアを出す。複数の選択肢が考えられたところでグループに分かれて問題に挑戦する。複数の解決案それぞれに必要な下位目標群を定め、不必要な情報と必要な情報を区別しながらデータを収集し、計算を行ない解決策同士を比較する。グループ内で、そしてクラス全体で解決策の理由づけを披露しあう。グループの活動には最低でも2時間をかけ、相互に意見交換した後、ビデオに用意された結末を視聴する。自分たちの解決策と比較して長所短所を確認し、さらに、マルチメディアデータベースで類題に取り組んだり、発展的な活動を展開する。

1990-91年度、米国東南部の9州16校で公立小学校5、6年生739人を対象(統制群を含む)に実施したフィールドテストでは、子どもたちはもとより教師やPTAの反応は絶大であった。事前事後の評価でも、算数の基礎概念習得を損なうことなく、文章題テストや計画立案問題で統制群よりも好成績をあげた。態度尺度でも、算数への不安/自信、算数の有用性認識、算数への興味、算数への挑戦に対する気持ちの4領域に事前事後の変化に統制群との間で有意差がみられた(CTGV, 1992b)。

4、成功に導いた7つの教材設計原則とその利点

ジャスパー教材の設計原則は次のとおりである。

  1. ビデオ提示:映像が複雑な問題を具象化し、取り扱い可能にする。視点の多様性が、共同作業を促進。数値データを文字表示せず、問題構造の把握に集中できる。
  2. 物語形式:ビデオ教師による解説型教材でなく、起承転結のある現実的な物語を使う。自然な文脈を提供(真迫性、臨場感)。算数の問題解決手法の日常的な文脈での用途が明確になる(道具性)。
  3. 生成的学習(Generative format):与えられた模範解答をなぞらずに、自分たちで探し答えを導きだす。学習の過程に能動的に参加させるため。
  4. 情報埋め込み設計(Embedded data design):問題解決に必要な情報は、全て物語のあちこちに埋め込まれていて、物語視聴中に散見される構造をとる。解決策に依存したデータの有用性の変化を体験させる。
  5. 複雑な問題:最低14の段階(立式)を経なければ解決できない問題を全物語で採用。計算方法以外を選択させ論理的思考力や課題解決過程のメタ認知を育成。数分挑戦しては諦める傾向を克服させ、自信をもたせる。教師からの権威的情報に頼ることなく、共に問題を解決する仲間であるという雰囲気がつくれる。
  6. 類似冒険のペア化:二つの似通った物語を提供し、習得した技能の転移を促進。何が応用可能で何が文脈固有かを見極める力を付け、子どもたちが自らその技能を用いる能力(知識の活性化)を高める。
  7. 教科間の連結:物語中に地理、歴史など他の教科の情報を自然な形で提供し、知識の統合化を可能にする。

上記の7原則は、いずれも学習文脈づくりのルール化であるが、その他にも学習者への「足場」としての「問題解決支援ツール」の提供、コーチ役の教師を支援する電子会議の開設やジャスパー新聞の発行、状況依存学習での評価方法への工夫(データ自動収集、プロトコル分析など)などにも、注目すべき点が多い(Young, 1993)。

さらに、教材利用の形態決定に影響する要因として「教授内容の序列化」「失敗経験の価値」「教師の役割」を挙げ、状況依存型学習観を支援するジャスパー教材でも利用形態によって、(1)要素技能を全て教えてからジャスパーを教師主導で使う「積み上げ式直接教授方式」、(2)失敗を極力避け混乱を少なくするために穴埋め式のワークシートを使ってビデオを追う「構造的問題解決方式」が考えられると指摘している。失敗の中から自ら学ぶ子どもたちを支援する立場に立った第3の「生成援助方式」を採用することこそジャスパー教材の可能性を最大限に引き出す道だと結んでいる(CTGV, 1992a; 1993)。

5、終わりに:リアリティ付与への学校改革

教師を権威的な情報源の役割から解放し、子どもたちが臨場感あるリアルな場面で学習するためには、ジャスパーのようなアフォーダンスの高い教材が不可欠である。教材開発だけでなく、それを活かせる学校の在り方についても議論すべき時ではないだろうか(鈴木、1992)。

参考文献

Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1991). Technology and the design of generative learning environments. Educational Technology, 31 (5), 34 - 40.

Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1992a). The Jasper experiment: An exploration of issues in learning and instructional design. Educational Technology Research and Development, 40 (1), 65 - 80.

Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1992b). The Jasper Series as an example of anchored instruction: Theory,program description, and assessment data. Educational Psychologist, 27 (3), 291 - 315.

Cognition and Technology Group at Vanderbilt (1993). Anchored instruction and situated cognition revisited. Educa tional Technology, 33 (3), 52 - 70.

鈴木克明(1992)「情報社会型の放送教育I」『放送教育』1992年12月号 31-32

Wager, W. (1975). Media selection in the affective domain: A further interpretation of Dale's Cone of Experience for cognitive and affeictive learning. Educational Technology, 15(7), 9 - 13.

Young, M.F. (1993). Instructional design for situated learning. Educational Technology Research and Development, 41 (1), 43 - 58.