沼野一男・平沢茂編著(1989)『教育の方法・技術』学文社、分担執筆
15.授業の流れをつくる方法について、具体例をあげて説明せよ。


(コ−スアウトライン、ル−レッグ方式、エグル−ル方式、教授ストラテジ−、  教授タクティックス、方略、方策)


(授業の流れをつくるとは何か)

 ここでは授業の流れを、複数の教授内容をどのように配列するかという問題 と、一つの教授内容を扱うための毎時間の授業をどう構成するかという問題と に分けて考えたい。授業の流れをつくる作業は、教授内容を並べてそれを消化 していく順番を決めるだけでなく、教授目標達成のためにどのような流れが望 ましいかを検討するものである。授業の中のどの部分に何があれば目標を達成 しやすいかという観点で、授業の構成要素を選択・配列するのである。従って、 どのような特徴をもった学習者に何を教える授業なのか、また学習を促進する ためにはどんな援助が可能なのかを考えて、授業を組み立てていくのである。


(教授内容の配列と授業の流れ)

 教授内容の配列については、やさしいものから難しいものへ、基礎から応用 へ、具体から抽象へ、年代順に、近いものから遠いものへなどといった原則が とられている場合が多いが、必ずしも学習を助けるという観点からの配列がな されているとは限らない。学習指導という観点からの配列原則としては、基本 的な事項を深く掘り下げるために形をかえて何度も繰り返し扱うことを提唱し たブル−ナ−のら線型カリキュラム、より一般的な知識から始めて先行オ−ガ ナイザを利用して徐々に詳しい知識に至るオ−ズベルの有意味受容学習、逆に 知的技能の前提条件を階層構造に分析して下位目標の習得から積み上げていこ うとするガニェの学習ヒエラルキ−などがある。また、沼野一男らの提唱して いるコ−スアウトラインの決定原則では、これまで不明確であった配列原則を ノ−ド(目標行動)、教育可能なノ−ド、連続性、応用性、基礎性の5つの用 語で操作化し、目標行動の論理分析で得られた教授目標の配列を自動化した。

 教授内容の配列の良否が授業の効果にどの程度の影響を持つかは、学習課題 の性質による所が大きい。例えば外国語学習の場合、文法事項に関してはAを 理解するためにはBを先に習得してなければならないという、いわゆる階層構 造の関係がみられるが、単語の学習ではどれから始めなければならないといっ た配列が問題になることは少ない。階層構造をもつ教授内容の場合は、前提条 件となる下位の目標から始めるように配列されなければならないことは言うま でもない。一方、習得中の技能が次の上位目標のために使われていくので授業 の流れについては明らかであり、学習者に時折、階層構造のどの位置で学習が 進められているのかということを知らせる程度で十分であろう。

 階層構造を持たない教授内容の場合は、内容の配列に関しては適宜に決定し ても学習への影響は少ない。しかし、配列された内容同士に関連性を持たせ、 授業の流れをつくるための工夫が求められよう。例えば、地理の授業では、ど の地域から学習を始めても差し支えはない。しかし、それぞれの地域をばらば らに扱うのでなく、既習の地域と比較対照して新しい地域を学習することも考 えたい。新しい地域の学習に入る時に身近な地域について思い出させたり、ま とめでは複数の地域に関する知識を比べながら整理する時間を設けるなどして 、全体の流れをつくりたいものである。


(毎時間の授業の流れをつくる)

 最も頻繁に行われる授業設計の単位として、授業時間毎の展開を考えること がある。ときには一つの教授目標の指導について数時間の授業をあてる場合も あるが、いずれにしても限られた時間の中で、どのような材料を使って授業の 導入をしたらよいか、目標に近づけるための展開はどうしようか、まとめはど うしようかなどと考え、授業の「青写真」を作り上げる作業である。

 伝統的な授業の流れとしては、導入として前時の復習や本時の目標の確認、 展開として教師による新しい事柄の説明とそれに対する生徒からの質問、ある いは個別の練習(机間巡視)や班毎の話し合いや作業があり、まとめには教師 による総括や宿題の説明、および次の時間の予告などが挙げられる。ある程度 決まった流れで毎回授業をすすめていくことで、生徒が授業のどの部分で何を するように求められているのかが明確になり、生徒が授業の流れを把握しやす く学習課題に専念できるという効果があるとされている。しかし、教授目標の 特質などを考慮した授業展開の枠組みであるとはいえない。

 1960年代にプログラム学習教材の流れをつくる方法として提案されたも のに、ル−レッグ(ruleg)方式とエグル−ル(egrul) 方式がある。これは、新 しい事柄を教えるときに、その事柄の原理や定義や公式といった抽象的な法則 (rule)と法則を当てはめた具体的な事例(example) を提示することに着目した 区別である。ル−レッグ方式は、まず一般的な法則を学習しそれを演繹的に事 例に応用していく方法であり、短時間で確実に目標に達成できるとされている 。教師がまず説明をして、生徒がそれを理解し応用していく流れである。それ に対してエグル−ル方式は、多くの事例をまず経験しそれを帰納的に一般則に 高めていく方法である。教師は結論を言わずに生徒に考えさせ生徒の思考を導 く方法として、発見学習などで用いられている。当該の一般則を学習するまで には時間がかかるかも知れないが、同時に学習の仕方を学ぶ機会も提供できる とされている。学習者の年令が低い場合や、経験的な素材をもとにした課題な どでは、エグル−ル方式がよいのかも知れない。


(ガニェの9教授事象)

学習を援助するためにはどのような種類の指導が効果的かを現代的な学習の メカニズムから解き起こした枠組みとして、ガニェの9教授事象がある。これ は、ある事柄が学習されるためには学習者が様々な種類の情報処理をしている という学習の情報処理モデルに基づいて、授業には9種類の支援活動(教授事 象)を盛り込むことができるとするものである。従って、9つの教授事象に沿 って授業の流れを組み立てたり、授業案を吟味することもできる。

  1学習者の注意を獲得する。学習者に情報の受け入れ態勢をつくるために、 教師に注目させる。 2学習目標を知らせる。学習者が目指すべきこと、授業の おわりにできるようになることを知らせ、学習意欲を刺激し、期待感を持たせ る。 3前提条件を思い出させる。事前に学習して長期記憶にしまい込んでいる 下位目標の知識・技能を使えるような状態にさせる。 4新しい事項を提示する 。既習事項との違いや関連性をきわだたせながら、新しい事項を示す。 5学習 の指針を与える。新しい事項を意味のある形で記憶するような助言を与える。 ただ覚えたものは忘れやすく、なぜそうなのかを知っていれば長く記憶でき、 また取り出しやすいからである。 6練習の機会をつくる。新しい事項が長期記 憶にしまえたかどうかを確かめるために、学習者個々が情報を取り出したり技 能を応用したりする機会をつくる。教師の説明を聞いただけでは実際にできる かどうかはわからないからである。 7フィ−ドバックを与える。事象6の結果 について、すぐにうまくいっているかどうかを学習者に知らせる。 8学習の成 果を評価する。新しい事項がしっかりと習得できたかどうかを確認するために 、少し間をおいてテストする。 9保持と転移を高める。学習の成果が長持ちし 、また他の学習への応用ができるように、復習や発展学習の機会をつくる。

 この9つの教授事象のうち、どれをどのように授業に組み込むかについては 、学習者や教授目標の特質を考慮して決定する。特に教授事象の3から5につ いては、教授目標がどの学習成果に分類できるかによって性質の異なる方略を 用意する必要があるとガニェは主張している(第11項参照)。また、学習者 が自分で用意できる事象については、教師が改めて支援する必要はない。徐々 に生徒に任せる事象を増やして、学習者として独り立ちさせることを考えるた めにも、この枠組みは参考になると思われる。        (鈴木克明)


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