鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門〜若い先生へのメッセージ〜』財団法人 日本放送教育協会



第6章 「学習意欲」を育てる授業の設計
    〜ケラーのARCSモデルに学ぶ(2)〜


■メッセージ■
教師の先入観のみで番組を子どもから遠ざけてしまわないために、事前に放送番組の内容をすべて知ろうとしない方がよい。これからの研究では、興味や探究心の喚起にとどまらずに、繰り返し視聴などで学び手としての自信をつけさせる利用方法の確立を目指すべきだ。


はじめに
1 だれに何を教えるのか—学習者と学習課題の要因
  ⑴だれに教えるのか—入口の吟味
  ⑵何を教えるのか—出口の吟味
2 何で教えるのか—放送メディアと番組構成の要因
  ⑴放送メディアの要因—可能性としての魅力 
  ⑵番組構成の要因—メディア特性をいかしているか
3 放送番組をどう使うか—指導方略の要因
  ⑴新奇性と〈注意〉の側面からの工夫
  ⑵繰り返し視聴と〈自信〉の側面からの工夫
4 学習意欲を育てる授業設計点検表


■チェックポイント■

1 放送番組はどのようなときに使うと、授業の魅力を高めるうえで最も効果的だと思いますか?





2 ケラーが提案しているARCSモデルは、授業を計画し、実施し、評価する過程において、どんな場面でどのように活用することができると思いますか?

■メモ■
(本文を読む前に、チェックをしてみての感想などを書き残しておいてください)


はじめに 学習意欲を高める放送利用

前章では、アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラーが提唱する学習意欲をめぐるARCSモデルを紹介した。授業や教材を設計するために学習意欲の問題を、A注意、R関連性、C自信、S満足感の四つの側面に分けて考える枠組みとその作戦例であった。

放送番組を利用することで、確かに子どもたちの興味をひき、発展的な学習の契機となることが、さまざまな実践で確かめられてきている。また、その効果を最大限に生かすための授業の手だても工夫されてきた。放送番組の利用が、どんな意味で授業を魅力的にしてきたのだろうか。そんな関心をもって、放送教育が得意としてきた学習意欲の分野を改めて吟味していきたい。ケラーのARCSモデルの四つの側面から見た放送利用の可能性を考えるために、前章に掲載した学習意欲を高めるヒント集を参照しながら、お読みいただきたい。

1 だれに何を教えるのか—学習者と学習課題の要因

前章でみたように、ARCSモデルにしたがって学習意欲を高める放送利用を考えてみると、さまざまな角度から学習意欲に迫る可能性があることがわかる。しかしながら、すべての条件についていつも吟味していくことは難しいし、それは生産的でもない。前章で紹介したヒント集に並んだことを毎回すべて実行する必要もない。留意しなくてもすむことはないのか、やってもやらなくても同じ結果が出せることはないのか、手を抜けることはないのか。逆に言えば、これから計画する授業において、学習意欲を高めるためには何に一番留意すべきかをどうやって見極めたらよいか。結果を大きく左右する点はどこにあって、どの側面から手を付けるのが最も効果的か。それを知るためには、いくつかの観点から学習意欲を吟味する必要がある。

最初に「だれに何を教える授業なのか」という点を考えてみよう。なぜならば、解決策を検討する以前に、どんな問題を解決するための工夫なのかを見極める必要があるからである。ここでは入口(だれに)と出口(何を教えるのか)を吟味することで問題に迫ってみようと思う。

⑴だれに教えるのか—入口の吟味

まず、授業を受ける子どもたちのやる気の度合いを観察・予想し、意欲の妨げになりそうなことをARCSモデルで考えてみることから始める。指導案での児童観・生徒観の分析にあたる作業であり、授業の入口の吟味である。

ある授業に対して子どもたちが意欲満々でやる気十分な場合、放置しておくのが最もよい。下手な工夫はかえって邪魔になるだけだ。子どもたちに任せ(手を放せ、目を離すな)、教師は子どもたちに聞かれたらアドバイスを与えればそれでよい。学習意欲についての問題が存在しないところでは、学習意欲についての工夫は無用である。

さて、子どもたちのやる気が何らかの理由で妨げられている場合、その原因をARCSの四要因で考えてみる。好奇心に欠けていたり、集中力が不足していたり、新しいことに興味を示さない子は、〈注意〉の側面に問題がある。世の中のこと全般に関心が薄かったり、関連知識が乏しかったり、目的意識があいまいだったりすると、〈関連性〉が問題となる。今までの勉強の積み重ねが不足して基礎基本に欠けていたり、失敗体験から劣等生という自己概念をもっていたり、頭から不得意科目と決めているようでは、〈自信〉に問題が生じる。クラスメイトとの人間関係がうまくなかったり、えこひいきの体験から教師を信頼できなければ〈満足感〉を得るために安心して努力できないことが問題となる。

子どもたち一人ひとりの意欲を阻害している問題を一挙に解決することは不可能であるが、少なくともそれぞれが意欲をもてない理由はさまざまである、ということは押さえておきたい。一つの作戦で、さまざまな問題を抱える子どもたち全員の意欲を高めることは不可能であると思っていた方がよい。ケラーは、学習者個々の問題点を把握してそれに対応する形で作戦を取捨選択する手続きを「学習者分析」と呼び、重要なステップと位置づけている。学び手をARCSの四要因でとらえることで、どの要因に重点をおいて授業を設計するかを決定し、余分な作戦を取り除くことになる。

⑵何を教えるのか—出口の吟味

次に、授業で扱う内容について吟味する。指導案での題材観の分析にあたる作業であり、授業の出口の吟味である。教科書を一通り眺めると、ごく平凡な授業でも多くの子どもたちが「のってくる」部分と、工夫が必要な部分があることがわかる。放置しておいてもすむ学習課題は、工夫する必要がない。料理は素材が命というが、素材(学習課題)そのものが魅力的な場合は、余りごてごてと味をつけない方がよい。素材のおいしさをそのまま味わうのが一番である。

さて、どうも「のってこない」学習課題の場合、どの側面が問題かをARCSモデルで考えてみる。見るからに面白そうで楽しそうな内容でないとすれば〈注意〉の側面に味付けが必要となる。子どもたちにとって親近感がもてない課題、何のために勉強するのかがわかりづらい課題、あるいは将来役立ちそうに思えない課題には〈関連性〉を高める工夫を試みる。何を克服すればよいのかゴールが見えにくい課題やとても困難に見える課題、あるいは過去からの積み上げが不足がちな課題には〈自信〉の側面から対応する。また、次への積み重ね効果が見えにくいものや応用性が少ないと感じられる課題には〈満足感〉をもたらす工夫が必要となる。すべて、学習課題が子どもたちの目にどう映るか、という観点から考えてみる。

授業で扱う学習内容は、それぞれに発達段階に応じて、また将来の勉学の基礎基本として、それなりの理由があって定められているもののはずである。学習課題を何とか「おもしろおかしく」みせるための工夫も、ときとして必要であろう。しかし、学習課題が本来持つ面白さや学ぶ意義をもう一度確かめる作業が求められていると思う。「これは受験に出るから」という理由以外の、課題自体の魅力を、教える側が真剣に問うてみることである。自分は何が面白くてこの学問の道に進んだのか。この教科の目指している大きな目標は何なのか、そして今目の前にある学習課題を達成することがその目標に向かってどのように貢献するのか。教えようとしている教師が「これはとっても魅力的な課題だ」と自分で思えることが、魅力的な課題づくりへの最も近い道である。中身の魅力を振り返ることなく授業を単におもしろおかしくしようと試みると、本当のおもしろさを伝えるチャンスを逃すことになりかねない。

2 何で教えるのか—放送メディアと番組構成の要因

だれに何を教えるのかについて学習意欲を妨げる原因を吟味したら、次は授業に放送を取り入れることのもつ魅力と、取り入れようとしている番組の魅力について吟味しよう。

⑴放送メディアの要因—可能性としての魅力

「今日はテレビを使って勉強しましょう」というだけで子どもたちが「のってくる」状況で、学習効果も高い場合は、何も工夫する必要はない。教師は放送というメディアそのものがもつ効果に感謝しつつ、放送を使わない授業で子どもたちの意欲を高める工夫に貴重な時間をあてることにしよう。学習課題がもっとも魅力的でない場合に、放送のお世話になるという作戦も効果的であろう。

しかし、「今日の授業ではテレビを見ます」と告げたときに「えー、またテレビー」ときたら、それはもはやテレビを使うこと自体に目新しさがないことを物語る。テレビは精巧な視覚的表現力と多様なシンボル体系、リズミカルな場面展開などによって注意を喚起し持続できるメディアだといわれているが、テレビ漬けの子どもたちには、テレビの魔力もさほどではないのかもしれない。そんな場合には、〈注意〉の点での工夫が必要だ。

テレビはまた、抽象的な概念も具体例を用いて表現するメディアであり、模範例を示したり友達と経験が共有できるという点からも〈関連性〉を高めることが可能なメディアだと言える。しかし、テレビと教科書の内容がいつもかけ離れていてテレビの時間でふだんの勉強の流れが止められてしまうとか、テレビ講師の冗長な説明が多くて難解なものだとかの否定的な視聴経験を重ねてきたとすれば、テレビ=やりがいという方程式を修復する必要がある。そこでは〈関連性〉の工夫が求められる。

一方的な情報伝達を得意とする放送を使った学習では、メディアのペースで学習することを強いられることになる。テレビから子どもに問いを投げかけることはできても、子どもの反応に対してはポーズを置いてから「はい、できたかな」としか応答できないし、間違いに応じたフィードバックを与えることもできない。この一方向性というメディアとしての放送の性質は、放送だけで〈自信〉を育てるという点では大きな限界となる。

確かに、操作が煩雑なコンピュータと違ってスイッチ・ポンのテレビは、「テレビは難しい」という拒絶反応を起こさせることはなく、その意味で子どもの自信を妨げることはない(これまでは子どもがスイッチ・ポンすることすらもなく、先生がみんなやってくれたのだからなおさらだ)。しかし、テレビを視聴した結果として「わかった!」「できた!」と思わせるという意味の〈自信〉を育てることは困難である。子どもが自分のやり方でテレビを使うとか、子ども一人ひとりの疑問やつまずきにテレビが答えてくれるといった工夫が必要になる。

最後に、放送による〈満足感〉という点はどうだろうか。放送は教室での二人称的な人間関係を超越した存在だから、えこひいきや人間関係のトラブルから達成の満足感を阻害する原因にはならない。しかし、それが逆に、「できた!」という喜びを助長し称賛する存在になりにくいことをも物語る。放送は惜しみなく与えてくれるメディアであるが、子どもたちの声を聞いてくれるメディアではない。

ただし、子どもたち自身が放送メディアに登場する場合には、様相が一変する。子どもたちの学習の成果が放送というメディアを通して広く伝えられるとき、これほど強いインパクトをもって〈満足感〉に資することができるメディアは、他に類を見ない。送り手と受け手という関係では、数の上から考えてもどうしても一方通行になってしまう。しかし、放送というメディアが受け手同士を結びつける役割を担うとき、受け手が送り手に脱皮する道が開かれているような気がする。

⑵番組構成の要因—メディア特性をいかしているか

放送を使うこと自体よりもおそらく大きい影響をもつものに、「どんな番組か」ということがある。ある中学校の理科の先生に、だいぶ前の特別シリーズをいまも視聴させているという話を聞いたことがある。子どもたちを引き込む不思議な力がある番組だとその先生は評価している。平成五年度の新番組では「はりきって体育」にそんな魅力があるようだ。ビデオに録画して使っているにもかかわらず、ビデオディスクの体育教材と見比べたときに、子どもたちの反応が全く違うということだ。「テレビ」というメディアがもたらす効果以上に、番組構成による差が出るようである。

番組を制作するにあたっては、メディアとしての放送の特性の何を活かした番組づくりをするのかを検討し、素材を吟味し、構成を練っていくことになる。前述した放送のメディア特性は可能性としての特性であって、それをいかに取捨選択して現実の番組に具体化するかが制作者側に問われている。どんな手法で番組をつくると魅力的になるかは制作者側に研究してもらうとしても、番組の利用者としては、提供される番組のよさを最大限に引き出す利用方法を工夫するために、番組のどんな要件が学習意欲に影響するかを知っておくとよい。

〈注意〉では、番組の長さ、場面展開のテンポ、内容の繰り返し度(冗長度)、音楽、キャラクター、問題設定の不思議さの度合いや結論提示の有無などが関係してくる。〈関連性〉では、場面の具体性や現実味、あるいは「模範演技」による学習目標の明確化と「あれができるようになりたい」という子どもたちの思いが鍵になろう。〈自信〉の面からは、情報のわかりやすさやヒントの適切性、つまずきが解消されていくプロセスの提示、挑戦を克服する様子などに注意したい。〈満足感〉には、子どもたちの期待を裏切らない首尾一貫性、シリーズの連続性と高まり、応用場面の例示、子どもたちの参加度などが影響を及ぼすだろう。

ビデオの普及に伴い、事前に録画した番組を教師が視聴しながら教材研究を行うチャンスが増えている。しかし、たとえビデオを使う機会が多くなってきているとはいえ、事前に番組を視聴し吟味してから授業に使うという手順は、事前チェックに要する時間や録画の手間暇からみて、日常的に実現するのは困難である。小学校においては、放送時間にあわせて柔軟な時間割を工夫する一方で特定教科の番組を録画利用するという手法が、最も現実的で長続きするやり方であろう。一方で中学校や高校では、教科担任制で同じ授業を何クラスかで繰り返し行う方法をとっている限り、ビデオ録画に頼らざるを得ない。むしろ、一般番組や放送以外の教材との組み合わせを積極的に進めて、その中の一つの選択肢としてとらえていくのが現実的であろう。

番組のねらいと内容を把握してそれをカリキュラムに位置づけることは大切である。番組についての事前情報をもとに、単元における番組の位置づけを決め、タイミングを見計らって視聴させることを心掛けたい。しかし、あとは子どもとともに視聴しながら、番組の魅力について考えていくのがよい。時間節約という意味からだけでなく、教師の先入観のみで番組を子どもから遠ざけてしまわないためにも、番組について事前にすべて知ろうとしないことだ。メディアとしての放送の醍醐味は、何といっても臨場感と新鮮さにある。放送番組がもたらす(教師にとっての)意外性によって、子どもにとってだけでなく、教師にとっても予想を越えた授業が展開できたとき、それをさばいていく教師の力量が鍛えられていくことになる。

3 放送番組をどう使うか—指導方略の要因

ARCSモデルをもとに、学習意欲を育てる授業を設計するときに検討すべき要因をみてきた。だれに何を教えるのか、そして何を使うのか。それぞれに学習意欲に影響を持っている因子となる。これらの上にたって、放送の利用方法、つまり指導方略を計画することになる。指導案では、指導観にあたるものであり、入口にいる子どもたちを出口に連れていくのにどんな作戦をとるのかを検討することになる。これまでの放送教育の研究では、視聴前後の指導が重要な意味をもつことが強調されてきた。放送に限らずどのメディアもそれを利用することだけですべての問題を解決してしまう万能薬にはならないので、「いかに利用するか」を検討しておくことは重要である。

しかし一方で、見せっぱなしの放送から子どもたちが自ら学ぶという事態は、それを目指すことはあっても、否定すべきものではない。大人は、毎日流されっぱなしの放送の中から自らのニーズに適した番組を選択し、そこからだれの指導も受けないで情報を得、認識を新たにし、行動を開始している。これを称して「番組視聴能力」というのならば、いつの日か見せっぱなしの放送から学ぶ子どもに育てることを目指して、指導の手を徐々に少なくしていく方策も考えなければなるまい。次にあげる放送利用の指導方略も、援助を次第に少なくしていく、つまりフェードアウトすることを念頭において使っていくことにしよう。

⑴新奇性と〈注意〉の側面からの工夫

放送番組を単元の導入に視聴させ、「調べてみたい」という気持ちを刺激しようとする利用方法は、ARCSモデルでは探究心の刺激(A2)の作戦に分類され〈注意〉の範疇に属する工夫である。また、同じ〈注意〉の側面でもふだんあまり見せないテレビを使うこと自体で注意を引く効果は、変化性(A3)によるものと考える。〈注意〉でつまずいてしまった場合には、飽きさせない程度にたまに使うというのも一つの方策だし、子どもをその気にさせる導入をしてから番組を視聴させるといった工夫をするのもよい。

視聴覚メディアの効果をめぐる研究では、新しいメディアが優位に立つ理由として、「新しいこと」「珍しいこと」の効果が繰り返し指摘されてきた ! 。このいわゆる「新奇性」による効果は、子どもが新しいメディアに慣れて「当たり前」になったときには消滅するものだから、メディアそのものの優位性をあらわすものではない。珍しいもので引きつけておいて「より効果的なメディアだ」とも結論できないので、研究者の立場からはとてもやっかいな問題を含んでいるといえる。

しかし、授業を実践する立場に立てば、「珍しさ」や「新鮮さ」はそれ自体悪いことではない。マンネリの授業で「またこれか」と思われるよりはよっ ぽどいい。手を変え品を変え(変化性をうまく使って)、ときおり新鮮な空気を教室に吹き込む工夫を考えたい。一発ものの講演会ではなく日常的に授業を実践する者の知恵が試されることになる。「新奇性」を失わない放送利用の方法論もこれからの実践的研究の課題となるはずである。

⑵繰り返し視聴と〈自信〉の側面からの工夫

ARCSモデルを参考にした〈自信〉のヒント集を眺めてみると、放送は、番組タイトルで内容を明確化したり「模範演技」を提示したりして、学習要求を明確にする(C1)という点で、自信をもたせる条件を実現する可能性がある。しかし、明確になったゴールに一人ひとりの子どもたちを到達させて「できた!」という実感を与える点(C2—成功の機会)や、勉強のやり方を自分で工夫させることで自信を高める点(C3—コントロールの個人化)では、どんなに番組構成を工夫しても限界があるようだ。この点はとくに、番組利用法上の工夫が求められる側面だ。

ビデオ時代を反映する実践例に触れたとき、〈自信〉につながるのではないかと予感することが多い。例えば「たのしい算数」の利用では、シーンごとにビデオテープを中断して子どもたち一人ひとりが問題を解き、次のシーンで答えを確かめながら一歩ずつ進むという利用法が効果的であったという実践例が報告されている 。社会科番組などの利用では、一度番組を見て気づいた疑問点を班ごとに出し合って整理し、再度番組を視聴して番組から得られる情報をすべて洗いだしてから他の資料に展開する、といった方法も効果的なようだ。

一回目に見たときにはチンプンカンプンであった内容も、最終的には「こんなの簡単!」「ぼくらの方がいっぱい調べた!」と思いながら再視聴できるようになる。そうなれば、自信を高めることにつながることは間違いない。「わかった!」「できた!」という達成感は、「う〜ん、わからない」「自分には今これができない」という確認からスタートする。逆説的ではあるが、ビデオ時代の今日求められているのは、一回ですべてわかってしまう明快番組よりも、「噛みごたえ」のある高密度番組なのかもしれない。

一回視聴しただけでは内容が豊富すぎて、あるいは展開が速すぎて、吸収しきれない番組だからこそ、それをどう使うかによって雲泥の差がつくことになる。少なくとも、一回の視聴で未消化のまま終わらせるのでなく、何度も何度も繰り返して見る機会をつくることはできる。ビデオ時代の繰り返し視聴の特権を駆使したこんな放送番組の使い方も、子どもたちの〈自信〉を高めるという観点から再検討してみてはいかがだろうか。

4 学習意欲を育てる授業設計点検表

この章でみてきた学習意欲を育てる作戦を整理する意味で、「学習意欲を育てる授業設計点検表」を表1に示す。単元レベルで、あるいは一時間ごとの授業計画を立てるときに、あるいは立てたあとで、学習者、学習課題、放送メディアの特性、番組の特徴をARCSの要因ごとにチェックしてみる。そして、学習意欲を喚起するために、どの部分が問題なのかをはっきりさせ、それに対応した指導方略が用意されているかを確認するとよい。

表VI-1.学習意欲を育てる授業設計点検表(放送利用)
------------------------------------------------------------------------------
 要因    A注意       R関連性      C自信      S満足感
 学習者-----------------------------------------------------------------------
(自ら進 好奇心は強いか   興味関心は強いか  前提条件は十分か  クラスメイトとの
んで勉強 集中力は高いか   関連知識は豊富か  自己概念は肯定的か 人間関係は健全か
に取り組 革新性は高いか   目的意識は明確か  得意科目か     不平等感はないか
む子か)
学習課題-----------------------------------------------------------------------
(子ども 面白そうか     親近感がもてるか  目標は見えやすいか 累積効果が明かか
たちを引 楽しそうな内容か  習得の意義が明確か 難しそうな課題か  応用性は広いか   
きつけて 不思議そうか    将来役立ちそうか
魅了する
課題か)
メディア-----------------------------------------------------------------------
(メディ 精巧な表現力    具体例での表現   ゴールの明確化   人間関係からの超越
アとして 多様なシンボル   模範例の提示    一方向性      称賛、共感が困難
の放送の リズミカルな展開  体験の共有     フィードバック欠如 成果発表の場?
特性)
放送番組-----------------------------------------------------------------------
(放送の 長さは;テンポは  場面は具体的か   わかりやすいか   首尾一貫しているか
メディア 音楽はキャラクタは 設定は現実的か   ヒントは適切か   連続性は確保できたか
特性をい 内容の冗長度は   課題は明確か    克服のプロセスを  徐々に高まっているか
かしてい 不思議さは                見せているか   応用場面を例示したか
るか)  結論を提示したか            噛みごたえがあるか 子どもが参加できたか
指導方略-----------------------------------------------------------------------
(番組の 新奇性を生かしたか 現実味をもたせたか 子どもに任せたか  子どもに自作させたか
長所をい 探究心を育てたか  目標を意義づけたか つまずきに応じたか 再視聴で確認したか
かし、短                     分かるまで見せたか 
所を補っ
たか)
------------------------------------------------------------------------------


表1には一般的なチェックの観点を記述した。これを参考に、自分が分析したい授業(単元)の特徴を一つずつ記入していく。例えば、学習課題の特徴として、もの珍しく不思議な出来事なので子どもの注意を引きやすい性質のものであれば、学習課題の注意の欄にその旨(プラスの因子)を書き入れる。不思議な出来事で面白そうである一方で、現象を理解するのが難しいのであれば、学習課題の自身の欄には、マイナスの因子として指摘する。指導方略では、授業を受ける子どもたちの特徴、あるいは学習課題や利用する番組の特徴を縦に眺めながら、ARCSの要因ごとにプラスの因子があればそれを生かす指導方略を工夫し(あるいは放置し)、マイナスの因子にはそれを克服するような指導方略を用意していく。これで、必要な作戦のみを準備し、主としてどの側面から学習意欲に迫っていくのかが明らかにされると思う。

表1は放送利用を前提にして提案しているが、この点検の観点は放送を利用した授業のみに限らず、授業一般に用いることが可能である。放送のメディアとしての特性はいわゆるハードウェア特性、番組の特性はいわゆるソフトウェアの特性と考えることができる。したがって、例えばコンピュータ教材を使う授業であれば、コンピュータのメディアとしての特性を調べ、その特性をどう生かしたコンピュータ教材かを吟味すればよい。文部省の研究指定を受けて、平成6・7年度教育機器利用の研究を進めている仙台市立第一中学校では、自作コンピュータ教材とコンピュータ利用授業の設計をARCSモデルの枠組みを用いて検討している。学習意欲を育てる授業設計点検表を活用した研究の成果が期待されるところである。

〈注〉
! 新奇性の効果についての研究を紹介した最近の論文に、今栄国晴(一九九四)「教育メディアの有効性論争試論〜マルチメディア時代への展望〜」『教育メディア研究』第一巻第一号、三八〜四三頁がある。
掛井孝明(一九九三)「〈たのしい算数〉を有効に利用しての実践報告」平成五年度全国放送教育特別研究協議会小学校第四分科会での提案


■チェックポイントのチェック(解答)■

1 ケラーのARCSモデルの四つの側面で分類してみるとよいでしょう。放送番組はこう使うべきだという型に縛られずに、「授業の魅力」を高めるという観点で利用方法を振り返ってみることです。子どもの様子によっても、学習課題自体が持つ魅力によっても、またこれまでの放送番組視聴経験によっても、同じ番組の効果は異なってきます。

2 ARCSモデルを使うことによる効用の一つに、「無駄を省く」という点があるといいます。授業の魅力を四つの側面で整理することで、自分はどこでどんな作戦を使うのか、またそれはどうしてかを見極めることができます。理由をしっかり考えて使う作戦は、当然のことながら乱発する作戦よりも効果が期待でき、的中率がよくなります。必要のないときには使わない、これが一番のようです。何か面白いことをやってみせようと考えていろいろと工夫をしたあげく、「先生、はやく本題に入ってください。」とは言われないようにしたいものです。