(財)日本情報処理開発協会 中央情報教育研究所(2002)「ITインストラクタスキル標準作成・審査検討委員会」報告書(分担執筆:1.3.1.1.大学におけるITインストラクタ・1.4.インストラクタによる研修についてのIDの動向・3.2.1次模擬実験の実施と評価4.3.インストラクタ体系の課題

1.4.インストラクタによる研修についてのIDの動向


1.4.1. インストラクタによる研修
(1)ITインストラクタとは何か(定義)
(2)インストラクタはプレゼン(だけ)をする人ではない
(3)集合教育の担い手としてのインストラクタ
1.4.2.インストラクショナルデザイン(ID)の動向
(1)インストラクショナルデザイン(ID)とは何か
(2)インストラクタによる研修とIDプロセスモデル
(3)IDの第4世代
1.4.3.eラーニング時代に生きる集合研修
(1)メディア分析
(2)ASTD研修デザイン・実施ハンドブック
(3)自己管理研修へつなげるITインストラクタ技術


1.4.1.インストラクタによる研修


(1)ITインストラクタとは何か(定義)

 インストラクタとは、「クラスあるいは個人の前に立って、研修内容の情報をまき散らす(disseminate)人」(Piskurich, 2000, p.4)というイメージがある。研修の目的が単に「情報をどさっと落とす(dump)こと」にあるのならば、我々が求めるインストラクタは「情報をまき散らす人」で十分であり、この役目であれば本でも十分果たせる。この役割を担うインストラクタは、SMEとして研修内容を熟知している必要はあるが、それを如何に教えるかについての専門性は不要である。

 一方で、もし研修の目的が「受講者が学ぶことを助ける」ことにあり、知識やスキルを確実に習得させて、それを職場で生かせるように準備させることにあるのならば、「情報をまき散らす人」以上の教育専門家が必要になる。この二者を区別する意味で後者を「ファシリテータ(支援者)」と呼ぶこともある(Piskurich, 2000, p.82-83)。ファシリテータは、必ずしも研修内容についての高度の知識は持っていないかも知れないが、クラスをまとめ、リードし、コーチできる資質を備えた教育専門家である。むろん、研修を効果的にするためには、研修内容と研修方法の両方の専門性が必要となることは言うまでもない。

 我々がITインストラクタに求めているものは「情報をまき散らす人」ことが上手にできる人ではない。IT関連の知識が豊かな人に上手に話すスキルを身につけてもらえばITインストラクタとして十分である、とは考えない。IT関連の豊富な知識とそれを上手にプレゼンテーションするスキルは重要な要素であることは間違いないが、ファシリテータとしての専門性をも有した人材でなければITインストラクタとして十分な資質を備えているとは言えない。

 両方の資質を統合した意味で、インストラクタとは、「内容を直接提示したり意図的な学習活動を組織したりすることによって、受講者に知識あるいは情報を提供する人」(Piskurich, 2000, p.259)と定義されている。また、メディアによる研修に対比させて、インストラクタによる研修とは、「内容の提示や効果的な学習環境の提供をインストラクタに任せている形態」と捉えている。これを踏まえて、我々は、ITインストラクタを次のように定義する。

「ITインストラクタとは、IT関連の領域専門性を十分備え、教育方法を適切に選択して内容を直接提示したり意図的な学習活動を組織したりすることによって、受講者がIT関連知識・技能を効果的に習得できる研修を実行できる人」

IT instructor is a person who has IT related subject matter expertise, and who can select proper instructional methods and conduct training by directly presenting content and directing structuring learning experiences so that the trainees can learn IT related knowledge and skills.


(2)インストラクタはプレゼン(だけ)をする人ではない

  教育のパターンは、講師によるプレゼンテーション、個別学習、グループ活動の3つに分けられる。3つのパターンから最適な形を選択するためのガイドには、(1)学習内容と学習目標に照らしてどのパターンが適切かどうか、(2)学習目標の特性にはどのパターンが最も効果的か、(3)研修で身につけたことを職場で生かせるように導くためにはどのパターンが必要か、(4)すでに研修内容をマスターしている(部分的、あるいは全部)研修者への対応はできるか、(5)研修者個々のニーズにどれだけ対応できるかなどが重要であるとされている(Kemp, 2000, p.52)。

 インストラクタには、プレゼンテーションを適切に行う能力だけでなく、その他の手段も適切に選択して研修を組み立てていくことが求められている。その意味で、インストラクタはプレゼンだけをする人ではない。一方で、プレゼンテーションは、インストラクタが研修に当たるときに不可欠な要素である。インストラクタは、他の方法と比較したときにプレゼンテーションという教育方法がどのような意義をもっているかを把握しておく必要がある。図表●に、プレゼンテーションが効果的に使われる場面をリストした。

図表●:プレゼンテーションが効果的に使われる場面(Kemp, 2000, p.48)
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□ 導入や新しい学習内容についての概要を説明する
□ 受講者を学習に動機づけるための視聴覚教材を利用する
□ 個別学習やグループ活動に必要不可欠な基礎知識を効率的に与える
□ 一度限りのゲスト講師を外部から呼ぶ
□ 全員同じ時間にビデオなどを視聴させて共通理解を得る
□ 受講全員の前で(個別・グループ)研修の成果を発表させる
(受講者にプレゼンテーションさせる)
□ 終わりに学習内容をまとめて次の学習に移る
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 集団を相手にするからといって、プレゼンテーションだけが唯一の教育方法ではないことを再確認する必要がある。プレゼンテーションが上手だから良いインストラクタとは限らない。グループ活動が学習目標の習得に最も適している場合には、自分が説明して終わりにするのではなく、グループで考えさせて理解を深める活動を取り入れる。個別の練習問題に取り組ませた方が効果的な場合には、あらかじめ適切な教材を選択・準備して、(たとえ「講義」をやる時間として受講者が全員同じ部屋に集合していたとしても)受講者ごとのペースで個別に学習を進めさせてアドバイスが必要な受講者に対応するパターンを実施する。そういう決断ができるのも、そしてパターンに応じて適切なコーチングが実施できるのも、良いインストラクタに求められる資質となる。

 「凡庸な教師はただしゃべる。よい教師は(理解させようと)説明する。すぐれた教師は自らやって見せる。そして,偉大な教師は心に火をつける。」ウィリアム=アーサー=ワードの言葉を引用して西澤(1996)はこう指摘する。「自分の知っている知識をただ話して聞かせるだけではロボットと大差はない。生徒や学生が理解しているか否かも考えずにフォーマット通りに講義する。(中略)暗記させるだけでは,理解しようとつとめている子供の脳のはたらきを刺激することにはならないし,大体そんな教育を続けていれば,質問されても的確な返事のできる先生がいなくなってくるから,全体のレベル低下ははなはだしくなる。」(西澤,1996,p. 29-30)

 ただしゃべるだけのインストラクタでは困る。質問されても的確な返事ができないインストラクタでも困る。しかし、だからといって、おのれの博識さを披瀝することがインストラクタの唯一の任務であると思っているようでは失格である。研修効果を高め、研修によって受講者がもっと学びたいと思うようになることを願って創意工夫する。インストラクタは受講者の心に火をつける存在を目指さなければならない。


(3)集合教育の担い手としてのインストラクタ

 インストラクタによる研修がこれまで用いられてきたのは、集合教育の場面であった。一方、OJTにも、研修を担当する指導者が割り当てられ、その指導者の資質によってOJTの効果も左右されることも我々は学んできた。近年、遠隔教育に用いるテクノロジーの進歩により、遠隔教育といえば個別学習という概念を覆すようなグループ学習や遠隔地にいるインストラクタ(ないしはメンター)とのやりとりも可能にするようなプラットフォームも出現している。インストラクタの活躍する場面が広がりつつある一方で、場面に応じた備えも求められるようになる。将来的には、たとえば、教室にいる受講者との対人関係を築いていくスキルに加えて、遠隔地にいる受講者との人間関係を構築するためのメールでのやり取りの方法に慣れておくことなども、インストラクタに求められる資質となるかもしれない。

 図表●は、研修の目的ごとに適する研修方法をまとめたものである。TBTでは擬似的に集合教育が実現される可能性があり、将来的にはインストラクタが活躍する場面に含まれることになろう。一方で、遠隔で集合教育が行われるようになったとしても、そこに要求されるインストラクタとしての資質の基礎は、受講者とインストラクタが場所と時間を共有する集合教育での資質をベースとしたものになると想定できる。集合教育の担い手としてのインストラクタの業務を確認し、資質を認定する仕組みをつくることによって、他の研修方法を担う人材養成への発展も期待できる。

図表●:研修目的に応じた研修方法の効果(Piskurich, 2000, p.76)
研修方法\研修目的集合教育OJT個別学習TBT作業支援説明書
知識の習得****** 
問題解決力****** 
態度の変容**   
対人スキル**    
知識の保持 ******** 
注釈:*が多いほど適切;TBT=遠隔研修を含むテクノロジーによる研修(擬似的に集合教育や個別学習が実現される)


 図表●からは、集合教育は「知識の保持」という目的以外ではすべて適切な研修方法であることが読み取れる。また、「態度の変容」や「対人スキル」を目的とした研修では、他の研修方法と比べてメリットが高い一方で、「知識の習得」や「問題解決力」の育成のためには、他にも同じ効果を持つ方法が存在する。集合教育の中にも、場合に応じて個別学習的な要素を取り入れたり、あるいは作業支援的な実習を加えたりする可能性が示唆されている。

 さらに、他の研修方法と比較することによって、集合教育の特徴を踏まえることも可能になる。図表▲は、集合教育を用いるべき場合の特徴をまとめたものである。集合教育の担い手として、インストラクタは集合教育のメリットを生かす教育方法を選択し、研修効果を達成することが求められている。

図表▲:集合教育を使うべき場合(Piskurich, 2000, p.76-77)
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□ インストラクタや他の受講者とのやりとりが重要な場合
□ インストラクタがディスカッションを導くことで学習が深まる場合
□ 即答が必要な質問が出そうな場合
□ 受講者数に見合うだけのファシリテータ(支援者)が得られる場合
□ 受講者が職場を長期間離れることが可能な場合
□ 逆にファシリテータが受講者の職場を訪問できる場合
□ 個別化が不要な場合
□ 研修成果をより確実に上げたい場合
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1.4.2.インストラクショナルデザイン(ID)の動向


(1)インストラクショナルデザイン(ID)とは何か

 インストラクショナルデザイン(ID)とは、研修の効果と効率と魅力を高めるためのシステム的なアプローチに関する方法論であり、研修が受講者と所属組織のニーズを満たすことを目指したものである。研修が何のために行われるものかを確認し、何が達成されれば「効果的」な研修といえるかを明確にする。受講者の特徴や与えられた研修環境やリソースの中で最も効果的で魅力的な研修方法を選択し、実行・評価する。研修の効果を職場に戻ってからの行動変容も含めて捉え、研修方法の改善に資する。この一連のIDプロセスを効率よく実施するためのノウハウがID技法として集大成されている。

 図表●に、IDを採用する必要性を見極めるためのチェックリストを掲載する。このチェック項目のそれぞれを実現するためのノウハウがIDであると考えることができる。

図表●:インストラクショナルデザイン必要性チェックリスト
(Piskurich, 2000, p.11)
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指示:以下の各項目に対して、「はい」「いいえ」「わからない」で答えなさい。

□ 私は、研修受講者が誰でどんなニーズを持って研修に来るか知っている。
□ 私は、研修内容として要求されることすべてを熟知している。
□ 私の研修受講者は、研修で何を身につけなければならないかを常に把握している。
□ 私が作る教材は、常に研修内容と研修者のニーズにマッチしている。
□ 私が用いる研修方法は、常に最も効果的なものである。
□ 私は、受講者が身につけるべき事項を身につけたかどうかを把握している。
□ 私は、研修成果が職場で活用されているかどうかを把握している。
□ 私は、常にもっとも対費用効果が高い研修方法を実現している。
□ 私が実現する研修は、常に私と受講者双方にとってもっとも時間を節約できる方法である。
□ 私が実施する研修は、職場のニーズにマッチしている。
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注釈:もし上の質問のすべてに「はい」と解答できない場合、インストラクショナルデザイン(ID)のノウハウの何かを活用する余地がある。「いいえ」や「わからない」が多い場合、IDプロセスの最初から最後までを実行することが必要である。


(2)インストラクタによる研修とIDプロセスモデル

IDプロセスモデルとして最も頻繁に参照されているDick & Careyのモデルは、主に教材開発を前提として提案された(鈴木、1987;2002)。それを学校の教師や企業のインストラクタによる研修を念頭に簡略化して示したものに、Dick & Reiser (1989)のモデルがある(図表▲を参照)。定義・設計・開発・評価と改善のIDプロセスは踏襲されている一方で、教材の開発は行わずに既存の教材を評価・選択するステップとして表現されている。


図表▲:インストラクタ向けIDプロセスモデル(Dick & Reiser, 1989)

 IDプロセスが強調する工程は、「テストを作成する」で示される評価の計画である。研修が所期の目的を達成するためには、ゴールをより具体的な形(学習目標)で記述することが求められる。それと表裏一体の関係をもつ工程として、記述された学習目標が達成されたかどうかをどのような方法で、いつ確認するかの計画(すなわち評価の計画)を同時に立案することを求めている。研修をどのような方法で実施するかを具体化する前に、テストを作成するというプロセスは、奇異に感じられるかもしれない。しかし、学習目標に直結したテストを指針として研修方法を具体化することによって、インストラクタにとっても、また受講者にとっても、研修のすべてが学習目標の達成のために焦点化することができると考える。これがIDの基本的なコンセプトである。

 IDを踏まえない研修においては、評価の視点がまったく欠如している場合は論外としても、研修が終了する頃になって、ようやく評価方法が検討されることになるが、研修の受講者が満足したかどうかを確認するアンケートをとるだけに終始する場合も少なくない。顧客満足度が重要との視点から、研修の問題点を見つけ出して、もしあれば二度と起きないような改善策を練る。いきおい、受講者に不快感を与えないようにするためにはインストラクタはいかに受講者に接するべきか、という観点が重視されることになり、研修の効果や職場での活用というレベルの評価がなおざりにされる。IDを踏まえた実践書とそうでないもの(たとえば、ワイス、2000と木村・長谷川・山本、2000)を比較することで、このことは良くわかる。プロセスよりも結果を重視しようとするのもIDの視点である。


(3)IDの第4世代

 IDプロセスモデル自体も、変化しつづけている。ISD(Instructional System Development)モデルのこれまでの変遷は,Tennyson(1995)によって4つの世代にまとめられている.それによると第三世代までは,ステップをひとつずつ踏んでいく段階的な開発モデルとなっている.たとえば,前述のインストラクタによる研修のためのIDプロセスモデルは,これらの世代に入る.しかし,第4世代に入ると,図表▲のような順序性のないモデルとなる.


図表▲.第4世代ISDのモデル(Tennyson,1995)

 第4世代のISDモデルをつかさどる要素の「状況評価」には,状況のアセスメントと,処方の構築という2つの機能がある.状況評価において診断された問題に応じて,分析・設計・制作・実行・保守の5つの領域に分類されたノウハウを参照しながら,最もクリティカルな領域を優先して問題解決を行うダイナミックなモデルである.これはすなわち、IDプロセス自体をモニターしてその場の最適手段を講じることを意味している。

  インストラクタによる研修においても、すでに実施した研修の記録が存在し,それをID的な視点で改善していこうとする場合には,第4世代のようなアプローチを採用するのが効果的であろう.一方で,新しい内容の研修プログラムを最初から時間をかけて開発する場合には,段階的なモデルの方が確実である。IDのプロセスを柔軟に捉えて、必要に応じて生かしていく姿勢が求められている(鈴木、2002)。


1.4.3.eラーニング時代に生きる集合研修


(1)メディア分析

 インストラクタによる研修がどのようなときに選択されるべきかという点については、IDプロセスでは「メディア分析」で扱う。たとえば、マルチメディアIDを扱った解説書(Lee & Owen, 2000)では、研修方法を(1)インストラクタによるもの、(2)コンピュータによるもの、(3)遠隔教育によるもの、(4)Webによるもの、(5)録音テープによるもの、(6)ビデオテープによるもの、(7)作業支援ツール(PSS;パフォーマンス支援システム)によるもの、(8)電子的作業支援ツール(EPSS)によるものに分類し、それぞれの特徴を整理している。eラーニング時代でもインストラクタによる研修は最初の選択肢として取り上げられ、健在であると言える。

 ここでは、インストラクタによる研修を集合研修に限定せずに、「集合教育ないしはOJTとして、教師やファシリテータによって提示する資料を用いた研修で、講義、ディスカッション、実演、ワークショップなどの教育方法を用いるもの」と捉えた上で、他のメディアと比較した場合の長所と短所を図表●のように整理している。

図表●:インストラクタによる研修の長所と短所(Lee & Owen, 2000, p.53)
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長所
□ 対人的なやり取りを可能にする
□ 受講者の人数に柔軟性がある
□ 受講者個々に応じたフィードバックが与えられる
□ 様々なメディアを駆使できる
□ 教材が受講者に合わせてオーダーメードできる
□ インストラクタが研修中でも臨機応変に調整できる
□ 準備に要する時間が短い
□ 伝統的な方法なので受講者も提供側も安心できる
□ 職場から離れるので妨害なしに研修に集中できる

短所
□ スケジュールを合わせるのが難しい
□ 受講者全員に必要なフィードバックを与える時間がない
□ 研修ペースが固定され、個々の学習ペースやスタイルに応じられない
□ 職場への応用が利きにくい
□ インストラクタの知識に負うところが大きい
□ クラス間で内容が一致しなかったり強調点や軽く扱う事項がずれたりすると学習成果や受講者の取り組みに差が生じる
□ 評価が一定でない
□ 受講者かインストラクタの移動コスト(時間と費用)がかかる
□ 一度に受講できる人数に限界がある
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(2)ASTD研修デザイン・実施ハンドブック

企業内教育の人材育成を中心とした実践的研究集団として1944年に創立されたAmerican Society for Training and Development (ASTD) は、1993年に発行した『ASTD教育工学ハンドブック』の第2版の書名を『ASTD研修デザイン・実施ハンドブック』と改めて2000年に発行した。ASTDは、100カ国に会員数7万を擁する世界最大規模のID関連学会である。第2版は3部構成になっており、副題の「インストラクタによる研修、コンピュータによる研修、そして自主研修」がその内容を端的に示している。インターネットなどのメディア環境が変化したことで、第2版の内容は80%が書き直しとなったとしている一方で、インストラクタによる研修を3本柱の一つに据え、IDの基礎を説明している。

 まずはインストラクタとしての職能を高め、それをインストラクタによる研修以外にも適用していくことで、研修の品質を全体的に確保していく道筋が描かれている。図表▲に第1部「インストラクタによる研修」の章立てを紹介する。第5章としてプレゼンテーションの基礎が扱われている一方で、IDの基礎(第2章、第4章)とIDが強調する評価(第9章)や投資効果(第10章)についても扱われていることが読み取れる。

図表▲:『ASTD研修デザイン・実施ハンドブック』第1部の構成
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第1部「インストラクタによる研修」

第1章	成人学習に新風を吹き込む
第2章	教授システムデザイン(ISD):ADDIE法
第3章	研修を能動的にする方法
第4章	即席教授開発(ID)法
第5章	基本研修:プレゼンテーションに備える
第6章	教室のテクノロジー:気持ちの接着剤
第7章	ゲームで無味乾燥教材を活性化する
第8章	OJT
第9章	研修プログラムの評価:4つのレベル
第10章	研修の投資効果を測定する:事例から
第11章	テクノロジー支援研修への準備
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(3)自己管理研修へつなげるITインストラクタ技術

 ITインストラクタは、これからの研修の品質を高めて効果的な人材育成を成し遂げるために重要な意味をもつ専門職である。その基盤となるのは、IT関連の知識・技術のみならず、IDの考え方である。IDの素養を有したITインストラクタが増えることは一企業の利益のみならず、社会的な意義が大きい。

 インストラクタによる研修は、これだけ情報通信技術が発達した現代においても、あるいは将来的にも、その役割を終えるどころか、ますます重要度を高めている。それは、マルチメディアIDの動向からも、そして企業内研修の世界標準である『ASTD研修デザイン・実施ハンドブック』の構成からも伺うことができた。人材育成は、人を相手に行うものであり、それをサポートする人としてのインストラクタの存在が重要な要素であることが再確認できよう。

 一方で、企業内研修において、インストラクタによる研修のスタイルが見直されている動きもある。集合研修でインストラクタから教えてもらう方式から、自学自習教材などを用いた「自己管理研修(self-directed instruction)」方式への移行が進んでいると指摘されている。この動向を『すべての学習は自己管理である』という衝撃的なタイトルで捉えたTobin (2000) は、「教室で集合研修を受けているときでも、本を読んでいるときでも、あるいはコンピュータ支援の学習においても、いかなるときにも学習者として、私にとって何が重要かを見極め、学習すべき事柄を選択している。受講者としては、何が教えられるかについては管理できないが、何を学ぶかについては常に自己管理している。」(p. vii)と指摘し、自主的で主体的な学びを組織がサポートする体制をつくるためのヒントをまとめている。

 これからの集合研修では、「受講者は、研修を受けることによって、研修内容についてもっと学びを深めたくなり、継続して自己管理研修をやるべきだと思うようになる。」という情意領域の学習目標が研修成果として扱われる必要がある。とりわけ、変化が激しいIT関連領域においては、一度の集合研修で習得した知識・技能を頻繁に更新していく姿勢が求められることは言うまでもない。「これで十分身についた」と思うと同時に「これからも勉強するぞ」との思いを抱かせることができたら、研修が成功した、とみなすことが肝要である。「受講者の心に火をつけるインストラクタ」とはそういう人のことを言うのであろう。

 継続的な学習意欲を持たせるという情意領域の学習目標を裏づけるのは、自学自習ができる学習スキルである。集合研修の学習目標として、「受講者は、継続して学習することができるだけの自学自習(あるいは自己管理研修)の進め方のノウハウを身につける」という技能目標も、いつも意識していることが必要である。ITインストラクタの究極の目標は、受講者を自分自身の専属インストラクタに育て上げることである。必要な情報はどこからどのように収集したらよいか。技術革新の動向はどこでキャッチできるか。そんなヒントもあわせて教えることで、受講者を自立的な自学自習者に育てることを可能にする集団研修方式の確立が望まれる。いつまでも研修を受けに来なければ学べないような、依存的な受講者のままにしておかないためにはどうしたらよいか。一面でインストラクタの存在意義を低めるような目的にも取り組んで行く必要があるのではないか。

 言い古された感もあるが、ITインストラクタにとって重要な意味をもつ次の比喩で本節を閉じる。知識を伝授するのではなく、学び方を教えることの重要性が読み取れる。

ある人に魚を一匹あげれば、その人はその日を暮らせる。魚の釣り方を教えれば、海に魚がいる限りその人は暮らせる。しかし、養殖の方法を教える研修プログラムをデザインして受講させれば、その人がどんな可能性をもつかは計り知れない。(Piskurich, 2000, p.11)


参考文献


3.2.1次模擬実験の実施と評価