日本教育工学会大会 1995.11.3-4

教育における双方向マルチメディアの役割と効果


ダイアナ・ローリラード(Diana Laurillard)教授
英国公開大学 副総長代行(技術開発部)



教育における双方向マルチメディアの役割や、学校および大学レベルでの学習にとっての効果について理解するためには、それらのシステムを利用する学習者の行動を観察しテストする機会を最大限に活用することが重要である。本稿では、これまでに行ってきた研究の一端を紹介し、そこから得られた知見を要約したい。

学校における双方向ビデオ


いくつかの教科領域にわたる双方向メディアの使われ方についての調査プロジェクトを昨年完了した。英国政府が200を越える小中学校に、ワークステーションとコースウェアを提供し、数学と自然科学、そして現代外国語のマルチメディア教材を扱った。研究の結果は、質的データ(100人を越える教師との面接および100を越える観察研究)と量的データ(400を越えるアンケートへの回答)に基づいていた。

主な結果は次のとおりであった。


リソース教材としてのディスク


教室におけるリソース教材として設計した場合、双方向技術は教師の代替物になることはできない。教師は、オンラインの課題に対して児童生徒を準備させ、ワークステーションでなすべき課題の構造を与えなければならない。常にではなくとも進捗状況を見守り、確認作業や補充・発展学習の機会を与えることで、児童生徒がキーポイントを学習したことを確かめることが特に重要である。

視聴覚的な要素


児童生徒はこの新しい技術を喜んで使う。なぜならば、視聴覚的な要素と彼らを巻き込む能動性の両面を備えた「没頭させる性質」を好むからである。また、この技術を用いれば、通常の教室では得ることができない広範囲の情報やアイディアにアクセスすることも可能になる。

双方向的な要素


新技術の双方向的な性質は、学習にとっていくつかの点で重要である。まず、学習者制御によって児童生徒が自分の学習に責任をもっていると感じさせることができること。次に、これは活動が適切に支援されることが条件となるが、リソース型学習(resorce-based learning)によって彼らが自分で情報を探して見つけることができること。そして、双方向性が支援する探索的な活動によって、没頭させる性質が児童生徒の注意を保持し、複雑な概念の学習までも支援できるようになることが挙げられる。

双方向技術によって、学習を構成するいくつかの認知過程が支援され、同時にその認知過程へと巻き込むための動機づけや喜びといった情意的な側面も支援することができる。このことは、従来からの印刷物や聴覚刺激、あるいは直線構造のビデオでは限られていた機能であり、マルチメディアをその他の技術と一線を画した存在にしている。マルチメディアは、双方向性と視聴覚的な要素を組み合わせることによって、学習の質を向上させることを可能にしているのである。

しかし、双方向技術だけでは、指導方法として不十分である。システム相手の活動では、児童生徒の実験的な態度は伸ばされるものの、内省的な態度(reflective general approach)は育ちにくい。たとえば、オープンエンド的な問いかけや決定を要求しない情報に対しては、深く考察しないようである。このことは、学習を深めるためには、より思慮深い学習活動を要求する他の教授法と組み合わせて用いる必要があることを示唆している。

児童生徒によるアクセス


学習に障害のある児童生徒にとって、もし彼らの活動が適切に支えられるならば、新技術の動機づけを高める機能はとりわけ有用なものになりうる。学習困難児のマルチメディア利用については、格段に配慮する必要があると思われる。

新技術の利用についての示唆


教育用ビデオシステムの新しい機能(動画像、ビデオとのやり取り、高品質な画像と音声、大容量の記憶装置)の可能性を生かすためには、オンラインの活動をオフラインの活動と組み合わせていく必要がある。児童生徒に意味のあるフィードバックを与えるために双方向性を生かし、情報活用能力(information-handling skills)の育成を支援できたときに、可能性が最大限に引き出されるであろう。

学校により多くのCD-ROMを用いた情報源が用意されるにつれて、情報活用能力はますます重要なものになっていくだろう。低学年からリソース型学習を導入するつもりであれば、学習指導要領に示す習得目標として、この領域の強化をはかる必要があるという指摘は強調に値するものである。


大学レベルでの研究:学生を能動的にするためには


美術史の事例研究


公開大学で美術史を学び始める学生を対象にした研究では、絵画をどのように見たらよいかという点で困難を経験していることが明らかにされてきた。画廊などで歴史的な絵画に触れてはいるものの、絵画についての学問的な討議や分析には親しみが薄い。絵画に何を見たらよいのかを知らないのである。

この研究に基づいて、同僚の一人ニコラ・ダーブリッジ(Nicola Durbridge)は、マルチメディア教材を開発し、学生が古典的絵画の構成法やデザインの特徴について直接的に探索することを可能にした。与えられた20の絵画を学生が自分の分類にしたがって並べ替える課題を与え、それが完成した時点でお互いの分類方法を比較したり、美術史の専門家の分類方法と比べたりできるようにした。これによって、学生は専門家の分析と出会う前にまず自分なりの考えを構築することができ、そのことで、ただ単に言われたことを受け入れるだけではなく、専門家の意見を聞くための準備を整えることができるようになった。より構成主義的なこの方法によって、学習者の関与と意欲が増したのである。

さらに、この段階を終えた学生には、絵画の要素を移動したりサイズを変えたりすることができるメディアの特徴をフルに生かして、構成法についての実験を試みさせた。ある要素をどこに配置するかについてのテストも実施した。

物理学の事例研究


物理学の誤解についての入念な研究に基づいて、もう一つのマルチメディア教材を設計した。学生にとって物理学者の力概念を理解することは困難である、ということはよく知られている。たとえば、速度の変化について、システム的な相関関係として捉えるかわりに、ある物体の属性であるが如く解釈してしまうことなどが挙げられる。そこで、「力」の性質とシステム内における影響の解釈についての感覚を育てるために、2つの物体からなるシステムを学生が制御しながら、重量の変化が相対加速度に与える影響を観察できる環境を構築した。マルチメディア教材では、この学習環境が二通りに実現できることが素晴しい。すなわち、二つの物体が動いている様子を絵で見せることと同時に、運動の等式を数式的に表現することが可能なのである。学生がパラメータを変化させることで、その結果起きる現象を観察し、それを数式の変化でも確認することができる。目標を設定し、ある特定の関係を見付け出すことに集中させれば、単なる「お遊び」を防ぐこともできる。

文学の事例研究


最後の事例は、古代ギリシャの詩と社会についての科目からである。「イーリアス」や「オデュッセイアー」といったホメロスの叙情詩について学ぶとともに、ホメロスの詩で描写されている社会の特徴についての考古学的な形跡についても学んでいく。学生の課題では、全く異なる二つの分野の証拠をつなぐ関係性を探究するために、文学上の、そして考古学上のデータ分析を用いていく。

数百ページに及ぶ文献と数時間分の視聴覚教材という膨大なデータを扱うので、分析は困難を極める。そこで、科目担当者たちのチームがこれらの資料をCD-ROMに載せ、これまでとは異なる方法で学習を進めさせることにした。

どのような課題を探索するかについてのガイダンスは、調査依頼書という形で示した。個々の調査については、何を見つけ出せばよいのかという点や、どの程度の材料を収集したらよいのかという点などに関して、ガイダンスも与えた。いくつかの例では、たとえば考古学上の遺跡計画をめぐる要素を示唆するなどのように、情報の解釈についての支援もした。文献を検索する場合には、与えられた調査依頼にふさわしいキーワード検索も行うことができた。文献から発見したものやそれが物語る古代ギリシャ社会の特徴などについてはノートに記録させ、あとで専門家の同じ調査依頼に対する分析と比較させた。

ここでの原則を再び述べれば、自分たちの教材探索活動に学習者制御を与えること、しかしガイダンスも用意し、あとで専門家の分析と比較する機会も与えることである。もしも学生が全面的に決定権を委ねられたとしたら、学習過程がより非効率的になることは明白である。学生は自由を求めてはいるものの、同時にガイダンスをも求めているし、結果の評価も求めている。この種の設計により、これらの要求全てが満たされるのである。

結論


これらの研究および他の学校や大学で行われた双方向マルチメディアシステムを用いた多数の研究から、次のことが結論できる。
双方向マルチメディアの教育における役割としては、学習者を能動的にし、探究と実験のための自由な学習環境を与えることが重要である。その際には、慎重に準備された条件のもとで行わせ、またガイダンスを提供することが求められる。双方向性と適応型フィードバック、そして動機づけのための視聴覚刺激を組み合わせることによって、このメディアは教育にとって効果的なものになる。しかし、マルチメディア技術の潜在的価値を現実のものとするためには、学生のニーズをまず把握し、それに基づいて、彼らが教科領域の内容を理解し、それをマスターするために何が必要なのか、という視点からシステムを構築していく必要がある。この点こそが、本稿で紹介した研究を実施した真の目的なのである。