情報化社会に向けて学習意欲を育てる
〜ARCS動機づけモデルからのヒント〜


東北学院大学 鈴木 克明



1、はじめに

近年、「学習意欲を育てる」ことに対する要請が高まっています。一般的には、高度情報化社会への備えとして生涯学習への意志や態度が重要だから、一生学び続ける気持ち、つまり学習意欲を育成することが、学校教育の役割であるといわれています。また、具体的な問題として、学校での勉強の結果として、「できるようにはなるけれど、勉強が好きにはならない」という傾向が様々な調査で明らかになっています。

たとえば、世界の主要20ケ国の中等数学教育を調査した最近の国際比較では、日本の中学高校生の成績は世界のトップクラスを維持しているという結果がでています。しかし、同時に、「数学が好きか」という質問に対しては、「嫌い」と答えた生徒の割合が20ケ国中一番多く、他の国に比べて極端に低い最下位であったと報告されています(国立教育研究所、1991)。<成績はトップだけれど嫌いもトップ>という調査結果をみると、「学習意欲を育てる」ことに成功しているとは思えません。

今般の指導要録改訂にあたっては、『新学力観』に基づき、「各教科等の評価において自ら学ぶ意欲の育成や思考力、判断力、表現力などの能力の育成を重視する」という方針を文部省が打ち出しました(文部省、1991)。また、評価の観点の順序を従来の「知識・理解」「技能」「思考・判断」「関心・態度」という順序から、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」という順序に改めたことにも、学習への関心や意欲を重視しなければならないという思いが込められているのでしょう。

一方で、コンピュータやマルチメディアなどが学校の授業でも使われ始めて、子どもの興味関心をそそるような場面が様々な形で現実のものになってきました。目新しいものが授業に持ち込まれると、自然と子どもたちの関心を高め、学習への興味を駆り立てるのに一役も二役も買っているようです。これからの社会を生きる子どもたちが様々な機器に触れることで<馴れておく>ことが期待されるとともに、学習意欲を刺激することによってこれまでの授業の効果をより高めるために役立てる工夫が求められています。さらに、授業の内容をすばやく理解する「情報処理の力」だけでなく、「情報を自ら主体的に探し、加工し、創りだしていく力」すなわち「情報活用能力」の育成につなげていくことが求められています。

教育工学の一つの前身である視聴覚教育の実践の中では、古くから言語的表現に頼らずに授業を<わかりやすく>するために、視聴覚教育機器の活用方法が工夫されてきました。それと同時に、子どもたちの態度の変容、感動、興味の喚起といったいわゆる「情意領域(感じる、心の領域)」のためにメディアをどう役立てていったらよいかが問われてきました。先に述べた「学習意欲」に対する社会的な要請のなかで、今一度、<授業の中にいろいろなメディアを使うことの持つ意味>を考え、<学習意欲を高めるというのはどういうことなのか>をしばらく考えてみたいと思います。そのための材料として、アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラー(John M. Keller)が提唱している学習意欲に関するモデルを次に紹介します。

2、学習意欲とARCSモデル

ケラーが求めたものは、「授業を魅力あるものにするためのアイディアを整理する仕組み」でした。これまでの様々な分野の研究や実践報告の中には、「学習意欲を高めるための作戦」がいろいろと提案されていますが、それらのアイディアを、これから授業の魅力を高めよう、子どもの学習意欲を高める工夫をしようというときに「すぐに使える形にしたい」と思ったわけです。そこで、ケラーは、これまでいろいろといわれてきた「学習意欲を高める作戦」がどうして学習者の意欲を高めることに成功したのだろうか、どんな意味で意欲を高めたのだろうかを一つ一つ吟味しました。その過程で、学習意欲を高める手立てを4つの側面に分けて考えるのが便利だということに気づいたわけです。その4つの側面とは、注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)で、その頭文字をとってARCSモデル(アークスモデルと読みます)と名付けました。

ARCSモデルにしたがって学習意欲の要因をたどると、次のようになります。まず、授業の中で、何か変わったこと、不思議なことが起こると、面白そうだ、何かありそうだという気持ちになります。これが<注意>の側面です。目新しいことに関心が集まること、「おやおかしいぞ、調べてみよう」という好奇心、あるいは「今日はいつもと違うぞ」というハプニングを期待する気持ちなどは、全て<注意>の側面が刺激されて学習意欲が高まったと考えます。<注意>の側面が満たされていると、授業にすっと入っていける状態になるのです。しかし、目新しいことも最初だけ(これを新奇性による効果といいます)、すぐにマンネリの状態に陥る危険性があります。

第2には、自分が今日勉強することが何であるかを知ったとき、「やりがい」を感じられるかどうかという側面があります。この側面のことを、自分の価値と学習課題とのかかわりがみえてきたという意味で、<関連性>の側面と呼びます。意欲をもってものごとに取り組むためには、「何のために努力しているのか」が自分自身で了解できないとだめですから、努力を傾ける対象が自分にとって大切だと思えることかどうか、努力の甲斐があると思えることかどうか、ということが重要になってきます。今勉強することが将来役に立つという価値も<関連性>であると同時に、「自分の良く知っていることと関係がある」と思えることや、友達や好きな先生と一緒に勉強するプロセスそのものを楽しむという意義も「やりがい」つまり<関連性>の一側面だと考えます。

学習に意味を見い出して「やりがいがある」と感じられても、今努力していることが成功する可能性が全くないのでは「やる気」はでません。たとえば、コンピュータはこれからの時代に重要だといくら言われても、「自分には無理」と思えば避けて通ることになります。そこで、学習意欲を高める第3の側面として「やればできる」という<自信>の側面があげられています。何かを学ぼうとする場合、未知のことですから最初から絶対的な<自信>を持つことは不可能です。「やってもどうせ無駄だ。失敗するにきまっている」と思えば意欲を失うのは当然でしょう。しかし逆に、最初にどんなにやさしい部分ででも「うまくいった」という成功の体験を重ね、成功したのは自分が努力したためだと思えれば、<自信>の側面から学習意欲を高めることができます。最初はできそうな課題で「やればできる」という感覚をつかみ、馴れた頃にチャレンジ精神をくすぐるような課題に挑戦していくことが大切なのは、この<自信>の側面を満たすためなのです。

最後に、第4番目の側面として<満足感>が大切です。せっかく努力をしたのにたいした成果もなかったといったような不満が残る状態では、「またやってみよう」という気持ちにはなれません。逆に、これまでの努力を 振り返り、自分に実力がついた、先生に褒めてもらえた、自分の努力が正当に評価されたなどと感じられれば、「やってよかった」との<満足感>が得られ、次への学習意欲につながっていくことでしょう。学習意欲は<持続させること>が難しく、しかもそれがとても重要ですから、努力がむくわれるような配慮が必要です。「宿題をだしたら必ずそれを集める」「えこひいきをしない」「決まりは首尾一貫して守らせる」などのほんの些細なことが<満足感>につながるとケラーは指摘しています。

ARCSモデルの4側面の枠組みを使って、一般的にどのような学習環境が意欲を高めるかを整理するとたとえば表1のようになります。

表1 ARCSモデルを使った学習意欲を高める工夫の分類            

学習意欲の4側面    意欲を高める工夫の例           
注意(A)  驚き、もの珍しさ(新奇性)、スピード感、リズム感、色彩、高音質サウンド、今までの知識と食い違う事実、世界の七不思議、興味をそそられる話題、調べてみたくなるきっかけ(探求心)、バラエティに富む場面展開(変化性)、マンネリを避けること、教室の移動、珍しい機器の導入、普段とは違う授業の組み立て

関連性(R) わかりやすさ(具体性)、現実味のある課題設定、親近感のもてる例、子どもが作った問題、比喩やたとえ話、安心感、心地良さ、勉強の必然性がみえる工夫(道具性)、将来的価値の指摘、今努力することのメリットの強調、意義のある目標の設定、学習プロセスそのものを楽しめる工夫、友達との協同作業、班対抗の競争、ゲーム化、

自信(C)  今日のゴールの明示、ゴールとのギャップの確認、頑張ればできそうなゴール設定、中間目標の導入、チャレンジ精神の刺激、他人との比較でなく過去の自分との比較による成長の実感、リスクなしの練習の機会(成功体験)、失敗から学べる環境、自己の努力への原因帰属、インタラクティブ性、自己ペース、やり方の自己選択と自己責任(制御性)、勉強のやり方のヒントの提供、

満足感(S) 設定した目標に基づく成果の確認、成果を生かすチャンス(成果活用場面の埋め込み)、子ども同志で教える機会、成果の即時確認、褒めて認める儀式、何らかのご褒美、教師からの励まし、えこひいきなしの公平感、首尾一貫した教室運営、成果を喜び合う仲間、ペイオフ(効率)を高める、充実感を味わう工夫、



3、どの側面から学習意欲を高めるか?

新しいメディア、たとえばコンピュータを授業に使うことの持つ意味は、一つに<注意>の側面から学習意欲を高めることがあげられます。もの珍しさに対して、いやがおうでも興味を持つでしょう。現在のところ、コンピュータを使い始めて間もないですし、多彩な絵や音を駆使した教材を、極くたまに特別教室に移動して使う状況でしょうから、<注意>の側面を様々な形で満たしてくれることがわかります(表1参照)。さらに、<関連性>の側面でも、やがて到来するコンピュータ必須時代に備えるという大義名分が「やりがい」を支え、学習プロセスについても操作しているのが楽しくて「コンピュータをつかってべんきょうするならやる」という気持ちを起こさせます。

ここしばらくは、この調子で「コンピュータ」というだけで人気がある状況が続くかも知れませんし、それはそれで歓迎すべきことです。今まで埋もれていた学習に対する意欲がコンピュータを使うことで<きっかけ>を与えられ、後に大きく花開く可能性もあるのではないかと思うからです。しかし、ARCSモデルに照らしてみると、まだ2つの側面が残っているのがわかります。

それでは、学習意欲を高めるもう2つの側面、<自信>と<満足感>についてはどうでしょうか。例えば表1のヒントを眺めながら、コンピュータを使うことでこの2つの側面から学習意欲を高めようと考えると、そう簡単ではないことがわかります。それは恐らく、コンピュータを使わせるということだけでは<自信>も<満足感>も高まるという保証はなく、そこから何を得るのかという問題が常につきまとうからに他なりません。コンピュータを初めて使うときの不安、それを乗り越えて「使えた」時の<自信>や<満足感>を考えると、少なくともコンピュータを使えるようになったんだという成果が自覚できなければ逆に「コンピュータ嫌い」を量産してしまうでしょう。

さらに、その初期段階を過ぎると、今度はコンピュータを使うことで自分が知りたかったことがわかったのか、できなかったことができるようになったのかという、教科内容などにかかわる学習の成果が求められることになります。「楽しかったけど特に何も進歩がなかった」「やたらと時間ばかりかかったけどいらいらするだけだった」ということですと、「この調子でやれば苦手を克服できそうだ」「努力した甲斐があった」といった気持ちにはつながらないからです。

誰にも見られないで安全に失敗のなかから学んでいくためにコンピュータを使う。弱点をどこでどうやって克服するかを教えてくれる教材を用意する。あるいは、これまでの努力に対するごほうびとしてコンピュータ教材を使ってコンピュータに褒めてもらう機会をつくる。<自信>や<満足感>につながるような教材やその使わせ方も、いろいろと工夫できると思います。

ケラーが提唱しているARCSモデルにしたがって学習意欲を4つの側面から考えてみると、「学習意欲を育てる」ことにもいろいろな観点、いろいろな方法があることがわかります。ケラーは、このARCSモデルの使い方に関して、「必要な作戦を必要なときにのみ選んで使う」ことを強調しています。すでに「やる気」になっている子どもに対しては、「やる気」を起こさせるための工夫がかえってわずらわしいものになる危険性もあるからです。そのためには、子どもたち一人一人が何が原因で学習意欲をもつことができないのかを見極め、その子に必要な作戦を授業の中に組み入れていく手続き(学習者分析)が大切であるとしています。さらに、我々はいったいどんな意味で学習意欲を育てたいのか(即ちゴールとするところ)についても、ARCSモデルの4つの側面に照らして検討してみることが重要です。

4、情報活用能力とARCSモデル

ARCSモデルが注目を集めている理由の一つに「できるようになるけれど好きにはならない」という現象があります。それは、授業を計画していくときに、従来からの<学習効果>と<学習効率>に加えて<魅力>を重視する必要があるという問題意識につながっていきました。授業の<魅力>とは、ある授業が一通り終わったところで「またやりたい、もっと勉強したい」と思わせることだと考えられています。その背景には、「これまで、ともすると授業の中身を的確に整理してそれを子ども達に伝えていくことに授業の計画が片寄りがちであった」、「そこでは、情報の受け手として子どもたちを見ていた」、「とにかく授業内容を理解させること、多くを吸収してもらうことに終始していた」、という反省があります。

これまで動機づけといえば授業の内容把握への「手段」として扱われることが多かったようですが、次の学習への動機づけとして、学習意欲そのものを授業の成果として位置づけることが重要視されるようになってきたわけです。このことは、「情報を自ら主体的に探し、加工し、創りだしていく力」としての「情報活用能力」を支えるような学習意欲を育てることにつながります。「先生のおかげで楽しく授業を受けているうちに知らず知らずに実力がついていた」ということよりもむしろ、「自分で考え、自分で工夫して勉強したらわかるようになった(もちろんそのためのヒントを先生はいろいろと教えてくれた)」といった方向を示唆しているのではないでしょうか。

したがって、これからの情報化社会に向けての学習意欲の育成では、「身を乗り出させる」「興味関心をひく」ことにとどまらずに、「実力がついたことで魅力を感じるようになった」「いろいろと知識が増えただけでなく、その知識の使い道や勉強の仕方もわかった」といったような、いわば<内実のある魅力>が求められていると思うのです。内実を求めるためには、少し回り道のようですが、授業をよりわかりやすいものにして、多くを学んでもらい、自信をつけ、満足感を味わってもらうという手続きがやはり不可欠になります。さらに、学習者として子どもが徐々に自立できるように援助の手を段階的に少なくしていく工夫も重要な意味を持つでしょう。いわば学習意欲の「外堀を埋めるようにアプローチする」ことになり、日々の確実な授業計画と長期的な視野で情報活用能力を育てていくスタンスが必要になります。

学習意欲を育てることを中心に考えても、それがすぐに授業の学習効果はどうでもよいということを意味しているわけではありません。むしろ、ARCSモデルが示すように、学習内容を把握することと、その実感(すなわち主観的学習達成度)に支えられた「自分一人でもやっていけそうだ」という<自信>の側面は、学習意欲の重要な鍵として忘れてはならないことです。

情報化社会に向けて、どんなかたちで学習意欲を育てていくのかを考えるきっかけとして、今回紹介したARCSモデルが先生方の役に立つことを願っています。


参考文献
国立教育研究所(1991)『数学教育の国際比較(紀要第119集)』
文部省(1991)『中等教育資料』1991年6月号