『放送教育』1994年4月号 (第49巻1号) 38 - 39
(特集 放送教育への提言)

「番組の制作と利用を授業観に遡って吟味する」


鈴木克明



最近アメリカで注目を集めている教材の一つに、テネシー州にあるバンダービル大学の学習テクノロジーセンターが開発した「ジャスパーの冒険物語」シリーズがある。この映像による冒険物語を中心に据えた教材は、小学校高学年向けの算数の問題解決学習のために作成されたものである。その第1話「杉谷村への川の旅」を紹介しよう。もしも学校放送番組としてこの冒険物語が日本語化されて放送されるとしたら、どんな授業を組み立てるかアイディアを出して欲しい。


冒険物語第1話:杉谷村への川の旅


ジャスパー・ウッドベリーはアメリカのテネシー州に住むボート好きの青年。ある休日の朝、新聞広告「売ります」欄で中古の中型ボートが売りに出されているのを見つけ、杉谷村まで地図を頼りに、今持っているボートを操縦して川を遡って見に出かけた。途中ガソリンが底を付き、川沿いのスタンドで燃料を補給した。杉谷村に到着し、売りに出ているボートに試乗し、気に入ってそれを買うことにした。

ジャスパー青年は、そこで思案する。新しく購入したボートはライトが故障しているので日没後は動かせない。今から出発して日のあるうちに自分の町まで、手に入れたボートで川を下って帰ることができるだろうか。燃料切れは起こさないだろうか。燃料を買うお金は十分あるだろうか。

約15分の冒険物語は、主人公ジャスパー青年が思い悩む姿でエンディングを迎える。それを視聴した子どもたちは、物語の中に埋め込まれていた情報を手がかりにして、複雑な条件を一つ一つ整理し、ジャスパーのかわりに判断を下さなければならない。

物語の中には、ジャスパーの問題を解く鍵になる様々な情報がそれとなく提示されている。例えば、遡った川には河口までの距離を示す「距離ポスト」が映しだされているので、杉谷村からガソリンスタンド、ガソリンスタンドからジャスパーの町までの距離などが計算できる。別の場面ではラジオから気象情報が流れていて、日没の時刻を知ることができる。ガソリンを買った場面では、ジャスパーの所持金がいくらで、スタンドの営業時間は何時までで、ガソリンが1リットルあたりいくらかなどが映しだされている。購入したボートの速度、燃料タンクの容量などはボートの説明の中で述べられている。


ジャスパー利用授業の3つの事例


さて、こんな冒険物語が放送されることになったら、この番組をめぐってどんな授業をするだろうか。まずは、自分ならどんな授業を計画するのかお考えいただきたい。

番組を視聴させる前に、子どもたちに何をあらかじめ教えておこうとするのか。番組は生放送で視聴させるのか、それともビデオにとって内容を事前に検討してから視聴させるのか。番組視聴中にどんな作業をさせながら見せるのか。番組を視聴した後は、どんな方法でジャスパーの問題に答えを出そうとするのか。また、ジャスパーのこの問題に解決策が見つかった後のために、どんな発展学習を仕組んでおくのか。

自分の授業計画の青写真が描けたところで、次に挙げる3つの授業と比較して、自分の考えた授業はどれにもっとも近いか、それはどんな点でかを吟味してみよう。


事例1:積み上げ式仕上利用


この番組は応用問題としてとても優れた教材であると位置づけた。したがって、冒険物語を視聴させる前にジャスパーでの問題解決に必要な基礎技能や概念を全て教えた。まずは、基礎技能を物語の文脈から取り出して、一つ一つ教師が直接説明し、練習させた。その積み上げを確認する段階で、あらかじめ録画しておいたこの番組を使った。この授業では、折々に必要な情報が何かを子どもたちに質問しながら、正しい問題解決の過程を教師が子どもたちに説明する形(教師主導)で授業を進めた。


事例2:問題解決過程の例示(導入利用)


この番組は計算がどんなところで使われるのかを例示していて、導入教材として優れていると考えた。番組を基礎技能の習得前に視聴させたが、そのまま問題に自力で取り組ませて試行錯誤を過度にさせると子どもが混乱すると考え、解決策を子ども任せにはしなかった。ワークシートを準備してそれに添って問題を解かせた。ワークシートには、必要な情報を物語から得て穴埋めしたり、必要な計算をするための空欄を設けた。各班に異なる解決策のワークシートを配り、録画した番組を班ごとにビデオで再視聴させながら空欄を補充させ、後で相互に発表、比較検討する形で授業を進めるのもよいと思った。


事例3:自力解決援助法


問題解決過程に不可欠な計算技能がまだ十分に習得されていない段階で番組を見せ、グループ活動で試行錯誤の中から解決法を生成させていこうとした。教師自身も番組内容を事前に詳細にわたって検討せずに、生のままの番組を与えた。自分たちで一つずつ解決の糸口を見つけなければならないという意識を高めるために、教師からの指示は最小限に留めた。正解を教えたいという誘惑に何度も襲われたが、子どもたち自身で正解にたどりつくためのヒントを与えるだけにした。子どもたちは、班ごとに話し合う中で、ジャスパーの問題を解くためにはどんな情報が必要かを考え、物語の場面を思い出し、必要なところはビデオを操作して再視聴して確認しながら、試行錯誤の末に解決策に辿り着いた。


この3つの事例から明らかなことは、同じ番組を使っても、使い方によってずいぶんとイメージの違う授業になるということだ。番組の使い方の中に、学習課題の序列化に対する考え方、子どもの試行錯誤や失敗経験を積極視するかどうか、教師が親切な情報提供者になるか意地悪な助言者に徹するかといった授業観の違いが露呈する。バンダービル大学の研究者たちは、問題解決の過程が一つに決まっていないジャスパー教材の豊かさを最大限に活かす第3の事例を望んでいる。しかし、番組をどう使うかは、教師が自らの授業観に基づいて決めるべきことである。

制作する側は自らの授業観を明示し、それに基づいて番組を提供する。それを利用する側は自らの授業観に基づいて利用方法を工夫する。番組の制作と利用という形で具体化された授業観をめぐる葛藤の中から、お互いが学ぶものは少なくないと思う。