マルチメディアで授業を変える(3)


ビデオ冒険物語で問題解決能力を育てるジャスパー教材
 〜マルチメディア導入で教師の役割はどう変わるか〜(1)


東北学院大学助教授 鈴木克明




1.はじめに

 ジャスパー教材は、具体的で現実的な文脈の中で子どもに複雑な算数の問題解決にチャレンジさせる冒険物語です。小学校5・6年生を対象に、学習意欲をそそるリアルな文脈を提示するビデオディスクを中心に、マルチメディアデータベース、問題解決支援ツール(HyperCardで提供)、付属印刷物などから構成されています。全米科学財団(NFS)その他の資金提供を受けてテネシー州バンダービル大学学習テクノロジーセンター(LTC)が開発したもので、2枚組のレーザーディスク3セットのビデオ教材として市販されています(詳細は、CTGV、1993;鈴木、1995aを参照)。

 マルチメディアを駆使したジャスパー教材は、新しい教育観に基づいて子どもを能動的な算数の問題解決に「のめり込ませる」魅力が高く評価されています。ビデオ制作についてニューヨークフィルムフェスティバルにおいて賞を受けたり、研究面では米国教育コミュニケーション・工学会の教材開発部門(DID)で最優秀論文賞を獲得するなど、注目を集めています。米国の『算数教師』(1993年4月号)でも詳しく紹介され、ジャスパーで算数が好きになったことが報告されています。

 「マルチメディアで授業を変える」の主語は、マルチメディアではありません。マルチメディア(教材)が授業を変えるのではなく、マルチメディアを使うことで教師が授業を変えていくのです。そんな思いを込めてつくられたジャスパー教材は、どんな教材なのか。また、どのように使われることを願ってつくられたのか。そこでの教師の役割はどう変わるのか。ジャスパー教材とそれを使う授業から、授業をどう変えていくのかを考えてみましょう。

2.ジャスパー冒険物語

 ジャスパー(Jasper)は、主要登場人物(青年)の名前です。全6話の冒険物語はそれぞれ14分から18分の長さで、数学的な問題提起場面を含む日常生活でのエピソードが展開していきます。冒険物語は、登場人物の一人が直面した問題を子どもたちに投げかけるところで終わり、物語を視聴した子どもたちが登場人物になりかわって問題にチャレンジします。第1シリーズでは時間と距離を使った旅行計画、統計データを使ったプロジェクト計画、幾何を応用してのルート発見の3タイプの問題が2話ずつ用意されています。

 ジャスパー冒険物語の第1話「シダークリークへの旅」では、主人公ジャスパー・ウッドベリーが新聞の広告欄で知った中古ボートを買うために、川をさかのぼってシダークリークを訪ねます。物語の最後では、ジャスパーが購入したボートを日暮れまでに燃料切れを起こさずに操縦して帰れるかどうかを判断する問題が投げかけられます。子どもたちは、問題が提起されるまでの間に視聴したビデオに埋め込まれていた情報(例えば地図から距離を割り出す、流れていたラジオから日没の時刻を知るなど)を手がかりにして、複雑な条件を一つ一つ整理し、ジャスパーのかわりに判断を下さなければなりません。物語の進行に夢中になってビデオを視聴した子どもたちは、最後に提示された問題を解くのにどんな情報が必要かを改めて考え、ビデオの内容を思い出し、あるいは必要なところは再視聴して確認しながら、徐々に判断材料を組み立てていくのです。

 約15分間の冒険物語の中には、44の数値情報が埋め込まれています。ナレーションやラジオ天気予報などの聴覚的な情報、あるいは地図、看板、標識、実物などの視覚的な提示方法を織り混ぜて、それとなく埋め込まれた44の数字のうちで、わずか17の情報のみ(有効率は39%)が問題解決に有効なものです。物語の最後で難問を突き付けられた子どもたちは、埋め込み情報のどれをどのように使えば問題が解決できるかを自分たちの力で考え、解決策を導いていきます。

 表1は、この冒険物語の問題を解く過程がどのくらい複雑なものかを示しています。ライトが故障したボートを購入したジャスパーの問題「日没までに帰れるか」に答えを出すためには、時間とガソリン残量を求めるための下位問題を導き出し、それに必要な埋め込み情報を見つけ、立式し、計算していかなくてはなりません。その過程でガソリンが不足することを発見した子どもたちは、次の下位問題として、ガソリン補給の中間地点までは行けるかどうか、またそこでガソリンを購入するだけの所持金があるかどうかを求める必要が出てきます。模範的な解答でも下位問題が4つあり、それを解決するための合計16の式を立てなければ、「日没までに帰ることができる」との結論を導き出すことはできないのです。

 ジャスパー教材のビデオディスクには、物語の次に筋書きに変化をもたせる仮想類題(What-if analogs)が収録されています。これらの類題は、冒険物語の問題を解決したあとで、練習として使われるためのものです。たとえば、第1話の仮想類題として用意されているのは、次のような類題です。

ーーー(表1を挿入)約1ページ分相当の図として扱ってくださいーーー

3.あなたなら、ジャスパー教材をどう使いますか?

 こんなに複雑な計算を子どもたちがやり遂げ、しかも算数嫌いになるどころか算数が好きになるなんて、すぐには信じ難いところです。しかし、700人以上の子どもを対象にした大規模な調査でも、ジャスパー教材の効果が実証されています。ジャスパー教材の効果として、(1)他人のつくった問題を解くのではなく自分で問題を生成する力、(2)数学の有用性を味わうこと、(3)複雑な問題に挑戦する意欲の3点が確認できたとし、さらに(4)子どもたちの日常生活や他教科でもジャスパー教材のことが多く話題にのぼったこと、また(5)ジャスパー教材から発展した子どもたちの実地プロジェクトも数多く生まれ、ジャスパー教材が起爆剤となってその後の活動に問題解決技能が用いられたことが確かめられたとしています。

 ジャスパー教材は、これまでの映像教材と様々な点で異なります。興味関心を持たせるための映像教材は、これまでもNHKの学校放送番組などでも試みられ、また実践も工夫されてきました(鈴木、1995b)。一番大きな違いは、この教材が過度と思えるくらいに複雑で挑戦的であることでしょうか。それとも、全員で一度視聴したあとで子どもたち自身が操作して、何度も何度も繰り返し見るように設計されていることでしょうか。この教材を使いこなすためには、従来からの授業のやり方を見直す必要があるでしょう。あなたならどんな使い方をしますか? あなたの役割は変わるでしょうか?


参考文献

The Cognition and Technology Group at Vanderbilt University (1993). The Jasper experiment: Using video to furnish real-world problem-solving contexts. Arithmetic Teachers, April 1993, p.1-5.
鈴木克明(1995a)「教室学習文脈へのリアリティ付与について〜ジャスパープロジェクトを例に〜」『教育メディア研究』第2巻第1号、p.13-27
鈴木克明(1995b)『放送利用からの授業デザイナー入門』放送教育叢書23 日本放送教育協会


表1.ジャスパー冒険物語第1話「シダークリークへの旅」の問題解決過程見本


式番号  求めることがら  立式  数字の根拠(<1>は埋め込み情報番号)
問題:ボートのライトが故障している。日没までに帰れるか。

 下位問題1: 時間は十分あるか
1 全走行距離 156.6mi-132.6mi=24.0mi
156.6miは<4>、<30>、132.6miは<3>
2 クルーザーの平均時速 60min/hr×7.5min/mi=8mph 7.5min/miは<41>
3 全所要時間 24mi ÷ 8mph=3hr 24miは式1の答、8mphは式2の答
4 日没までの時間 7:52-2:35=5:17 7:52は<9>、2:35は<44>
→→→→→→→→→結論:時間は十分ある(2時間17分の余裕)。

 下位問題2: ガソリンは十分あるか
5 必要なガソリンの量 3hr × 5gal/hr=15gal 3hrは式3の答、5gal/hrは<34>
6 ガソリンの残量 6gal × 2=12gal 6galは<42>、<43>
7 不足するガソリンの量 15gal-12gal=3gal 15galは式5の答、12galは式6の答 
→→→→→→→→→結論:3ガロン不足する。途中で給油する必要がある。

 下位問題3:ウィリーの店までガソリンはもつか
8 ウィリーの店までの距離 156.6mi-140.3mi=16.3mi≒16mi 156.6miは<4>、<30>、140.3miは<27>
9 店までの所要時間 16mi ÷ 8mph=2hr 16miは式8の答、8mphは式2の答
10 店までに必要なガソリン量 2hr × 5gal/hr=10gal 2hrは式9の答、5gal/hrは<34>
11 店でのガソリンの残量 12gal-10gal=2gal 12galは式6の答、10galは式10の答
→→→→→→→→→結論:ウィリーの店まではもつ(2ガロンの余裕)。

 下位問題4:ウィリーの店でガソリンが必要量だけ買えるか
12 ラリーの店での支払金額 $6.50-$.20=$6.30 $6.50は<18>、$.20は<17> 総ガロン数
13 所持金残高(ガソリン代) $20.00-$6.30=$13.70 $20.00は<21>、$6.30は式12の答
14 所持金残高(修理代) $13.70-$8.25=$5.45 $13.70は式13の答、$8.25は<29> 
15 購入できるガソリン量 $5.45 ÷ $1.11/gal=5gal… -10  $5.45は式14の答、$1.11は<28>の概数
16 不足量と購入可能量の比較 5gal>3gal 5galは式15の答、3galは式7の答
→→→→→→→→→結論:所持金で必要なガソリンが給油できる。

 番外問題:アイスクリームを食べている余裕はあるか
17 金銭的余裕 $5.45-$3.33=$2.12
18 時間的余裕(日没まで)5:17-3:00=2:17
19 時間的余裕(閉店まで)2:35 + 2hrs = 4:35
→→→→→→→→→結論:今出ても閉店の5:00までに25分しか余裕がない。
判断:ウィリーの店で給油すれば、日没までに帰れる。
閉店時刻が近づいているので、すぐ出発する。