マルチメディアで授業を変える(4)

ビデオ冒険物語で問題解決能力を育てるジャスパー教材
  〜マルチメディア導入で教師の役割はどう変わるか〜(2)


東北学院大学助教授 鈴木克明



1.はじめに

 先月号では、米国バンダービル大学で開発され、高い評価を受けているマルチメディア教材「ジャスパー冒険物語」を紹介しました。ジャスパー紹介の後編となる今月は、まずジャスパー教材の使い方にも様々あることを考えてみましょう。同じ教材も使い方次第で全く違う形の授業になることから、普段の授業に対する暗黙の前提を再点検していただければと思います。先月号でも述べたように、授業を変えるのは先生方です。しかし、マルチメディア教材はそのきっかけにはなる。これが、筆者の言いたいことです。


2.ジャスパー教材利用の3つの授業事例

 さて、もしもジャスパー教材が手に入って、それが日本語化されていて、しかも授業で使うだけの機械が揃っていたとします。どんなふうにこの教材を使った授業を展開しますか? まず、授業の案を考えてみてください。自分の授業計画の青写真が描けたら、次に挙げる3つの授業と比較して、自分の考えた授業がどれに最も近いか比べてみましょう。

(1)事例A:積み上げ式仕上げ利用

 A先生は、この教材を応用問題として授業に位置づけました。したがって、冒険物語を視聴させる前に、ジャスパーでの問題解決に必要な基礎技能や概念を一通り教える必要があると考えました。まず、基礎技能を物語に入る前に一つ一つ教師が説明し、練習させました。その成果を確認する段階で、この教材を使いました。A先生の授業では、一度物語を視聴したあとで、折々に必要な情報が何かを子どもたちに質問しながら、正しい問題解決の過程を教師が子どもたちに問いかける形(教師主導)で授業を進めました。ビデオの巻き戻しも、教師(あるいは子どもの代表)が操作して行いました。

(2)事例B:問題解決過程の例示(導入利用)

 B先生は、この教材は計算がどんなところで使われるのかを例示していて、導入教材として優れていると考えました。教材を基礎技能の習得前に視聴させましたが、そのまま問題に自力で取り組ませて試行錯誤を過度にさせると子どもが混乱すると考え、解決策を子ども任せにはしませんでした。ワークシートに添って問題を解かせるために、必要な情報を物語から得て穴埋めしたり、必要な計算をするための空欄を設けました。B先生は、各班に異なる解決策のワークシートを配って、班ごとにビデオを操作・再視聴させながら空欄を補充させ、あとで相互に発表、比較検討する形で授業を進めるのもよいと考えました。

(3)事例C:自力解決援助法

 C先生は、問題解決過程に必要な計算技能がまだ十分に習得されていないけれど、ともかく教材を使わせて、グループ活動で試行錯誤の中から解決法を見つけさせようと考えました。先生自身も物語の内容を事前に詳細にわたって検討せずに、子どもたちと一緒に楽しみました。自分たちで一つずつ解決の糸口を見つけなければならないという意識を高めるために、ヒントもほとんど与えませんでした。子どもたちは、班ごとに話し合う中で、ジャスパーの問題を解くためにはどんな情報が必要かを考え、物語の場面を思い出し、必要なところはビデオを操作して再視聴して確認しながら、試行錯誤の末に解決策にやっとのことで辿り着きました。


3.ジャスパー教材の使い方と授業観

 この3つの事例から明らかなことは、同じ教材を使っても、使い方によってずいぶんとイメージの違う授業になるということです。先生がお考えになったジャスパー利用法は、A、B、Cのどの先生のアイディアに近かったですか。それともまったく別の使い方を考えられましたか?

 ジャスパー教材を開発したバンダービル大学の研究者たちは、問題解決の過程が一つに決まっていないこの教材の豊かさを最大限に活かすC先生のような使い方を望んでいます。しかし、マルチメディア教材であれ何であれ、開発者の希望はともかくとして、どのように使うかは先生方が自らの授業観に基づいて決めるべきことです。C先生の案でやりたいところだけれど、実際の授業ではA先生のようになるだろうな、などと理想と現実がかけ離れているようでしたら、どうやったら自分の理想とする使い方ができるかを考える必要があるのかもしれません。あるいは、A先生のような方法を選びたい、と思っているのであれば、無理にC案に変える前に、なぜA案が開発者が望む利用方法ではないのかを考えてみるチャンスになるでしょう。

 このマルチメディア教材の使い方を決める上で、暗黙の前提となっている授業に対する考え方が3つ指摘されています。
  1. 授業内容の序列化:下位技能の完全習得を前提とするか、あるいは、文脈におくことで初めて下位技能の意味が生じると考えるか
  2. 失敗経験の価値:失敗なしを理想とするか、あるいは、失敗や限界や誤解を克服させることを重視するか
  3. 教師の役割:権威ある情報提供者とみるか、あるいは、必要に応じて助言者にも共同学習者にもなるとみるか
 まだ教えてもいないことをいきなり使えというのは無理だ、と考える方は、A先生のようにジャスパーは優れた応用教材だと位置づけるでしょう。無理がなくなるかわりに、数学の面白さは奪われます。また、基礎技能がなぜ重要でそれがいつ役立つかを教えるのには不都合でしょうし、基礎技能が習得できてもそれを組み合わせて問題を解決する力には結びつきにくいという問題も生じます。でも、一番確実な方法であることは確かです。

 子どもに失敗をさせたくない、と考えれば、B先生のように穴埋めプリントを用意する方法がよいでしょう。手順を細かく説明すればするほど、子どもの失敗は起こりにくくなります。一方で、問題解決過程に最も重要と思われる作業(下位の目標を考え出すこととそれが適切かどうかを評価すること)を子どもたちの手から奪うことになります。アイディアを出しあうグループでの意見交換はなくなり、ビデオから事実情報を集めることと計算することとに集中する授業になるでしょう。

 最後のC先生のような授業には、何が必要でしょうか。子どもたちには何を解決しなければならないかは明確にわかるものの、それをどうやったらいいかはまだ教えていない。必要になったらその場で学ぶ。よって、多少の混乱は容認する。もしかすると自分たちにはできないかもしれないという不安を与えることを覚悟する。教師自身も分からない振りをする。「何でも知っている」という教師の権威的立場を捨て、懇切丁寧に「教えてあげたい」という欲求をがまんして、教師はあてにならないから自分たちでやるしかない、と思わせる。これが無理な方は、C先生のような授業はできません。相当な度胸と力量が求められています。しかし、新学力観とか情報活用能力の育成とかを真剣に考えるならば、ジャスパーのようなマルチメディア教材があれば何とかなるかもしれません。いや、何とかしてみたいですね。


4.おわりに:変えたい人と変えたくない人と

 ジャスパー教材の開発者たちは、教師の力量を育て、授業実践へのサポート体制を確立する上で配慮が必要な点として、次の6つを指摘しています。
  1. 情報提供者からコーチ/共に学ぶ者へ教師の役割を変革させ、教室の人間関係に変化が起きること
  2. 詳細な指導案を前もって準備することは不可能であり、臨機応変な柔軟性がもとめられること
  3. 拡散的に生じる全ての問題について「専門家」にはなれないので、共に学ぶ姿勢や調べ方を示唆する態度が要求されること
  4. 指示的になりすぎないような援助のタイミングと方法を習得すること
  5. 追及したいと思う課題を深めるための情報源へのアクセス技能が求められること
  6. 必修学習項目との折り合いをつけて、現存のカリキュラムへの位置づけができること
 これまでの授業のやり方を根本から見直すこと、とくに先生自身の役割についてこんなにも多くの課題が突きつけられていることを考えると、マルチメディア教材も「危険なもの」と覚悟した方が良いかもしれません。ジャスパー教材のようなものを使うかどうかは先生方の選択次第であり、強制される訳でもないので、「危険」を避けることは容易でしょう。たとえ使ったとしても、C先生のようにさえしなければいいのですから。

 一方で、もし今の授業を何とか変えたい、とお考えの先生にとっては、ジャスパーのようなマルチメディア教材は格好の手段を提供してくれるでしょう。映像化することで入り組んだ複雑な情報を表現し、子どもによって注目する情報が違うのでグループ学習で誰もが問題解決に貢献できやすいこと。起承転結のある現実的な物語で自然な文脈に算数を位置づけ、真迫性や臨場感を高め、数学的技能の有用性や道具性が意識できること。最低14もの式を立てなければ解決できない複雑な問題にもかかわらず映像が問題を具体化して取り扱い可能にしているので、ちょっと挑戦しては諦めるというくせを直させ、やればできるという自信をもたせられること。問題が複雑すぎて解決への道筋が先生にも分からない(ようにみえる)ので、先生も同じように悩んでいるんだという雰囲気がつくれること。算数から他の教科へ発展できるので、時間を節約してしかも教科間の連結ができること、などなど。

 ジャスパー教材で算数の授業を変える可能性はあるようですね、もしも…。