マルチメディアで授業を変える(11)


おもしろ算数授業を広めましょう
 〜教育工学者が連載を振り返る〜


東北学院大学助教授 鈴木克明



1.はじめに

 教育工学者として連載を振り返る機会をいただきました。マルチメディアを駆使した様々な実践がとても心強く思われました。共通の関心事として私の目に止まった「学習意欲」について、アメリカの教育工学者ジョン・ケラーが提唱しているARCS動機づけモデルを用いて整理していきます。また、連載で紹介されたすぐれた実践が、「他でも使えるようになっているか」も確かめてみたいと思います。

2 学習意欲を高める4つの視点:ARCSモデル

 私がアメリカ留学中に学んだ考え方のうちで、「これは使える」と思ったものの一つに、フロリダ州立大学のジョン・ケラー教授が提唱しているARCSモデル(ARCSは、4つの視点の頭文字;アークスと読む)があります。揖保町立半田小学校3年生の実践(連載第6回、以下⑥と略す)「ハンダーランド」にあてはめて4つの視点を紹介します。

 最初のAは、Attention(注意)の側面を表し、「おもしろそうだな」「何か不思議なことがありそうだな」との気持ちを起こさせることを意味します。「ハンダーランド」では、キャラクターが登場するゲーム仕立てのオープニングで、子どもたちは「おもしろそうだ」と思ったことでしょう。

 次のRは、Relevance(関連性)の側面で、「やりがいがありそうだな」「ためになりそうだな」という必要感や切実感を課題に与えることを意味します。「ハンダーランド」では、モンスターに奪われた宝箱を取り返すという具体的で切迫感がある課題をまず提示しています。なぜ時間を計算しなければならないのかが、子どもたちにもわかりやすい形になっています。

 3番目のCは、Confidence(自信)の側面で、「やればできそうだなあ」「だんだんできるようになってきた」という課題達成への見積りや進歩の実感を意味します。「ハンダーランド」では、モンスターからの挑戦状という形で課題を明確にし、また、一問ずつ問題を解くことで着実にゴールへ近づいていく様子が子どもたちわかるように工夫されています。

 最後のSは、Satisfaction(満足感)の側面で、「やってよかったなあ」「この次も挑戦してみよう」という気持ちを意味します。「ハンダーランド」の宝箱を取り戻せた子どもたちはそれだけで大満足でしょう。一方で途中で時間切れで引き返してきた子どもたちは、「やった!」とは感じなかったでしょう。再挑戦する機会を設けて、全員が一度は宝箱を取り戻す体験を次時に与えること、また成功した子どもたちには身につけた技能を応用できる場面を用意することが満足感への工夫です(「ジャスパー」③の類題を参照)。

 さて、ARCSモデルの4つの視点について、おおよそおわかりいただけたでしょうか?「ハンダーランド」では、学習意欲についての検討が様々な面からなされていることが再確認できました。ARCSモデルについては、これまでに色々なところで紹介していますので、詳しくはそちらを参照していただく(鈴木、1994;1995)として、他の事例を見ていきます。

3 揖保町立河内小学校5年生の実践「公倍数と最小公倍数」⑦

 「現在は、画面に写し出された絵が動いたり、音が出たりすること(外的要因)に歓声をあげる児童はほとんどない。」この記述を読んだときの素直な感想は、「すごいなあ、でも本当かなあ?」でした。マルチメディアを使うことの最初の効果は、「もの珍しさ(新奇性)」によるものです。興味をもたせようと、手を変え品を変え、導入を工夫する。この側面は、ARCSモデルでは注意(A)に属する工夫になります。

 この実践で登場するかめは、児童の予測を裏切ります。24になるはずなのに、どうして12こしか塗らないのかなあ。子どもの仮説がくずれ去ります。さあ、調べてみよう。とっても、うまい導入ですね。これは、同じ注意(A)でも、ただ驚かせるだけの注意ではなく、知的好奇心を刺激するレベルの注意です。「あれ、おかしいぞ。何か変だ。どうなっているんだろう。」この想いが、「調べてみよう」とする内側からの意欲の源になります。

 同時に、今何が問題になっているのか、何を調べて解決させるのかを明確にしているので、関連性(R)にも自信(C)にもつながります。子どもたちは、このかめの動きは最小公倍数ではないか、という予測を立ててからも、いろんな数字を入れて「本当にそうなのか」を何度も確かめたことでしょう。最初は間違った仮説をたてていたけれど、調べていくうちに、本当の姿が見えてきた。この感覚が自信(C)を育てます。

4 ツール型ソフト「資料の調べ方」による実践⑧

 「日本の小学校には、60万本の算数ソフトがある。」と聞けば、「スゴイ、そんなにたくさんあるのか。ところで、使っているのかなあ?」と思ってしまう私。教育工学をやっていると、金をかけた以上はぼろぼろになるまで使って元をとることをつい考えてしまいます。コスト効果の視点です。

 「そのほとんどが技能練習を中心としたドリル型ソフトか知識の習得をねらいとしたチュートリアル型ソフト」と聞けば、ついつい「たかがドリル、されどドリル」と思ってしまいます。チュートリアル型についても、まだまだです。人間教師のやっていることは複雑きわまりないので、それを真似した家庭教師(チューター;個人教授)型ソフトでは足元にも及びません。

 チュートリアル型教材をつくって一番得をするのは製作者の先生ですが、それを使う子どもにとっても、先生以外から学ぶという体験になります。これを、現代の課題である自己学習力の育成につなげたいですね。宮城県の浦戸第一小学校(全校児童17名)では、複式の算数でドリルとチュートリアル型ソフトを使って人間教師とパソコンのTTを展開しています。先生が他の学年を教えているときも、自分たちでパソコン相手に勉強を進めています。

 さて、本題のツール型ソフトでは、自分で、データ入力、数直線上のプロット、度数分布表を自由な区切りで作成、柱状グラフへの変換ができます。自分で工夫して学ぶことで、自己学習力が育成されるでしょうし、それが自信(C)につながるでしょう。同じ「できた」でも、先生の言われたとおりにやってできたよりは、自分で工夫してできた(学習の自己コントロール)方が、自信につながります。まさに、これが実現できそうなソフトです(もちろん、使い方によりますけど;「ジャスパー」の3つの授業④参照)。

 「従来の資料の調べ方(6年)の展開が「描く」という技能中心であったこととは非常に対照的。ツール型ソフトは、繁雑な技能を代行して、思考に集中することを支援する働きがある。」「子どもを繁雑な作業から解放し、考え方について集中することを可能にしています。」算数教育としては、これがすごいんでしょうね、やっぱり。ツール型ソフトの長所を生かすためにも、子どもの自己コントロールを最大限に取り入れる工夫が必要です。

5 鹿児島県祁答院町立大車小学校の自作ソフトによる実践⑨

 カードならべ、1000までのかず、キャンディーキャンディー、グーちゃんの玉手箱、そして福笑い。どれもが自分で問題を解決するのに使わせるものとして自作されたものです。さすがは伝統ある先進校、昭和63年に日本教育工学協会の全国大会でお邪魔したことをなつかしく思い出しました。

 自力解決のための道具の一つとして位置付けたソフトには、自信(C)につながる工夫がたくさん埋め込まれています。一度つくったグラフの修正が可能。何度も挑戦して多様な考え方を試せること。数値を変えて練習できること。短時間で問題を自作してそれに挑戦できること。子どもたち一人ひとりのやり方で、自分らしい学びが展開されている様子が目に浮かびます。

 この実践では、せっかく作ったソフトをフル活用する工夫が素晴しいと思いました。「一本のソフトを導入・展開・終末の場に応じて使える」「多学年にわたる使用」「授業だけでなく、個別指導の場・自主学習の場での使用も可能」「単元を通じて使うことができた」などが参考になります。

 同じソフトをいくつかの場所で何回か、違う目的のために使えるようにすることは大切です。子どもにとっては、ソフトの使い方を覚えるのは1回ですみますし、先生にとっても時間の節約になります。同じソフトを使うことで、前にやった課題と今の課題の何が同じで何が違うのかを知らず知らずに把握することができます。授業同士のつながりが見えてきます。

 よく他の先生が作ったソフトは「個性が強くて」使えないという意見を耳にしますが、大いなる無駄というものです。最初から活用範囲の幅を広げることを意識して作ることが肝要です。せっかく時間をかけて作るソフトですから、なるべく多くの先生方に使ってもらえるよう、そして、自分自身でも何年も使えるものを目指したいですね。それが、共有財産を増やす道です。

6 おわりに:アイディアを共有財産にすること

 この連載で紹介された実践を、算数教育を専門に研究していない先生方の算数の教室にも広めたいですね。そのために何ができるかを考えることも算数を専門にしている先生方の役割の一つだと思います。マルチメディア教材はコピーが簡単にできます。おもしろ算数を広めましょう。


<参考文献>
鈴木克明「8章 メディア教育への動機づけ」子安増生・山田冨美雄編著『ニューメディア時代の子どもたち』有斐閣教育選書、1994年
鈴木克明『放送利用からの授業デザイナー入門—若い先生へのメッセージ』(放送教育叢書23)日本放送教育協会、1995年(第5・6章)



不採用分

edutainment(エデュテイメント)①・②

娯楽と教育をいっしょにするといっても、ただ面白がらせればいいわけではない。テレビゲームに熱中している理由は、画面の鮮やかさとか効果音といった「注意」に属する性質に加えて、親しみやすいストーリー展開(「関連性」)とか、徐々に一歩ずつゴールに近づいていくことで得られる「自信」の側面がある。娯楽の中の成就感や上達感を教育に取り入れるという意味でのedutainmentを目指したい。

絵や音を使ったソフト:「スヌーピー」vs「数にイメージを与えること」②

マルチメディアは単なる電子練習帳ではなく、絵や音を使えるものである。ここでは、絵や音を何のために使うのかを慎重に考える必要があろう。「スヌーピー」のような子どもが親しみをもてる(「関連性」)キャラクターを登場させる、あるいはサウンドエフェクトを用いて「注意」を持続させ飽きさせない工夫をする。これは、よく見られる使い方ではあるが、算数の実力とは無関係のことである。一方で、「足すという行為を動きによって表現する」とか、「具体的な数にイメージを与えるために絵やアニメーションを用いる」と、それが教材のわかりやすさを高める効果が期待でき、実力アップにつながる(「自信」)。

ジャスパー:複雑さと算数の現実的場面への埋め込み効果③・④

ジャスパーの特色は、何といっても与えられる問題の複雑さです。映像の繰り返し視聴をうまく使って、ちょっと解けそうもないと思える難題に挑戦させ、教師に教えられることもなく自力で解決できたことを算数への「自信」につなげていこうとする意図があります。また、現実的な場面に埋め込むことで、算数の有用性が感じられ、算数って役に立つという実感(「関連性」)も期待できるでしょう。

類題が準備されていることは、一度解き方を習得したことを自然に使える場面を用意することで、自分の学びへの「満足感」を高める効果につながるでしょう。さらに、一つの条件が変わることで全体に大きな影響が出ることを経験することによって、数の面白さ、奥深さにさらなる探究心を刺激される(「注意」)かもしれません。

共同学習・発表の場としてのネットワーク⑤

ネットワークを用いた共同学習では、そこで学習される内容のいかんに関わらず、遠く離れた友だちといっしょに勉強できる喜び(あるいはサボると相手に迷惑をかけるというプレッシャー)自体が、学びへの意義を高めます(「関連性」)。さらに、学習の成果をWWWページに発表する例が報告されていますが、これがどんなに子どもたちの成就感・達成感(「満足感」)を高めるでしょうか。自分たちの学習の成果を世界中に見てもらい、自慢することができるわけです。