『放送教育』2000年5月号原稿(脱稿2000.4.3)2400字程度
シリーズ:中学校での『総合的な学習の時間』を考える


第2回「選択教科から総合的な学習へ」


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明


選択教科の導入で中学校は変わったのか

 暗記する情報から活用する情報へ。この変化が「総合的な学習の時間」で目指す(1)自ら学び、自ら考える力の育成と,(2)学び方や調べ方を身に付けることには大切ではないか。シリーズ第1回目は,情報教育と総合的な学習の関連を考えてみた。

 2回目は,選択教科との関連について考えてみたい。現行指導要領とともに十年前に中学校に導入された(はずの)選択教科は,総合的な学習への重要なステップだったのではないか。選択教科が当初のねらい通りに実施されている学校では,総合的な学習の時間で目指そうとしている上記の2つの目標は,すでにかなり達成されているはずではないか。選択教科導入の成果を確認し,問題点を検討することで,中学校での「総合的な学習の時間」が果たすべき役割を考えてみたい。


選択教科はどうなった?

 現行指導要領の実施にあたって,選択教科はすべての中学校において日常的に取り組まなければならない課題となった。選択教科という多様性の追及であるからこそ、違えるべきものと揃えるべきものの見極めも必要であった。

 文部省委嘱の教育研究開発学校の先進的な取り組みとして千葉県館山市立第二中学校が取り組んだ成果について,詳細に紹介したことがある(鈴木,1985)。ここでは、生徒各自が選択教科(講座)を決定するまでの過程に毎年充分な時間を割いていた。生徒自らが学習したいものを選択するところに選択教科の良さがあり、生徒にとってはそれが何よりの魅力になっていた。講座を選択した後も、担当教員の用意したメニューに従って学習をすぐに開始するのではなく、一人一人の生徒が自分の計画をたて、進行状況を確認するために時間を割くように指導していた。自分が選んだものを,自分の好きな方法で,自分のペースでじっくりと時間をかけながら取り組めることに,当時の生徒は魅力を感じていた。

 内容は千差万別である一方で,自分の学びを味わうことや計画を立てて修正しながら進めることは,どの教科でも大切にされていた。自ら学び考え,学び方を身につけるという「総合的な学習の時間」の目標そのものが意図されていたのではないだろうか。

 その後の館山ニ中では,再び研究開発学校の指定を受け,開かれた学校づくりに取り組んできている。選択教科については,前年度の講座を参観して希望アンケートを取るなど「選択」の過程が引き続き重視されており,一方で,選べる対象も教科ごとの課題から地域に広がる現代的な課題も含む形でさらにバラエティーに富んできている。

 国立大学附属学校などの先進事例(たとえば,水越・木原,1998)を見ると,合科的な選択学習とそれを支える異教科教師によるティームティーチング,地域素材を取り上げてのフィールドワーク,情報通信ネットワークなどを活用した学校間連携,外部の専門家による指導助言などが,選択教科と総合的な学習をつないでいくキーワードになっている。選択教科をうまく実施できてきた中学校では,総合的な学習もスムースに進められることが予想できるが,どうであろうか。


自己選択・自己責任と規制緩和

 選択教科の取り組みは,中学校によってまちまちであろう。自分の手で選ばせることややりとげることを重視して,自ら学ぶ力がつくように問題解決学習の手順でやっている先生もいるだろう。一方で,教科の延長だったり、クラブ的だったりと,先生がすべてお膳立てを整えている場合も多いのではないか。やっていることは多種多様で大いに結構。先生が得意なことをやるのが一番。しかし,生徒がどの程度,「自分で決めたこと」という思いを持てているのかを点検したい。「やらされる総合的な学習」では自ら学ぶことはできないのだから。

 選ぶ,あるいは選ばせる条件を整える,ということはそう簡単なことではない。適当に選んでしまって失敗する(だからやる気が出ない)ケースも多いだろうし,単純に友達が選んだから、などという理由で選んでしまう生徒も少なくないのだろう(大学のゼミ選択でさえも,そういう学生がいるのだから)。人数が多すぎて、第2希望にまわされてやる気がなくなるケースもあるだろう。「君たち,鈴木研究室を選んできたんだろう。その責任をしっかりとって,勉強してくれたまえ。」第1希望で来てくれるからこそ口にできるセリフである。

 選び方を教える,ということは,主体的に学ぶために重要なことである。中学校3年間で何をどの程度選ぶ経験をさせるのかを,段階的に仕掛けておきたいものである。まずは,ほぼすべてお膳立てができた選択肢から一つを選ぶことに始まり,徐々にやり方を任せていく。先生がセットしたメニューをこなすだけではなく,徐々に自分なりのアレンジができるような生徒にすることを目指す。選択の裏には,規制緩和がある。最初は見本を見せておき,徐々に規制をゆるめ,創意工夫をさせる。教師も,親切な(お節介な)言葉がけを徐々に減らし,失敗から学ばせる「いじわるさ」を増していく。そういう過程を経て,ようやく「自分で選んだのだから,自分で何とかしなさい」と言えるようになる。

 選択教科の紹介の時に「最後は自分でテーマをみつけて発表」と言ったために生徒に敬遠されて,応募人数が減ってしまったという例を耳にした。自分たちでテーマを決め,解決策をあれこれ試すなどの手順を踏ませることは問題解決学習の基本であるが,骨の折れることである。しかし,その骨の折れることが,実は楽しいことで,「自分で勉強している」という感覚を持てることなんだ,という経験を,できるだけ多くの中学生が体験できる時間になって欲しいと思う。

 そのためには,まず,先生が「問題解決」って何かを勉強しましょう。高橋誠(1999)『問題解決手法の知識(新版)』日経文庫が,お薦めの入門書です。


参考文献: