鈴木克明(1995a)「第6章第2節 中学校における教育研究の事例」
水越敏行・永岡順編学校の教育研究(新学校教育全集第28巻)ぎょうせい182-213



[事例3]
個性を生かす教育課程の実践的研究(主として選択教科)

研究校:千葉県館山市立第二中学校


 この事例は、千葉県館山市立第二中学校による教育課程の開発研究である。平成3・4年度文部省中学校教育課程研究の研究指定校として、個性を生かす教育課程の構築を必修教科、選択教科、ならびに特別活動の領域において試行した研究であるが、ここでは、主として選択教科実施までの過程を取り上げる(図1)。学校単位のカリキュラム開発は、授業レベルの研究とともに主たる研究領域であり、文部省委嘱の教育研究開発学校で学習指導要領の枠組みを離れて学校独自のカリキュラムを構築する研究が進められてきた。今回の学習指導要領改訂では、生徒選択による選択教科の実施が全国の中学校で開始され、選択教科の企画立案、運営、評価と改善が日常的な研究課題となった。この事例では、研究の結果として開発されたカリキュラムそのものだけでなく、システムの立案から実施に至るまでの運営組織や全選択教科共通書式による学習手引きの作成など、学校単位で開発するカリキュラムの日々の改善と長期的な実施を支える方法の確立にも注目したい。

研究主題の分析  実態調査、研究事項の洗い出し
   ↓
実施方法の検討  研究組織の策定、週時程確定、オリエンテーション企画
   ↓
実施内容の策定  生徒、教師対象の意識調査とメニューづくり
   ↓
共通基盤の設定  全開設講座共通の「学習の手引き」作成
   ↓
 実施と評価   実態調査、次年度計画の立案と研究のまとめ

図1.館山二中研究の概要


1.研究主題の分析


 生徒数約800、40名の教員を抱える大規模校の館山市立第二中学校は、平成3年度からの2年間、教育課程研究の文部省指定を受けた。館山二中にとって、教育課程部門の文部省研究指定校になるのは昭和40・41年度と昭和58・59年度に続いて3回目だった。今回の指定の主旨は、選択教科を中心とした個性を生かす教育課程の究明にあり、移行期の範囲内で新しい学習指導要領を先取りしたカリキュラムを編成することになった。
 これまでの研究経過や校訓(敬・愛・信)、教育目標(賢く、優しく、粘り強く、逞しい生徒の育成)、生徒の実態調査(生活環境の多様化、個性の自覚が必要)などを勘案し、研究の主題を「一人一人の良さが発揮され、充実感のもてる学校生活を求めて—個性を生かす教育課程(必修・選択教科、特別活動)の実践的研究—」とした。研究の主題から教育目標の具現化構想を練り、研究の全体像を図の形にまとめ、研究目標を4つ掲げた。
(1)個性を生かす基盤となる指導計画(必修・選択教科や特別活動等)を立案し、実践の裏付けを得る(教育課程一般)。
(2)個性を生かす学習指導の質的改善に向け、そのポイントを探る(主として必修教科)。
(3)自己課題を大切にした学習活動のあり方を探る(主として選択教科)
(4)自主性を大切にし、楽しさと成就感を味わわせる活動のあり方を探る(特別活動)。
 以上のことから、選択教科関連の研究仮説を下記のように設定した。

ー研究仮説(選択教科)ー

生活や学習の中で、自己選択・自己決定の場面と方法を多く経験させれば、自己が見つめられ、一人一人の良さが発揮されるだろう。



2.実施方法の検討


 選択教科の開設についての原案を、研究推進委員会の下部組織として設けられた選択教科部会で作成した。教育課程一般の編成原則として合意された選択教科の位置づけ(2、3年生に対して週1時間の生徒選択)を受けて、選択教科開設の基本方針を次のようにまとめた。
 上記の趣旨を反映するように配慮して、開設までの手順を図2のように計画、実施した。意識調査では体育の球技やパソコンに希望が集中していた。生徒の希望をできるだけ反映した形で開設講座を設定したが、人的、物的な条件で限界があった。希望調査で受け入れ可能人数を超過した講座については、とくに説明、検討会を重ねる必要が生じた。

<ここから図2:この内容をたて方向の矢印で結んで図示する>

   教師サイドでの検討 (基本方針、開設手順の決定)
  生徒、保護者への説明会 (選択教科の意義について、啓蒙)
     意識調査 (希望教科と講座、教師、生徒対象)
   開設候補講座の決定 (人的物的条件、意識調査結果をもとに)
   第1回希望調査 (開設候補講座の希望順位アンケート)
 オリエンテーションの実施 (講座内容・日程の説明と質疑応答)
   第2回希望調査 (相談指導と開設講座・受講生の決定)
    講座の実施 (前・後期、発表会の開催)
 次年度実施に向けての検討 (アンケート調査の分析など)

<ここまで図2:この内容をたて方向の矢印で結んで図示する>

図2.選択教科実施までの手順


3.全開設講座共通の「学習の手引き」


 選択教科では、担当の教員が教科や内容の異なる講座を開設し、受講する生徒の興味関心や個性に応じた多種多様な指導を展開する。一方で、選択教科開設の基本方針を全講座で共有し、学習する内容や指導の方法は千差万別であるにも関わらず、どの講座を選択した生徒にも選択教科実施の目標に近づく機会を提供する必要がある。そのための手だてとして、共通のフォーマットによる「学習の手引き」を講座ごとに用意することにした。
 「生徒による計画、実践、評価を大切にできる学習ノート」と専門外の教員でも指導の目安が立つマニュアルとしての要素を加味した結果、「学習の手引き」には次の内容を備えることとした。

(1)表紙:わかりやすく、親しみのもてるデザインで。
(2)選択学習についてのガイダンス:保護者にも理解できるように。
(3)各講座ごとの内容:
・講座の紹介(親しみやすいタイトルを工夫する)
・学習の約束(生徒たちに守って欲しい内容を列挙する)
・学習の順序(15時間を通して共通に行なわれる1時間の流れ)
・活動目標(「関心・意欲・態度」「創意・工夫」「技能・表現」の3要素を踏まえて)
・全体の学習の流れ(生徒の計画立案を助ける15時間の主な流れ)
(4)私の学習計画:生徒自身が立案するための学習ノート形式。
(5)私の学習記録:毎時間の学習記録ノート。記入内容は月日、学習したこと、感想や反省、自己評価で、行数制限を設けない。
(6)学習のまとめ:講座全体を振り返っての感想や自己評価を記入する。担当教員の所見欄も設ける。
(7)学習資料:講座ごとの参考資料を添付する。

 平成4年度に開設された選択教科美術「油絵講座」(担当加藤利也教諭)より、教員が用意した全体の学習の流れ(図3)とそれをもとに受講生の一人が立案した私の学習計画(図4)を例示する。「油絵講座」では、受講生各自が自分で設定したテーマのもと、自分の表現方法で、自分で立案した学習計画に基づいて、納得のいく作品をつくることを活動の目標に設定した。発表は前期、後期それぞれの終わりに教室内に展示したほか、文化祭への出品や年度末の展示会も行なった。

図3.「油絵講座」教師の示した全体の学習の流れ(案)

図4.「油絵講座」受講生の立案した全体の学習の流れ


4.選択教科編成の成果と考察


 選択教科を編成し、実施した研究の成果として次の点が挙げられている。
 (1)生徒自らが学習したいものを選択するところに選択教科の良さがあり、生徒にとってはそれが何よりの魅力になっている。各講座にできるだけ多くの希望者を割り当てるための努力と希望調査、相談活動などの生徒との調整過程が持つ意味は大きい。平成4年度1学期終了時のアンケート調査によると、前期の選択教科には第2学年の生徒の82%が希望した講座に入れた。また、必修教科の授業と比べて選択教科についてどう思うかという問いには「自分の興味や趣味が生かせて楽しい」という感想を挙げた生徒が最も多かった(複数選択、88%)。
(2)選択教科が生徒に与える影響は予想以上に大きい。自分から学習したい内容を選択できることに加えて、自分のペースで学習が進められる点に魅力があるようである。前出のアンケートでは、「自分のペースで進められるので、じっくりとやれる」という感想に81%の生徒が同意している。また来年の選択教科についての問いには、週に2回(42%)、週1回でよいが活動時間を長くして欲しい(30%)という時数の増加を望む声が、現状維持派(25%)を上回っていた。
(3)全開設講座に共通のフォーマットを採用した「学習の手引き」は効果的に用いられ、生徒にも好評であった。講座内での課題選択、「私の学習計画」の立案と毎回の学習記録、成果の発表などによって、自己選択や自己決定の場面を多く設けることができた。また、自己評価の基準を講座ごとに明確にし、評価の累積を促すことで、自己を見つめる手助けにもなった。その際、教師は援助活動に徹する立場でコメントなどができた。「学習の手引き」をより使いやすいものにするための工夫を続ける必要はあるが、一定の成果が収められた。
(4)今後に残された課題としては、授業時間の弾力的運用などによる選択教科の授業時間枠の拡大、講座開設に伴う人的(指導者の力量と授業時数の増加)・物的(教材教具など)条件の整備、自己評価と観点別評価とを生かした評価のあり方などがある。

5.解説


 中学校における選択教科の実施は、今最も注目すべきことの一つである。これまでの限られた研究指定校での試験的な運用でなく、全ての中学校が日常的に取り組まなければならない課題となった。理想と現実、他校の研究事例と自校の実態の両極を見渡しながら、実現可能で意義のある具体策を打ち出し、実践していく必要に迫られている。
 選択教科の運営は単年度限りの研究でなく、恒常的なものである。ある年度の成果と課題を次年度に生かすためのフィードバック体制の確立も、大きな課題となる。恒常的なものであるからこそ、毎年充分に時間を割いて吟味するべき点は何で、できる限り省力化して合理的な運営を目指す点は何かを明確にしておくことが肝要である。また、選択教科という多様性の追及であるからこそ、違えるべきものと揃えるべきものの見極めも慎重にしたい。
 館山二中の実践では、生徒各自が選択教科(講座)を決定するまでの過程に毎年充分に時間を割いている。講座を選択した後も、担当教員の用意したメニューに従って学習をすぐに開始するのではなく、一人一人の生徒が自分の計画をたて、進行状況を確認するために時間を割くように指導している。フォーマットを統一した「学習の手引き」の採用は、「揃えるべきもの」についての学校としての意志統一であり、共同開発・共同利用、あるいは改善と繰り返し利用を通して合理的な選択教科運営の具体策ともなっている。一見すると平凡なこの実践研究の中から、学ぶべきものは少なくない。