『教職研修』2001.1-2月号原稿(2001.12.21脱稿)
連続特集:全面実施目前! 新教育課程への最終点検


17. 新教育課程を生かす学習環境の整備が進められているか


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明



対応のポイント

●豊かな学習環境を子どもたちのために整備し活用していこうとする学校の雰囲気を盛り上げるのは,管理職の腕の見せ所である。

●教育の情報化と地域との連携の2つの側面から学習環境の整備状況をチェックする。

●現存の学習環境の何をどう変えるとどのような学びをデザインできるかを考える練習をする。

●モノの整備から機能の整備へ発想を変えて,何気なく見ている教室を再発見する練習をする。


学習環境といえば黒板と教科書と教師の声か

 ミレニアムプロジェクト「教育の情報化」の次なる目標は,2005年度までに各教室からインターネットへのアクセスを果たすこととされている。各教室には2〜3台のパソコンが設置され,校内LANによってインターネットから入手した情報を,プロジェクタでスクリーンに投影してクラスの全員に見せることができる,というイメージが描かれている。これが実現されれば,今までの教室の学習環境とは大きく様変わりすることになる。

 普通教室における学習環境といえば,四間×五間・片側廊下に前面黒板というスタイルからなかなか抜けきれないで今まで来た。小学校にはテレビが標準として付いたものの,教科書とノート,それに黒板とチョークを主なメディアとして授業を展開することが前提とされ,必要に応じて掛け図やOHP,カセットテープレコーダー(主として再生機能)などを必要に応じて持ち込むのが長い間の常識であった。それ以外の環境が必要であれば,特別教室に移動しましょう,という訳である。その延長線上でパソコン教室(名前は色々あるが)に導入されたコンピュータが,今度は普通教室にもやってくるわけであるから,これまでの学習環境が大きく変わることが予見される。

 四間×五間・片側廊下の中でも,教師は様々な工夫を凝らし,とくに小学校では「担任のカラー」が教室を見ただけでも多彩に表現されてきた。習字や絵画などの子どもの作品を並べたり,学級の目標を模造紙に大きく貼ったり,あるいは覚えて欲しい基礎事項を貼り出したり。時間割やそうじ当番の二重円,課題の提出状況(星取り表),辞書事典類を中心にしたミニ図書館,道具箱を入れる整理棚。思えば,たくさんのモノに囲まれて授業を受けているものである。

 一方で,オープンスクール運動を端緒として,壁のない(あるいは移動式壁の)教室,広い廊下,他目的スペースなど,学校建築も多様化された。「となりの授業がうるさくて壁は締めたまま,以前の授業形態は変化していない」という状況も経験してきたが,昨今では,学年内のティームティーチング,習熟度別編成,教室の壁を越えて学習空間を求めるテーマ別学習など,授業形態も多様化している。中学校では,教科教室方式(教科センター方式)が徐々に広まり,教科ごとの学習にふさわしい環境を教室に整えていこうとする工夫が試みられている。

 何もない教室で,黒板と教科書と教師の声だけを頼りにしていた時代と比較すると,様々な可能性がもたらされることになる。その可能性を生かしていくか,あるいは可能性を可能性のまま放置しておくかは,一人ひとりの教師の裁量に委ねられている。と同時に,可能性を最大限に生かして豊かな学習環境を子どもたちのために整備し活用していこうとする学校の雰囲気を盛り上げる管理職の腕の見せ所でもある。


キーワードは情報化と地域

 新教育課程を実現していく学習環境の整備にあたってのキーワードは,「情報化」と「地域」であろう。情報化については,平成13年度補正予算で前倒しされた校内LANの整備を含む学校のIT化を柱として,「各教室からインターネット接続」を実現するための施策が進行している。各学校にあっても,これらの動きを無視することなく,積極的に環境整備を進める必要があろう。また,図書館の学習情報センター化も重要な視点である。インターネットのみならず,各種視聴覚教材をこれまでの図書資料と有機的に結び付けて,子どもたちの主体的な学習展開を見守る環境の中核として整備していくことが求められている。

 他方で,地域を子どもたちの学習環境としての再発見することが求められる。地域は学校の財産であり,地域なしでは学校の特色も見い出し得ない。学区にどのような施設があるか把握し,それらと友好的で密接な関係を保つことは,管理職の重要な任務の一つだと考えると良い。日常的な関係の上に,子どもたちの学習の場が成立する。この視点は,地域の組織,あるいは人材との関係についても同様である。子どもたちが出かける学校外の学習環境に目を向けることと同時に,学習に有効だと思われる地域のリソースを学校の中に取り入れることも重要であろう。この点については,本特集の別項目に詳しいのでそちらに譲ることとする。

 情報化への準備については,本誌に4つのポイントを挙げたことがある。詳細は鈴木(1999)を参照していただくとして,ここでは,ポイントのみを列挙しておく。

 ●情報教育カリキュラムを作成する
 ●校内ネットワーク整備計画と施設利用計画をつくる
 ●インターネット利用ガイドラインを整備する
 ●情報教育研修計画をつくる


学習環境の整備から学びのデザインへ

 さて,学習環境を整備する上で留意すべき点に,「モノを買いそろえれば整備されたことになる」と考えるのは不十分だ,ということがある。「新しい酒は新しい革袋に」という格言にあるとおり,学校建築から設計し直して,新しい学習環境を整備することが望まれる一方で,四間×五間・片側廊下の教室でも,できることは色々ある。環境だけは立派になりましたが,やっていることは従前と変わらない,ということでは,新教育課程を生かすことはできない。手持ちの環境を,どのように再発見して,そこでの学びをデザインしていくか,という発想が求められる。

 表1に,総合的学習をつくっていくという視点から,現存の学習環境で何が変えられるかを整理した黒上(1999)のリストを示す。あるのが当たり前,と思っている椅子や机も,その配置を変えるだけで総合的な学習にふさわしい学習環境を演出する道具の一つになる。何気ない廊下の片隅も「○○コーナー」という看板を掲げ,装飾を施すだけで,それなりの空間に見えてくる。この表を見ながら,何をどう変えることが可能かを話し合ってみると良いだろう。

 限られた予算を投入してメディアや道具を購入するのであれば,使い道が明確なものを優先するのが常套手段である。何のために使う予定か。それがあるとないとでは,何がどう違うのか。子どもに,あるいは教師に,どんな良い結果が期待できるのか。そう問うことで,成果があがる環境整備の選択肢をかしこく決めていく。予算を獲得することも大切な任務であるが,一方で,少ない予算に嘆くのでなくいかに使っていくかを検討する中で,環境整備そのものから学びのデザインに着眼点をシフトしていく。そんな態度が求められているのではないか。

表1.学習環境のリスト
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1)什器  椅子,机,作業台,掲示板,その他の家具
2)教材  実物,模型,プリント,写真,映像
3)資料  プリント,資料集,副読本,写真,映像,図書,事典
4)指示  プリント,コーナー表示
5)掲示  学習の流れ,学習経過,学習成果
6)メディア  カメラ,ビデオデッキ,ビデオカメラ,
        インターネット,OHP,他
7)道具  工具,絵の具,マジック,OHPシート,実験器具
8)場   教室,オープンスペース,廊下,体育館,フィールド,
      コーナー
9)人   教師,ボランティア,校区の人々,専門家,友達
10)時間 モジュール,ノーチャイム,校時連続,課外
11)カリキュラム  体験型,調査型,表現型
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出典:黒上晴夫(編)『総合的学習をつくる』日本文教出版 1999年,p.244



モノの整備から機能の整備へ

 学習環境を整備するということは,モノを揃えることにとどまらない。表1にも,モノばかりではなく,人や時間,あるいはカリキュラムも学習環境の一部として捉えられている。学習環境を考え,その中で子どもたちにどのような活動をさせていくかを考える。学習環境の要素一つひとつにどのような役割(はたらき)を担わせるかまで考えることが大切である。

 黒上(1999)は,学習環境が子どもに与える「はたらき=機能」を次のように整理している。それぞれの機能に対して,例を少しずつ列挙した。たとえば,「動機づけ支援のためには,学習環境をどう整備していくことができるか」について,表1を見ながらお互いのアイディアを出し合う,という研修をしてみるのはいかがだろうか。何気なく見渡す教室や廊下に,今までとは違った「学習環境」が見えてくるようになるはずである。




【参考文献】 参考: