『教職研修』2002年12月号原稿(2002.11.7.脱稿)
特集:『確かな学力』の向上を図るITの活用—教師に求められるIT活用指導力


2. 教員の実践的なIT活用指導力の向上


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明



対応のポイント

●研修方法の改善を図るためには、研修がどの程度効果をあげたかを明確に表現したチェックリストを活用することが有効である。チェックリストは、研修の目標を網羅したものとする。

●研修の効果は、研修開始時にできなかった・知らなかった・嫌だったことができるように・わかるように・好きになったかどうかで確かめる。研修開始時にできないことは恥ずかしいことではなく、できないからこそ研修する意味がある。

●チェックリストをあらかじめ示すことで、研修への目的意識や意欲を高め、無用な研修に参加する無駄を省くことができる。研修をチェック項目ごとにモジュール化して、必要な項目のみを必要なときに研修できるようにするとよい。

●チェックリストには、受講者自身が自己評価できるように基準や見本を例示するとよい。これらのポイントは、研修のみならず授業実践にも応用可能である。


1. 効果的な研修は出入口の明確化から

 IT関連の研修が盛んに行われている。機器操作の方法のみならず、授業への活用方法や、重い腰をようやくあげた(あげさせられた)「慎重派」の先生方を対象にした「底上げ」研修にも、様々な工夫が試みられている。本稿では、効果的な研修を実現する有力な方法としてチェックリストの活用を提案する。無理・無駄・ムラを防ぎ、必要な研修内容を研修者のレベルに応じて授業実践に直結する形で提供するためには、出入口を明確にした研修にすることが肝要である。IT関連の研修を例に解説していくが、この方法論はどの研修内容にも等しくあてはまるので、様々な研修が(そして授業も)しっかりと実施されているかどうかを確認するために応用していただきたい。

 出入口を明確にするとは、何が不足している人を相手に(入口)、何を教えるための研修か(出口)を講師と受講者が確認することを意味する。この研修では何ができるようになるのか。どんな知識を得ることができるのか。あるいは、どういう気持ちになってもらうことを目指すのか。研修が成功裏に終わったと言えるために実現したいことをあらかじめ確認することは、ムラのない研修への第一歩である。研修目標を共有することで、受講する側の積極的な姿勢も期待できるので、主体的な研修への条件ともなる。また、すでにできる内容の研修と知らずに参加することもなくなるので、時間の無駄も省ける。

 入口では、できない・知らない・気が進まないことを確認する。すでにできる人は研修を受ける必要がないので、講師役に回ってもらえばよい。できないことができるようになる、知らないことを知る、気が進まないことをやってみようと思うようになる。それが研修の成果である。だから、入口でできない・知らない・気が進まないことは、恥ずかしいことではない。「あなたにはこの研修を受ける意味がある」という確認をしてから研修に入る。無駄を防ぐためでもあるし、研修後にできるようになったことを出口で確認して「研修してよかった。レベルが上がった」と実感できるために必要なことである。

 出入口を明確にするためのひとつの方法が、チェックリストによる自己評価である。「テストされる」ことに対する抵抗感が強い教師は少なくない。互いの実力を互いに評価できる雰囲気がある教師集団であれば相互評価も考えられるが、自己評価を主としたチェック方法から試みるのが良いだろう。


2 チェックリストの実際:情報化推進リーダー研修の事例

 図1は、チェックリストによって研修前後の自己評価がどう変化したかを示した例である。これは、文部科学省が実施している教育情報化推進指導者(リーダー)養成講座(平成11年度)で10日間研修した前後の変化を、5枚組のCD−ROMの開発と研修プログラムの立案を担当した(社)日本教育工学振興会(JAPET)のプロジェクトチームがまとめたものである(筆者らが担当)。「事前」、「事後」、及び「最終」の3回で、106項目の総合得点がどのように変化したかを、受講生別に表している。


図1.情報化リーダー研修の事前・事後・最終チェック

チェックリスト項目は、全体で106項目あり、それぞれを4(大変よくできる)、3(だいたいできる)、2(あまりできない)、1(全くできない)の4段階で自己評価した。研修参加者は、研修前に全項目を4段階で自己評価することで、研修開始時の実力を自己診断する。この自己診断をすることによって、研修の目標を把握し、研修でどんなことができるようになるのか、また研修の中で何を注目すべきかが明らかになる。研修が一区切り終わった直後に、そこで扱われた項目についての自己評価を行う。これが事後チェックである。事前の自己評価と比較することで実力がどの程度アップしたかを自らが把握し、未達成の項目については、研修後に自ら復習などで補うことも可能にする。研修の最後に、全項目をもう一度チェックする(最終チェック)。研修後に自ら補ったことで評価がプラス方向に変化する場合がある一方で、あとで改めて振り返ったときに忘れていたり自信が持てなくなっていたりして評価を下げるケースもある。

 106項目の合計点の取り得る範囲は、すべて4(大変よくできる)で106×4=424点(最大値)、すべて1(全くできない)で106×1=106点(最小値)である。縦棒1本ずつは、それぞれの研修生が、研修前後の差として認識した変化量を示し、グラフ左から、事前の得点(■で表示)が高かった順序に並べてある。受講生個々が認識した変化量には差があるが、おおむね事前得点が低かった受講生が、事前得点が高かった受講生に追いつくような形になっていることが読み取れる。これは、研修の中にグループ活動を多く取り入れたので,お互いによい影響を与えあうことができたためであると推測できる。

 5枚組のCD−ROMは今年度にも改訂され、新しく追加された6枚目のCD−ROM「講師用マニュアル」には内容の改訂にあわせて整理された新しいチェックリストが含まれている。筆者が独自に研修初日に全5枚に収録された研修内容を概観して研修のイメージを把握してもらうために作成した簡易版の『開始時チェック』を図2に紹介する。

図2.開始時チェック(18*25*3=1350字分で1ページ相当)


3 オンデマンド・ジャストインタイム研修に向けて

 平成11年度より「先進的教育用ネットワークモデル地域事業」に指定され、情報教育全般に取り組んできた鳥取市立岩倉小学校では、コンピュータ短時間研修と称する15分単位の研修を71種類用意して校内の情報教育推進にあたってきた。手軽に短時間で研修に取り組めることから、とても効果があがっているという[1]。情報教育を推進する上で、どの単元を実施する前には71種類のうちのどの研修が必要かを関連づける努力も継続されており、必要な時に(オンデマンド)必要なスキルをその場で学べる(ジャストインタイム)研修の仕組みも大いに参考になる。。

 その他にも、たとえば、京都府総合教育センターのホームページ[2]には、平成13年度の教育資料(教育研究事業成果の刊行資料)として、「情報教育推進のための教職員研修の在り方(第1集)」が公開されており、とくに、「第3章これからの教職員研修−情報教育に関する校内研修−」に研修の評価において参考になるチェックリストのサンプルも掲載されている。また、国立教育政策研究所[3]では、平成14年度の事業として、IT活用指導力の向上のための研修チェックリストの整備に取り組んでおり、この成果が活用されることが期待されている。これらの事例を参考に、無理・無駄・ムラのないオンデマンド・ジャストインタイム研修への工夫を重ねていただきたい。


注:
[1] 糀洋(2002)「小学校における情報教育推進の在り方—教職員研修の推進と授業の実践-」第28回全日本教育工学研究協議会全国大会(栃木大会)研究発表論文集、455-458。71項目の短時間研修項目リストは、鳥取市立岩倉小学校のホームページ上に公開されている。http://www.dear.ne.jp/~iwakura/
[2] 京都府総合教育センター http://www.kyoto-be.ne.jp/ed-center/
[3] 教育情報ナショナルセンター http://www.nicer.go.jp/