ソフトウエア工学研究財団(1992)『新コンピュータ支援教育システムの開発に関す
るフィージビリティスタディ報告書』 機械システム振興協会システム開発報告書
3-F-15、分担執筆(第2章1節)



第2章 設計思想と背景


2ー1 目的関数としてのコースウエアの「魅力」



2ー1ー1 背景(なぜ教育にゲームか)


高度情報化社会への備えとして教育の役割を考えたとき、社会的には、定型的な知識・技能の習得よりも、変化への柔軟な適応力や溢れる情報を使いこなす力、あるいは、生涯学習への意志や態度、意欲が求められている。コンピュータやマルチメディアを利用した学習環境の技術的発展は急速なものであり、教育への社会的要請を現実化する技術としての期待は高い。しかし、その期待に答える確かな方法論は明らかでない。「新コンピュータ支援教育システム」は、生涯学習社会において主体的な学習を支援するためのコンピュータの利用法に、具体的な示唆を与えることを目指す必要がある。

これまでの方法論では、いわゆる「知識偏重」「詰め込み」教育の弊害として、「できるようにはなるけれど好きにはならない」という学習成果を産み出し、学習を続けていこうとする意欲を損なってきた可能性が高い。20ケ国の中等数学教育を調査した最近の国際比較では、成績トップ、嫌いトップ(他の国に比べて極端に低い最下位)であったとの報告(国立教育研究所、1991)に、その一端が見える。文部省が今回の指導要録改訂に際して打ち出した『新学力観』や、評価の観点の順序を従来の「知識・理解」「技能」「思考・判断」「関心・態度」から「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」と改めたこと(文部省、1991)にも、学習への関心や意欲を重視する必要性が意識されている。問題は、それをどうやって実現するのか、にある。

テレビゲームを始めとしてコンピュータ技術の活用がめざましく進展している娯楽の世界に目を転じたとき、「人はなぜあんなに夢中になるのか」「何が人をゲームの世界に引き込むのか」という素朴な疑問が湧いてくる。あの「魅力」をうまく教育に取り込めたら、学習への関心が高まり、意欲が増し、主体的な学習が行なわれるようになるとも思われる。「ゲームのように面白いコースウエアをつくりたい。」これが本研究の設計思想の根幹にある。ゲームを教育に取り入れると言っても、息抜きのための「娯楽ソフト」を目指すのではない。主体的に取り組めて、長続きするような学習環境を実現するためには、どのようなコースウエアをつくったらよいのか。そのためにゲームから学ぶものは何か。この点を明らかにしていくことが本研究に求められている課題である。


2ー1ー2 「学習意欲」とARCSモデル


米国を中心として研究が盛んな「教材設計開発(ISD)モデル」の最近の動向の一つに、設計の成果として、従来からの「効果」と「効率」に加えて「魅力」を重視するという傾向が見られる(鈴木、1989)。ある教材が一通り終わったところで「またやりたい」と思わせる教材の「魅力」はどのように設計できるのかという観点である。これは、認知主義的な学習理論に基づいて能動的な情報処理者としての学習者の意欲を重視し、短期的な認知目標の効率的な達成に偏っていたこれまでの教材設計のあり方を見直す試みである。これまで動機づけと言えば認知領域の学習目標への到達を促進するための「手段」として扱われることが多かったが、次の学習への動機づけとして、学習意欲そのものが学習成果の一つとして位置づけられている。Maehr(1976)が指摘した「学習意欲の持続(continuing motivation)」への研究関心の欠如を補う研究動向である。

「学習意欲」または教材の「魅力」を直接扱うシステムモデルとして、近年注目をあつめているものにJ.M.Kellerの提唱するARCSモデルがある。ARCSモデルは、学習意欲を注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)の4側面でとらえ、学習者のプロフィールや学習課題/環境の特質に応じた意欲喚起の方略をシステム的に取捨選択して教材に組み入れていこうとするものである。これまでの膨大な動機づけに関する心理学的研究を統合した実践者向けモデルであり、コースウエア設計への応用も試みられている(Keller & Keller, 1991; Keller & Suzuki, 1988)。

ARCSモデルにしたがって学習意欲の次元をたどると、まず、面白そうだ、何かありそうだという注意の側面にひかれる。次に、学習課題が何であるかを知り、やりがいがありそうだ、自分の価値とのかかわりがみえてきたという関連性の側面に気づく。課題の将来的価値のみならず、プロセスを楽しむという意義も関連性の一側面である。学習に意味を見い出しても、達成への可能性が低いと思えば意欲を失う。逆に、初期に成功の体験を重ね、それが自分の努力に帰属できれば「やればできる」という自信の側面が刺激される。 学習を振り返り、努力が実を結び「やってよかった」との満足感が得られれば、次への意欲につながっていく。ARCSモデルにしたがってゲームの属性(またはストーリー展開の手法)を整理したものを表2ー1に示す。

学習意欲の側面 ゲームの属性(ストーリー展開の手法)

注意

(Attention)

驚き、もの珍しさ(新奇性)、スピード感、色彩、高音質サウンド、興味をそそられる、調べてみたくなる(探求心)、バラエティに富む、場面がかわっていく(変化性)、リズム感

関連性

(Relevance)

親しめる、わかりやすい面白さ、身近に感じられる、心地よい、美しい、ルンルン気分、いらいらしない、必然性がみえる、状況に埋め込まれた(Situated)

自信

(Confidence)

チャレンジ精神を刺激する、目指すもの(ゴール)がある、 パワーアップする(実力がつく)のが実感できる、努力の結果だと思える変化がおきる(学習環境のインタラクティブ性)

満足感

(Satisfaction)

獲得したものが手順に役立つ(表現活用場面の埋め込み)、努力の結果が(仲間から、コンピュータに)認めてもらえる、達成感が味わえる、何らかのご褒美がもらえる
  表2ー1 ARCSモデルからみたゲームの属性


ARCSモデルに照らすと、なぜゲームに人が熱中しているのかが推察できる。ゲームに人が引き込まれる理由は、見た目の面白さ(注意の側面)だけではなく、むしろ、ストーリー展開や次第にゲームに精通していく仕組み、あるいは達成感を味わわせる終結などにその秘訣が隠されているのかも知れない。自己を投影できるストーリー展開によって「関連性」が意識され、対話型のゲーム進行への参画やレベルに応じた場面展開などによって、「自信」がつき、ゴール達成の「満足感」でさらなる挑戦の意欲が湧いてくる。まさに、ARCSモデルの全ての側面から意欲を刺激しているとの解釈が可能である。


2ー1ー3 本コースウエアの目指すもの


本研究におけるコースウエア設計の意図は、学習意欲の持続を目的関数にコースウエアの「魅力」を探ることにあると規定することができる。本研究により試作されるコースウエアでの学習を体験した者が、学習意欲を維持する/高めることができたか、もしできたとすればコースウエアのいかなる側面がそれに貢献したのか。それを探ることにより、「教育にゲームを応用する」とは具体的にどのようなコースウエア属性をもたせればよいのかについての示唆を得ることを目指す。

Maehr (1976)は、「学習意欲の持続」を「同じ/似かよった学習環境で、そうすることへの外部からの圧力なしに、他の選択肢があるにもかかわらず、同じ学習課題に再び戻ってくること(P.448)」と定義し、行動の直接観察の他に「もう一度、自分の時間を割いて、続きを学習する意志があるかどうか」を質問紙法で調査することを提案している。態度の測定に「仮想選択場面での個人的行動の意図」を表明させる調査が用いられてきたことも踏まえて、当面、コースウエアの「魅力」を、「学習意欲の持続」ないしは「コースウエアに対する態度」と同様に操作化して研究をすすめるのが妥当であろう。

最大の関心事は「魅力」にあるが、それは必ずしもコースウエアが扱う内容についての「学習効果」に無関心であることを意味しない。ARCSモデルに照らすまでもなく、学習意欲持続の重要な要因の一つとして「学習内容の獲得」と、その実感(すなわち主観的学習達成度)に支えられた「自信」が挙げられる。よって、「学習効果」は、教材の「魅力」を高めるための道具的な意味において、重要である。ARCSモデルが示唆するように、学習意欲の持続には学習者の注意を引くだけでは不十分であり、認知的学習の達成を支援するメカニズムを備えた、いわば「内実を伴う魅力」がコースウエア設計に求められることになろう。本研究では、学習効率を学習意欲の犠牲のもとには追及しない。しかし、学習意欲の追及により、学習効果を高める属性も明らかにされることが期待できよう。

参考文献


Keller, J.M. & Suzuki, K. (1988). Use of the ARCS motivation model in courseware design. In D.H. Jonassen (Ed.), Instructional designs for microcomputer courseware. Lawrence Erlbaum Associates, USA
Keller, J.M. & Keller, B.H. (1991). Motivating learners with multimedia instruction. Proceedings of ICOMMET '91: International Conference on Multi-Media in Education and Training, 313-316.
国立教育研究所(1991)『数学教育の国際比較(紀要第119集)』
Maehr, M.L. (1976). Continuing motivation: An analysis of a seldom considered educational outcome. Review of Educational Research, 46(3), 443 - 462.
文部省(1991)『中等教育資料』1991年6月号
鈴木克明(1989)「米国における授業設計モデル研究の動向」『日本教育工学雑誌』13(1), 1-14



2ー2 コースウエアの構成(多線多節型構造の理由づけ?)坂谷内
 主体的学習(ハイパー型)と構造的学習(従来型)の折衷としての多線多節型

2ー3 物語(ストーリー性)はなぜ魅力的か(ARCSモデルによる解釈)向後
 学習課題に文脈(応用のコンテキスト)を与える
 学習課題以外の魅力を与える(ファンタジー、オブラート効果、探求心の刺激)

2ー4 今後の課題(含む:学習形態からの影響(協同学習、社会的学習))吉江
 学習形態(競争、個別、協同)とコースウエアの魅力(ARCSモデルによる解釈)
 予期されるネットワーク型社会とコースウエアの魅力への影響(今後の課題として)

参考文献(2章の分をまとめて?)