赤堀侃司編著(1997)『ケースブック大学授業の技法』有斐閣、分担執筆(4項目)


5—1 講義を聞いて得したと思わせるための
    レポートの現実的課題設定

場面設定:
 授業科目:システム論
 学年、人数等:3年、100人規模、教養学部の専門科目
 教授目標:講義内容の応用可能性・効用を知り、自分自身
      の知識と融合する


■具体的な方法■

★背景

システム論とはそもそも、異なる分野における知識体系の同形性・類似性や問題解決のノウハウの適用可能性を指向する「もののみかた」を扱う領域である。しかし、受講生の一般的な傾向として、新しい知識を覚えるのに忙しく、それが自分の既知の情報とどのように関連するのか、あるいは自分が専門とする領域にどのように応用が可能なのかということまで考える態度は身についていない者が多い(それゆえにシステム論を受講する価値があるのだが)。システム論の講義が新たな断片的知識の暗記を迫るものであるとすれば、自己矛盾に陥り、講義の教授目標を達成することは不可能となってしまう。

この講義は、教養学部において、心理学や社会学、言語学や文化論、あるいはコンピュータサイエンスや自然科学といった広範囲にわたる専門分野を志す受講生を対象にして開講されている。システム工学的な問題解決のノウハウと、一般システム理論の基礎知識を、受講生の共通な関心事である日常的な話題と関連づけながら、あるいは、ときには各種の専門領域からの例を引きながら講義を展開している。様々な例を通して、システム的な思考が広範囲に応用可能で実用的あることを示すように努力している。しかし、講義者の守備範囲にはおのずと限界がある。学生が他の講義やゼミで学んでいることそのものがシステム論応用の格好の題材である。それを生かす方法の一つとして、レポート課題を課している。

★レポート課題

システム論では、講義内容を応用したレポートを次の2つの問題から一つを選択させている。

  1. (1)xxをシステムとして描写せよ。xxには自分がよく知っているモノを任意にあてはめること。ただし、次の用語をいくつか使用すること:目的、構成要素、入力、出力、フィードバック、上位システム、環境的制約、境界、制御、状態、活動、所有者、行為者、変換、世界観
  2. (2)システム的なものの見方が△△学の中でどのように生かされているか、あるいは生かされる可能性があるか、具体例をあげて論ぜよ。△△学には自分の専攻している領域をあてはめること。

(1)のレポートは、何か問題の所在を感知したときに、それを解決しようとする前に(あるいはその第一歩として)、まずシステムとして見てみるという作業をまとめる課題である。自分がよく知っているモノを任意に選択して、それについてレポートを書くという作業自体、経験がない受講生が多く、戸惑いを感じるようである。しかし、いったんあるモノを取り上げると決断したあとでは、描写する過程で見えていなかった部分が明らかになることによって探究心を刺激されるらしい。

取り上げられるモノは、受講生の関心の幅の広さを反映して千差万別である。「快適空間システムとしての乗用車」、「騒音公害とならないためのギター」、「演奏家から見た野外音楽コンサート」、「常任委員としての学生会総会」、「不便を被る利用者から見た銀行の自動振込機」、「捨てようかどうか迷っている置時計」、「システムとしてみた変身願望と仮面」、「サイババのパワーはどこから来るか」などは、これまでのレポートで描写されたシステムの例である。自分が何故それを取り上げるのか、どの視点からそれを捉えるのか。このことが明らかになっているレポートは、とても読みごたえがある。

一方の(2)では、「システム」という言葉を他の講義での資料から拾い出して切り貼りしてつくったものから、かなりの量の参考文献をまとめた力作まで登場する。学生の専攻する分野は広範囲にわたるが、物理学や生物学から心理学、社会科学にまで広範囲にわたって適用できるとされている一般システム理論を背景にして、直面するさまざまな問題を整理・解決する手段としてのシステム的思考、あるいはシステム工学的アプローチが応用できうる分野は、受講生の専門分野全体をほぼカバーしている。扱う分野は年々収束傾向にあるが、それでもフェミニズム(女性解放運動)、コーチングと指導力、情報学とOR、コンピュータの教育利用、心理臨床の治療技法「ロールプレイ」、家族心理学など、多岐にわたる。

★成果はあがったのか?

システム論担当の初年度から、講義の内容や方法を振り返って次年度に役立てるための受講生アンケートを講義最終回に実施している。その中で、「システム論の講義を聞いた結果、自分がどう変わったか?」との質問に対する回答の中に、レポートの現実的課題設定の効果を示すものが毎年見られる。例えば、次のような自分自身の変化を表明する受講生がいる(自由記述式回答)。

このアンケートの結果からも、あるいは学生とのざっくばらんな会話での印象からも、受講者が自分の関心に即して取り組めるレポート課題の効果はまずまずのようである。講義者の守備範囲を超えて書かれたレポートを読むことで、講義者自身の知識が増え次年度に紹介できる応用例が広がるという副次効果を与えてくれることも、毎年の楽しみになっている。

筆者は、この科目の他にも、教育工学では「私のxx克服計画」レポートを、また教育方法では任意の題材で教材を自作する課題(本書次項参照)を採用している。講義内容と受講生の日常との連関を考えさせ、取り組む意欲を高める方策として、また学生が日頃どんなことに関心を寄せているのかを知る方法としても、レポートの現実的課題設定は有効な手だてである。(鈴木克明)