赤堀侃司編著(1997)『ケースブック大学授業の技法』有斐閣、分担執筆(4項目)


6—1 大人数講義における
    双方向コミュニケーション

場面設定:
 授業科目:教育工学
 学年、人数等:2年、100人規模、教養学部の専門科目
    兼文学部の社会教育主事資格科目(兼以下割愛可)
 教授目標:講義内容を批判的にとらえ、書くことで自 
      分の考えを確認する


■具体的な方法■

★背景

 講義において、もっとも避けたいのは「タレ流し」の状態であろう。物理的にはマイクなどを用いれば声は届くが、その届いた声を理解しているのであろうか。また、理解できたとしてもそれが受講生にとって何らかのインパクトをもつメッセージになりえているのであろうか。それがわからないまま講義を進めるのは精神的に辛い。

 この気分は講演会に呼ばれたときにも経験するものである。講演会であれば、次の招待があるかどうかで(即時的ではないにしろ)聴衆の満足度を推察することができる。しかし、日常の講義では、どのような出来映えであっても来年も担当することには変化はない。必修科目でなければ、受講生の増減が唯一の間接的指標となるのであろうか。受講生が聞いていようがいまいがお構いなしにとにかく一方的にタレ流す。これができる(つまり精神的に耐えられる)ようにだけはなりたくない。

 小人数の講義やゼミなどでは、学生を指名して反応を確かめながら、双方向に進めることができる。しかし、大人数の講義の場合、前の方の座席に座っている比較的熱心な受講生の反応は観察できても、教室の後ろの方にへばりつくように着席している多数の学生については、表情さえ確認が困難な場合すらある。

 ベテランの域に達すれば、どんなに大人数が相手でも、教室の雰囲気とか受講生の姿勢とか目線とかで、自分の講義がどの程度効果を上げているかをかなり正確に把握できるようになるのかもしれない。しかし、残念ながら筆者にはまだ、それができない。そこで、講義ごとに充実感を感じ、自分の講義への工夫を長続きさせる方法として、コメントの提出を義務づけることにした。

★毎時間のコメント提出と返却

 この講義では(筆者がまとまった話をする場合には概ねそうであるが)、終了時間の10分程度前に話をやめ、出席票を集めるかわりにコメントを書かせている。コメントには、何を書いてもいいことになっている(すなわち内容は成績に影響しないと明言してある)が、講義に出席して話を聞いて、しかも何か考えたということが読み手に伝わるようにすることを求めている。

 疑問や意見、あるいは注文も歓迎する一方で、講義の要約はコメントとは認めない。これが筆者の講義の特徴であることをシラバスに明記し、B5版の紙を用意することを要求する。評価の上でも出席点としてコメント提出を重視することを確認する。

 集められたコメントは、出席を記録したあと、次回の講義の冒頭で返却される。大人数の講義では一枚ずつ返却する手間を省くため、最前列にグループごとに分類してコメント用紙を並べ、その中から受講生が自分のものを探し出して受け取る方式にしている。講義で用いるプリント資料などがある場合はこのときに同時に取らせ、また講義者は講義の準備(OHPの設置など)をすることで、時間を節約する。コメントを書く時間と返却する時間のロスタイムが各々10分、90分枠では講義時間はその間の70分程度というところであろうか。

★講義者にとってのコメントのメリット

 講義を10分程度早めに終えて、受講生がコメントを書き込んでいるときは、講義の疲れを癒す時間となる。講義を振り返り、何が話せて何は触れられなかったかを整理して、メモを残す。書き終えた受講生から帰り支度を済ませて教卓にコメントを提出に来るときには、できるだけことばを交すようにしている。部屋を出るのは最後にコメントを提出する学生と一緒ということになるが、学生の様子を観察する時間を与えてくれている。

 提出されたコメントは約1週間放置され、次の講義の前日あたりになって初めて処理されることが多い。このとき、全員のコメントに目を通し、一言ことばを書き殴る。コメントに対するコメントを記入するのである。出席の記録とコメントへのコメント記入に要する時間は100人で約1時間から1時間半であろうか。以前よりも素早く処理できるようになったと実感している。

 コメントが平板だと目を通す時間は短いが、前回の話がインパクトの薄いものであったことが判明して少しがっかりする。一方で、手応えのあるコメントに対しては反論したくなることも多く、それだけ対応に時間を要する。コメント提出の期限を講義終了時刻ではなく数日後にすると、質・量ともにかなり向上するが、対応に要する時間も比例して増大する。いずれにしても、一番緊張し、また充実する時間である。

 次の講義の直前に目を通すので、前回の講義を思い出すことができ、講義の準備に役立つ。また、コメントから補説する必要があることがわかればメモをつくっておける。それにしたがって前回の講義を振り返り、次の話題へと展開する。

★受講者にとってのコメントのメリット

 学生が一番驚くのは、2回目の講義でコメントを返却される時である。第一、返却されるということが珍しいらしい。レポートでも試験でも、提出したものは返ってこないことに慣らされている。しかも、それを一枚ずつ読んだという証拠にコメントにコメントが記入されていることで驚く者も多い。2回目のコメントには、毎年決まって何人かがその驚きをコメントする。「ゼミ以外の先生とやりとりができるとは思わなかった。」という感想からも、講義者にある種の親近感をもてるようである。

 学生にとっての最大のメリットは、講義に集中できることにある。教室に来ただけでは出席にならない。話を聞いて考える。その証拠をコメントとして提出しなければならない。こうなれば、誰しも話を聞くようになるのは必然であろう。書くことによって講義に対する自分の考えを確認する。考える癖がつく。次回に披露されるクラスメイトの指摘や講義に対する疑問、あるいは意見などを聞くことで、自分はなんて考えが浅いのだろうと気付く。もっと考えようと思うようになる。この効果は計り知れない。もちろん、受講者がその態度で話を聞いてくれることは、講義者にとって最大のメリットでもあることは言うまでもない。

 講義後のコメントによる出席認定というアイディアは、沼野(1986)の提唱する「オーダーメイドの教育」への挑戦と挫折から生まれたものである。一読をお勧めしたい。(鈴木克明)

★参考文献
 沼野一男(1986)『情報化社会と教師の仕事』国土社