赤堀侃司編著(1997)『ケースブック大学授業の技法』有斐閣、分担執筆(4項目)


5—1 大人数講義における
    受講生のばらつきに応じた任意課題

場面設定:
 授業科目:教育方法
 学年、人数等:2年、150人規模、教職専門科目
 教授目標:自己選択により、講義内容を深く追及する
 


■具体的な方法■

★背景

 教員養成を目的とする教育学部でない一般学部においては、教職専門科目は最低必要限の単位数の中で効果を上げることが期待されている。いわゆる卒業必要単位の枠外であるため、「本来の専門領域」を圧迫しないことが求められるからである。筆者の担当する「教育方法」は、「教育の方法・技術に関する科目(情報機器及び資料の活用を含む)」に該当する必修科目として設けられた半期2単位科目である。15回の中で、しかも1コマ100人を超す受講生に何を身につけさせるのが適切か、限られた時間と資源の中で工夫が続いている(鈴木、1991;1996)。

 一般学部における教職科目の場合(どのような科目でも多かれ少なかれそうであるが)、受講生の熱意の度合は一様ではない。教職に就くことを第一の希望とし、限られた単位数で提供される科目であるがゆえに熱心に取り組む者もいれば、「資格だけは取っておきたい」という単位習得第一主義と見受けられる者もいる。教職課程履修者のうちで実際教職に就く者の割合が筆者の勤務校の場合約1割程度であることを考えても、全員に同じ課題を要求するよりも、ニーズに合致した課題設定が現実的である。

 受講生には、単位取得の最低条件をクリアすることを目指すか、あるいはそれを越えて(「本来の専門」に割く時間を少し削ってでも)力をつけることを目指すかの選択を迫る。講義者にとっては、単位が取れればいいという学生に対応する時間を極力減らすことで、もっと高いニーズをもつ真剣な学生に対応する時間を確保する。それがこのばらつきに応じた任意課題の趣旨である。

★実習的要素を加味した任意課題

 この講義では、講義者が話すことを極力避ける方法として、DTP出版したテキスト(鈴木・井口、1995)を活用している。テキストには、独学を支援するため、解説のあとに練習問題と答えが章ごとに用意されている。このテキストを読んでテキストの内容を問う試験に合格すること(正答率80%以上)が、単位取得への必修課題である(試験の詳細は、本章2節の事例を参照)。受講生にとってはこの必修課題のみで2単位分に相当する知識が習得できるが、ほとんど何も話すことなしにテキストから情報を獲得させているので、講義者にとっては2単位分の労力は要しない。その余力で、任意課題への対応が可能となる。

 任意課題は、テキストに説明してある手順にしたがって、短編教材を計画し、製作し、それを評価・改善させるものである。この講義で用いているテキストは、受講生の独学を支援するための教材として準備されている。それを用いて基礎知識を習得した受講生に、今度は自分が何かを教えるための教材を「独学のための教材」として自作させていることになる。題材の条件は4つ。自分がよく知っていること、実験台が得られること、短時間で習得可能なこと、そして独学が可能なこと、である。受講生のやる気を長続きさせ、また教職以外の文脈でも応用可能なものをと配慮した結果である。

 教材内容を受講生自身に検討・選択させているので、バラエティーに富むテキストが毎学期つくられている。ギターのチューニング、一次方程式(y=ax+b形)の解法、タイ風グリーンカレーの作り方、エイズの感染経路、ポーカーの勝ち負け判定、くさり編み、2つの4桁の覆面算、江戸幕府の成立と政策など、これまでに学生が取り組んだ題材は多岐にわたる。同輩の友人を念頭に置いたもの、サークルの後輩や家庭教師先の子どもを実験台にしたものなど対象者も様々である。自分が選択した課題に取り組む中から、教えるということの奥の深さと糸口を体験的に学んでもらおう。教師がしゃべることが唯一無二の教育方法ではないことを知ってもらおう。これが、この課題の目指すところである。

★改訂の経緯と今後の課題

 新教員免許法の施行以来この科目を実施して6年目を迎えているが、同じ方式を採用している非常勤講師のコマも含めると受講した学生は2000人を越える。その間、様々な紆余曲折があって、上述した方法に至っている。これも、教育方法という科目の教育方法検討であるがゆえの宿命であろう。独学支援のテキストは、それまでのプリント資料をまとめて昨年から用いているが、独学教材の作り方を講義形式で教えるという矛盾を避けるための必然として採用されたものである。

 開講当初は、新科目への思い入れもあって受講者全員に実習課題を課したが、3年目からはこれを任意課題に変更した。資格科目ゆえに、とにかく全員に実習的課題を経験させたかったのであるが、それを断念せざるを得なかった。余りにも多い負担に、受講者も講義者も、ともに耐えきれなかったためである。

 実習課題を必修から任意に格下げした際に、必修の試験を充実させた。しかしこの転換は、とにかく覚えて試験にパスすればそれですむ科目、との認識を学生の間に広げることとなった。任意課題に取り組もうとする受講生の割合が年々斬減している。だが、一方でそれが学生のニーズのばらつきを反映しているとも考えられ、講義者が熱心な学生に対してエネルギーを割けるようになったという点では、むしろ歓迎すべきことなのかもしれない。

 試験で覚えたはずの知識が、いざ教材づくりに直面すると理解が浅かったことを痛感したとコメントする受講生が少数派ながら存在する。覚えることに終始してきたこれまでの学習の在り方を振り返って、使えてこその知識と感じてもらえていることは講義者の目論見どおりである。今後は、受講生全員が取り組め、なお講義者の負担が過剰にならないような課題を模索していきたいと考えている。必修試験実施の管理的負担の軽減に関する工夫と、任意課題の構造の簡略化についての工夫が、当面の課題であると考えている。                (鈴木克明)

★参考文献
鈴木克明(1991)「受講生調査に基づいた教授内容及び方法の改善について〜教職専門科目『教科教育法(社会)』の場合〜」『東北学院大学教育研究所紀要』10、1-14
鈴木克明(1996)「独学を支援する教材設計とは」『視聴覚教育』1996年2月号( 第50巻2号)、6 - 9
鈴木克明・井口巌(1995)『独学を支援する教材設計入門〜教えることの奥深さと糸口を知るために〜』東北学院大学教育工学研究室(DTP出版)