(財)日本情報処理開発協会 中央情報教育研究所(2002)「ITインストラクタスキル標準作成・審査検討委員会」報告書(分担執筆:1.3.1.1.大学におけるITインストラクタ1.4.インストラクタによる研修についてのIDの動向・3.2.1次模擬実験の実施と評価・4.3.インストラクタ体系の課題

3.2. 1次模擬実験の実施と評価


 (中身違います)
大学においてIT関連の教育を担当している者は数多いが、自らを「ITインストラクタ」と自認する者は多くない。彼らの多くは内容(IT関連領域)の専門家(SME:Subject Matter Expert)ではあっても、教育の専門家(インストラクタ)ではない。しかし現実には、大学の入門情報教育であれ専門情報教育であれ、IT関連の教育を担当している。

 大学では、教育の品質が問われること自体が近年まで稀であった。このことも、上記のインストラクタとしての認識欠如の原因である。しかし、大学への就学年齢層の減少(間近に迫る大学全入時代と大量倒産の予感)や大学生の学力低下問題(相対的に入試が容易になったことも影響)、それに伴う文部科学省の規制緩和(大学の生き残りは自身の工夫で乗り切らせようとの施策)、あるいは自己評価制度の勧告(学生による授業評価を含む報告書を要求)などにより、大学においても「教育の質」への関心が遅まきながら高まっている。

 以下に、大学におけるITインストラクタの置かれている状況に関連が深い教育品質向上への取り組みのなかで、特筆すべき次の4つについて概略をまとめる。


1) ファカルティ・デベロップメント

IT関連領域に限らず、大学人に耳慣れない言葉であった「ファカルティ・デベロップメント」(FD;Faculty Development<大学人の職能開発>)が大学教育改革のスローガンのように用いられるようになった。教育品質を高めるためのワークショップが各地で開催されたり、学生による授業評価に共通のフォーマットを全学的に定めて取り組んだり、大学での授業を工夫した事例を集めた書籍が発行されたりと(たとえば、『ケースブック大学授業の技法』有斐閣、1997年)、「大学の教員は教えるのが下手で当たり前」と大手を振って喧伝していられる雰囲気は変わりつつある。

欧米では当たり前の「ベスト・ティーチャー」賞を取り入れる大学が出てきたり、お互いの授業を参観して相互評価したりする大学も増えている(たとえば、福井大学知能システム工学科では、教育技法評価委員会が定めた「オープン授業報告書」(図表●を参照)で相互評価したことがWeb上で公開されている;http://bishop.fuis.fukui-u.ac.jp/~ogura/ OpenLecture/2000- open1.txt)。教育の質に気を使っていることを公表すること自体が、大学としての誠意をアピール手段として認知されるようになってきたと言えよう。

図表●:「オープン授業報告書」福井大学知能システム工学科教育技法評価委員会
(http://bishop.fuis.fukui-u.ac.jp/~ogura/OpenLecture/2000- open1.txt)
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■A 授業目標・準備
A1 明確性  授業の目標は明確に示されたか,(授業全体と今回の講義について)
A2 到達度  今回の授業目標に到達できたか
A3 論理性  目標達成のため論理的説明手段が準備されたか
A4 総合性  他の授業科目との関連等,総合的な観点からの位置付けや把握方法が示されたか

■B 授業内容
B1 難易度  適切な難易度で,必要な内容が講義されたか
B2 基礎学力 学生の基礎学力を考慮し,必要に応じた基礎事項の補足説明があったか
B3 重要性  学生の知的興味を刺激するため,講義内容の重要性を指摘する内容があったか
B4 魅力度  学生が面白いと感じる話題,学生の知的関心を引く話題が用意され,魅力ある内容になっていたか

■C 学習方法
C1 複合性  授業において,講義,演習,デモンストレーション等を織り交ぜた複合的学習方法がとられたか
C2 授業記録 十分な余裕をもって学生が授業内容の記録をとることができるように配慮がなされたか。
C3 自己学習指導 学生の自己学習(予習・復習・自己調査)のための適切な指導がなされたか
C4 到達度診断法 学生の到達度を測るための方策がとられたか,学生の自己診断方法についての指導があったか

■D 講義技法
D1 可聴性  声は十分聞き取れたか,言葉は明瞭であったか,言っている内容は理解できたか
D2 明快性  講義内容が明快で基礎的原理を分りやすく解き明かすものであったか
D3 知識    講師が講義内容に関連する広範な知識を持っており,主題に良く精通していることがうかがえたか
D4 価値    講義内容の価値について言及され,また,それが説得力のあるものであったか
D5 熱意    主題についての講師の熱意が現れている講義になっていたか

■E 資料
E1 教科書  教科書は使われたか,講義主題に照らして教科書は妥当なものであったか
E2 授業資料  必要な資料が配布または紹介されたか
E3 参考書  自己学習に適する参考書が紹介されたか
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2) 日本技術者教育認定機構によるアクレデーション

 技術者教育プログラムの認定を行う日本技術者教育認定機構 (JABEE;http://www.jabee.org/; 1999年設立の非政府組織) が設立され、大学では工学部を中心に教育の質を認定するアクレデーション・システムが整った。認定を受けようとする大学は,JABEE に申請をして、その審査を受けて合格することで認定が与えられる。審査は、その教育プログラムが日本技術者教育認定基準を満たしているかどうかを、自己点検書と実地訪問によって調査し判定することで行われる。

 それぞれの分野での学習・教育目標を達成するために必要な教育内容および教員(団)についての具体的な規定が与えられている。審査は,JABEEからの依頼を受けた学協会が担当することになっており、情報および情報関連分野の審査は、情報処理学会・電子情報通信学会・電気学会が協力して担当することになっている。情報および情報関連分野には、CS (Computer Science) 領域、CE (Computer Engineering) 領域 、SE (Software Engineering) 領域 、IS (Information Systems) 領域、およびその他の領域が設定され、領域ごとに審査要件が設定されている。

 2000年度から試行された技術者教育プログラムの認定は、2002年度から正式に開始される。試行を踏まえて強調されているのは、「アウトカムズ評価」に基づく認定という方針である。アウトカムズ評価とは、「教育プログラムが認定に値するかどうかの審査を、その教育プログラム修了者が実際に修得した知識・能力に基づいて行うこと」と定義されている。これまでの大学の評価と言えば、カリキュラムがどうなっているか,どんな内容の科目を設けているか,時間配分や単位数配分がどうなっているか,という教育プログラム受講者に対する「インプット」だけに目を奪われてしまっていた。また、どんな資格の教員で教員団が構成されているのか,どれほどの冊数の図書施設があるのか,どれほどの広さの実験室があるのか,などの,数値化しやすい基準だけに頼りがちであったとして、次のようにまとめている。

こうした条件が同等であったとしても,二つの教育プログラムの修了生が実際に身につける知識・能力が同等になるわけではない。個々の科目での教育をどのように行っているか,受講生の意欲を引き出し個々の能力を伸ばしていくためのシステム的な工夫をどのようにおこなっているのか,教育プログラムの成果を自ら評価し改善していく努力をどのように積み重ねてきているのか,といった教育プログラムのソフトウェアやシステムの違いが,修了生が実際に修得する知識・能力に大きな違いを生む。教育プログラムの「成果」は,その修了生である。それならば,教育プログラムの評価も,その修了生の実力をもって計るのが妥当である。これが「アウトカムズ」評価の基本的な考え方である。
(出典:http://www.ipsj.or.jp/katsudou/acre/outcomes-based-evaluation.html)
 教育プログラムの評価は、その受講者の変化(学習効果)によってなされるべきであるという常識を改めて「アウトカム評価」という造語までつくって強調しているところに、これまで大学において教育がいかに注目されていなかったのかの実情が如実に現れている。また、いざ認定を試みたときにことさら「アウトプット」を評価する必要があることを評価する側もされる側も意識しなおさなければならない段階にあることも伺える。しかしながら、この認定制度の導入によって、教育の質への関心が高まり、互いに教育品質を向上していく風土が醸成されることによって、インストラクタを自認する大学教員も増えてくることが期待できる。「アクレデーションは大学におけるISO9000である」との認識も芽生えており、今後の浸透が待たれるところである。


3) 情報処理教育研究集会

国公私立の大学・短期大学・高等専門学校において、情報処理教育(情報を専門とする学科の専門科目の授業を除く)を担当する教職員が、今日の情報化社会の急速な進展に対応した情報処理教育の授業を実施するために必要な教育の理念・内容・方法等について討議するという目的を掲げて、毎年1回、情報処理教育研究集会が開催されている。

昭和63年に第1回が開催されて以来、文部科学省と情報処理教育センター協議会を構成している情報処理教育センターを設置している国立の11大学(旧制7大学と,室蘭工業大学,名古屋工業大学,九州工業大学,和歌山大学)が持ち回りで主催している。一般情報処理教育を担当する全国の教職員が一堂に会し種々の情報交換やこの分野の現状把握を行うことのできる、唯一の大規模研究集会と自らを位置づけている

 分科会の発表での主な話題としては、図表●●に示されるようなものが取り上げられてきている。

図表●●:情報処理教育研究集会の発表テーマ(第12回大会@京都大学)
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■1. 情報処理教育の基礎
a.教育理念・内容(情報処理教育とは、情報学概論、倫理教育、実務志向教育等)
b.教育方法・制度・カリキュラム(クラス編成、多人数授業、TA制、コースウェア等)
c.教育用設備・システムの設置・構築(計算機システム、学内LAN、ネットワーク等)
d.教育用設備・システムの管理・運用(センター運営、システム運用、教材ベース運用、ホームページ管理等)
e.調査・評価(現状分析、アンケート調査等)

■2. 情報処理システムを活用するための教育
a.リテラシ−(リテラシー全般、文系、理工系、医系、問題向けリテラシー等)
b.OS・ツールの利用(Windows、Unix、アプリケーションソフト、グラフィックスツール等)
c.テキスト・図表・統計データの利用(マルチメディアDB、統計DB、CD-ROM等)
d.パソコン・マルチメディア機器の利用(ノートパソコン、ワープロ、マルチメディア機器、Video-On-Demandシステム等)
e.ネットワークの利用(インターネット、World Wide Web等)

■3. 情報処理システムを構築するための教育
a.初級プログラミング教育(C、Java等)
b.その他(ハードウエア等)

■4. 教育を支援するための情報処理技術
a.教育支援基礎(レポート提出ツール、自習支援ツール、CAI、Virtual-Reality環境等)
b.学習資源のディジタル化・ネットワーク化(教材の電子化、教材の配信、教育効果等)
c.文系教育の支援(語学教育等)
d.その他の教育の支援
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4)社団法人私立大学情報教育協会 http://www.shijokyo.or.jp/

 昭和52年に私立大学の3団体(社団法人日本私立大学連盟、日本私立大学協会、私立大学懇話会)が母体となって、私立の大学、短期大学、高等専門学校における情報教育の振興・充実を図るために設立された私立大学等情報処理教育連絡協議会を母体として、平成4年に文部省の外郭団体として設立発足した公益法人。全国に正会員 321法人(318大学、183短期大学、2高等専門学校;2001.9.25. 現在)を擁している。

 機関誌「大学教育と情報」(年間4回発行)を発行するほか、『私立大学教員による授業での情報機器使用調査の報告』、『ネットワークの運用体制に関するガイドライン』、『情報基礎教育モデルシラバス』、『私立大学の授業を変える 〜マルチメディアを活用した教育の方向性〜』、『−大学教育への提言− 授業改善のためのITの活用』などの報告書をまとめ、会員大学相互の情報交換や基準づくりに精力的に取り組んでいる。

 平成4年に設立した情報教育方法研究会では、(1) 会員大学・短期大学における情報技術そのものの教育方法や情報技術を活用した教育方法に関する研究の中から、優れた実践的成果を発表する場を提供し、私立大学・短期大学における教育内容・水準・方法を常時点検すること、および、(2) 協会は発表された研究のうち特に優秀と認められた研究を顕彰すると同時にその論文を公開することにより、教育業績についての評価システムを確立することを目的としてユニークな活動を展開している。中でも、最優秀賞に対する文部科学大臣賞の交付が毎年認められている「情報教育方法発表会」では、図表●に示す審査基準を明確にし、教育方法の改善に焦点を当てている。論文誌「情報教育方法研究」には、その研究成果がまとめられている。

図表●:「情報教育方法発表会」選考の基準 (http://www.shijokyo.or.jp/)
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(1) 研究の視点:題材の取り上げ方がその分野に有意義で、教育方法改善の着想がすばらしいものであるか。
(2) 改善の方法:教育の方法論、道具が効果的。自作の教材やソフトの高い完成度、先進性が認められるか。
(3) 教育効果と評価法:教育効果向上をもたらし、改善効果の評価が客観的で妥当な方法で実証されているか。
(4) 発展性:他の専門教育の場にも同様の改善方法の示唆を与え、広く教育方法の発展に寄与するものと期待できるか。
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4.3.インストラクタ体系の課題