(財)日本情報処理開発協会 中央情報教育研究所(2002)「ITインストラクタスキル標準作成・審査検討委員会」報告書(分担執筆:1.3.1.1.大学におけるITインストラクタ1.4.インストラクタによる研修についてのIDの動向3.2.1次模擬実験の実施と評価・4.3.インストラクタ体系の課題)

4.3.インストラクタ体系の課題


(1)米国エネルギー省の6段階モデル

 1996年発行の米国エネルギー省の公開文書『DOEハンドブック:インストラクタの訓練と認定のためのガイドブック』(DOE-HDBK-1001-96)では、インストラクタ訓練と認定についての6段階モデルを提案している(図表4−●)。このモデルは、エネルギー省が認定する訓練プログラムの参考に資するためのガイドラインとして、OJTインストラクタから教室における集団研修担当者、教育工学担当者までを視野に入れたものである。エネルギーや核関連の業務内容についての知識・技能と、インストラクションについての知識・技能を区別しており、エネルギー関連のインストラクタのみならず、広く人材開発担当者一般の訓練と認定に参考になると位置づけている。

 インストラクタの訓練と認定は、6段階のそれぞれについて、初期訓練と上長よりの認定に始まり、継続研修の必要性とキャリアパスに基づくグレードアップを前提としている。インストラクタ認定制度が、一回限りの、しかも、一つの基準によるものでは不十分であることが読み取れる。体系化に向けて参考になると思われる。

 企業における人材開発は、企業の長期計画や短期中期の情報戦略と直結したものであるはずである。6段階モデルの最上位には、社員教育・人材開発の専門家として認められた管理職が位置しているのも、このことを裏づけている。人材開発という手段に出るべきか、あるいは外部からの人材補填や設備投資などの別の手段を採用すべきか。その決断を裏づけるのは、「人材開発という手段を選ぶとしたら、どの程度のコストで何が期待できるのか」についての情報である。その試算に基づいて、他の手段との比較がなされ、戦略が決まる。人材開発は、コストではなく、投資であり、費用対効果(ROI)が常に問題にされる。いわば、会社のトップにまで上り詰める素養の一つと捉えられている。

図表4−● インストラクタ認定・訓練6段階モデル(米国エネルギー省、1996)
<1ページ相当;鈴木試訳(PDFファイル)>


(2)アクターとデザイナー

 インストラクタ認定制度の体系化に向けて、「インストラクタの専門性は何か」が改めて確認される必要がある。教壇に立って、受講者を相手に研修を進める姿がいわゆるインストラクタの職務として想像される。これが、役者(アクター)としての役割である。一方で、インストラクタは、自分が演じる役の台本を自分で用意しなければならない。これが、設計者(デザイナー)としての役割である。インストラクタは、上長や先輩が準備した教材や授業計画書を用いて役者のみを演じることからスタートするとしても、いつまでも他人の台本を演じている役者であることはできない。インストラクタは、程度の差こそあれ、アクターとデザイナーの両方の役割が求められている。いわば、自作自演ができて初めて、一人前のインストラクタと見なされるのであろう。

 インストラクタ認定、あるいはインストラクタ訓練といえば、これまで「どうしゃべるか」というアクターの演技力を磨くことに力点が置かれてきたのではないだろうか。今回の認定制度で明らかになったのは、アクターの演技力とそれを支える基礎知識・技能は、インストラクタの重要な素養の一つであるが、それがすべてではない、ということである。アクティビティで表現するとすれば、「1.コースの準備」はデザイナーの仕事である。「2.授業の実施」はアクターの仕事であると同時に、研修の進行中に進捗状況を見ながら、臨機応変にリ・デザインしていくデザイナーの仕事でもある。「3.コースの評価」は、自分の演技を振り返り、受講者に何を残せたのかを探ることで演技のよさを自己評価し、過不足に対応するというデザイナーの最も重要な仕事が主たるものになる。

 インストラクタについて、「しゃべる専門家」を越えて、「研修の成果に責任をもつ人」と捉え直すことが、体系化に向けてのターニングポイントになってくると思われる。そうすれば、研修でインストラクタが「話す」という研修手法を採用しない場合でも、「しゃべらない専門家」(しかし、研修の成果は上げるという意味で)インストラクタの専門性が生かされていると見なせることになる。自分がしゃべることとそうでない研究手法を比較して、どちらがより効果的で、効率が高く、かつ魅力的な研修を実現する最適解であるかを判断するのも、インストラクタの職務に含まれる(初級インストラクタには含まれないとしても、上級には含まれる)。

 ここに、インストラクタがインストラクショナル・デザイナー(ID)として再構成されることになり、アクターでなくデザイナーとしての力量を備えたインストラクタが誕生する。そうならないうちは、「しゃべらない」という選択肢を選ぶと、自分の専門性が失われ、役割がなくなるとの誤解に基づいて、自分がしゃべるという教育方法を選択するインストラクタに留まってしまう。たとえそれが研修方法の最適解でないとしても。

(3)インストラクタからインストラクショナル・デザイナーへ

 今回のインストラクタ業務では、コース設計は「上長から与えられるもの」と考え、インストラクタには、コース設計書を理解し、それに基づいてコースを準備するところからスタートすると仮定した。これは、インストラクタ業務を主任インストラクタではなく、インストラクタとして経験が浅い、初期のキャリアパスを想定したものだったからである。今後は、インストラクタ業務の体系化に向けて、「コース設計」に係る主要業務を分析していく必要がある。いわば、主任インストラクタとして、コース設計を任せられるかどうかを認定していく基準が求められることになる。これを推し進めることで、「企画」ができる上級インストラクタが認定できることになる。企画こそが、インストラクショナル・デザイナーの主要業務である。

 もう一つは、コンテンツ制作とインストラクションの関連である。今回は、業務範囲をいわゆる集団研修の実施に焦点をあてたため、コンテンツ制作についての知識・技能は扱わなかった。しかし、コンテンツ制作と集団研修におけるインストラクタ業務の共通基盤にいわゆるインストラクショナル・デザイン(ID)がある。インストラクショナル・デザイナーは、内容領域の専門家(SME)とメディアの専門家(メディアスペシャリスト)を構成員に含むチームをリードして、研修ソリューションの提案と実施、ならびに評価を実行していく人として捉えられている。すなわち、どのメディアを使うのが最も効果的かを考えることは要求されても、コンテンツ制作を自ら行うことは求められない。すべてのメディア制作に精通することは困難だからである。

 インストラクタは、集合研修の計画を立て、実施する際に、与えられた教室で利用可能なメディアの選択肢の中から最適解を選ぶことが求められている。集合研修で数十人の研修員が一堂に会している場面でも、ビデオを一緒に見たり、自分が全員に話をする以外にも、グループワークをしたり、あるいはプリントなどを活用して個別研修を進める選択肢までも視野に入れる必要がある。「どういう手法で研修をしているか」よりも、「与えられた空間、時間の中で、どこまで研修成果をあげるか」が常にチェックされる。つまり、メディアの活用を含めて、研修方法のデザインをしているのである。

コンテンツを自分で制作するための知識・技能は、インストラクタには必要ないのかもしれないが、メディアの効果を知り、適切に選択する技能は求められている。この点で、インストラクタに求められていることと、インストラクショナル・デザイナーに求められていることは、きわめて類似している。メディアの選択能力をつけるという目的のために、インストラクタがどの程度、コンテンツ制作の知識・技能を持つべきか。この点も、インストラクタ認定制度の体系化に向けて、今後とも吟味していかなければならない。

インストラクタがインストラクショナル・デザイナーとして自らを捉えなおした時が、IT時代のITインストラクタとして、集合研修でしゃべる人としての役割を越えて、あらゆるTPOを「研修効果を上げる」ためにデザインできる人材開発の専門家になるチャンスである。本プロジェクトが、そのための一歩として、将来発展していくことを楽しみにしたい。


1.3.1.1.大学におけるITインストラクタ