『教育メディア研究』1(1) 50 - 61(1995)

「魅力ある教材」設計・開発の枠組みについて
ーARCS動機づけモデルを中心にー


東北学院大学 鈴木 克明 



ジョン・ケラーが提唱しているARCS動機づけモデルは、新奇性を超えたレベルで学習者の意欲をシステム的に扱うための提案として、「魅力ある教材」の設計・開発に有効であると思われる。ARCSモデルは、教材設計者が教材の設計過程において動機づけの問題に取り組むことを援助するために、注意、関連性、自信、満足感の4要因の枠組みと動機づけ方略、ならびに動機づけ設計の手順を提案したものである。本論では、4要因とその下位分類の理論的裏付けを概観し、これまでに提案されている動機づけ方略とモデルの応用領域を列挙し、さらにARCSモデルについての研究を5つのタイプに整理して紹介している。

キーワード:教材設計、動機づけ、ARCSモデル、注意、関連性、自信、満足感

English Summary

はじめに


多種多様な教授メディアが現われては消え、研究の関心もいわゆる「テクノロジープッシュ」により新しいメディアの利用方法の模索に集まっている。一方で、「新しい学力観」が提起され、周囲の情報に左右されることなく自ら学ぶ意欲と能力、ないしは「主体的な情報活用能力」の育成が急務であるといわれている。指導要録の改訂で観点別評価が重視され、「関心・意欲・態度」が筆頭に位置づけられたこと(文部省、1991)による影響も見逃せない。

新しいメディアを使うことによって、これまで実現できなかった教育環境が整備できるようになることは意義のあることである。同時に、めまぐるしく変化する学習環境自体がもつ「新奇性」による動機づけのみに頼ることなく、学習を主体的なものとするための学習意欲育成のあり方が問われている。新しいもの、新しい方法を駆使して子どもの興味関心を引きつけ、学習への意欲や肯定的な態度を育成すること自体、容易ならぬ研究課題である。しかし、子どもの主体性や「自ら学ぶ意欲と能力」の育成という観点からは、「新奇性」にのみ焦点をあてることでは不十分である。

 新奇性を超えた動機づけについての方策が求められている中、教材を「魅力あるもの(appealing)」にするための枠組みとして、ジョン・M・ケラーによってARCS動機づけモデル(Keller, 1983, 1984, 1987c, 1992; Keller & Kopp, 1987)が提案され、米国の授業設計研究者や教育心理学研究者の間で注目を集めている(Anglin & Towers, 1992によれば、AECT学会誌での引用は1985年から1990年の5年間に32件で著者別第21位。それ以外の引用文献としては、 Clark, 1984; Gagne, Briggs & Wager, 1992; Gagne & Driscoll, 1988; Kemp,1989; Klein & Freitag, 1992; Lebow,1993; Martin & Briggs, 1986; McCombs, 1984; Milheim & Martin, 1991; Newby, 1991; Rieber, 1991,1992などがある)。本稿では、ケラーの提唱するARCSモデルを中心に、「動機づけ」ないしは「学習意欲」の構造を捉えて授業設計に活かすための枠組みについて考察する。


1 動機づけをめぐる研究


 動機づけをめぐる研究の裾野は広く、研究の歴史は長く、様々な理論や立場がある。しかし、このことは授業/教材の設計という問題解決を指向する営みにとっては、厄介なことでもある。ロドコフスキー(Wlodkowski, 1981)は、実証的な研究を重ねた有名な理論が対立した解釈を示し、しかも個別に検討したときには双方の解釈とも了解可能といった動機づけ理論の現状は、教育心理学を教えるうえでの、また教師が理論を実践に活かすうえでの障害となっていると指摘している。多くの理論が提唱されている一方で、そのほとんどが「一般の心理学的な原理を明らかにしようとするもので、学習意欲という問題に直接解答を与えるものではない」との指摘もある(島田、1979、p.76)。動機づけに関する研究をまとめたものには、1992年にワイナーが執筆した教科書「ヒューマン・モチベーション〜比喩・理論・そして研究〜」(Weiner, 1992;1980年版の抄訳がある、林・宮本監訳、1989)や1974年のマドセンによる「現代の動機づけ理論」(Madsen, 1974)があるが、収められている研究成果や理論はいずれの場合も膨大で多岐にわたるとの印象を与えてはいるものの、教育実践に即応用が可能な状態にあるとは言い難い。

 視聴覚教育の研究では、古くから言語的表現に頼らない情報提示の「わかりやすさ」、すなわち認知領域での研究に加えて、態度変容、感動、興味の喚起といったいわゆる情意領域のメディア効果が問われてきた。一方、これらの態度変容の研究などで得られた知見が他の領域(認知的な学習課題についての設計)に応用されてきたのか、という疑問が残る。主体的な学習意欲や情報活用能力の育成という社会的な要請のなかで、「認知領域」の学習達成を促進する道具的視点からメディアのもつ情意的な機能を捉えるのでなく、「学習意欲を育てる」ものとしてメディアを捉え直す視点の重要性が再認識されなければならない。つまり、認知的な学習課題に情意(学習意欲)をからめていく必要性がある。


2 学習成果としての「魅力」


授業設計モデルの体系化を模索する中で、ライゲルースとメリルは授業設計にかかわる変数を図2のようにまとめた(Reigeluth,1983; Reigeluth & Merrill,1979)。その中で、「魅力」を「効果」、「効率」と並ぶ第3の授業の成果として提案している(図1)。


図1 授業設計を捉える枠組み(Reigeluth & Merrill, 1979) 

教材の「魅力(Appeal)」は、ある教材が一通り終わったところで「またやりたい」と思わせることとして捉えられている。この提案は、認知主義的な学習理論に基づいて能動的な情報処理者としての学習者の意欲を重視し、短期的な認知目標の効率的な達成に偏っていたこれまでの授業設計のあり方を見直す試みである(鈴木、1989)。これまで動機づけと言えば認知領域の学習目標への到達を促進するための「手段」として扱われることが多かったが、次の学習への動機づけとして、学習意欲そのものを学習成果の一つとして位置づけた。メイヤー(Maehr, 1976)が指摘した「学習意欲の持続(continuing motivation)」への研究関心の欠如を補う研究動向である。ライゲルースらのこの体系化にあたって、学習成果としての「魅力」を直接扱う授業設計モデルが他にない中で、注目されたのがケラーのARCS動機づけモデルであった(唯一の例外は、ガニエの「態度」を扱うモデルであった:Reigeluth,1983)。


3 ARCS動機づけモデルの基盤


 ケラー(Keller,1979)は、授業設計の中に動機づけをどのように位置づけるかを示すモデル(図2参照)を提案した。ケラーの枠組みでは、授業設計の出力(アウトプット)を次の3段階に規定している。




図2. 動機づけと授業設計のモデル(Keller, 1979)

  1. 強化スケジュールを中心とする行動主義的な随伴性設計と管理の手法は、主に学習者の課題達成状況(パフォーマンス)を視野に置き、その学習の結果起こること、つまり結末を設計管理することに焦点をあてたものである(図2では一番右)。
  2. 課題分析や適性処遇交互作用などの認知主義的な教授設計と管理の手法は、主に課題や学習者の特性を視野に置いて、パフォーマンス自体を設計管理すること(いかに効果を上げるか、効率を高めるか)に焦点を当てたものである。
  3. 第3の設計と管理の手法として、学習者の意欲を左右する因子(図2では動機と期待感)を視野に加えて、学習者の努力の度合いを設計管理する「動機づけ設計(motivational design)」の研究が求められている。

 この際ケラーは、実際の課題達成状況(パフォーマンス)と、課題達成に向けてどの程度の取り組みがなされたのかを示す「努力」とを区別してとらえることを強調した。また、学習者の意欲を直接的にあらわす指標として「努力」の度合いを重視し、パフォーマンスには他の要因の影響も加わるため、学習意欲をとらえるという目的では間接的な指標にしかならないことを指摘している。

 ケラーは、努力の度合いを直接左右する因子として、「動機(価値)」と「期待感」の2つだけを挙げている。これは、学習者が課題の達成に向けて努力しようとする気になるかどうかは、主観的な課題達成への成功の見通し(期待感)と課題に取り組みそれを達成することがもつ意義(価値)との相乗作用であるとする「期待×価値理論(expectancy-value theory)」の枠組みを採用したためである。

 これまでに提案された学習意欲に関する多種多様な概念を授業設計を念頭に整理した結果、ケラーは、期待と価値の2因子に分類することが有益であるとした。すなわち、自己決定感(ド・シャーム)や効力感(バンデューラ)、統制の位置(ロッター)、原因帰属(ワイナー)、獲得された無力感(セリグマン)等の動機づけ概念を「成功への期待感」の範疇に、また欲求の階層構造(マズロー)や達成動機(アトキンソン)、強化価値(ロッター)、不安感(ミラー)、好奇心喚起(バーライン)等の概念を「動機(動因)ないしは価値」の範疇にまとめた。これまでの研究成果を折衷主義的に(鈴木、1989)応用した問題解決のモデルを指向していると言える。これが、後のARCS動機づけモデルの理論的な基盤となった(Keller, 1987c, 1992)。


4 ARCS動機づけモデルの4要因


ARCS動機づけモデルは、学習意欲を注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)の4側面(その頭文字をとってARCSモデル;アークスと読む)でとらえ、学習者のプロフィールや学習課題/環境の特質に応じた意欲喚起の方略をシステム的に取捨選択して教材に組み入れていこうとするものである。これまでの膨大な動機づけに関する心理学的研究や実践からの知見を統合した実践者向けモデルであり、メディア開発・評価への応用も試みられている(Keller & Keller, 1991; Keller & Suzuki, 1988)。

ARCSモデルにしたがって学習意欲の要因をたどると、まず、面白そうだ、何かありそうだという注意の側面(A)にひかれる。次に、学習課題が何であるかを知り、やりがいがありそうだ、自分の価値とのかかわりがみえてきたという関連性の側面(R)に気づく。課題の将来的価値のみならず、プロセスを楽しむという意義も関連性の一側面である。一方で、学習に意味を見い出しても、達成への可能性が低い、やっても無駄だと思えば意欲を失う。逆に、初期に成功の体験を重ね、それが自分の努力に帰属できれば「やればできる」という自信の側面(C)が刺激される。 学習を振り返り、努力が実を結び「やってよかった」との満足感(S)が得られれば、次への意欲につながっていく。(ARCSの枠組みを用いて、一般的な学習環境の属性を列挙したものは、鈴木、1994aなどにある)。

ARCSモデルの4要因のうち、その中核をなすものは「期待×価値理論」を継承した「関連性(価値)」と「自信(期待)」である。学習意欲を内面から支える因子として学習者自身による意義の自覚と達成可能性の認識が強調されており、それを外側から支援するための環境づくりが授業/教材の設計者に求められている。「注意」の因子は、学習の初期段階に学習課題に目をむけさせ、また中間段階では飽きさせないように工夫することを意味する。「注意」の条件には、学習すること自体の楽しさを知らせ、探求心を刺激することで学習の価値を認識させる第一歩となる点で、元来「関連性」の一部と見なされていた要因を含んでいる。ケラーは、授業/教材設計の実際を考慮して、「注意」のカテゴリーを「関連性」から独立させたのであるが、このことは、これまでの研究が新奇性の追及や探究心の刺激といった「注意」の要因に偏っていたことを示唆している。第4の「満足感」は、行動主義のパラダイムでの研究成果を受けて、努力に酬いる工夫で学習意欲を継続させることを意図して設けられている。4要因間の境界や順序性などは必ずしも明確であるとは言えない。しかし、様々な学習意欲の源泉を簡潔にまとめ、授業/教材設計において相応の工夫が可能であることを示したモデルとしての実践的な意義は小さくない。


5 ARCS動機づけモデルの構成要素


ARCSモデルには、授業設計モデルの慣例にしたがって、(1)設計の枠組み、(2)指導方略、および(3)モデルのシステム的利用方法が提案されている。

第1の設計の枠組みについては、ARCSの4要因に加えて、学習意欲についての問題を整理するための下位分類が提案されている。ARCSの下位分類については、モデル発表以来いくつかの修正が試みられている。本稿では、最新の下位分類は他所に委ね(Keller, 1992:1988年版と比較して大幅な変更は加えられていない)、筆者が関わった1988年版の枠組みを表1に紹介する(Keller & Suzuki, 1988)。

第2のARCS要因ごとの指導方略については、これまでに豊富なサンプルが例示されている。教材/授業の設計者は、ARCSモデルに提案されている指導方略のサンプルを見ることで、自分の設計する教材/授業に学習意欲に関する作戦をどのように組み込んでいくかを考える際に、ヒントを得ることができる。これまでに発表された指導方略の例示は、次の分野のものを含んでいる。


表1 ARCS動機づけモデルの要因下位分類(1988年版)

注意(Attention)

A-1:知覚的喚起(Perceptual Arousal)
生徒の注意を引き、それを持続するために、新奇な、驚きのある、調和しない、または不確かな事象を授業に用いる。
A-2:探求心の喚起(Inquiry Arousal)
 情報を求める行動を刺激するために、質問をしたり、問題を学習者につくらせたりする。
A-3:変化性(Variability)
 授業の要素を変化させることで、生徒の興味を維持する。

関連性(Relevance)

R-1:親しみやすさ(Familiarity)
 具体的な用語や、学習者の経験や価値観に関連している例や概念を用いる。
R-2:目的指向性(Goal Orientation)
 授業の目標や有効性を示す文章や例を用意し、達成目的を提示するか学習者に目的を決めさせる。
R-3:動機との一致(Motive Matching)
 生徒の動因プロフィールに合った教授方略を用いる。

自信(Confidence)

C-1:学習要求(Learning Requirement)
 生徒が成功の確率を予測できるように、目指すことは何かを示し、評価の基準を提示する。
C-2:成功の機会(Success Opportunities)
 学習中と学習後の条件において、意味のある成功の体験ができるような挑戦レベルを提供する。
C-3:コントロールの個人化(Personal Control)
 学習を制御する機会とフィードバックを与えて、成功の原因を自分自身に帰する(Internal Attribution)ことを援助する。

満足感(Satisfaction)

S-1:自然な結果(Natural Consequences)
 現実の、あるいは現実に似た状況で、新しく習得した知識・技能を使う機会を与える。
S-2:肯定的な結果(Positive Consequences)
 望まれる行動を維持するように、情意的フィードバックや強化を与える。
S-3:公平さ(Equity)
 課題達成の結果や評価基準を常に一定に保つ。



第3のモデルのシステム的利用方法は、「動機づけ設計」の手順として研究されている。いわゆるシステム的な教材/授業の設計過程(例えばディックとケーリーによるものがある;鈴木、1987a)に、授業の「魅力」を高めることを目的とした指導方略を扱う動機づけ設計の過程を組み込む手順が提案されている(Keller, 1987b,1992)。動機づけ設計過程で特に重視されるのは、次の3点である。


6 ARCS動機づけモデルをめぐる研究


(1)教材や学習環境の特性分析:記述的研究

 前節でみたように、ARCSモデルは様々な状況に適用可能であり、状況に応じた指導方略が例示されている。ここでの前提は、ARCSの4要因およびその下位分類の枠組みは全ての学習指導の場面に共通してあてはまる一方で、学習指導場面の要素が変化するにつれて採用されるべき方略や潜在的に有効な方略は異なるという立場である。例えば、成功の機会を与える(表1のCー2)ことが自信を高める方略として有効であることは共通であるが、何を成功と見なし、それをどのような手段で実現するのが最適かは、扱う学習課題、学習者特性、使用するメディアや教材の属性、学習環境などによって違ってくる。システム的なアプローチが不可欠となるのである。

 今後も、様々な学習指導状況にARCSモデルが適用可能かどうか、具体的な方略をカテゴリーごとに収集していく作業が求められる。放送番組利用のための学習意欲を育てる授業設計点検表(鈴木、1993b)は、放送教育の一般的な場面をARCSモデルで分析した試みであった。同様に、目前の学習者にとって、例えば社会科という教科(あるいはある特定の単元)を学ぶときの学習意欲の状態をARCSモデルで吟味してみることが考えられる。

 また、ある具体的な学習意欲を高める点で優れた教材を対象にして、なぜその教材が魅力的なのかをARCSの4要因で調べてみることからスタートすることも可能である。コンピュータゲームのクリエータの直観をもとに開発されたマルチメディア英語教材について、それがなぜ魅力的かを分析し(鈴木・坂谷内・赤堀、1993)、その教材をネットワークを介した学習環境に置くことで教材の魅力にどのような変化が起こりうるかを予想した研究(鈴木、1994b)はその一例である。また、評判の高い4つのマルチメディア教材をARCSモデルをものさしに吟味し、特に相互作用性が学習意欲に及ぼす影響をまとめた例も報告されている(Keller & Keller, 1991)。ある具体的な教材や学習状況を記述的に分析し、学習意欲を高める/阻害する要因を抽出するこの種の記述的な研究は、結果としてARCSモデルの適用可能性を確かめ、方略のサンプルを増やすことに寄与するものと思われる。

(2)モデル適用による授業/教材の設計:処方的研究

 ARCSモデルが授業/教材の設計者のための実践的なツールとなるためには、既存の授業/教材を学習意欲の観点から分析して「なぜ魅力的か」を考える糸口を提供すると同時に、これから設計する授業/教材を魅力的なものにするための設計指針を提供する必要がある。前者を記述的価値とすれば、後者は処方的価値(鈴木、1979)である。前節で言及したモデルのシステム的利用方法の研究は、この処方的観点からの利用技術の開発を意図するものである。しかし、ある一定の手順に従ってARCSモデルを適用しても、それが魅力的な教材の設計に直結するアルゴリズムを提供できるわけではない。学習意欲についての指導方略の過度な採用を抑制する効果は期待できたとしても、個々の指導方略の実現には、依然として経験則の領域を超越できない部分が少なくない。

 処方的な価値をめぐる研究では、ARCSモデルを何らかの形で参照しながら新しい授業/教材を設計することが中心課題となる。異なる授業設計モデルをレンズの仕組みを教える理科教材の開発に適用した際に、ライゲルースの精緻化理論に基づいて設計された教材の魅力を高める改訂案を提出した研究(Keller & Kopp, 1987)では、教材の改訂箇所ごとに改訂の理由をARCSモデルの方略に基づいて注記した。ARCSモデルを参照して、既存の教材の魅力を高めようとした試みである。また、ドリル型CAI作成ツールを開発した研究(鈴木・岩本・屋代、1987)では、ARCSモデルを参照して、「注意」の側面から学習意欲に訴えることは極力避け(すなわち笛や太鼓の類は一切除去して)、「自信」を育てるための道具として位置づけ、達成目標を明確にし(表1のCー1)、覚えられないものに集中して練習できる制御構造を提供し(Cー2)、学習者が選択できる練習条件(選択肢の数や合格となる正答回数など)を多数用意した(Cー3)。この例も、道具の設計にあたり、ARCSモデルの作戦を処方的に活用した試みと見なすことができる。

(3)学習意欲を高める指導方略の実態把握と整理:授業分析への適用

 授業実践にたずさわる教師にとって、ARCSモデルを知ることの意義は、授業において適切な指導方略を実現できるようになることにある。授業における教師と子どもたちとのやりとりを分析するためにこれまで様々な手法が試みられてきたが、その延長線上にARCSモデルを据えた研究が考えられる。その第一歩は、ARCSモデルを知らない教師がどのような指導方略を採用しているかを分析することである。

 ニューバイ(Newby, 1991)は、幼稚園から6年生担任の新任教員30名の授業を4ヵ月間無作為観察し(総計168時間)、動機づけのための指導方略(総計1748方略)をARCSの4カテゴリーに整理した。その結果、新任教員は50分の観察単位ごとに平均10以上の様々な方略を使用しており、動機づけが主たる教授行動の一つであることが確認された。また、ARCSに分類した結果、「満足感」に属する報酬や罰に関するものが方略全体の約7割を占め、「注意」の方略が3割弱で次に続き、「関連性」や「自信」の方略はそれぞれ7%程度であった。ARCSモデルを用いたことで、外発的な動機づけにつながる方略(満足感及び注意)を多用する傾向があることを明らかにできた。またその理由(満足感や注意の方略はクラス全体に対して効率的である一方、関連性や自信の方略は個別的でありより高度な方略であることなど)の考察にも資されている。さらに、満足感の方略を多用したクラスの課題集中度が低かったこと、関連性の方略頻度と課題集中度には正の相関が見られたことを指摘し、方略の種類によって影響が異なることが示唆されている。

 ニューバイ自身も考察しているように、この研究の延長線上には、新任教員でなくベテラン教員ならばどういう結果が出るのか、小学校でなく中学校や高等学校ではどうなのか、方略相互に効果の差があるとしたらその理由は何か、またその差を教員に認識させるためにはどのような訓練が考えられるか、といった研究課題がある。さらに進めて、ARCSモデルを教えたら方略の採用はどのように変化するのか、授業はそれによって「魅力的」になるのか、といった研究課題もある。

(4)学習意欲の実態調査方法の確立:評価研究

 学習意欲の育成を授業の目標に据え、「魅力」を高める授業の設計を目指すとき、学習者の意欲の変化をどう捉えていくかが重要な課題となる。一番大まかには、「学習意欲の持続」が達成されたかどうかを課題の任意継続状況で観察すること、ないしはその意図を表明させること(「続けてやりたいですか?」)によって把握することが可能である(Maehr, 1976)。次には、ARCSの4要因ごとに、直接的な質問(「自信は高まったと思いますか?」など)によってアンケート調査を実施する方法が考えられるが、適応年令の下限も問題となろう。ケラー自身もARCS要因別の学習意欲の実態把握については、質問紙法による評価の試みを提案し、いくつかの実証研究に用いられている(Bickford, 1989; Klein & Freitag, 1992)ものの定式化はこれからの課題であり、その邦訳を用いた実証研究もまだない。評価手法の文化間の適用性も吟味する必要もある(Visser & Keller, 1990)。

 日本における先駆的な試みとして、ARCSモデルを手掛かりに中学校理科での動機づけ方略を分類し、それを基に意欲の実態を捉えるアンケートを自作した研究がある(酒井、1994)。「授業のどのような点に魅力ややる気を感じたか」を調査する24項目(ARCSに分類)の5件法同意尺度からなる自作アンケートの結果をもとに学習者特性を同定し、学習課題(血液)の動機づけ特性もARCSで同定し、学習意欲を高めることに焦点化した指導案を作成した。さらに、授業前後数回にわたって自作アンケートを実施し、ARCS4要因ごとの学習意欲の変化とその要因(授業及び生徒の属性)を捉えようとした実証的研究である。今後の研究の方向性を示唆するものとして、注目に値すると思われる。

(5)学習技能としての学習意欲の育成:学習内容としてのARCSモデル

 学習意欲の向上を目指すもう一つのアプローチとして、「学習技能」もしくは「学習方略」の習得訓練が挙げられる。「学習技能」の一環として自らの学習意欲を高められるようにさせるための訓練のあり方を研究しているマッコム(McComb, 1984)は、ARCSモデルでは学習意欲を高めるための作戦が設計者(外側)から与えられる「指導方略」であるのに対して、「学習技能」の訓練では必要に応じて自分から適切な方略を採用できるようにさせるという違いがあることを指摘しながら、学習意欲の向上には両面からのアプローチが必要であるとしている。マルチメディア環境での学習者の主体的な働き掛けが重要視されている今日、動機づけ設計の研究成果を学習技能の育成に生かす道を模索する意義は大きい(試みの一例として、Kinzie & Berdel, 1990がある)。

 もしもARCSモデルで提案されている「指導方略」を自らの学習に主体的に適用して学習意欲を自分で高められるようになることが「学習技能」の習得とするならば、ARCSモデルを適用して魅力ある教材や授業を提供するのみならず、ARCSモデルそのものを提供し、自分の学習意欲向上に役立てさせることを考えてもよいと思われる。動機づけ設計の舞台裏を公開し、ARCSモデルを学習内容として捉える試みである。発達のどの段階からこのような試みが可能かは今後の研究に待つのみであるが、大学生の学習観を変容させ、学び方を工夫する糸口としてARCSモデルと作戦のヒント集を紹介した事例(鈴木、1993a)では、学習方略としてのモデルの有用性知覚が示唆された。実証的な研究(Klein & Freitag, 1992)でも、ARCSモデル全体ではないが、教材の「関連性」を高める工夫を訓練された大学生が、訓練を受けていない大学生よりも多くの工夫を創出でき、学習意欲がより長く持続したという結果が得られている。


おわりに


ARCS動機づけモデルが提唱されてから10年(Keller, 1983)、日本に紹介されてから7年が経過した(鈴木、1987b)。この間、視聴覚教育の古くからの研究課題であった情意領域の指導方略に、強い関心が寄せられるようになってきた。新奇性を超えた学習意欲についての研究の枠組みとして、ARCS動機づけモデルが今後とも研究・活用され、進化していくことを期待したい。


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Japanese Journal of Educational Media Research, 1(1), pp.50 - 61(1995)



On the framework of designing and developing "appealing instruction":
The ARCS Motivation Model

Katsuaki SUZUKI
Tohoku Gakuin University


This article introduces Keller's ARCS Model of motivational design as a framework for designing and developing "appealing instruction." Although motivation has long been a research question in the fields of both psychology and audiovisual education, and although there has been an increasing social interest in the affective effects of instruction beyond novelty effect, there is little knowledge which allows educational practitioners to systematically deal with learner's motivation. Based on the macro model of motivation and a thorough review of research findings, the ARCS Model was made available for instructional designers so that they can identify the nature of motivational problems and then consider motivational enhancements during their design process using the proposed four categories: Attention, Relevance, Confidence, and Satisfaction (i.e., ARCS Model). Subcategories, three in each of the four ARCS categories, are listed to further clarify the elements and theoretical underpinnings of these categories. Application areas are also listed in which a set of motivational strategies has been proposed. Finally, five types of research into the ARCS Model are summarized as follows: (1) descriptive research to identify motivational characteristics of a certain instructional material or environment; (2) prescriptive research to apply the Model in order to make instruction more appealing; (3) analytic research of instruction to survey current usages of motivational strategies and their effects; (4) evaluation research to develop the methods of measuring learners' motivational status; and (5) developmental research for learning skill training programs to teach the ARCS Model as instructional content, thereby allowing the learners themselves to enhance motivation.

Keywords: instructional design, motivation, ARCS model, attention, relevance, confidence, satisfaction.