日本教育工学雑誌・資料・採録決定(1998.2.10)


HyperCard上のドリル教材作成支援ツールの開発研究
〜教材設計モデルを用いた評価と使い易さの評価をもとに〜

Development of drill shells for HyperCard:
Adopting evaluation phases using
instructional design models and for usability enhancement

鈴木 克明
SUZUKI, Katsuaki

東北学院大学
Tohoku Gakuin University

〒981-31仙台市泉区天神沢2-1-1
2-1-1 Tenjinsawa, Izumi, Sendai, 981-31




要約:CAI教材自作課題用に,解答に応じた練習カードの除去や再出題などの制御をHyperCardに付加するドリル教材作成支援ツールを開発した.評価実験1では,KELLERのARCSモデルとGAGNEの9教授事象を参照したアンケートを用いて,HyperCardの標準リンク構造のみの教材と,支援ツール内蔵教材の特徴を大学生に評価させた.その結果,ツールが練習支援の側面を強化しているとの印象を与えていたことがわかった.次に,改善提案とドリル構造の研究結果とを取り入れて「正解消去型ドリル」の機能を改善・拡充し,操作性を向上させた.評価実験2では,ツールとしての使い勝手を調べるために,改善後のツールを大学生に試用させ,任意の画像情報と音声情報を含む教材を自作させた.10人中9人がツール初回利用時で新しいドリルを約30分で自作・試用することができ,ツールとしての使い勝手がおおむね確保されたことがわかった.
キーワード:CAI 教材開発 高等教育 ドリルシェル ツール


Summary

 Drill shells to assist the development of CAI on HyperCard were developed. Several shells were prepared for CAI courseware development, with such features as random ordering of the answers for multiple choice practices, shuffling of the practice items, and deletion and reordering of the items based on the correctness of learners' responses.
In Experiment 1, college students evaluated courseware, some of which utilized the drill shells, and the rest used only regular links among cards by clicking buttons. Analysis of questionnaire, that adopted Keller's ARCS motivation model and Gagne's nine events of instruction, suggested that the students felt the courseware with drill shells were better than the ones with regular links only in practice phases, which matched the intended effect of the drill shells.
One of the drill shells, "Correct-Disappear Drill", was then redesigned and expanded, based on the students' suggestions and drill control mechanisms suggested in the literature. Experiment 2 was conducted to examine the usability of the shell for college students to develop their own courseware. It was found that the first-time users successfully made and test-ran their own courseware in 30 minutes by utilizing the drill shell.
Key Words: CAI, COURSEWARE DEVELOPMENT, HIGHER EDUCATION, DRILL SHELL, TOOL



1.はじめに


1.1.ドリル型CAI教材の現状と研究動向

 ドリル型CAI教材には,個に対応して学習を支援するコンピュータの機能を発揮する可能性がある.しかし,最も効果的とされる制御構造をもつドリル教材が実際に普及しているわけではない.たとえば,岩佐(1993)は,市販ソフトの大部分を占めるドリル型ソフトウェアの中には問題集の中身をそのままデータとして入れているに過ぎないもの(電子問題集)も多く存在すると指摘する.最も原始的なドリルの場合,図書形態の問題集より優れている点は学習者が答えを入力すると正答か誤答かが知らされることだけだと,現状を否定的に捉えている.また,教材作成を支援するためのツールである様々なオーサリングシステムがこれまで開発されてきたが,「そのほとんどがフレーム型のコースウェアを開発するためのもの(p.145)」であり,効果的なドリル制御機能は,必ずしも十分備わっていないとの指摘もある(堀口,1993).

 永野・奥村(1992)は,統合的な自作教材開発支援システムを提案している.この提案は,(1)簡便であるがチュートリアル型以外の道具的なコースウェアの開発が困難なオーサリングシステムによる開発と,(2)開発に熟達した技能と時間が必要な反面,複雑な制御が可能なプログラミング言語による開発,の両極を視野に入れている.開発した教材の異機種間の互換性や,操作性の統一などにも配慮しながら,目的に応じてオーサリングシステムと汎用プログラミングの良い点を組み合わせることができるシステムである.この枠組みを用いて,ドリル制御構造の研究知見を生かす方策が検討できる.まず,効果的なドリル制御方法についての研究成果を取り入れたモジュールをプログラミング言語で記述する.次に,オーサリングソフトで準備した学習内容(問題項目群)にモジュールを適用する.制御機能とドリル内容を分離するアプローチである.

 近年の日本における研究動向としては,テスト理論の項目反応理論やバグルールをCAIに適用する事例がある.たとえば,許・繁桝(1990)は,中学2年生の式の計算を対象範囲として,未習度と問題項目の関連性の指標を用いて,どの難易度の問題を出題するかを決定する機能を備えたドリル型教材を試作している.また,本田ら(1993)は,教師が学習者の解答を分析・診断して指導していたものをバグルールを用いてコンピュータに誤答分析させ,個々の誤答メカニズムに対応した最適化システムを試作・評価している.これらの例は,いずれも学習課題が階層構造をもち,かつ常に新しい事例にルールを適用する技能の習得(知的技能の学習)に関わる試みであり,かなり複雑な制御構造が求められる学習内容についての研究である.より簡単な構造を持つ学習内容,たとえば,単語や漢字,地名などの基礎知識の記憶(言語情報の学習)には,単純なドリル制御でも効果が上がる可能性もある.

 ドリル型CAI教材の制御方法については,教材設計モデルの見地からも様々なメカニズムが提案されており,とりわけALESSI & TROLLIPやSALISBURYの類型化は参考になる(詳細は,鈴木,1989a).これらは,学習内容の指導上の条件の差異に応じて,最低限必要とされるドリル制御方法を整理したものである.知的CAIのような高度の制御モデルはもとより,項目反応理論やバグモデルなどを適用しなくても,かなり単純な制御でも相応の効果があると言われる.制御構造の研究知見を普及させるためにも,それらを内包したドリル教材作成支援ツールの開発が求められている.


1.2.ハイパーテキスト構造の教材開発とドリル制御

 CAI教材作成の環境が向上し,マルチメディア情報をマウス操作でたどらせるハイパーテキスト構造の教材は,簡便に作成できるようになってきた.遠隔教育などでその利用が進んでいるWWWホームページによる学習環境の提供も,ハイパーテキスト構造をもつ教材の一例として今後の発展が注目されている.

 筆者が担当する非情報系学部2年生のための専門科目「教育工学実習」では,後期にHyperCardを用いての自作CAI教材づくりを課している.学生は,各々の関心に基づいて「自分が詳しいこと」を主に同輩の大学生に紹介するための教材を設計・開発し,試用させた結果に基づいて改善している.コンピュータは未経験の学生が多く,しかもコンピュータ技術の習得を目的にしていないこの実習においては,HyperCardのようなオーサリング機能とカード型のプレゼンテーション機能を持った教材開発ツールは有効である.半年間で自分のアイディアに基づいて,教材を完成させることができるのは,初心者である学生にとって,機能が分かりやすく操作がしやすいからである.文字情報のみならず,スキャナからの絵の取り込みや,効果音や音声情報など,年を追うごとに先輩の作品などから刺激を受けて,表現内容と方法に工夫が凝らされた力作が目立ってきた.

 しかし,HyperCardがいかに操作しやすいツールであるとしても,プログラミングの知識の乏しい学生が複雑な制御構造をプログラムできるわけではない.得点による条件分岐や練習問題の無作為抽出などを取り入れた教材を自作するには,HyperCardのプログラミング言語であるHyperTalkを用いる必要がある.前提となる知識も作成期間も不足しているので,学生がハイパーテキスト構造では飽き足らずにより高度の制御を欲した場合には,筆者が自作して提供する形で補い,作品に組み込まさせてきた.それらが「HyperCard上のドリル教材作成支援ツール」である.これらのツールは,近年日本で研究されているものと比較して単純であるにもかかわらず,米国で提案されているドリル制御の機能と比べて遜色がなく,学習効果が期待される.


1.3.本研究の目的と評価の枠組み

 本研究の目的は,第1に,教材設計モデルを用いた評価を取り入れることによって,ドリル学習の制御機能を備えた教材を開発し,学習効果の視点から検討することであった.このため,専用ツールを開発した.評価実験1では,HyperCardの標準リンク構造のみを使った教材と今回開発したツールを用いた教材を大学生に評価させ,KELLERが提唱するARCS動機づけモデル(鈴木,1995)とGAGNEが提唱する9教授事象の枠組み(鈴木,1989b)に基づいて,学習支援のどの側面を強化しているとの印象を与えているかを評価シートにより調べた.

 KELLERのARCS動機づけモデルは,授業や教材の「魅力」を高めるための方略をATTENTION(注意),RELEVANCE(関連性),CONFIDENCE(自信),SATISFACTION(満足感)の4因子でとらえたモデルで,情意面をシステム的に扱った教授設計モデルとして米国を中心に注目されている(鈴木,1995).ドリル型教材の場合,もしも制御機能が適切で効果的に学習できるとすれば,徐々に実力がついてくることを実感できるという意味で,「自信」の側面が高く評価されるはずである.一方で,学習効果という観点からよりも,教材進行の面白みや飽きさせないテンポによって意欲を引き出しているとすれば,その教材は「注意」の面で動機づけていると評価されるはずである.ARCSの4因子で捉えることにより,学習意欲がどの側面から促進されているかを検証することを目指した.

 GAGNEの9教授事象は,学習の情報処理モデルに基づいて学習支援のフェーズ(事象)を9つに分類した枠組みで,教授設計モデルの最古参であり最も広く用いられているものである(鈴木,1989b).チュートリアル型の教材は,教師による授業の流れを再現するものなので,GAGNEの9教授事象のすべてを含む可能性をもつ.それに対してドリル型の教材は,既習事項の練習の機会(事象6)とあやまりに応じたフィードバック(事象7)を主として提供するものである.したがって,今回開発したドリルの制御機能が効果的に用いられていれば,ドリル型の教材が提供すべき事象が特に効果的に実現されていると見られることが予想された.

 本研究の第2の目的は,教材作成支援ツールとしての操作性を高めた改善の効果を確かめることにあった.評価実験2では,「正解消去型ドリル」作成支援ツールを試用者コメントの改善提案とドリル構造についての研究結果とを取り入れて強化・改善し,非情報系の大学生に試用させて教材を自作させ,ツールとしての使い勝手を調べた.この実験は,教材の開発途中で,完成品の利用対象者に試用させて評価・改善することを意図した形成的評価として行った.CAI教材の形成的評価については様々な技法が提案されているので(鈴木,1987),研究の手続きとして援用した.また,評価データとしては,今回の評価対象が教材そのものではなく開発支援ツールなので,ドリルの記憶促進効果を示すデータでなく,開発経験を持たないドリル利用者層の改善提案と米国で提案されているドリル制御機能を参考にした.



2.ドリルツール


 開発したツールとそれを用いた学生の自作教材例は次のとおりである.

2.1.正解消去型ドリル

 画面にレイアウトしたイラストのどれが正解かをイラストをマウスで選択することによって学習するドリルである.正解したイラストは消去され,誤答には選択されたイラストが何の正解であるかがフィードバックされる.イラストの位置は動かないが,出題順はランダムにその都度決定され,正解してすべてのイラストが消えるまで学習が続けられる.

 既存のドリルには,乱数発生機能を使って問題をランダムに提示する機能をもつものもあるが,学習者の解答の正誤によって項目の扱い方を変化させているものは少ない.正解消去型ドリルでは,正解の絵だけが消えるので,誤答した選択肢だけが残ることになる.この結果,誤答の多い項目,換言すれば,学習者が不得意な項目が残るので,それに集中して学習することができる.

 正解消去型のドリルについては,クリスマス会に必要な物品の名前を提示し,正しいイラストを選択するたびにそのイラストを消去する機能をもったドリルを例示した.学生がその機能を応用することによって,英語で与えられた動物のイラストを消していく「動物カルタ」(図1)や,名称に合致した音符や音楽記号を消去する機能をもった学習ソフト「音符」に仕上げた.



図1.正解消去型ドリルの例「動物カルタ」

 このツールを用いて新しいドリル作成するときには,まず,選択肢となる絵をすべて含む1枚のイラストを描き,サンプルのクリスマス会用品の絵と置き換える.次に,正解の時に絵を消去するために絵の上に重ねる不透明のボタンの位置を新しい絵に合わせて調整し,問題として提示される絵の名前をボタン名として登録する.この作業だけで,自作の正解消去型ドリルが実行可能となる.すなわち,新しく登録された問題をランダムに選択・表示し,正解の場合には不透明ボタンを表示することで絵を消去し,そして,正解した問題を削除したリストから次の問題をランダムに出題するドリルが,簡単な準備で実現できる.


2.2.空欄補充型ドリル

 画面上にレイアウトした空欄に語群から選択したボタンをドラッグして穴埋めするドリルである.穴埋めした時点で一つひとつ正解か間違いかがフィードバックされ,間違いにはヒントが出される「練習モード」と,すべてを穴埋めした後で一括して正答率と誤答箇所を指摘する「テストモード」を用意した.これは,テストに適する状況と練習に適する状況の違いが体験できるようにするためであった.

 空間補充型ドリルでは,HyperCardに付属しているジグソーパズルのプログラムを応用した.ジクソーパズルでは,パズルの部品がすべて組み込まれた時点でパズルが完成する仕組みになっているが,それでは,正解の選択肢しか候補として用意できない.そこで,紛らわすための選択肢(置き場所のないパズルのピース)も準備できるようにプログラムを一部修正した.

 「なつ」「正月」などの季節に関連したことばを「香取線香」や「お年玉」のイラストの上の空欄にあてはめる「どの季節かな?」を,空欄補充型のドリルの例として提供した(図2).初級の日本語学習を想定したこの例では,紛らわす言葉の例として「正月」に対して「五月」,「なつ」にたいして「なし」などの選択肢も学習者の状況に応じて用意できることを示した.



図2.空欄補充型ドリルの例「どの季節かな?」

 教材の自作場面では,「どの季節かな?」を応用して,「中国方位」「F1」に関する自作教材の練習問題とテストを作成した例がある.空欄補充型のドリルを作成する手順は,画面右上のクエスチョンマークの中に説明されている.ここでも,正解消去型の場合と同様に,まず,選択肢をすべて含む絵を用意し,「どの季節かな?」の絵と置き換える.次に,紛らわしい選択肢も含めてドラッグする対象になる言葉を,必要な数だけボタンとして用意する.最後に,正解のドラッグ先(フィールド)を正解のボタンと同じ名前に変更する.この手順を踏むことにより,テストと練習の2つの状況で,自作の空欄補充型のドリルを作ることができるようにした.


3.評価実験1:ツールを活用した教材の特徴に関する比較実験


3.1.研究協力者

 教育工学実習が開設されている教養学部のすべての専攻を対象にして開講している専門講義「教育工学」の受講生165名が,単位取得のための課題の一つとして,自作教材の評価に参加した.参加者は,出席点を確保するために,都合の良い時間に教育工学実習室に来室し,前年度までに自作された教材を各自自由に選択し,評価シートに記入する形で協力した.評価シートの提出をもって出席扱いとし,評価内容は点数に影響しないことが知らされていた.教育工学実習を既に履修し,CAI教材を自作した経験をもつ者は含まれていなかった.


3.2.評価シート

 自作教材を試用したときに教材設計モデルにしたがって評価する道具として,評価シート「CAI試用コメント用紙」を用意した.「CAI試用コメント用紙」は,教材がどの程度魅力的かをKELLERが提唱するARCS動機づけモデル(鈴木,1995)により判断する部分と,教材がどの程度効果的かをGAGNEの9教授事象(鈴木,1989b)により判断する部分に大別されていた.

 「CAI試用コメント用紙」のそれぞれの部分には,5段階の同意尺度項目と自由記述項目が含まれていた.評価の参加者には,2つの判断基準(ARCS動機づけモデルと9教授事象)についての説明が事前の講義「教育工学」で与えられ,配付済みの資料を見ながら評価するように指示されていた.


3.3.結果

 研究協力者のうち161名が分析に有効な「CAI試用コメント用紙」を提出し,今回の分析の対象となった.今回の評価対象となった作品のうち,複数の評価者が任意に選択・評価した作品は17であった.そのうちの6作品(計67名が評価)に今回開発されたドリル教材作成支援ツールが使われていたので,この6作品を選択した学生からの評価データをツール内蔵の効果があらわれている実験群とみなした.その他の11作品(計94名が評価)は,ツールが内蔵されていないボタンリンク構造のみの作品であり,ツール内蔵の効果を比較する統制群となった.

 ツールを利用した6作品の内訳は,正解消去型ドリル(図1)を使った2作品(動物の英語名とイラストを結び付ける「動物カルタ」と休符音符などの音楽記号の呼称とその機能を結び付けるドリルを含んだ「音符」),空欄補充型ドリル(図2)を使った2作品(十二支の時刻と方位を扱った「中国方位」とチームやレーサーの穴埋め問題を含む「F1」),さらに正解消去型ドリルの項目ランダム配列と正誤項目の区分制御を発展させたカード配列制御ドリル構造を内蔵させた2作品(年号を語呂合わせで覚える方法を紹介する「歴史」と百人一首の作者と句,上の句と下の句を結び付けるドリルを含んだ「百人一首」)であった.

 ツールを使用した6作品(実験群)と使用していない11作品(統制群)を検定により比較したところ,教材の魅力と効果に関しての5段階評価の全項目を合計した総合評価では,両群の平均に有意差はなかった(使用群の平均65.7(SD=10.1)に対して不使用群の平均63.1(SD=11.8);範囲18〜90).また,ARCS動機づけモデルによる教材の魅力に関しての項目合計値にも,ツール使用/不使用の差が有意に影響を与えていなかった.

 一方,教材の効果に関する項目で,GAGNEの9教授事象のそれぞれを「うまく教えているか」という点で評価した9項目の合計値には,両群の分散に差がないことを確認して検定をした結果,ツール使用群と不使用群の間に統計的な有意差があった(使用群の平均32.3(SD=5.9)に対して,不使用群の平均30.3(SD=6.0);範囲9〜45;t (159) =2.108, p =0.037).

 教材の効果に関するGAGNEの9教授事象に基づく評価項目を一つずつ検討した結果は,図3に示すとおりである.9教授事象全体としてツール使用群と不使用群との間に見られた有意差は,全事象を通しての差異に基づくものではなかった.むしろ,情報の身に付け方についてのヒントが豊富にあったかどうか(事象5;t (158)=2.275, p =0.024),練習の機会が実力がつくように用意されていたかどうか(事象6;t (158)=2.117, p =0.036),フィードバックが弱点が分かるように与えられていたかどうか(事象7;t (158)=2.194, p =0.030),そして,復習と応用場面があり,習得事項の保持と転移が高められていたかどうか(事象9;t (155)=2.073, p =0.040)の4事象に限って,統計的な有意差が見られた.




3.4.考察

 以上の結果から,今回開発したドリル作成支援ツールを使用して開発した教材とそれを使用しないで開発した教材では,「教材の魅力」という点では差が見られなかったが,「教材の効果」の予想という点で,統計的に有意な差が認められた.特に,ツール使用によって高まりが期待できる教材の構成要素(学習のガイダンスや練習,保持転移)という点にのみ差が認められたことは,今回提供したツールを組み込んだ意図と合致するものであった.ドリルツールの組み込みによって効果の向上が期待される事象は,「注意を喚起(事象1)」したり「学習目標を知らせ(事象2)」たり「情報を提示(事象4)」したりする場面ではなく,今回差異が認められた練習の場面であると考えるのが自然である.このことから,今回開発したドリル作成支援ツールによって,HyperCard上に作成される教材の練習支援の側面を強化する可能性が示唆された.

 上記のことは,コメント用紙の自由記述欄への回答にもあらわれていた.ツールの存在やその使用方法について知らされないままにコメント用紙に記入した学生が,「間違った問題を繰り返せるところ(音符)」「毎回問題の順番が変えられているところ(動物,歴史)」「間違えた問題だけをやり直せるところ(歴史,百人一首)」「当たるまで何回もやるので自然に覚えてしまうところ(音符,百人一首)」「正解だと動物が画面から消えるところ(動物)」「間違えたときに,もう一度同じ問題が出される迄覚えておかなければならないところ(動物)」などを,教材が「うまく教えている」こととして指摘した.

 一方で,今回提供した「空欄補充型ツール(図2)」を使った教材のコメントには上記のような肯定的なコメントが見られず,ドラッグという回答方法のみの変化では,教材の効果につながったとの印象を与えていないことが示唆された.マウスをクリックして選択肢から選ぶだけでなく,語群から選んで空欄を埋めるドリルの形式は,応用範囲が広い.他のドリル制御形式(e.g., 鈴木・岩本・屋代,1989)と組み合わせるなどして,効果的な学習支援に結びつく今後のツール改良が必要であることがわかった.

 教材の魅力面では,ARCS動機づけモデルにしたがって評価を行なった.ここでは,教材の見た目が変化して「A:注意」の側面で魅力を増進することよりも,ツールの提供する練習条件からやればできるという気持ち(「C:自信」)の側面が高く評価されるのではないかという期待があった.

 どんな点でこの教材は「魅力的」だと思うかを尋ねた自由回答欄をみると,確かに「繰り返すうちにはずれる率が減ってくる(動物)」「再挑戦できるところ(歴史)」「自分が興味深いと思うところから選択できる(百人一首)」「間違えるとまた挑戦できるし,違う問題ができるのもよい(音符)」といった「C:自信」に関連すると思われる特徴を挙げる例もみられた.しかし,同時に,「効果音がよい(動物)」「文字ばかりでなく絵札も描かれていてたいくつしない(百人一首)」「画面の出方がいろいろあって面白い(音符)」などの「A:注意」の側面から感じる魅力を指摘したり,内容そのものにやりがいを見いだしている(「R:関連性」に相当する)回答も多くみられた.

 このことは,評価に協力した学生にとってCAIそのものがもの珍しい存在であった(「A:注意」の対象であった)ことを示唆している.それと同時に,ツールを使用したかどうかよりも,そのツールを組み込んだ作品のセンスや見栄え,構成などに影響を受ける部分が少なくないと思われる.「C:自信」を高める教材の特徴を意識させるような,評価方法の再検討が必要であることがわかった.


4.「正解消去型ドリル」の改善


4.1.ツール改善提案の分析

 評価実験1で収集した「CAI試用コメント用紙」の中で,「正解消去型ドリル」のメカニズムを使用している「動物カルタ」を選択した17名のコメントを参考にして,ツール改善を試みた.コメント用紙の自由記述欄への回答をみると,「毎回問題の順番が変えられているところ」,「正解だと動物が画面から消えるところ」,あるいは「間違えたときに,もう一度同じ問題が出される迄覚えておかなければならないところ」などを,教材が「うまく教えていること」として指摘している.いずれも練習とフィードバックのメカニズム(GAGNEの6・7事象に相当)についての肯定的なコメントであり,ドリル制御構造採用のねらいに合致していた.

 一方で,「どんな改良を加えるとより魅力的/効果的な教材になると思うか」という問いの自由記述欄には,多数の改善提案が記入された.それぞれの改善提案を「魅力」についてはKELLERのARCS動機づけモデルの方略分類に,「効果」についてはGAGNEの9教授事象にあてはめて分類したものを表1に示す.

表1.正解消去型ドリル(動物カルタ)に提案された改善点


「魅力面」(括弧はARCSモデルの方略分類)

□ 効果音をより意外で楽しいものにする(A1)
□ 画面をカラーにする(A1、R1)
□ 動物の絵をユーモラスなものにする(R1)
□ 英単語の発音を加える(R1)
□ 動物の数を増やす(R2)
□ 動物だけでなく、植物カルタ、乗り物カルタ
  などもつくる(R2)
□ お手つきの罰ゲームを追加する(R3)
□ 正解の数(または誤答数)を表示する(C1)
□ レベル分けして入門編と応用編を用意する
  (C1、C2)
□ 毎回絵の配置を変え、場所を覚えて答えられ
  なくする(C2)
□ 正解時の効果音を動物の鳴き声にする(S2)
□ 正解時に絵をクローズアップする/絵が動き
  だす(S2)


「効果面」(数字はガニェの9事象を示す)

□ 練習の前に絵と英単語の一覧を表示する(4)
□ 似たような名前の動物だけを集める(5)
□ 間違えたらヒントを出す(5、7)
□ 練習後にテストを追加する(8)
□ 練習後のテストでは時間制限を設ける(8)
□ 前回の正解率を記憶・表示する(9)
□ 覚えられたら絵を出して単語を選択、または
  入力してスペルを覚える(9)

注:17人の自由記述式解答をまとめたもの;複数解答あり


4.2.「正解消去型ドリル」制御の機能拡充

 表1にまとめられた改善提案を,ドリル制御についての研究知見を参考に整理し,効果的な改善の方向性を検討した.その結果,今回の拡充には,項目間隔変動型と状態前進型の制御(鈴木,1989a)を参考にしてドリル制御を見直し,少ないドリル内容を形を変えて効率よく使えるように改善した.

 項目間隔変動型の制御では,学習する項目をランダムに混ぜて提示順序を決定し,正答できた項目は列の後ろに,誤答の項目は数問後に再提示することで,学習状況に応じて項目の提示間隔を変動させる.状態前進型の制御では,リハーサル,練習,復習,テストなどの徐々に難しい状態に同じ内容の項目を前進させてドリルできるようにする.この二つの制御構造を参考に,「正解消去型ドリル」の機能を拡張した結果,次のようになった.

 図4は,改善された「正解消去型ドリル」作成ツールによって制作した,絵による辞典を模したドイツ語単語ドリル画面(鈴木ほか,1994)である.この画面では,マウスによって選択した項目(絵)の名前が日独両語で提示されると同時にドイツ語が読まれる.この辞書モードに,他の練習へのリンクを作り(画面右上),また新たにドリルを作成する作業を支援する機能(画面左上)を付加した.


図4.ドイツ語単語ドリル画面

 図5に,辞書モードから分岐できる3つのモードを示す.リハーサル段階として,ランダムに提示される項目を思い出しながら正解をめくって確かめる確認モード(図5—1),項目間隔変動型のメカニズムを備えて,ランダムに出題される問題に正解すると絵がひとつずつ消えていくカルタモード(図5—2),そして,絵を選択させるのではなく名前を選ばせる逆の出題をする選択モード(図5—3;ランダム抽出・配列される選択肢の数は2〜7個に設定可)である.これらの3つのモードでの出題情報(絵のリソース,問題と正解,絵の場所,音声リソース名)は,辞書モードの情報を利用している.よって,辞書モードを完成させるだけで,4つのモードを用いた練習が自動的に可能になった.


 図5—1.確認モード
 図5—2.カルタモード
 図5—3.選択モード



5.評価実験2:作成支援ツールの使い勝手についての形成的評価

5.1.改善後の正解消去型ドリル作成支援ツール

 動物カルタの内容を拡張して,似たような名前の動物だけを集めたり,レベル分けして入門編と応用編を用意したり,動物だけでなく,植物カルタ,乗り物カルタなどをつくる作業を簡便化するためには,ドリル内容を自由に入れ替えられるドリルシェルとしての完成度を高める必要がある.前節で述べたようにドリル機能が複雑化する一方で,絵と音と単語データを収集・入力するだけで高機能なドリルを自動的に生成・提供することが求められるからである.

 図6に,ドリルを新規に作成するときの画面を示す.辞書モード(図4)の画面左上の「新規作成」ボタンを選択すると,画面上部に4つのボタンが現われ,その指示にしたがって作業を進めていく.(1)PICTリソースとして組み込んだ画像を指定し,(2)その画像に含まれる選択項目のリスト(問題と答え;画面左下に表示)を作成し,(3)項目の場所をボタン位置で指定し,(4)必要であれば項目名と同じ名称で音声ファイルをリソース化する.画面上部に表示される手続きにしたがって,上記の4つの作業を進めて内容を入れ替えることによって,自作のドリルが作成できるようにした.前節で紹介したように,辞書モードのみの画面を準備することだけで,他の3つのモードのドリル型教材が自動的に生成されるので,様々な角度から自作ドリルを練習に用いることが可能となった.



図6.ドリル新規作成画面


 しかし,新しいドリルを自作するためには,スキャナによる画像データ作成や音声サンプリングとハイパーカードへのリソース化が必要技能となる.これらの技能習得も含めて「正解消去型ドリル」の自作が非情報系の大学生にとってどの程度の負荷になるかを確かめる評価実験を実施した.


5.2.研究の方法

 「教育学実験実習」受講生(2年生)と「演習」受講生(3年生)の計10名が演習課題の一部として研究協力者となり,作成中の教材に改良された「正解消去型ドリル」作成ツールを使用してドリル機能を付加した.

 研究協力者は,ハイパーカードの基本(カードとボタンによるリンクなど)を学び,自分で選択した領域のCAI教材を構想・開発中であった.まず,作成ツール使用例のドイツ語単語ドリル(図4・図5)を体験させた.次に,すべての選択肢を含む絵(カラー可)を一枚用意し,画面上の各選択肢を覆う位置にボタンを配置するだけで,ドリルが作れること,また音声データ(単語の発音など)を連動させることも可能なことを説明し,ツールの使い勝手を確かめる研究への協力を求めた.研究協力者各自がドリルの素材を用意してきた時点で,絵や音声データのリソース化を補助しながら,スキャナーや内臓マイクを操作してデータをHyperCardリソースとして準備し,作成ツールを使ってドリルを自作させた.自作したドリルや他の受講生が作成したドリルを自分たちで体験させたあと,アンケート調査を実施した.

5.3.結果と考察

 研究協力者全員が,各自が用意してきた素材を用いて,支援ツールを使ったドリルを完成させることができた.図7に自作した教材例(ホンダ社の車種を覚える)を示す.教材の内容に応じて音を使用する必要があるかどうかは研究協力者に判断させたため,音声データを用いたのは3例のみであった.


図7.ドリル作成支援ツールを用いて自作した教材例

 図8に,作成に要した時間を示す.所要時間の平均は34.5(SD=14.9)分であり,1枚のカード上に25項目を入力・配置しようと試みて項目名を入力するだけで50分もかかってしまった1名を除外すれば,平均的な全作業時間は30分であった.スキャナーを操作して画像データをHyperCardリソース化する作業を自分でやりたいと申し出た2名の作業時間には,リソース化に要した時間(各々10分と15分)が含まれている.また,音声データを利用した2名の作業時間には,附属マイクから音声を入力し,登録準備をした時間(各々10,14,17分)も含まれている.さらに,全員の作業時間には平均6.7(SD=2.7)分の自作ドリル体験時間も含まれていることや,初めてドリル作成支援ツールを用いた場合の所要時間であることも加味すれば,短時間でドリルを作成できるツールという当初の操作性についての目的は,おおむね達成できたと判断できよう.


図8.ドリル作成の所要時間と作業内容

 図9に,アンケート結果のうち,各々の作業のやりやすさについての回答(5段階同意尺度)を示す.画像データのリソース化作業を自分でやった2名は,やりにくかったと答えている.これは,初心者向けのマニュアルがなかったためであり,一度演示を観察しただけでは自分で作業することが難しかったことを示唆する.画像データのリソース化作業は,ドリル項目一つずつが別の画像である場合と,ドリル項目すべてが含まれている画像を一枚用意した場合とで作業の手順が異なるなど,一様ではない.その点も含めたマニュアルを用意する必要があることがわかった.その他の作業内容については,項目名を入力するだけで50分を要した1名が「とてもやりにくかった」と回答した以外は,おおむね肯定的であった.


図9.作業のやりやすさ(アンケート結果)

 アンケート自由回答欄には,さらなるツールの改善へのヒントがみられた.25項目を入力・配置しようと試みた協力者は,自由回答欄に「選択される絵などの数は10前後がいい.多すぎてはダメ.」と記述した.一度に練習する項目の数を限定するという意味からも,10前後の項目でドリルを作成するようにアドバイスを付加した.また,「各作業の行程に,もう少し手順の説明を増やした方がいい.」との要望を入れて,手順の説明を付加した.


6.おわりに


 本研究では,HyperCard上に付加するドリル演習作成支援ツールを開発し,教材設計モデルに基づいて教材の特徴を評価させ(実験1),その評価実験から得た改善への提案と研究結果とを取り入れて「正解消去型ドリル」を改善・拡充し,操作性を確認した(実験2).本研究で開発した制御機能を取り入れた教材は,そうでない教材に比べて,練習を支援するという側面に限って顕著な特徴が現れていた.また,操作性の観点からは,まだ改良の余地があるものの,おおむね実用に耐えうる「使いやすさ」を達成できたことがわかった.

 本研究で取り入れたドリル制御構造は,項目間隔変動型と状態前進型と呼ばれるメカニズムであるが,この他にも様々なドリル制御構造が提案されている.これらのメカニズムは,研究の第1線で扱われている複雑な制御モデルと比較すると,単純なものである.しかし,一方で,単純な制御すらも利用されていないドリル型教材が多く存在していることを考えると,教材設計モデルの研究知見として提案されている単純な制御構造を取り入れたツールの実践的な価値を見いだすことができる.

 これらの研究知見が広くCAI教材の制作に生かされるためにも,また良質なドリル型教材での学習経験から効果的な学習についてのノウハウを体得させるためにも,多種多様なドリル型CAI教材作成支援ツールの開発が待たれる.


参考文献


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