子安増生・山田冨美雄編著(1994)『ニューメディア時代の子どもたち—テレビ・テレビゲーム・コンピュータとのつきあい方—』有斐閣教育選書、176-196


2、ARCS動機づけモデル:学びへの意欲を4つに分けて考える

このような「学習意欲」に対する社会的な要請のなかで、今一度、<授業の中にいろいろなメディアを使うことの持つ意味>を考え、<学習意欲を高めるというのはどういうことなのか>をしばらく考えてみたいと思います。そのための材料として、アメリカの教育工学者ジョン・M・ケラー(John M. Keller)が提唱している学習意欲に関するモデルを紹介します。

動機づけ研究の整理とARCSモデル

ケラーが求めたものは、「授業や教材を魅力あるものにするためのアイディアを整理する仕組み」でした。これまでの様々な分野の研究や実践報告の中には、「学習意欲を高めるための作戦」がいろいろと提案されています。それらのアイディアを、これから授業の魅力を高めよう、子どもの学習意欲を高める工夫をしよう、というときに「すぐに使える形にしたい」と思ったわけです。そこで、ケラーは、これまでいろいろといわれてきた「学習意欲を高める作戦」がどうして学習者の意欲を高めることに成功したのだろうか、どんな意味で意欲を高めたのだろうかといった点を一つ一つ吟味しました。また、心理学やコミュニケーション研究などでこれまでに明らかにされてきた人間の動機づけについての理論を整理してみました。

その過程で、学習意欲を高める手立てを4つの側面に分けて考えるのが便利だという結論に達しました。その4つの側面とは、注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)で、その頭文字をとってARCSモデル(アークスモデルと読みます)と名づけました(図8ー1)。「やる気を出させるためにはどうしたらよいか」「勉強する意欲をもたせるためにはどうしたらよいか」とただ漠然と考えるより、「なぜやる気がでないのか」を4つの側面からチェックして、それに応じた作戦を立てると効果的ではないかという発想でした。ARCSモデルにしたがって学習意欲の要因をたどると、次のようになります。

            S 満足感 「やってよかったな」

          

         C 自 信 「やればできそうだな」

        

        R 関連性 「やりがいがありそうだな」

      

      A 注 意 「おもしろそうだな」

 図8ー1 ARCS動機づけモデルの4要因

「注意」の側面:おもしろそうだな

まず、授業で何か変わったことや不思議なことが起こると、面白そうだ、何かありそうだという気持ちになります。これが<注意>の側面です。目新しいことに関心が集まること、「おやおかしいぞ、調べてみよう」という好奇心、あるいは「今日はいつもと違うぞ」というハプニングを期待する気持ちなどは、全て<注意>の側面が刺激されて学習意欲が高まったと考えられます。

<注意>の側面が満たされていると、学びにすっと入っていける状態になります。逆に注意が散漫であると、いくら情報が与えられても「耳に入らない」ことになります。学びにたいして新鮮で、気分転換がはかれるような導入に苦心するのも、<注意>の側面を満たすことが学びを援助する第一歩だからでしょう。新しいメディアが次々と学びの場面に登場することは、この<注意>の側面から考えると、効果的であることが予想されます。しかし、目新しいことも最初だけで(これを新奇性による効果といいます)、すぐにマンネリの状態に陥る危険性もあるのです。

「関連性」の側面:やりがいがありそうだな

第二には、自分が今日勉強することが何であるかを知ったとき、「やりがい」を感じられるかどうかという側面があります。この側面のことを、自分が大切に思っていることや価値をおいていることと目前の学習課題とのかかわりがみえてきたという意味で、<関連性>の側面と呼びます。意欲をもってものごとに取り組むためには、「何のために努力しているのか」が自分自身で了解できないとだめですから、努力を傾ける対象が自分にとって大切だと思えることかどうか、努力の甲斐があると思えることかどうか、ということが重要になってきます。「何やらおもしろそうだな」と思って注目しても、内容が陳腐であったり、「自分には関係がないこと」と思えば、意欲はすぐに失せてしまいます。

<関連性>を高める要因は様々です。今勉強することが将来役に立つだろうという結果の価値を意識することは<関連性>を高めます。それと同時に、「自分の良く知っていることと関係がある」と思えることや、友達や好きな先生と一緒に勉強するといったプロセスそのものの価値も「やりがい」つまり<関連性>を高めると考えられます。「受験のために頑張る」と納得することも<関連性>を高めることに寄与しますが、一端受験が終わると「何のためにやってきたのか」が疑問視され、無気力の状態に陥るのもやりがい(即ち関連性)の喪失とみることができます。

「自信」の側面:やればできそうだな

学習に意味を見い出して「やりがいがある」と感じることができても、今努力していることが成功する可能性が全くないのでは「やる気」はでません。たとえば、コンピュータはこれからの時代に重要だといくら言われても、「自分には無理」「やっても必ず挫折する」と思えば避けて通ることになります。そこで、学習意欲を高める第三の側面として、「やればなんとかできる」という成功への期待感、つまり<自信>の側面が重要になってきます。

何かを学ぼうとする場合、それは未知への挑戦ですから最初から絶対的な<自信>を持つことは不可能です。「やってもどうせ無駄だ。失敗するにきまっている」と思えば意欲を失うのは当然でしょう。しかし逆に、最初にどんなにやさしい部分ででも「うまくいった」という成功の体験を重ね、成功したのは自分が努力したためだと思えれば、学びへの<自信>も徐々に高まるでしょう。最初はできそうな課題で「やればできる」という感覚をつかみ、馴れた頃にチャレンジ精神をくすぐるような課題に挑戦していくことが大切なのです。

「満足感」の側面:やってよかったな

学びへの意欲を高める第四番目の側面として、<満足感>が大切だとされています。これまでの努力を振り返り、自分に実力がついた、先生にほめてもらえた、自分の努力が正当に評価されたなどと感じられれば、「やってよかった」との<満足感>が得られ、次への学習意欲につながっていくことでしょう。しかし、それとは反対に、「せっかく努力をしたのに大した成果も得られなかった」とか、「これまでの努力が無駄に終わった」というような不満が残る状態では、「またやってみよう」という気持ちにはなれません。

学習意欲は<持続させること>が難しく、しかもそれがとても重要ですから、努力がむくわれるような配慮が必要です。「宿題を出したら必ずそれを集める」「えこひいきをしない」「決まりは首尾一貫して守らせる」などのほんのささいなことが<満足感>につながる、とケラーは指摘しています。学びが孤立した状態で行なわれるとすれば、<満足感>は得にくいものになります。学校で友達と学ぶ、先生に褒めてもらう、成果を確かめ合い、互いに認め合うといった人間関係の中で得られる<満足感>は次の学びに少なからぬ影響があることは誰もが認めることでしょう。

ARCSモデルの4側面の枠組みを使って、一般的にどのような学習環境が意欲を高めるかを整理すると表8ー1のようになります。表に示してある特性の他にも、人が何かを学ぼうとする意欲のもとになるものがたくさんあると思います。しかし、よく考えてみると、その他の特性も、<注意><関連性><自信><満足感>の4つのどれかにあてはまることが多いようです。表にでていること以外の特性や「やる気」を出させるための工夫も4側面に整理していきながら、自分独自の表に仕上げていくとよいでしょう。

  表8ー1 ARCSモデルを使った学習意欲を高める工夫の分類  
学習意欲の4側面 意欲を高める工夫の例

注意

(A)

驚き、もの珍しさ(新奇性)、スピード感、リズム感、色彩、高音質サウンド、今までの知識と食い違う事実、世界の七不思議、興味をそそられる話題、調べてみたくなるきっかけ(探求心)、バラエティに富む場面展開(変化性)、マンネリを避けること、教室の移動、珍しい機器の導入、普段とは違う授業の組み立て

関連性

(R)

わかりやすさ(具体性)、現実味のある課題設定、親近感のもてる例、子どもが作った問題、比喩やたとえ話、安心感、心地良さ、勉強の必然性がみえる工夫(道具性)、将来的価値の指摘、今努力することのメリットの強調、意義のある目標の設定、学習プロセスそのものを楽しめる工夫、友達との協同作業、班対抗の競争、ゲーム化

自信

(C)

今日のゴールの明示、ゴールとのギャップの確認、頑張ればできそうなゴール設定、中間目標の導入、チャレンジ精神の刺激、他人との比較でなく過去の自分との比較による成長の実感、リスクなしの練習の機会(成功体験)、失敗から学べる環境、自己の努力への原因帰属、インタラクティブ性、自己ペース、やり方の自己選択と自己責任(制御性)、勉強のやり方のヒントの提供

満足感

(S)

設定した目標に基づく成果の確認、成果を生かすチャンス(成果活用場面の埋め込み)、子ども同志で教える機会、成果の即時確認、褒めて認める儀式、何らかのご褒美、教師からの励まし、えこひいきなしの公平感、首尾一貫した教室運営、成果を喜び合う仲間、ペイオフ(効率)を高める、充実感を味わう工夫