鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門〜若い先生へのメッセージ〜』財団法人 日本放送教育協会



第2章 学習プロセスを支援する授業の構成


■メッセージ■
学習を成立させるために必要な援助を授業にすべて盛り込めないときには、補足方法を子どもに教え、自分で学習がすすめられるように指導すべきだ。


はじめに
1 授業設計理論の父:R・M・ガニェ
2 ガニェの9つの教授事象〜学びのプロセスを支援する外的条件を整える〜
3 導入:新しい学習への準備を整える
4 情報提示と学習活動:新しい事柄を自分のものにする
5 まとめ:でき具合を確かめ、忘れないようにする
6 この枠組みをどう生かすか〜「折衷主義」の精神〜

■チェックポイント■

1 自分のふだんの授業構成はどんなパターンに沿っているかを思い出してください。授業の組み立てのそれぞれの段階(例えば導入、展開、終結、あるいは起承転結)で何を実現しようとしていますか?いつもの自分の授業の流れを主な段階に分けて、各段階の名前(一列目)とそのねらい(二列目)を表にまとめてみましょう。

各段階の名前ねらい





 
2 よく放送番組を使うのは、どの段階ですか。また何の目的で使っていますか?
  段階は?               目的は?
■メモ■
(本文を読む前に、チェックをしてみての感想などを書き残しておいてください)


はじめに 学びのプロセスを援助する授業構成の枠組み

放送番組の利用を考えるときによく話題になることとして、「放送番組を授業展開(単元構成)の中にどう位置づけるか?」ということがある。放送番組を授業のどのタイミングで用いるのかという問いに答えるためには、単元の組み立てや授業の構成をどのようにするのかを、子どもの学びのプロセスをいかに支援していくのかという観点からみて検討する必要がある。

この章でご紹介するガニェの九教授事象は、授業の構成を学習メカニズムにさかのぼって検討するための枠組みを提供するモデルである。学びを支援していく側面という観点に立って授業の構成を吟味することによって、例えば伝統的な型に沿う放送利用での番組の位置づけがどんな効果を意図したものかを知る手がかりが得られる。また、番組がその意図に即したものかどうかを吟味することにも役立つ。さらに、番組の内容に応じて、授業への適切な位置づけを考え、柔軟な利用方法への足がかりにもなると思う。

1 授業設計理論の父:R・M・ガニェ

 ロバート・M・ガニェ(Robert M. Gagne)はフロリダ州立大学名誉教授、教育工学関連の学会では「授業設計理論の父」として著名な学習心理学者である。数年前、五十余年の充実した研究生活を退かれ、現在、お元気で引退生活を送られているという。筆者にとってガニェ教授は、フロリダ州立大学留学中に講義「学習理論の系譜」や特講「スキーマ理論と授業設計」などで教えを受け、さらに願い出て筆者の学位論文審査委員会のメンバーに加わっていただいた恩師である。大柄な風ぼうと鋭い目線、晩年になってもかわらぬどん欲な研究態度、食い下がる筆者の質問にとても丁寧にお答えいただいたことなどが思い出される。

ガニェの理論は、一九六八年の『学習の条件(初版)』邦訳出版など、早くから日本にも紹介されてきた。 ガニェの理論を古くから知る人は、スキナー等に代表される行動主義心理学の流れをくむ「伝統的理論(古くさい理論)」としてのレッテルをはりがちである。しかし、ガニェの理論づくりを一貫して支えてきた考え方は、特定な理論的な立場に固執することなく有効な研究結果はどんどん取り入れるという姿勢、いわば流行の理論的立場を超越した「折衷主義」にほかならない。学習についての研究成果を授業設計へ活用することを重視した立場で確立したガニェの授業設計理論の屋台骨は「九つの教授事象」と「五つの学習成果」(
次章に紹介)であった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(写真1挿入)筆者の学位論文審査を終えて(1987年)
※筆者の向かって右隣がガニェ教授,左隣がウエ−ジャ−主任教授。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2 ガニェの九つの教授事象〜学びのプロセスを支援する外的条件を整える〜

ガニェは、授業を構成する指導過程を「学びを支援するための外側からの働きかけ(外的条件)」ととらえる。つまり、人間がどうやって新しい知識や技能を習得するのかを説明する学習モデルを反映した形で、授業を組み立て、説明の方法を工夫し、作業を課していくと、効果のある授業が実現できるとする。また、優れた授業実践の過程を学習プロセスへの支援という観点から分析すると、どんな点でその授業の組み立てが優れていたのかの理由がわかるという。理論と実践の両面から学習を支援する授業構成をまとめると九種類の働きかけに分類することが有効であるとの考えに至り、それを九つの教授事象と命名した(図II-1)。

図II-1
図II-1挿入

著名な行動心理学者B・F・スキナーは、娘の授業を参観して延々と続く教師の説明とそれをただ受け身的に聞いているだけの娘の姿にあぜんとしたという。「これでは効果的な学習が成立しない、もっと学習者が積極的に反応し、それに対する即時フィードバックを与える学習環境を実現したい」との思いでプログラム学習やティーチングマシンを当時の心理学的成果を反映する学習環境として位置づけ、教育界に多大な影響を及ぼした。この方法に含まれる働きかけとしては、「教師が説明をすること」だけではなく、「積極的に問題を解かせること」と「即時フィードバック(強化/報酬)を与えること」が提案されている。この提案は、行動主義心理学がそのブームを終えた今現在でも、有効なものである。

しかし、ガニェの提案する九教授事象は、この提案にとどまらない。その理由は、スキナーの行動主義心理学が人間をブラックボックスとして扱い、からだの中で起きていることを研究の対象としなかったのに対して、ガニェの提案は、人間の内部情報処理過程をモデル化して学習のメカニズムを解明しようとする学習の情報処理モデルに基づいているからである。

3 導入:新しい学習への準備を整える

一般に授業の始めに行われる「導入」は、新しい学習への準備を整えるという意味を持つ。ガニェによれば、導入は教師の指導に注目させ、学習目標を知らせ、必要な既習事項を思い出させる機能をもつ(事象1から事象3)。

学習の情報処理モデルでは、学び手を、外界からの刺激があって初めてそれに反応するといった受動的な存在としてとらえない。むしろ、自らが欲する情報を環境から積極的に選びとり、これまで知っていることとの関係で解釈し、知識を広げ、技能を習得する「能動的存在」としてとらえる。したがって、教室に集まった子どもたちは、教師の号令があって初めて学習を開始するのではなく、いつでも活発に五感や頭脳を働かせ、さまざまなことを学んでいる。その活発な知的活動を本時の授業内容へと収束させ、なおもその情報処理活動の活発さを維持することが導入において必要となる。

まず教師からの働きかけが子どものアンテナに届くように、周波数を合わせることが必要となる(事象1、学習者の注意を獲得する)。周波数があったら、目指すゴールを掲げ、子どもたちの情報処理過程を自らの力で焦点化し、学習内容に集中できるように促す(事象2、学習者に目標を知らせる)。目標をまず掲げ、その意義を知らせることで、学習に対する意欲を高め、期待感をもたせ、それが頭の動きをさらに活発化させる効果もねらう。

導入の最後の役割は、事前に学習して長期記憶にしまい込んである基礎の知識・技能を使える状態にすることにある(事象3、前提事項を思い出させる)。前時の復習といっても、今日の勉強と関係のない内容を復習するのでは導入にはならない。新しいことをこれまでの知識や経験、基礎技能に結びつけるために、まず、その結びつけられる対象を倉庫から引っぱり出してやる必要がある。この考え方の背景には、新たな情報を処理・加工する機能を分担している脳の短期記憶(作業記憶)と呼ばれるものは、学んだことを保存してある長期記憶倉庫とは別であり、容量が限られている(一度に7プラスマイナス2のことしか扱えない)という記憶モデルがある $ 。

4 情報提示と学習活動:新しい事柄を自分のものにする

導入のあとは本論に入るわけだが、これには大きく分けて、子どもたちが各自の記憶の網の目に新しい事柄を組み込む作業と、いったん組み込まれたものを引き出す道筋をつける作業の2つを援助する働きかけが考えらている。

新しい内容は、導入(事象3)で引っぱり出した既習事項との違いや類似性、相互関係などを際だたせながら提供する(事象4、新しい事項を提示する)。また、ただ提供するだけでなく、新しい事項を意味のある形で覚えるような助言を与える(事象5、学習の指針を与える)。ただ覚えたものは忘れやすく、なぜそうなのかを知っていれば長く記憶できることは経験的にもわかることだ。理論的な裏付けとしては、人間の記憶の形態が、何らかの意味的なネットワークの形であり、その網の目に多くつながりをもって引っかかれば長く記憶できる(長期記憶倉庫に貯蔵される)というモデルに基づいている。

新しい事項が長期記憶にしまえたかどうかを確かめるために、子どもたち一人ひとりが情報をとりだしたり技能を応用したりする機会をつくる(事象6、練習の機会を与える)。教師の説明を聞いたり、さまざまな情報を集めたりするだけでは、実際に学べたかどうかはわからないからだ。練習の状況は、すぐに子どもにフィードバックし、徐々に完成へ向かわせる(事象7、フィードバックを与える)。この二つの働きかけが重要視される背景には、スキナー流の「反応と強化」の原則があるだけでなく、学んだものを思い出す練習をすることで、思い出す方法そのものも合わせて記憶するねらいがある。失敗の中から学ぶものが多いことので、練習では安心して失敗できる環境が不可欠となる。したがって、練習の出来具合を平常点の材料にしてはいけない。むしろ、誤りを歓迎し、なぜそれが駄目なのか、どうすればもっとよくなるのかを教える契機として生かしていく姿勢で臨むことが肝要である。

5 まとめ:でき具合を確かめ、忘れないようにする

評価は練習と区別して行うべきものであり、評価そのものも学習を促す働きかけの一つとしてとらえられている(事象8、学習の成果を評価する)。新しい事項がしっかりと習得できたかどうかを確認するために、十分な練習の機会を与えた後に、テストをする。今度は、誤りが許されないという緊張感のもとで取り組ませ、学習者が自分で学習成果の手応えを得る機会とする。テストがなければ勉強しない、という現実を体験してきた者の一人として、この事象が学習にどの程度役立つかは身にしみている。

最後に、学習の成果が長持ちし、また他の学習への応用ができるように、復習や発展学習の機会をつくることも忘れてはならない(事象9、保持と転移を高める)。復習の機会は、忘れたころにつくるのがよいので、この事象は、事象1から8までの続きとしてすぐにやる必要はない。また、教科書などに書いてある情報を見てしまっては忘れたかまだ覚えているかがわからなくなるので、復習は必ず問題に回答させる所(つまり事象6)から入るべきである。今身についたことを応用する機会を意識することで、今後の学習と今の学習との接点が見つかり、脳に構築中の意味ネットワークの網の目がさらに充実することになる。今の学習成果をどこで生かせるかを考え、発展学習の機会を意識することが、最後の事象の目的の一つである「転移を高めること」につながる。

6 この枠組みをどう生かすか〜「折衷主義」の精神〜

冒頭の「放送番組を授業展開(単元構成)の中にどう位置づけるか」という問いは、「ガニェの提案する九種類の働きかけのうち、どの事象を実現するために放送番組を用いるか」と言い直すことができる。表II-1に、ガニェの九教授事象をもとにして、学びのプロセスを援助するための教師からの、あるいは学習者自身の、働きかけを思いつくままに書いてみた。この表を参考に、自分なりの授業の工夫を整理して書き記す枠組みとして、ガニェの九教授事象を使ってみてはいかがだろうか。

表II-1.学習プロセスを助ける作戦〜ガニェの9教授事象に基づくヒント集〜
--------------------------------------------------------------------------
導入:新しい学習への準備を整える

1.学習者の注意を獲得する >>情報の受け入れ態勢をつくる
■ パッチリと目が開くように、変わったもの、異常事態、突然の変化などで授業を始める
■ 今日もまたあのつまらない時間がきたと思わないよう、毎時間新鮮さを追求する
■ えーどうして?という知的好奇心を刺激するような問題、矛盾、既有知識を覆す事実を使う
■ エピソードやこぼれ話、問題の核心に触れるところなど面白そうなところからいきなり始める

2.授業の目標を知らせる >>頭を活性化し、重要な情報に集中させる
■ ただ漠然と時を過ごすことがないように、「今日はこれを学ぶ」を最初に明らかにする
■ 何を学んだらいいのかは意外と把握されていない。何を教え/学ぶかの契約をまずかわす
■ 今日は何を教えるのか/学ぶのかが明確に伝わるように、わかりやすい言葉を選ぶ
■ どんな点に注意して話をきけばよいか、チェックポイントは何かを確認する
■ 今日学ぶことが今後どのように役に立つのかを確認し、目標に意味を見つける
■ 目標にたどりついたときに、すぐにそれが実感でき、喜べるようにあらかじめゴールを確認する

3.前提条件を思い出させる >>今までに学んだ関連事項を思い出す
■ 新しい学習がうまくいくために必要な基礎的事項を復習し、記憶をリフレッシュする
■ 今日学ぶことがこれまでに学んできたこととの何と関係しているかを明らかにする
■ 前に習ったことは忘れているのが当たり前と思って、改めて確認する方法を考えておく
■ 復習のための確認小テスト、簡単な説明、質問等を工夫する


情報提示:新しいことに触れる

4.新しい事項を提示する >>何を学ぶかを具体的に知らせる
■ 手本を示す/確認する意味で、今日学ぶことを整理して伝える/情報を得る
■ 一般的なレベルの情報(公式や概念名など)だけでなく、具体的な例を豊富に使う
■ 学ぶ側にとって意味のわかりやすい例を選ぶ/考案する、あるいは自分の言葉で置き換える
■ まず代表的で、比較的簡単な例を示し、特殊な、例外的なものへ徐々に進む
■ 図や表やイラストなど、全体像がわかりやすく、違いがとらえやすい表示方法を工夫する

5.学習の指針を与える >>意味のある形で頭にいれる
■ これまでの学習との関連を強調し、今まで知っていることとつなげて頭にしまい込む
■ よく知っていることとの比較、たとえ話、比喩、ごろ合わせ等使えるものは何でも使う
■ 思い出すためのヒントをできるだけ多く考え、ヒントの使い方も合わせて覚えるようにする


学習活動:自分のものにする

6.練習の機会をつくる >>頭から取り出す練習をする
■ 自分の弱点を見つけるために、本番前の予行練習を失敗が許される状況で十分に行う
■ 自分で実際にどれくらいできるのかを、手本を見ないでやってみて確かめる
■ 最初は部分的に手本を隠したり、簡単な問題から取り組むなど、練習を段階的に難しくする
■ 応用力が目標とされている場合は、今までと違う例でできるかどうかやってみる

7.フィードバックを与える >>学習状況をつかみ、弱点を克服する
■ 失敗から学ぶために、どこがどんな理由で失敗だったか、どう直せばよいのかを追求する
■ 失敗することで何の不利益もないよう安全性を保証し、失敗を責めるようなコメントを避ける
■ 成功にはほめ言葉を、失敗には助言(どこをどうすれば目標に近づくか)をプレゼントする


まとめ:でき具合を確かめ、忘れないようにする

8.学習の成果を評価する >>成果を確かめ、学習結果を味わう
■ 学習の成果を試す「本番」として、十分な練習をするチャンスを与えた後でテストを実施する
■ 本当に目標が達成されたかを確実に知ることができるよう、十分な量と幅の問題を用意する
■ 目標に忠実な評価を心掛け、首尾一貫した評価(教えてないことをテストしない)とする

9.保持と転移を高める >>長持ちさせ、応用がきくようにする
■ 一度できたことも時間がたつと忘れるのが普通。忘れたころに再確認テストを計画しておく
■ 再確認の際には、手本を見ないでいきなり練習問題に取り組み、まだできるかどうか確かめる
■ 一度できたことを応用できる場面(転移)がないかを考え、次の学習につなげていく
■ 達成された目標についての発展学習を用意し、目標よりさらに学習を深めていく
--------------------------------------------------------------------------
出典:鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門』日本放送教育協会、 〜 頁。
   出典を明記したこの表の複製は、著作権者が認める行為です。ご活用ください。

ガニェの九教授事象は、学習の情報処理モデルに基づいて基本的な学びのプロセスを示してはいるが、授業をこの順序で構成しなければならないと主張しているわけではない。また、毎時間の授業に1から9までの事象すべてを盛り込まなければならないという主張でもない。学習のプロセスを踏まえて、授業の構成を振り返ることで授業の各要素が持つ意味を「学習を助ける」という観点から見なおす枠組みとして用いればそれでよい。

ひとつだけ念頭においておかなければならないことがあるとすれば、それは教師によって用意されない事象(援助)は、学習を成立させるためには、一人ひとりの子どもが自分で用意する必要に迫られるという点である。さまざまな事情で授業に盛り込めない事象についてはどのように補足したらよいかを子どもたちに教えながら、学習を各自で進めるように指導したい。ガニェの九教授事象の枠組みを子どもなりに把握して学習を進めることが、自己学習力(学習技能)の育成にもつながると思う。

今後とも、認知科学や脳生理学などの人間の学習に関する研究が進むにつれて、より詳細な研究成果があげられ、授業の組み立て方の参考になるだろう。ガニェが提案する九種類以外にも、有効な外的条件が提案されるかもしれない。ガニェから教えられた、学びのメカニズムに基づいてそれを支援する外側の条件を整えるという観点から授業の構成を考えるという視点と、「折衷主義」の精神は忘れないようにしたいと思っている。

〈注〉
ガニェの九教授事象を日本に紹介した本とその応用を試みたものとして、次の文献がある。
・ガニェ、R・M著、xx訳(一九八二)『学習の条件(第三版)』学芸図書
・ガニェ、R・M著、xx訳(一九八二)『教授のための学習心理学』サイエンス社
・ガニェ、R・M、ブリッグス、J・L著、持留訳(一九八六)『カリキュラムと授業の構成』北大路書房
・東原義訓(一九八七)「第三章CAIコースウェアの設計」中山和彦他著『教育とコンピュータ3コンピュータ支援の教育システム—CAI』東京書房、一一五頁(CAI教材設計への応用)
・向平泱(一九八八)「第五章授業を創る(一)」東・中島監修『授業技術講座基礎技術編1授業をつくる/授業設計』ぎょうせい、二〇五頁(学習指導案の指導過程表への応用)
$ われわれが電話をかけるとき、記憶していない電話番号を手帳で調べて、それを「記憶」し、手帳を見ながらでなくても電話をかけることができる。しかし、その電話番号は、次の活動に着手した瞬間に、記憶の彼方に消えてしまう。この現象は、電話番号が「短期記憶」にのみ一時的に保存され、あとまで残る「長期記憶」にまでは至らなかったことを物語っている。記憶の情報処理モデルについては、次の文献などを参照されたい。
・クラツキー、R・L著、箱田・中溝訳(一九八二)『記憶のしくみI・II〜認知心理学的アプローチ〜(第二版)』サイエンス社(心理学叢書一二)
・ノーマン、D・A著、富田訳(一九八四)『認知心理学入門〜学習と記憶〜』誠信書房


■チェックポイントのチェック(フィードバック)■
1 ふだんの自分の授業構成を九事象に当てはめると何が不足しているか、ほかにどのような授業構成が考えられるか、アイディアが浮かんできませんか? 一般的に、学校での授業は、学年が上がるにつれて「情報提示」の部分(事象4と5)の割合が多くなり、「学習活動」の部分(事象6と7)は子どもの責任においてやっておきなさい(つまり宿題)になる傾向があるといえるでしょう。大学の講義は最も工夫が凝らされていないものの代表として挙げられますが、「大学では事象4と8しかないと思え。あとは自分で補う方策を考えるのが大学生の務めと覚悟した方がいい。」と講義で話すと、学生諸君は妙に納得してしまうようです。「先生が講義の終りに毎回提出させるコメントは事象6で、提出したコメントに対しての先生からの一言は事象7に当たるのですね。評価と区別するために、コメント内容の優劣を記録に残さないで、事象8は定期試験の一本勝負にしているのですね。」ガニェの九教授事象の話をしたあとは、筆者の講義方法も分析の対象になってしまうのが少しやりずらいのですが、この本では、さてどうでしょうか。

2 放送番組は、導入で使われることが多いようです。ガニェの九事象にあてはめれば、事象1の注意を獲得すること(不思議な現象を示すなど)にも、事象2の学習の目標を知らせること(モデルを示すなど)にも使えそうです。でも、それだけではないと思います。