HyperCardを使った教育用スタックの作り方—大学教員のための実践的教材設計入門—東北学院大学教養学部 鈴木克明・佐伯啓


3. 教材を設計する —教材の位置づけと構成

●教材の位置づけを明らかにする—ガニェの9事象

 コンピュータ教材を作成したからといって、授業のすべてをコンピュータにまかせられるようになるわけではない。むしろ指導過程の一部分を器械に肩代わりしてもらえるような教材をイメージすべきである。そのためには、この教材ソフトが完成した暁には自分の教授活動のどの部分が肩代わりされるのか、あるいはまた、コンピュータに肩代わりしてもらったほうが効果のある教授活動とは何か、ということをあらかじめ考えておく必要がある。

 米国の教授心理学者で教材設計論の生みの親と言われているR.M.ガニェによれば、人の学びを支援する働きかけには9種類ある(表1)。自分のコンピュータ教材が9つの働きかけのどの部分を実現してくれるかを吟味することで、指導過程における教材ソフトの役割がより明確となる。

  表1 ガニェの9教授事象とコンピュータ活用例
ガニェの9教授事象 コンピュータ教材活用の例
1. 学習者の注意を獲得する あっと驚く画面で学生の目を奪う
2. 学習者に目標を知らせる 学生が目指すべき見本を見せる
3. 前提条件を思いださせる これを知らないと講義が理解できないと思われる基礎事項を復習させてから講義をスタートする
4. 新しい事項を提示する 講義内容をわかりやすくするためにモデルを視覚化する
5. 学習の指針を与える 理解を助けるために、類似点や相違点を比較対象させたり、専門分野に応じた事例を提供する
6. 練習の機会を作る 講義後に練習問題を解かせ、新しい知識や概念の定着をはかる
7. フィードバックを与える 理解度に応じて個別に間違いを指摘し、理解を深めさせる
8. 学習の成果を評価する 電子化した小テストでそれまでの内容把握度をチェックする
9. 保持と転移を高める 忘れたころにもう一度復習する教材を用意したり、他の関連分野に応用する力を問う教材を準備する

 ガニェの9教授事象に従って大学の通常の講義を振り返ってみると、まず2.(目標の提示)があり、4.(事項提示)と5.(学習の指針付与)が中心に来て、6.(練習の機会提供)や7.(フィードバック)は学生の自主性に任せ、最後に定期試験8.(成果の評価)を行なうというのが一般的だろうか。場合によっては2.(目標の提示)を省いていきなり4.(事項提示)に入ることもあるだろうし、1.(注意の獲得)は学生の方の問題と見なされがちである。大学生ならこのぐらいの教養は常識だろうとつい3.(前提条件の確認)を省いてしまったために、講義内容が十分理解されないことも少なくない。

 むろん講義だけで全てうまくいっている場合は、わざわざコンピュータ教材を作る必要はない。講義だけでうまくいかないからこそ、学習を支援する教材を作る意義がある。たまにはコンピュータで気分を変えるためか(1.注意の獲得)、講義を聞くための足並みを揃えるためか(3.前提条件の確認)、説明をわかりやすくするためか(4.事項提示)、自主性に任せておいても全くやらない練習をさせるためか(6.練習の機会提供)、机に向かわせるためにコンピュータでテストするためか(8.成果の評価)、忘れたころに復習させるためなのか(9.保持と転移)。あるいはまた、ガニェの9事象には当てはまらない他の目的のためなのか— コンピュータを使う問題意識がはっきりすれば、教材の設計もスムーズに行なえるようになる。

 本論で紹介するドイツ語学習スタックDeutsch durch Zitate2.0(以下、DdZ2.0と略記)の場合、教材の主たる役割は6.(練習の機会提供)と7.(フィードバック)にあった。印刷教材による教師主導型(2.目標の提示、4.事項提示、5.学習の指針付与)で進められる通常の外国語の授業の場合、圧倒的に不足するのは練習時間である。当該外国語に対する興味や関心を抱かせる方法(1.注意の獲得)は、ビデオ教材の使用等いくつか考えられるが、数十人相手の一斉復唱や指名による練習だけでは、練習の絶対量が確保できない。特に覚えることが多い初級外国語科目の場合、忘れたころの練習(9.保持と転移)も必要であるし、その練習が次のレッスンでの前提事項になる(3.前提条件の確認)場合も多い。そのような理由から、DdZ2.0の場合も、講義内容をそのまま電子テキスト化するのではなく、練習の機会を大きく増やすことに特化した教材をイメージした。授業後半および課外時間での練習用に、学生が自分の理解度に応じて使えるコンピュータ教材として開発されたわけである。

 次に、教材を構成するポイントを具体的に考えてみよう。

●教材を構成する

教材を構成する上で特に重要なポイントは大きく分けて次の5つである。

  1. 全体の構造を考える
  2. 利用者の制御に配慮する
  3. 出題方法を工夫する
  4. 情報提示の仕方を工夫する
  5. 回答処理とフィードバックを考える

それらの内容をポイントごとにチェックリストの形で箇条書きにし、DdZ2.0の例にそって具体的に説明していきたい。

ポイント1. 全体の構造を考える

 まず、DdZ2.0全体の構成図を示しておく(図3)。このコンピュータ教材は、印刷教材のテキストに完全に準拠した12のレッスン(1レッスンごとに4セクション、計48セクション)から構成されている。それぞれのセクションは音読ジム、語彙ジム、文法ジムの3種類の練習問題に分割され、必要に応じたトレーニングが用意されている。1レッスンごとに、3つのジムでの練習成果を試す定期試験があり、習熟の度合いをチェックすることができる。

テキストの内容に対応した基本コース以外に、このソフトにはドイツに関するさまざまな教養クイズが早押しクイズの形式で用意され、楽しみながらドイツ語に対する興味が引き出せるように配慮されている。

 またドイツ縦断コースは、ドイツ語だけの出題による勝ち抜きクイズである。次の目的地へ到達するためには、レッスンごとの文法知識を武器にして、次々出題されるドイツ語クイズを正確に読解しなければならない。

  図3 DdZ2.0構成図

 DdZ2.0では、教材全体が6つのコースに分けられ、どのコースからでも開始できるようなメニュー構造を採用している。画面下の「コース紹介」を選択すると、各コースについての説明画面(図4)にリンクされ、選択の参考になる情報が提供される。利用者は、自分の興味や必要に応じて教材の部分利用をすることができる。

 図4 コース説明画面

ポイント2. 利用者の制御に配慮する

 DdZ2.0では、相互作用性の一側面として、利用者に学習の方法を制御させる工夫を多く取り入れている。学習者は、図4に示された6つのコースの中から好きなものを選択して学習を始めることができる。6コースのうち、ふつうはまず、音読ジム、語彙ジム、文法ジムのいずれかを選択することになる。ここでは、セクションごとに練習するか、同じレッスンに含まれている4つのセクションをまとめて練習するかを選ぶことができる。図5に、DdZ2.0の文法ジムの画面例を示す。各ジムは、終了ボタンによっていつでも練習を終了しメニュー画面に戻ることができる。ただしDdZ2.0の場合、初級外国語ということもあり、練習を再開するときには全て最初からやり直させている。問題数についても、用意された問題は毎回すべて出題され、利用者が選択するモードは組み込んでいない。

  図5 文法ジム

ポイント3.  出題方法を工夫する

 DdZ2.0は、コンピュータのもつ相互作用性の中でも特にランダム出題の機能に注目して教材を構成した。各ジムには、出題される練習問題をランダムに配列するか順番通りに出題させるかのオプションがある。したがって、同じ問題が同じ順番で出題される可能性はきわめて低く、順番で記憶してしまう効果を排除している。また、練習の最後には間違った問題だけを復習するオプションを設け、練習のでき具合に応じた制御を実現している。

 図6は、レッスンごとに用意されている定期試験のメニュー画面である。定期試験では、音読、語彙、文法の各ジムで練習した問題が30問、それぞれの問題ファイルからランダムに抽出・配列されて出題されている。定期試験コースは9割正解が合格ラインなので、4問不正解の時点で不合格と判定され、試験は強制的に中断される。そうすることで、合格する見込みのない試験を続けないように配慮されている。定期試験に合格すると、ドイツ教養クイズ(図7)への挑戦権が与えられる。そしてランダム出題される教養クイズで先生チームを破ると、ドイツ旅行(むろんコンピュータの中での!)のご褒美が与えられる。

  図6 定期試験メニュー

  図7 ドイツ教養クイズ

ポイント4. 情報提示の仕方を工夫する

 DdZ2.0は練習に特化させた教材なので、情報提示はドイツ語の文字情報を中心に行なっている。前のヴァージョン(DdZ1.0)では教科書の文法解説や変化表を組み込んだ講義コースをもうけていたが、情報量が多く画面が見にくくなるし、講義部分は学生にもあまり使われなかったので削除した。練習問題の提示は、一度に一問のみを原則とし、画面をなるべくすっきりと見せる工夫をした。音声データについては、教科書に付属させたドイツ人教師の肉声による学習テープをデジタル化して用いている。AV型のMacintoshがあれば、ビデオ映像の取り込みさえも、ビデオレコーダーで録画する要領で可能である。

 HyperCardのカラー化については、フリーウェアXCMDのColorizing HyperCard(Author: CYNIC)を利用した。ボタンやフィールドのカラー化だけでなく、カラーPICTリソースの拡大縮小表示やカラー素材の追加表示などがスクリプトレベルで簡単に行なえ、我々の経験からはHyperCard2.2のカラー機能よりも使い易い優れたものである(最近アメリカで発売されたというHyperCard2.3のカラーペイント機能にも注目しておきたい)。

 図8は、「ドイツのカフェ」のカラー画像である。DdZ2.0では、ドイツ語学習に臨場感を出す手助けとして、ドイツの写真を14枚用いている。これらの画像は、いわゆるマルチメディアフリー素材集(CorelProfessional Photos CD-ROM : Germany)の一部を使用している。近ごろでは、さまざまな形の著作権フリーの素材集が発売されており、自作教材の開発には欠かせない資源となっている。我々の研究プロジェクトでは、現在、HyperCardによる教材作成のためフリー素材集管理システムを構築中である。効果音やBGM、イラストや写真集、あるいはQuickTimeムービーなど教材開発に利用できるデジタル素材を体系的に管理できるライブラリー環境を早い時期に実現したいと思っている。

 

  図8 ドイツのカフェ

  

ポイント5. 回答処理とフィードバック

 DdZ2.0では、マウスによる選択を入力の基本とすることで、コンピュータに不慣れな利用者でも学習が進められるようにしている。たとえば、図6に示されているDdZ2.0の語彙ジムでは、穴埋め式で文法に関する回答を入力する。画面上にキーボードを用意することで、とくにウムラウトのタイプ方法がわからない利用者に対する便を計った。しかし、キーボード操作に慣れた利用者にとってはいちいちマウスを動かしての入力はかえって学習の妨げとなる。そこで、画面上のキーボードと本物のキーボードのどちらからでも回答入力が可能なように工夫してある。また、学生が答えを入力する際に、余分なスペースを打ち込んでしまったとしても誤答扱いとならないよう、プログラム的に配慮されている。

 各練習ジムは、練習の機会を与え、間違いの中から弱点を発見しそれを補う機会と捉えている(ガニェの6.)。したがって、正解に対してはドイツ語で賞賛の言葉(Gut ! やRichtig ! )が音声で投げかけられ、誤答に対しては、注意を促すための効果音(犬にほえられるなど)とともに回答表示欄の上に約3秒間正解が表示され、正しい答えを思い出させている。他方、定期試験(図9)は、これまでの学習を評価するテスト(ガニェの8.)と位置づけられている。したがって、一問ずつの正解に対する賞賛の言葉はなく、合格に対してのみ賞賛が与えられ、誤答に対しての正答表示もない。この例に、練習とテストの違いを具体的に見ることができる。

  図9 定期試験

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