HyperCardを使った教育用スタックの作り方—大学教員のための実践的教材設計入門—東北学院大学教養学部 鈴木克明・佐伯啓


はじめに —コンピュータ教材作成のための4つの要素

 コンピュータ教材の作成にもっとも重要な要素とはいったい何だろうか? 多くの方は、「プログラミングの知識」と答えるだろう。確かにプログラミングの知識なくしてはコンピュータ教材の自作は不可能である。だが、だからといってプログラミングの技術だけでコンピュータ教材を作ることもまたできない。それが「教材」である以上、教材の本質部分を担うのはその分野に関する専門知識以外の何物でもないからである。通常のアプリケーションの場合には、機能の豊富さや使い勝手の良さこそが、ソフトの良し悪しを決定するもっとも重要な要素となる。その場合、プログラミングの技術が大きな比重を占める。だが教育用ソフトの場合、プログラミングの技術に先立って重要なのは、教える「内容」である。ある分野についての専門的知識を有する人間がソフトを自作するメリットは、この点にある。よってコンピュータ教材作成のための第一の要素は、教材のアイディアを練り、教材化する素材や情報を整理すること、すなわち「教材の中身を考える」こととなる。

 さて、教材の中身を考えた後は、いよいよ「プログラミング言語を決定する」ことになる。BasicやCなどさまざまなコンピュータ言語があり、入門書も数多く出版されているが、コンピュータが専門ではないふつうの教師、とくに文系の教師がプログラミングを行なう場合は、ぜひHyperCardを試してみることをお奨めする。MacintoshにバンドルされているHyperCardは、いうなればソフトウエア作成日曜大工セットである。カード、ボタン、フィールドといった部品を組み合わせていくだけで、思いがけないほど手軽に自分だけのアプリケーションが出来てしまう。日曜大工セットといっても、犬小屋しか作れないわけではない。アイディアとスクリプティング(HyperCardのプログラミングはこう呼ばれる)の技術に応じて、三階建住宅の建築も可能である。HyperCardの言語であるHyperTalkは、中学2年生程度の英語の知識があれば初心者でも十分マスターできる。本書で紹介されている数々のソフトウエアも、多くはHyperCardで作られたスタック(HyperCardで作られたソフトはこう呼ばれる)である。

 ところで、何かを「教える」という教材ソフトの特色は、必然的に「いかに教えるか」という問題と結びつく。自分の勉強している学問の面白さをどうしたら学生にうまく伝えることができ、かつその内容を十分理解してもらえるかということへの教師側の配慮と工夫の重要性は、通常の講義の場合と同様、教材ソフト制作においても変わることはない。とりわけコンピュータという新しい教育メディアを使用するわけだから、電子メディアとしてのコンピュータの特性を最大限有効に生かした教材作成を目指したい。コンピュータを使うことが学習の障害とならないためにも、コンピュータ教材を授業のどの部分に組み込むかという基本的問題から、情報提示の仕方、フィードバックのかけかたといった細かい部分に至るまで、綿密な検討が必要である。こういった問題は、「教材の設計」に関わる要素として位置づけらる。

 「教材の設計」とも関連する四番目の要素が、「教材の評価と改善」である。「いかに教えるか」という問題は、教師がひとりで考えているだけではなかなか解決されない場合が多い。完成した自作のコンピュータ教材をいざ学生に使わせてみたら、ある学生には簡単すぎてつまらない、ある学生には難しすぎてちっとも役に立たないといったことは、しばしば経験することである。学生のアンケートに「コンピュータを使って勉強できて楽しかったです」という回答が多かったとしても、自己満足していてはならない。学習効果を正確に検証し、教材を改善していくためのデータを地道に収集する努力を、惜しんではならないのである。

 以上述べてきたコンピュータ教材作成のための4つの要素をまとめておくと、

  1. 教材の中身を考える
  2. プログラミング言語を決定する
  3. 教材を設計する
  4. 教材を評価し改善する

となる。本論の解説も、この順番にそって進めていきたいと思う。

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