第1節 マルチメディアを用いた授業




1.はじめに

 マルチメディアを使うと授業はどう変わる可能性があるのか。「マルチメディアと子どもと教師と〜今、何ができるか。今、何が必要か〜」を大会主題に掲げて、日本教育工学協会の全国大会(大会実行委員長:小島信弥仙台コンピュータ研究会長)が平成8年10月に仙台市で行われた。筆者は実行委員会顧問として大会の研究面に助言した。そこで公開された未来指向の4つの授業を訪れ、マルチメディアを駆使した授業をイメージしてみよう。

2.小5社会「仙台子ども環境サミット」

  授業者(仙台市立片平丁小学校 澤口政弘教諭・成田忠雄教諭、仙台市立東六番丁小学校 青木 茂教諭)

 「仙台子ども環境宣言をつくろう」で始まった片平丁小と東六番丁小の2クラス合同のこの授業。6つのグループに分かれてお互いのポスターセッションを交代で見学した(図3—1)。「定禅寺通りのオデュッセウス像が酸性雨で溶けていく」それぞれの身近な環境問題を調べてきたことをコンピュータ、OHP、ポスターなどを利用しながら訴えていた。「もっと自然の声に耳を傾けてください」という女の子の声が、大きな問題を突きつけていた。

 ポスターセッションが終わって、いよいよ環境宣言を作るための全体での話し合いに(図3—2)。「みどりを増やす努力が大切」「人と自然のハーモニーを考えていきたい」「みどりあふれる仙台ではどうでしょうか」など活発な提言があり、議長団がそれを集約して、「環境と自然を見つめる仙台の子ども」という宣言を採択した。


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図3—1.ポスターセッションの様子




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図3—2.仙台子ども環境宣言の採択


 このグループでは、様々なメディアを用いた情報の収集や整理、発信などの力を育成するために、中古のパソコンを教室に持ち込んだり(成田ら、1995)、地域の企業等との共同研究で環境教育のためのマルチメディアCD-ROM教材を自作したり(青木ら、1995;鈴木、1995a)、また、大学の共同研究者(筆者)のコンピュータを間借りしてインターネット上に情報を発信したりする試みを続けてきた。内容面では、いわゆる教科横断的に環境教育に取り組むための年間カリキュラムを策定し、様々な教科の活動を統合する形で深化・充実に取り組んできている(片平丁小の例を図3—3に示す)。


授業後の検討会では、環境教育のカリキュラムづくりから教室での日常的なメディア活用の様子、発表と聞き方の指導、あるいは両校の交流の経緯などについてが質疑応答と討議の話題となった。インターネットを活用した新しい学校間交流とポスターセッションによる授業展開などが、新しい学力観の中でのインターネット活用法を考える上で参考になるとの評価をいただいた。新しい形の授業を目のあたりにして、「子供を変えるためには教師が変わらなければいけない。」との助言者の言葉が、重く受け止められた。

(資料集28ページより引用)
図3—3.片平丁小の環境教育年間カリキュラム

3.中2理科「マルチメディアで天気学習」

  (授業者:宮城教育大学附属中学校 佐藤吉晴教諭)

 天気の変化の中で、雲、雷、竜巻などの疑問に思ったことを豊富なデータを活用することで解決していく授業。刻々と変化する天気の様子を提供するインターネットによる生の情報を始めとして、過去数年分の天気図をまとめた自作ソフトやVTR、参考図書などを見て、興味深そうに熱心に話し合っていた(図3—4)。

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図3—4.インターネットで情報収集

 この授業は、27時間扱の単元「天気とその変化」をまとめる課題学習のひとこま。公開授業前の説明会では、これまでの学習の中で様々なメディアを活用してきたこと、小単元ごとに形成的評価を実施して課題学習への基礎力が育ってきていることを確認してきたこと、課題の設定は時間をかけて段階的に指導してきたことなどが報告された。

 授業会場となった仙台市科学館「市民の理科室」では、各種の情報源が使える。各グループごとに設定した課題の解決に必要な資料を選んで活用できるように、活動エリアを図3—5のように設定した。「雲と天気」グループは、雲の種類と高度については図書で調べたが、天気との関係については観察が不十分なので、データを増やしたいと雲画像のVTR録画記録を調べていた。「天気予報」グループは、インターネットの情報をもとに今日の午後の天気予報に挑戦した。「梅雨」グループは、自作ソフトの雲画像と天気図の切り抜きをもとにして停滞前線の位置を書き込んだ地図をつくって移動の様子を調べていた。まとめの資料をつくるために新聞の縮刷版をコピーしているグループや、インターネットからの情報をプリントアウトして発表に備えるグループもあった。

図3—5.活動エリア

 「雲にこだわる理由は?」授業者はきっぱりとこう答えた。「生活に一番身近にあるから。情報は本来メディアから得るのではなく、自然から得るもの。雲はその自然の代表で、メディアは自然観察を補足するものです。」

 助言者(中村次郎埼玉大学名誉教授)からは、これからの授業の方向性を明確にするアドバイスがあった。課題学習はこれからの授業の本流。内容を教えるのが目標ではない。教科書にとらわれずに広範囲に題材を求め、生徒が何を学ぶかを教師が予想して材料を準備しておく。どんなメディアで調べるのか、どんなデータがどこにあるのかなど課題解決方法を教師が支援する。教師が相互に見つけた情報を他の教師との共有財産にすることが大切。

4.中3保体「応急処置シミュレーション」

  (授業者:仙台市立第一中学校 千葉一正教諭)

 救急車が来るまでの間に、君ならば何ができるか。コンピュータソフトの中で倒れた人に対してどんな処置をしたらいいのか。次々に出てくる質問に答えていく。時間がどんどん経過していく中で、生徒たちは臨場感のある動画に引き込まれ、熱心に学習に取り組んだ(図3—6)。コンピュータソフトのシミュレーションでやり方がわかった生徒には、次にダミー人形での人工呼吸法の実習が待っていた。

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図3—6.熱心に取り組む生徒

 2時間で応急処置について教える保健の授業。10年間もコンピュータ授業に取り組んできた先進校での他の教科の実践(相沢、1994;小島、1996;仙台第一中学校、1996など)に刺激されて、ぜひ保健でも取り上げたいとのことから始まった実践であった。仙台市防災安全協会より快諾を得てビデオ教材をマルチメディア化し、処置の正確さとスピードを競うゲームに仕上げた(画面例を図3—7に示す)。コンピュータを得意とする教員(相澤成信プロジェクト主任)との共同作業だった。


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図3—7.応急処置のゲーム

 最初の授業を試みたのは昨年の秋。教材も、授業の方法も、そして評価の方法も改善に改善を重ねて今回は4度目の実践。助言者(南部昌敏上越教育大学助教授)からも、「ARCSモデルでの4つの視点からの分析がしっかりできている」「何度も改良することでより良い成果を目指している。まさに教育工学の実践そのものです」とのお褒めの言葉をちょうだいした。授業後の検討会でOHPを使って報告された授業目標についてのアンケート結果を見て、授業者はまだソフトの改善が必要だという。衰えを知らないその向上心に、拍手を送りたい。

5.高校特活「インターネットで討論勝負」

 (参加校:仙台高校・東北学院高校・西多賀養護学校・秋田和洋女子高校・盛岡白百合学園高校)

 宮城・秋田・岩手の5つの高校と会場をインターネットとテレビ電話で結び、校則の必要性についてのディベートが行われた。複数の学校の生徒の意見がリアルタイムで会場のモニタに写し出されることが衆目を集め、会場で肯定側・否定側の代表を務める在仙2校の生徒の意見も次第に深められていった(図3—8)。


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図3—8.インターネット討論

 授業前の説明会では、通信ディベートの試合に至るまでの経過が報告された。最初は教員間の相互理解を深め、ディベートの基礎を学ぶ勉強会。次にリーダーとなる生徒を集めてのディベート合宿と各学校に戻っての模擬試合(ここでは通信を用いないでディベートの基礎を教えた)。資料収集段階でのインターネットの活用から、意見交換へのネットワーク利用へ進み、最後はメール交換による作戦会議とチャットを用いた後方支援の練習の合宿をもった(井口、1996)。

 今回の通信ディベートは、学校対抗で争うのではなく各学校に肯定チームと否定チームを置いて進めた。準備段階では、チームごとに同報通信の電子メールを使って調査結果を交換しながら、遠くはなれての協同作業によって試合に向けての作戦を準備した。

 試合(公開授業)では、在仙2校の代表者だけが会場の仙台市科学館で議論を戦わせたが、その様子は協同して準備を進めた5校に待機中の「バックアップ部隊」にテレビ電話を通じて伝えられた。さらに、会場で戦う代表者たちには、キーボードから打ち込まれたバックアップ部隊からの応援(相手の議論の弱点についての指摘など)がネットワークを介して届けられ、遠隔地に点在するメンバーの協同作業で試合が進行した(システム構成図を図3—9に示す)。


図3—9.システム構成図

 校則がない西多賀養護学校高等部も参加した今回のディベートは、否定チームの勝利とジャッジされたが、どちらの立場で議論した生徒にとっても、校則についての理解を深めるよい機会となった。

 ディベートが終了した会場で行われた検討会には、遠隔地の高校で指導にあたっていた先生たちもテレビ電話で討議に加わった。議論をサポートするための資料を新聞データベースなどで収集したこと、また合宿で気心を知り合った仲間との意見交換や作戦立案にメールでのやり取りを使ったこと、さらにディベート試合を見ながらチャットで攻め方のアイディアを会場に提供できたことなど、いろいろなネットワーク利用方法を体験できたことを評価していた。

6.どんなメディアが使われていたか?

 さて、訪れた4つの授業をここでメディア利用の観点から振り返ってみよう。それぞれの授業では、子どもたちの発達段階に応じた活発な学習活動が展開された。それをさまざまな形でメディアが支えていた。表3—1にそれぞれの授業で使われていたメディアをまとめる。教室にいる教師は、授業時間だけを見学しただけではあまり目立たない存在であったが、準備段階では学習環境を構築する教師の力量が存分に発揮されていた。


表3—1.公開授業で用いられたメディア一覧


小5社会「仙台子ども環境サミット」パソコン(DTPR・お絵描きソフト)・OHP・ポスター・カセットテープレコーダー・・VTR・実物(採取した水など)

中2理科「マルチメディア天気学習」インターネット(生の天気情報)・過去数年分の天気図をまとめた自作ソフト・VTR・参考図書・新聞の切り抜き・新聞の縮刷版

中3保体「応急処置シミュレーション」パソコン(自作シミュレーションゲーム)・ダミー人形

高校特活「インターネット討論勝負」インターネット(新聞データベース・電子メール・メール同報通信・チャット)・テレビ電話・OHP