『放送教育』2000年4月号原稿(脱稿2000.3.6)2400字程度
シリーズ:中学校での『総合的な学習の時間』を考える


第1回「情報教育と総合的な学習の時間」


岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明


はじめに

 文部省によれば, 「総合的な学習の時間」は、これまでとかく画一的といわれる学校の授業を変えて、

(1)地域や学校、子どもたちの実態に応じ、学校が創意工夫を生かして特色ある教育活動が行える時間

(2)国際理解、情報、環境、福祉・健康など従来の教科をまたがるような課題に関する学習を行える時間

として新しく設けられる。

 この時間では、子どもたちが各教科等の学習で得た個々の知識を結び付け、総合的に働かせることができるようにすることを目指し,知識を教え込む授業ではなく、 

(1)自ら学び、自ら考える力の育成

(2)学び方や調べ方を身に付けること

をねらいとした授業が展開されるという。教科書がなく,国が一律に内容を示していないこと,時間割上の位置づけも名称も独自に決めることができることなど,規制緩和の原則を強調している。


「総合」は人気商品か?

 学校現場では,「総合」をつけないと研究会に人が集まらないぐらいに関心は高い。学校独自の創意工夫が強調されている結果であろうか,あるいは「国が一律に定める内容」がないためだろうか,先進事例を紹介した書籍が次々に出版され,これまた人気が高い。

 しかし一方で,「待ち望んでいた時が来た」と言うのは一部の教師だけであり,移行措置が始まるのに模様眺めの空気が漂っているとの見方もある。週5日制で各教科の時間数が減らされる。どの教科の教師も自分の専門ではない「総合的な学習」に,進んで取り組む気にはなれないということか。

 総合的な学習は,すべての教科に関連する「学び方」の学習である。複数の教科にまたがる題材を取り上げるからこそ,各教科なりの取り組み方とか,見方とかが鮮明に比較できる(鈴木,1999a)。題材は何でも良い。子どもが興味をもてるものがあれば,何をやっても良い。それを,理科の先生ならば理科らしい視点で見る方法を助言してあげればいい。たとえれば,中学生なりの卒論の書き方を教えようとすることなのだ。

 新しいことを始めるときには,不安はつきものである。しかし,これに果敢にチャレンジしていく精神を奮起して,「よし,やってみよう」と思う先生が,いま,一番必要とされている。先生方がこの変化を積極的に受け止め,独創的な単元開発という問題解決に取り組む中にこそ,「総合」で目指す子どもたちの主体的で多様な活動が展開できる。自主性,主体性,積極性,創造性,企画力,実行力,柔軟性。これらを子どもだけに求めてはなるまい。


インターネットでひと工夫

 総合的な学習の時間での取り組みをサポートするためのハンドブックがもうすぐ刊行される。文部省委託事業として(社)日本教育工学振興会が出版する『みんなが生き生き「総合的な学習の時間」〜インターネットでひと工夫〜』である。先生も子どもたちも,みんなで楽しめる時間になったらいいね,という思いが込められている。

 筆者は,中学校部会の副主査として,先進的な取り組みをしている中学校の先生方とともに,編集・執筆にあたった。この経験から多くのことを学んだ。たとえば,

  1. (1)小学校での成果を受けて中学校なりに展開し,新教科「情報」が始まる高校へと橋渡しする役割があるが,最初は「小学校並」のところから始める必要がある。
  2. (2)各種のメディアを使いこなす力や情報を批判的に読み取る力(メディアリテラシー)が基礎となる。これらは,入学直後に集中して1年生全員に教えるのが効果的である。
  3. (3)メディア利用は,情報を収集して問題を絞り込む段階,遠く離れた相手などと情報を交換する段階,そして自分たちのプロジェクトの成果を公開する段階に分けて考えると良い。
  4. (4)中学校では特に,選択教科と必修教科の両方との連携が必要。選択教科がここ10年間でどう根付いたのかが学校によって違う。大幅改訂される技術・家庭科との役割分担に気づかうことが重要である。



暗記する情報から活用する情報へ

 「総合的な学習の時間」創設の意義は,今までの学校教育を意識化・再点検し,週三時間だけに留まらない抜本的な改革をスタートさせることにあると思う(鈴木,1999b)。だとすれば,我々が「情報」をどう捉えているかを振り返ってみる必要があろう。

 情報とは試験の時に何も見ないで答えられるように暗記するもの。正解が一つに決まるもの。教師がいつでも正解を知っているもの。教師から教えてもらうもの。これが我々が学校の中で体験的に学んだ情報観であろう。

 これからの「情報」のイメージは?---情報とは活用するもの。コンピュータやネットワークを操る実践力と情報に対する科学的理解と情報社会に参画する態度を育てる必要がある(文部省)。どう調べればいいかを知っていれば良いのでテストは持ち込み可が原則。正解は一つに決まらないし,教師も知らないことが多いので,自分で調べて,どちらの情報がより良いかを判断できるようになること。教師は共に考え,過去の経験に基づくアドバイスをくれるが,それが最善手とは限らない。学びとは自分の頭で工夫し,自分の手で道を切り開きながら進むもの。

 「国語,数学,理科,社会,…」という教科の名前が今までの授業を連想させるのであれば,「総合的な学習」と名前を変えるのも良い。しかし,国際理解、情報、環境,あるいは福祉・健康で取り上げる内容が決まれば準備完了とは言えない。学校に対するイメージを変え,学ぶ喜びを味わう。そして,学びに本当に必要なのは,それぞれの教科で学ぶ内容であり,ものの見方であることを知るようなきっかけとしたいものである。


参考文献: