HyperCardを使った教育用スタックの作り方—大学教員のための実践的教材設計入門—東北学院大学教養学部 鈴木克明・佐伯啓


2. プログラミング言語を決定する — HyperTalkのスクリプティング

 コンピュータ教材の自作が、コンピュータ言語を専門とする人たちの特権であった時代は終わった。コンピュータ言語を長い時間かけて習得しなくても、自分のアイディアをソフトとしてコンピュータ上に実現できるようになった。Macintoshに付属しているHyperCardは、アイディアを気軽にソフト化するための理想的なプログラミングツールである。

 HyperCardによって作られる「スタック」は、一枚一枚のカードの集合体から成り立っている。それぞれのカード上に文字や絵や音を自由に貼りつけ、カード同士をボタンで「リンク」させる。ボタンに移動先のカードを指定しておくだけで、自由自在のリンクが可能となる。最初に、新しいスタックを作成するための簡単な手順だけ覚えれば、あとはカードをデザインしカードの枚数を増やしていくだけで、自分のアプリケーションが出来上がっていく。欲しい絵を張り付け(コピー&ぺーストする)てカード同士をリンクするだけなら、スクリプティングの作業さえ必要ない。自分で描いた人物に「こんにちは」と言わせることも、必要な音声だけ用意すれば、あとは

play "こんにちは"

の一行だけで実現できる。これなら誰にでも作れるのは当然である。たとえば東北学院大学での事例でいえば、非情報系学科の2年生を対象としたコンピュータ教材制作実習の場合、実習初日のうちに、学生全員が画面から好きな絵や音を出したり、ボタンを使ってカードとカードをリンクしたりすることをマスターした。そして週2コマの授業の12、3週後には、それぞれが自分の考えたコンピュータ教材を完成させるまでになっている。それも実習時間の大半は、プログラミングではなく「どんな教材を作るか」の設計に費やしながらである。

  図1 コンピュータ教材の例(教材制作実習での学生の作品より)

  図2 コンピュータ教材の例(教材制作実習での学生の作品より)

 HyperCardはアイディアをすぐに形にできるだけでなく、きわめて奥が深いツールである。電子図書館を作ることも、画面に映画を再生することも、早押しクイズを作ることも、思いつくものはたいてい実現可能といってよい。市販されているHyperCard用の参考書(例えば大重、1994)をひもとくと、様々な仕掛けの例が載っているので、それらを手本にしながらスクリプトを書いていくだけで、かなり高度な機能を付加することができるのである。

 ところで、こうしてHyperTalkのスクリプティングにも次第に慣れ、自前のスタックの数が増えてくるにしたがって、自分のスタックには何か足りない要素があることに気づくかもしれない。それは、本屋の店頭に並ぶHyperCardプログラミング実例集を参照するだけでは補いきれない、「教材」ソフトとしての基本的要素、つまり教育工学(とりわけ教材設計論)と呼ばれる分野の研究に基づいた教材設計に関するノウハウである。教材設計論はコンピュータ教材だから必要なわけではなく、印刷教材を作る時にも講義の準備をする際にも押さえておくべき、基礎理論である。次章では、語学教育ソフトに関するわれわれの共同研究をベースとして開発されたドイツ語学習スタックを例として、コンピュータの利点を最大限生かせるスタック作りの手順を、教材設計の理論をにそって述べていきたい。

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