熊本大学大学院教授システム学専攻
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[第3回]ID分野の研究事例(1)
ID分野の研究事例(1)
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第3回: ID分野の研究事例(1)(担当:鈴木克明)

[研究事例]

鈴木がこれまでに指導してきた研究の事例は大別すると、調査研究、開発研究、実験研究の3つに分けられる。一つの教育実践を詳しく観察・分析したり、あるテーマについての実態や研究動向を幅広く(あるいはより深く)調べれば調査研究、まだ世の中に存在しないもの(システムや教材、あるいは指導法など)を作り出せば開発研究、作ったもの(あるいは改善したもの)の効果を調べれば実験研究となる。この一連の流れは、実はどの研究にも多かれ少なかれ含まれている3つの側面を述べたことになり、どの側面に重点を置いた研究か、の差異であると捉えることも可能だ。以下に、それぞれの研究タイプを代表する事例を紹介する。

調査研究の事例

市川君は、「黎明期における学校ホームページの調査研究」というタイトルの修士論文を書いた。これは、1995年8月から1996年8月まで3回にわたって、日本の小・中・高等学校ホームページを悉皆調査し各学校の発信内容を全て調べたものである。まだ全国的に学校がホームページ(Webサイト)を公開することが珍しい段階(黎明期)であったために可能であった研究(校数は1年間で98校から603校に増加)で、今これをやろうとしたら、(悉皆でなく)ランダム抽出か調査の自動化が必要になるだろう。第1回調査では、独創的なホームページを同定した。第2回調査では、発信内容のカテゴリ分けを行った。また、ホームページの一般型を校種別に作成した。第3回調査では、対象ホームページをすべて収集した。カテゴリ件数とその推移を把握すると共に、ファイル数や容量も調査に含めた。どの校種も1割未満の学校が全体の5割にあたる情報を発信していた。また、公開目的の枠組みを作成し、発信内容を分析した。高校は学校(広報)レベルの発信が多いのに対し、小学校は授業レベルの発信が多かった。教科別等の発信では、情報、図工・美術、理科、社会が多かった。市川君が博士課程に進学した後に、修士論文を簡略化して学会誌に投稿した。発信内容の分析は独自性があると思ったが、査読の結果、論文としての新規性が十分でないという判断で、「資料」として日本教育工学会誌に掲載された(市川・鈴木、1999)。

開発研究の事例

一戸さんは、「復習機能を強化したiモードドリル(漢字の世界)の開発」というタイトルの卒業論文を書いた(2001年度提出・要旨[1]・論文本体[2])。これは、当時出始まった携帯電話をプラットフォームを利用して、より効果的な学習環境をつくれないだろうか、という研究関心からスタートしたものだ。まず、携帯電話上の教育アプリケーションにどのようなものがあるかを調査し、比較的よさそうなアプリケーション(漢字の世界)を見つけた。この機能を利用者として登録・分析し、現状を復元した(ソースコードが得られないため、ゼロから独自開発。ここがSE養成学部の特殊事情で、これだけでも立派なスキル向上プロジェクトになる)。その上で、現状をIDの見地から改善するアイディアを整理し、それを実装した拡張版を設計・開発した。主な追加・変更機能としては、ドリルメールの配信(プッシュ型機能の追加)、誤答だけ復習できる機能の追加、合否判定の表示位置の変更、問題集の出題数設定機能の追加など。開発に研究期間の大半を費やしたため、評価は「追加した機能がしっかり作動するかどうか」が中心になった。現行版と拡張版を一定期間使わせて学習効果の差が出るかどうかを調べることが次の研究ステップである(実験研究になる)ことを述べて終わった。一戸さんの卒業後、この論文を鈴木が英語化して国際会議で報告した(Ichinohe & Suzuki, 2002)。

[1] http://www2.st.gsis.kumamoto-u.ac.jp/study/soturon/1998/abstract/0311998018_abstract.pdf
[2] http://www2.st.gsis.kumamoto-u.ac.jp/study/soturon/1998/thesis/0311998018_thesis.pdf

実験研究の事例

松村さんは、「GBSに基づいた"コンピュータウイルス対処法を学ぶ教材"の改善」というタイトルの卒業論文を書いた(2004年度提出・要旨[3]・論文本体[4])。これは、先輩が残したストーリー型の教材をGBS(Goal-based Scenarios)理論に基づいて改変し、両者を比較検討した実験研究にあたる。まず、先輩の教材をGBS理論で分析し、何をすると「より理論が実装されることになるのか」を明らかにした。次に、その改変計画に従って改善版教材を開発し、ユーザテスト(形成的評価)を行った。最後に、改変前の教材と改変後の教材のどちらかで学習した協力者にアンケートを実施し、改変前教材と改変後教材の類似点、相違点、良い点、悪い点をそれぞれ挙げてもらい、続きをやるならどちらをやりたいかを聞いた。その結果、GBS理論に基づいて改変した教材がより多く選択されたことで、改変の効果とした。実験研究としては、十分な被験者の数を得て、学習効果の差や印象の差を統計的に検討する余地があったが、それは今後の研究の課題とした。

[3] http://www2.st.gsis.kumamoto-u.ac.jp/study/soturon/2004/0312001158.pdf
[4] http://www2.st.gsis.kumamoto-u.ac.jp/study/soturon/2004/thesis/0312001158.pdf

これまでに指導した研究は、「鈴木研(教育情報システム学)の研究内容」(http://www2.st.gsis.kumamoto-u.ac.jp/study/)としてまとめたWebサイトを熊本大学にそっくり持って来て公開している(一部移築に伴いリンク切れがあるかも知れません)。それぞれの研究の要旨や論文本体、あるいは制作したシステムも可能な限り公開しているので、参考にして欲しい。

最後に、鈴木研究室で執筆される学部の卒業論文は、「修士論文レベルを目指す」ことからスタートする。様々な理由で「修士論文未満」に終結する場合もなくはないが、修士論文と卒業論文の差は、修士課程の大学院生が執筆したか、学部4年生が執筆したかの違いがある以外はあまり差はないと思っている。一方で、様々な理由から「修士論文未満の修士論文」も含まれている。どれがどれにあたるかについては、本人に通知される成績に反映されているが、ここには記されていないことを注記しておく。

 参考文献

市川尚・鈴木克明(1999)「日本における小・中・高等学校WWWホームページの調査研究~黎明期における実態の把握と発信内容の分析~」『日本教育工学会誌(日本教育工学雑誌)』22(3), 153-165
Ichinohe, A. & Suzuki, K. (2002, December). Expansion of the i-mode drill "The world of Kanji" with the review function for m-learning. Paper (Poster) presented at ICCE 2002, 10th International Conference on Computers in Education, New Zealand