熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
[第3回]ID分野の研究事例(1)
ID分野の研究事例(1)
今回のタスク(課題)
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第3回: ID分野の研究事例(1)(担当:鈴木克明)

内容を読んで学習した後、「今回のタスク」を行ってください。

[はじめに]

インストラクショナルデザイン(ID)の研究が盛んな欧米に比べて、わが国における研究や実践は遅れている。何とかこのギャップを埋めることができないだろうか。鈴木が1987年に帰国してからの20年、一貫してこだわってきた研究関心は、「ID理論の応用を促進すること」であった。新しいID理論を構築することではなく、既存のID理論の応用を促進することを目標としてきた。よく「他人が作った理論を紹介するのではなく、鈴木独自の、そして日本のコンテキストにマッチした自分の理論を打ち出すべきだ」という趣旨のご助言を頂戴した。しかし、「まずは今あるものを紹介しなければ。これを知らせることが遅れを取り戻すために必要なことだ」という思いは変わらなかった。あれから20年たった今でも、日本の状況はそれほど変化しているわけではない。他方で、紹介すべきID理論は着実に増えている。紹介の必要性は衰えるよりもむしろ増加傾向にあるようだ。また、ID理論はその発祥がどこであったとしても、応用範囲は広い。「日本独自の理論」がどこまで必要なのか。欧米発でも十分にわが国で使えるのではないだろうか。そういう思いも、実はある。

最初の職場(東北学院大学教養学部)では、NHK学校放送番組の利活用の場面(鈴木、1995)や中学高校の教員養成課程において教育方法を扱う講義の中で(鈴木、2002)、IDの基礎を紹介してきた。次の職場(岩手県立大学ソフトウェア情報学部)では、ソフトウェアエンジニア(SE)養成に特化した学部においてSEの基礎教育にIDを応用すると同時に、「教育エンジニア」の育成を標榜した演習カリキュラムを構築した。あわせて、卒業論文や修士論文において「ID理論を応用したツール開発」の研究を多く指導し、「ID理論を応用したシステムの開発事例を見せること」や「ID理論を応用しやすくするツールを開発・提供すること」を目指した。また、普通科高校に必修科目として新設された教科「情報」を担当する教員養成にも携わり、新しい教科の授業にIDを応用する道を模索した。

さて、様々な文脈で「ID理論の応用を促進すること」を試みてきたわけだが、本専攻に転じても、その基本姿勢は変わらない。今までと応用領域が違ったり(K-12中心から高等教育・ワークプレースラーニング中心に)、社会人大学院生中心になったりしたが、やることは同じだろうと思っている。前職と比べてシステム開発志向は弱まるかもしれないが、世の中に役に立つものをつくっていくことによって、「IDって使えるね」「IDをどう使ったらいいかイメージがはっきりしました」などと言ってもらえるような研究を、ともに創り出していきたいと考えている。

ブロック1で見てきたように、研究は「ネタ探し」から始まる。鈴木は、ネタのタネになりそうなこれまでの研究事例を示しはするが、ネタを探すのは学生の役割だ、という信念を持っている。たとえば工学系の研究室では、研究テーマが代々引き継がれており、どのグループに参加するかを選択することで研究テーマが決まる、という所もある。しかし、鈴木の偏見は、「それでは一番面白いステップを学生の手から奪うことになる」というものだ。産みの苦しみも伴うが、何を研究したいのかは学生が探す。鈴木の役割は、そのネタをどう加工したらID的な研究になるかを提案し、知らず知らずのうちに鈴木の色に染めていくというものだと考えている。また、「それじゃぁ修士論文にならないよ」という低すぎる課題設定のレベルを高め、「それじゃぁ1年で終わらないよ」という高すぎる(時間がかかりすぎる)課題設定の範囲を削り込んでいく手助けをする。補助輪のような存在になりたいと常々思っている。修士論文を書いたらそれは学会誌に投稿するものだ、と考えていることも覚えておいて欲しい。

 参考文献

鈴木克明(1995)『放送利用からの授業デザイナー入門―若い先生へのメッセージ―』(放送教育叢書23)日本放送教育協会
・鈴木克明(2002)『教材設計マニュアル―独学を支援するために―』北大路書房