熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
9.構成主義:正統的周辺参加と足場づくり

◆正統的周辺参加と足場づくり ◆

正統的周辺参加(LPP:Legitimate peripheral participation)とは、「社会的な実践共同体への参加の度合いを増すこと」が学習であると捉える考え方。レイヴとウェンガーによる「状況に埋め込まれた学習」の翻訳とともに日本でも活発に議論が行われるようになってきた。「正統的周辺参加」論は、学校以前からの徒弟制において、熟達者から新入りに技が伝承していく様子を観察した研究がもとになっている。最初は下っ端の仕事をしながら、より熟達している人がこなしているより重要な仕事を見よう見真似で覚えていく。徐々に「周辺的」な位置から「中心的」な役割を果たすようになっていく姿を「学習」と捉え、下っ端であってもその共同体の「正規メンバー(=正統的)」であり、周辺部分から徐々に参加度を増していく、という意味で「正統的周辺参加」論と名づけた。

ブラウンらは、認知的徒弟制(cognitive apprenticeship)を提唱し、学校における認知的な学習についても、徒弟制のよさを取り入れることが可能であるとした。次のような提案がその骨子。(1)学習目標について、今何を学んでおけば先に何ができるようになるか、因果的な関係を学習者自身が分かるような工夫をする。(2)学習すべきことがらを学習者が既に知っていることやできることに結びつけ、次に何をすればいいかを学習者の目からも見えやすくする。(3)できるかできないかをテストするのではなく、できたらなぜそれでできるのか、それができると次はどんなことができるはずかを考えるような習慣を持ち込む。(4)一人ではできないことには手助けを与え、まずできるようにしてから、その後それを一人でもできるように導く(Brown, et.al., 1989)

認知的徒弟制では、次の段階を踏んで教えていく。[1]モデリング: 師匠は、徒弟に自分の技を観察させる。[2]コーチング: 師匠は、徒弟に学んだ技を使わせてみる。そしてその様子を観察し、アドバイスを与える。[3]スキャフォールディング(Scaffolding:足場づくり)&フェーディング: 徒弟が行っている作業が実行困難な場合に師匠は一時的支援(足場づくり)を行い、上達に伴って支援を徐々に取り除く(フェーディング)。

正統的周辺参加論の前提として唱えられてきた考え方に、「状況的認知論」(Situated cognition)がある。「我々が用いている知識は、それが用いられる状況や文脈の中で適切に生起するものであり、身の回りの道具や他者との間に分かちもたれているのであって、決して特定の個人の中にしまい込まれているわけではない」との主張。単に人が自分で知識を構成する、というよりは、人とのやり取りの中で「社会的に」知識を構成していく、という点を強調する意味で、単に「構成主義」ではなく「社会的構成主義」と区別して呼ぶ場合がある。

「発達の最近接領域(ZPD:zone of proximal development)」は、ロシアの心理学者ヴィゴツキーが提案した概念。一人で問題解決が可能な現在の発達レベルと、一人では解決できないが援助を得ることによって達成可能な発達レベルの間の領域を意味している。たとえば、自転車の乗り方を練習するときの「補助輪」のように、最初は自転車に乗れないが、「補助つき」ならばできる。「補助つき」で試みを繰り返しているうちに、自力で(補助輪なしで)できるようになる。この「補助輪付」の領域をZPDと呼ぶ。ZPDは、「人は、人やものに囲まれ、互いに影響を与えながら学んでいる。人の学びは、周囲のものや人が行動のリソースになって生じ、個人の頭の中だけで起こるのではない。学習は個人個人の中で起きるのではなく、周囲の環境とのかかわりの中で起こる」という状況的認知論の拠り所となっている。