熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
[第12回]IM分野の研究事例(2)
IM分野の研究事例(2)
今回のタスク(課題)
現在の場所: ホームページ > [2] 分野別の研究事例 > [第12回]IM分野の研究事例(2) > IM分野の研究事例(2) > はじめに

第12回: IM分野の研究事例(2)(担当:江川良裕)

内容を読んで学習した後、「今回のタスク」を行ってください。

[はじめに]

eラーニングをサービスあるいはツールとして捉えるのが私の立ち位置であり、本専攻におけるIM分野のひとつのアプローチになり得ると考えている。これは、eラーニングが学習者の目標達成に対して効果を常にもっているという前提には立たないことを意味する。効果があるかどうかは、教育コンテンツそのものの内容、サービス提供モデルなど、多様な要因の影響下にあり、ツールを揃えたからといって効果が保証されるわけではない。

サービス・マーケティングという視点において、教育サービスの一形態、もしくは教育サービスを構成する要素としてeラーニングを捉え解釈したい、と考えているのである。例えば、Philip Kotlerに代表されるモダン・マーケティングの枠組みで解釈するのであれば、教育プログラムは、商品としての内容・コンテンツ(User Value)が適切な方法(Convinience)で提供され、その提供過程においては利用のためのモチベーション強化策(Communication)、利用に要する労力(User Cost)が適正であることが、eラーニングが効果的にマネジメントされる条件となる。

eラーニングをマーケティング論的に解釈することについて、私が重点領域と考えるのは主に以下の3分野である。

  1. eラーニングあるいはeラーニングが含まれた教育サービスを、マーケティング・モデルで解釈し、成功の要件を分析すること
  2. IDあるいはeラーニングに関わる企画・設計・開発・運用などの段階における支援システムやツールのあり方を検討すること
  3. eラーニングをベースにした新しいサービスやビジネスの可能性を検討すること

1. については、先に述べたマーケティング・モデル上の解釈をおこなったうえで、eラーニングの成否に関わるKFS(key factor of success)の分析を考えている。特に関心をもっているのは、教育内容そのものではないが、内容をユーザーに提示することにおける“ユーザビリティ”である。いかにID面で優れていたとしても、デザインを含めたインストラクションの提示の仕方により、学習効率は大きく影響を受けるはずである。これは、eコマースにおいてサイト・デザインによって売上が大きく影響を受けるのと同じであり、サービス・ビジネスの世界に比べ、eラーニングの分野が遅れているのではないか、という問題意識をもっている。

2. は、コンテンツ・マネジメントや配信、LMSといったeラーニングに関わる主要なシステムではなく、指導者の業務効率や学習者の学習効率を高める“周辺の”システムに関心をもっている。研究事例で紹介するようなeラーニング・コンテンツを教員が使いこなすための「授業設計・実施支援システム」と言うべきもの、あるいは障害者がPCなどIT機器を使いこなすうえでの「アクセシブル・テクノロジー」に関する研究をおこなった経験もある。

3. については、教育プログラムやコンテンツを利用した新規ビジネスの企画を指す。eラーニングに関わるビジネス分野としては、教育そのものだけではなく、コンテンツ、システム、マーケティングなど、多様な商品やサービスが存在し得ると期待している。

このような興味を私がもっているのは、大学というアカデミズムの世界ではなく、長く民間企業において経営コンサルタントという仕事に従事していたことと無関係ではない。経営コンサルタントとは、何かしらの道を究めたプロフェッショナルではなく、他者であるプロフェッショナルの知識やスキルを組み合わせて解を得る“編集者”でないかと思う。素人であることは大いに結構であり、多様な分野(アカデミズムの中の多様性だけではなく、ビジネスの世界なども含めて)の“技”を盗んで欲しいと思う。ユニークさや差別性を売りものにしたり、予定調和的な完成度を求めるのではなく、未完成で荒削りであっても。目的意識のはっきりした大胆な研究(実践)を目指してほしい。

私自身もeラーニングに関しては素人であるため、特有の知識やノウハウの提供を求められても困る。これまでの経験や論理的なアプローチと照合し、方向性やアドバイスをおこなうことはできるが、課題や解決は自分自身で見いだすものと考える。そもそも、マーケティングやマネジメントの分野における課題や解決はひとつではなく、絶対的な正解など存在しないのだから。

 参考文献

・須藤美和(2005)『実践LIVE マーケティング実践講座 - ケーススタディと演習でプロのスキルを学ぶ』ダイヤモンド社
*現役の経営コンサルタントが執筆しており、教育というような分野を扱っているわけではないが、マーケティング論の現場への適用に関してわかりやすい内容である。

・小川浩・後藤康成(2006)『Web2.0 BOOK』(インプレスジャパン)
*Web2.0という概念(環境変化・トレンド)が、eラーニングを含むサービス(ビジネス)に変革を及ぼす可能性(新たなビジネス・モデルを生むなど)があると考えている。また、先に述べたユーザビリティという点でも、Web2.0はリッチなユーザー体験をもたらすことができる。