熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
8.認知主義:先行オーガナイザとスキーマ理論

◆ スキーマ理論 ◆

スキーマ(Schema)とは、知識を構成するモジュールとして仮定される心理学的なモデルのことを指す。その昔、発達心理学者ピアジェによって概念化されたシェマ(Schema)にさかのぼることができる用語であるが、認知心理学の発達とともに再吟味されるようになり、1980年代からの研究に大きな影響を与えた。IT用語としてデータベースの管理方式を指す術語として同じ言葉(スキーマ)が使われるが、これとは似て非なるものである。非なるものではあるが、スロット構造をもったり、スロットに入る事例(インスタンス)があったり、インスタンスにはデフォルト(何も指定しないときに入る値)がある。また、スキーマ自体が入れ子構造になって属性が継承されるなど、非なるが似ているものでもある。同じ言葉が異なる文脈で用いられている、と思った方がイメージしやすい人もいるかもしれない。

スキーマは、ヒトが情報を理解するうえで、重要な役割を果たすことがさまざまな実験でわかってきた。スキーマを「活性化」させることによって、ヒトは次に来るシーンを予測したり、行間を読んだり、またスキーマに頼りながら過去の経験を思い出したりする。「たぶんこうなるだろう」という予見を与えるのもスキーマの機能だとされる。先行オーガナイザとしてキリスト教のことを思い出した学生は、キリスト教スキーマ(あるいはより一般的な「宗教スキーマ」)によって、仏教にもたぶんこんなことがあるだろう、とか、仏教の○○はキリスト教の△△と同じね、といって理解を進めていくと考えられている。たとえば、高級レストラン(洋風でなければならない!)に入れば、まずオードブルが出て次にスープが出る(んでしたっけ・・・)という予見を持ちながら我々は安心して食事をすることができる。これは我々が過去の経験から編み出した「レストランスキーマ」によるものだとみなされるのである。過去に高級洋風レストランに入ったことがない人(あるいは知識としても「高級洋風レストランにおける料理の出方」を知らない人)にとっては、次に何が出そうかはまったく分からない。それは、その哀れな主人公が、「レストランスキーマ」を所有していないからである、と説明されることになる。

さて、スキーマの働きを実感してみよう。これは、スキーマ研究で定番となったブランスフォードらの実験に用いられた文章である。まず、これを読んで「何の話か」想像してもらいたい。

新聞の方が雑誌よりいい。街中より海岸の方が場所としていい。最初は歩くより走る方がいい。何度もトライしなくてはならないだろう。ちょっとしたコツがいるが、つかむのは易しい。小さな子どもでも楽しめる。一度成功すると面倒は少ない。鳥が近づきすぎることはめったにない。ただ、雨はすぐしみ込む。多すぎる人がこれをいっせいにやると面倒がおきうる。ひとつについてかなりのスペースがいる。面倒がなければ、のどかなものである。石はアンカーがわりに使える。ゆるんでものがとれたりすると、それで終わりである。(西林、2006、p.45)

何の話かわかっただろうか。これは「蛸をから揚げにする話」である。いや、ちがった、「凧を作って空に揚げる」話である。そういわれてみれば腑に落ちる。何の話かわかれば話が分かる。つまり、「凧揚げのスキーマ」が活性化されたので、話が分かるのである。もうひとつやってみますか。さて、次のは何の話だろうか。

その手順はとても簡単である。はじめに,ものをいくつかの山に分ける。もちろんその全体量によっては,一山でもよい。次のステップに必要な設備がないためどこか他の場所へ移動する場合を除いては,準備完了である。一度にたくさんしすぎないことが肝心である。多すぎるより,少なすぎる方がましだ。すぐにはこのことの大切さがわからないかもしれないが,めんどうなことになりかねない。そうしなければ,高くつくことにもなる。最初はこうした手順は複雑に思えるだろう。でも,それはすぐに生活の一部になってしまう。近い将来,この作業の必要性がなくなると予言できる人はいないだろう。その手順が終わったら,再び材料をいくつかの山に分ける。そして,それぞれ適切な場所に置く。それらはもう一度使用され,またこのすべてのサイクルが繰り返される。ともあれ,それは生活の一部である。(Bransford & Johnson,1972)

いわずもがな、これは<洗濯>の話である。そう言われれば、すとんと落ちる。その原因は我々が持っている「洗濯スキーマ」のなせる業である(注意:正解が見たければドラッグしましょう。でもその前によく考えてね)。


    ◇ 出典 ◇
  • 西林克彦(2006)「わかったつもり:読解力がつかない本当の原因」光文社新書222

  • Bransford, J. D., & Johnson, M. K. (1972). Contextual prerequisites for understanding: Some investigations of comprehension and recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 11(6), 717-726.