熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
[第7回]IT分野の研究事例(1)
IT分野の研究事例(1)
今回のタスク(課題)
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第7回: IT分野の研究事例(1)(担当:中野裕司)

内容を読んで学習した後、「今回のタスク」を行ってください。

[はじめに]

「eラーニング」は「electronic learning」の略で、訳すと「電子学習」となり、大変大雑把な言葉である。 この言葉の解釈は幅が広く、 例えば、教室で先生が液晶プロジェクタにPCの画面を写して授業をするのもeラーニングという人から、 VODとプレゼン資料が同期したものを示すという人や、 インターネットを使って、Webベースで、遠隔で、学習記録を残しながら、色々なメディアを使い、双方向性を持たなければという人まで様々である。
この曖昧な「eラーニング」を支える基盤ITシステムがLMSであるが、最近、これがまたわかり難い。 訳せばわかるように、元々学習管理システムなので、コース(講義科目)と担当教員や受講学生等を登録し、そこに教材コンテンツを置いて、学生の学習進捗状況を管理できればよい。 しかし、現在のLMSは、コンテンツ作成機能、テストツール、課題ツール、ディスカッション(掲示板)ツールは、付いていて当たり前で、さらに、 内部メール、チャットツール、プレゼンテーションツール、検索、辞書機能、Wiki、Blog等々といった機能を持つものも多い。
もはや、LMSは「学習管理システム」というより、オンライン学習を支える環境を提供するシステムであり、 VLE (Virtual learning environment) [1] と呼ぶ方がふさわしいと思う。

ということで、わかりやすく言うと、 現在の私の興味は、「仮想学習環境(VLE)をITで支援」する研究である。

私の職歴(研究歴)を紹介する。
1987年に最初の職場である名古屋大学教養部物理教室に助手として赴任し、超伝導や準結晶といった新しい物質の探求やそのデバイスへの応用に関する実験的研究を行っていた。 コンピュータとの関わりは、実験装置の制御用ハードウェアの制作や、その制御プログラムや実験結果と理論を比較するシミュレーションプログラムを主にC言語で書いていた。 この時代は手段としてのIT利用であったが、IT自体にも興味があり、FORTRAN、BASIC、LISP、Pascal、アセンブラ等でMS-DOSやMacintoshのアプリケーションの開発も行っていた。
その後、1993年、物理学の分野で講師となったが、日頃の行いが悪かったか、 直後に情報文化学部が発足し、当時の情報処理基礎学講座へ異動した。 これが第1の転機であった。 ここでは、教育に関して、情報に関する教育を行うことになり、「インターネット基礎」「プログラミング実習」等といった講義科目で、Java入門、UNIXコマンド、画像変換、3DCG入門、 GUIライブラリプログラミング、数式処理(Mathematica)、文書(LaTeX)等に関して、学生1人1台のUNIXワークステーション、または、1人1台のノート型Macintoshといった 当時としては恵まれた環境で授業を行った。 この環境で、様々な教材提示やレポートの提出等をオンライン化し、私自身もよい経験となった。
また、これと並行して、全学の物理学基礎実験も担当しており、そこに「シミュレーション物理実験」というテーマを新設し、 30台程度のPC Linuxによるプライベートなネットワークを構築し、NIS認証とネットワークファイル共有を利用したシミュレーション実験環境を構築した。
その後、情報文化学部の一期生が4年生となり卒業研究を担当することとなった。ここで、2番目の転機が訪れた。 卒業研究の内容である。それまでの私自身の研究内容と学生の嗜好とが明らかに異なるため、ITと物理の中間的なものを求めることにした。 そこで、1つは、授業でも少し担当していた3DCGプログラミングである。準結晶という変わった物質の構造を研究するための、実際の空間と逆の次元(1/長さ)をもつ空間を 3DCGで合成し、物性研究に役立てた。 もう1つは、教育用の遠隔実験や仮想実験プログラムの開発で、Webブラウザから遠隔地の実験装置を操作する実験 [2]や、 3DCGを利用した仮想的な実験や現象理解を助けるシミュレーションプログラムを、Java appletとJava3Dを利用して開発していた。 3DCGを教育へ利用する研究を行う過程で、メディア教育開発センター(NIME)の 大型バーチャルリアリティ装置TEELeXと出会い、 共同研究のため、よくNIMEで泊まり込んでいた[3]
第3の転機は、2002年、熊本大学総合情報基盤センターの設立である。 情報ネットワーク管理だけでなく大学全体の情報基礎教育を担い部局として、 しかも、マルチメディア環境を活用した教育・研究システムの開発研究を行うことを目的とした計算機援用教育部門をもつものとして構想された。 教員公募に応募したところ、なぜだか採用され、このときから全学の情報教育や教育用のシステムが仕事の中心となった。
最初の仕事がLMSの導入であり、まず米国の大学視察や各社の話を聞くことから始めた。2003年はWebCT, Internet Navigware, WebClass の小規模なものを 並列運用(全学ではなく用途、希望者で)し、実際に様々な講義等に利用した。 その結果、WebCTを全学運用することになり、2004年度から、熊本大学学務情報システムSOSEKIとWebCTのデータを連携する仕組みを構築した [4]。 その上で、総合情報基盤センターの本務の1つである情報基礎教育をWebCT上で全学必修で大々的に展開し、メンバー総出で全てのテキストのオンライン化、出欠の自動化、 確認テストの活用[5]等を整備していった。 並行して、地域貢献特別支援事業「熊本大学LINK構想」の eラーニング関係を[6]担当した。
これらの過程で、確認テストやオンラインディスカッションのように、ITによる教育支援の導入は使いかたによっては、 対面遠隔を問わず多くの教育現場で教育効果を高めることを確信した。 そこで、教材作成室を立ち上げオンライン教材作成の支援を始めたが、私自身を含めほぼ全ての担当者が、理論的なバックグラウンドを持たず、全学のサポートを 推進するには米視察等でも聞いていたインストラクショナルデザイナの必要性を実感した。 総合情報基盤センターとしても、インストラクショナルデザイナの必要性を大学執行部に訴えていたところ、インストラクショナルデザイナが日本で希少であることから、 その養成を目指す教授システム学専攻の設立へと発展していった。
教授システム学専攻が立ち上がり、インストラクショナルデザインの専門家と研究上も連携させていただけるようになった。 インストラクショナルデザインチームが中心に設計した専攻ポータルをuPortalCASをベースに実装した [7]

さて、教育をITで支援することに関して、様々な遠隔実験、仮想実験、シミュレーション、LMS、ポータル等々と、様々なアプローチで実践的な研究を行ってきた。 今後の研究の方向性は、周囲の皆さんや環境を最大限活かして、大雑把ではあるが、仮想学習環境(VLE)をITで支援することに関する研究を進めていきたいと思う。 教育効果がより高いオンライン学習環境を実現することを目的に、システム構築を行っていき、その過程の生成物を研究としていきたい。

ブロック1で見てきたように、研究は「ネタ探し」から始まる。 鈴木先生の説「それでは一番面白いステップを学生の手から奪うことになる」を支持し、ネタ探しは学生の皆様に行っていただく。 ネタを修士論文として適正なレベルへ導く手伝いは行おうと思うが、結果としての修士論文のレベルは学生の皆様の努力次第である。 最近は、卒業論文、中には修士論文であっても、立派に見えるが殆ど先生や先輩の仕事であって、発表会で質問に窮する場合も見受けられる。 レベルは低くとも、やった内容は全て自分でやったことで、その範囲内ならなんでも答えられる。 矢でも鉄砲でももってこい、どこからでもかかってこいという修士論文を期待する。

 参考文献

  1. Virtual learning environment (Wikipedia)
  2. H.Nakano, T.Mizutani, Y.Nakamura, S.Matsuo, "Interactive Distance Education System for Real Experiments over the Web", International Conference on Intelligent Multimedia and Distance Education (ICIMADE2001) Fargo, USA, ISBN 0-471-20473-0, pp.50-56 (2001).
  3. H. Nakano, K. Tokunaga, N. Osawa and H. Akiyama, "Full-scale and Real-time Virtual Experiments in Dynamics by using an Immersive Projection Display and Hand Manipulation", Information Technology Based Higher Education and Training (ITHET2003), Marrakech, MOROCCO, July 7-9, pp.184-189 (2003).
  4. 中野, 喜多, 杉谷, 松葉, 右田, 武藏, 入口, 太田, 平, 辻, 島本, 木田, 宇佐川, "WebCT、学務情報システムSOSEKI、教育用PCシステムのデータ同期", 第2回WebCT研究会予稿集, 淡路島, pp.3-8 (2004).
  5. H. Nakano1, N. Iriguchi, K. Sugitani, T. Kita, Y. Musashi, M. Migita, R. Matsuba, Y. Ohta, T. Gobayashi, K. Tsuji, M. Shimamoto, T. Kida, T. Usagawa, H. Akiyama, "The Instructional Effects of On-line Tests on the Large-scale IT Courses", 6th Information Technology Based Higher Education and Training (ITHET2005), Santo Domingo, Dominican Republic, pp.F4B:7-11 (2005).
  6. 中野, 鈴木, 大田, 喜屋武, 清水, 野口, 喜多, 秋山, "熊本大学e-Learning stationの試行と展望", メディア教育研究, Vol. 1, No. 2 , pp.23-33 (2005).
  7. 中野, 喜多, 杉谷, 根本, 北村, 鈴木, "遠隔学習支援ポータルの実装 - 熊本大学大学院教授システム学専攻の事例 -", 日本教育工学会第22回全国大会, 3a-B107-2 (2006).