熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
10.折衷主義:学習科学とデザイン実験アプローチ

【第10回】学習心理学の3大潮流(4)折衷主義:学習科学とデザイン実験アプローチ
はじめに~

折衷主義(eclecticism)とは主義を持たないという主義?
これまでに行動主義・認知主義・構成主義という学習心理学の3大潮流を見てきた。ここでは、○○主義に基づいて研究や実践を行う、ということは、△△主義には基づかない(あるいは否定・非難する)、という態度をとる可能性に満ち溢れているし、対立関係もしばしば見られてきた。前提としている考え方が違うんだから、まぁそれも仕方あるまい。夢中になればなるほど、他を否定しないと身が持たなくなる。

教育工学者、あるいはインストラクショナルデザイナーは、実践をよりよくすることを第一義に考えるから、○○主義でも△△主義でもあまり気に留めない性向がある。つまり、「いい加減」なのである。学習心理学者が、日々の努力で一所懸命たどり着いた研究成果を見て、「なるほど、使えるかもしれない。明日の実践に早速応用してみよう。」と考える。永遠の真理を追究することよりも、目先の問題解決を優先させるのである。この研究・実践態度を、(少し格好よく言えば)サイエンスにおける「結論志向(conclusion oriented)」に対して、工学の「決定志向(decision oriented)」の態度という。

折衷主義とは、問題解決を志向して、使える研究成果は何でも使おうとする態度を指す。つまり、ある一つの主義に凝り固まらず、「使えるものは何でも使う」ことで問題を解決しようとする、なり振り構わない態度である。これが、教育工学者が学者として品格があまりよろしくない、というレッテルを貼られている(かどうかは分かりませんが)一つの原因である(かもしれない)。見かけの美しさよりも、実利をとる、まさに現実主義者であるともいえる。

第10回は、学習心理学研究の新しい潮流として、「学習科学(Learning Sciences)」と呼ばれる一つの動向を紹介する。学習心理学が認知科学を経てたどり着いたものが「学習科学」であった。「科学」という名称の割には、工学的な決定志向の匂いがしているのが興味深い。学習科学の研究を進めるための手法を「デザイン実験アプローチ」と呼ぶ。まずは、これが何かを以下のページで学び、心理学を教育実践に役立つものにしていくためにはどのような条件が必要かについて、意見を交換しよう。